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うみ



「あ、いたー」
「ん?」
「有馬くんだ」
髪の毛がぺしょっとした有馬がこっちに来た。颯爽と人混みに紛れて逃げた伏見を探して何故か犬神家みたいになってた朔太郎を一人じゃ止めきれなかったので、ありがたい。有馬曰く、弁当と航介のところに伏見はいるらしい。安心だ。
「もっとあっち側行けばこんなうじゃうじゃ人いないのに」
「うーん、そうだね」
「朔太郎もう人混みはいいの?」
「堪能した。しゃぶり尽くした」
「そっかー」
うじゃうじゃの人の中から抜けて、少しだけ沖に出る。一番背の低い朔太郎の鎖骨よりちょっと下くらいまで水がある、深めのとこ。気をつけてね、と一応声を掛けて見下ろした旋毛が、わあ、と平坦に声を上げて沈んだから、慌てて助けあげれば、ここからいきなり深い!垣間見える死!って騒ぎ始めた。ほんとだ、ここからがくんって急に深くなってる。あぶない。深くなるぎりぎりのところに三人で立っていると、朔太郎が指差してにまにまし始めた。
「こっから先デスゾーンね」
「かっこいい」
「このー!有馬くんをデスゾーンに突き落としてやる!」
「うわああああ」
「小野寺くんもだー!」
「そうはいくかー!」
「ぐわあがぼごぼがぼ」
朔太郎を海面から持ち上げて、デスゾーンへ落とした。泳げるから問題ないかな、と思って。有馬も立ち泳ぎでひーひー笑ってるし。沈んだ朔太郎が、見て、死体、と浮いてきた。不謹慎ネタ大好きかよ。大好きだけどさ。
「あっ」
「ん?」
「あれやりたい」
「えっ?おっ、待って、俺持ち上げられる側?無理だって」
少し離れたところで、三人くらいで一人を持ち上げて、投げて落とす遊びをしている。チアガールみたいだなあ、と印象を受けた通り、しばらく見ていたら、受け止めると成功らしい。三回見てたら三回落としてたけど、受け止め損なった時に、あー!おしい!って聞こえたから。俺もさっき朔太郎を投げたけれど、あそこまでの高さは出ない。よいしょ!と声を漏らしながら俺を持ち上げようとした朔太郎に、無理だよ、逆にしようよ、と提案してみれば、さあ投げてくれとばかりに有馬がわくわくしながらこっちを見ているので、まず有馬から投げてみることにした。物は試し。デスゾーンぎりぎりに立って、ぷかぷかしている有馬に朔太郎と二人で手をかける。
「危なかったら助けてね!?ねえ!頼んだからな!?」
「せえの、で行こう」
「えー、もっと特徴的な掛け声がいい。ニラレバ!とか」
「なんでニラレバ」
「四文字ならなんでもいいよ。コロッケとか」
「からあげとか」
「てんぷらとか」
「やきとり!とか?」
「いいね、やきとり」
「なんでもいいから早くしろよ!どきどきすんだよ!」
「よし!やきとり!」
「あっ待っ早、うわあああああ!っぐべべ」
「あはははは」
どぷん、と水の中に沈んだ有馬を水面まで引っ張り上げる。力加減が分からなかったから思いっきりやった、ら、すげえ高く飛んだし、受け止めるなんて不可能だった。空から女の子が!の高速版って感じだったもん。
それから朔太郎も投げて、もっかい有馬を投げて、試しにやってみようというので俺も投げられて。水って偉大だ。水中に体があった間は、あれ?小野寺くん意外と軽いんじゃない?全然イケそうじゃない?とわいわいしていた有馬と朔太郎は、水面から人の身体が出た途端に文字化できないヘンテコな叫び声を上げやがった。有馬は一気に消耗したのか死んだ目で口までぶくぶく沈んだし、航介でギリなんだよ!こちとら!と朔太郎にぜえぜえしながら叫ばれたけれど、いやお前らがやりたがったんじゃんかよ、知らねえよ!と言い返して、若干喧嘩した。ちなみに確か航介の方が俺より5キロほど軽い。
「じゃあ最後の一回だからな!」
「よっしゃこい!空中でポーズ決めてやる!」
「携帯置いてきちゃったなー」
「どんなポーズするの」
「こう……なんていうか……イケメンで……すごい、なんつーか……ジャケ写みたいな……やつ」
全然伝わってこないけど、なんかなんとなくかっこいいことをしたいという旨は分かった。今までで一番高く上げろと言われたので、ご期待に添えるように、ぐるぐる腕を回す。むしろ邪魔かも、と海岸側に少し離れた有馬に、えっ?俺まさかとは思うけど怪我したりしないよね?これって一夏の思い出だよね?伏見くんにしつこい俺に怒った小野寺くんからの拷問じゃないよね?と朔太郎が焦ったような顔で呼びかけているけれど、喋ってたら舌を噛むからそろそろ黙った方がいい。
「すっごい怖い!待って!思ってたよりも小野寺くんが乗り気ですっごく怖いんだけど!」
「がんばれー」
「朔太郎、口閉じてないとほんと怪我するよ」
「ひぃ」
「いくぞー」
「んー!ん″ー!」
「そお、れっ」
朔太郎は細くて軽くて、背も大きいほうじゃない。だから、結構な高さまで投げ上げられた。朔太郎が空中にいる時間が長すぎて、こりゃちょっとやりすぎたかもしれん、と自分でも思った。びゅーん、と上がって、重力に従って落ちてきた身体から逃げるように、有馬のいる方へ急いで近寄る。だから受け止めるとか無理だって。それこそチアガールの訓練しないと。
「うわ」
「うわー……」
どぱあん!ってすげー音立てて沈んだ朔太郎の起こした波がこっちまで来た。呆然と声を上げた俺と有馬の頭の上には恐らく「おふざけが過ぎました」と虹色のゴシック体で書いてあるはずだ。ごぽりと泡をいくつか弾けさせて、茶色い頭が上がってくる。いやにきょろきょろしているので、どうしたー、と近寄りながら声をかければ、半笑いの朔太郎が口を開いた。
「水着無くなった!」
「……は?」
「どっか浮いてない?なんか水の中で俺、デスゾーンの地面に足がついて、すげー!って思ったのは覚えてんだけど、海パンがいつ脱げたのか分かんないんだよね!」
「えっ?今履いてないの?」
「だってないんだもん!どっかない?ねえ!探してよお!」
「あっははははは!」
げらげら笑ってお腹を抱えた有馬が、沈みそうになりながら海岸側へわざと逃げる。きゃー、へんたいよー、とあからさまに声を上げれば、マジで水着が水中でどっかに行ったらしい朔太郎は、ちょっとお!切実だよ!とすいすい泳ぎながら探しているようだった。そんなに切実そうに見えないからこっちは笑ってるんだ。高く上がった分落下に勢いがつき過ぎて、沈む時に脱げちゃったんだろうか。あっははははごぼごぼ、げほげほははは、と有馬は忙しない。俺も笑っているので同罪だけれど。
「もおー!」
「あははっ、はー……」
ぷんすか!と顔に書いてありそうな朔太郎がこっちに寄ってくる。こっちに寄ってくるということは、要するに海岸寄りに近づいているということだ。海岸寄りに近づいているということは、水深がどんどん浅くなるということでもある。現に俺と有馬がいる辺りは岩に乗り上げていて、太ももの途中くらいまでしか水がない。けたけた笑っている有馬は気づいていないようだけれど、俺はうっかり思い出してしまった。航介だか弁当だか、どっちが言ってたか忘れたけど、どっちかが言ってた。朔太郎、高校生の時に海でみんなで遊んでた時、友達とふざけてたら水着流されて、友達のはすぐあったけど朔太郎のはなくって、もおー!とか言いながら普通に上がってきてやばかった、って。もおー!って。今と一緒じゃん。まさに今じゃん!
「ぅ、わあああああっ!」
「へ?」
「え?ごぷっ」
「だめー!だめだよ!ここは田舎じゃないんだから!通報だよ!」
「わあああ!?小野寺!?」
がーぼがぼ!がぼがぼ!と手の下で朔太郎がもがいているのが分かるが、それ以上こっちに来させるわけにはいかない。いきなり走り寄って朔太郎を水に沈めた俺に、有馬は大慌てだ。でも細かいことを説明している暇はない。いいから水着を探せよお!と半泣きで吠えた。

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