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うみ



気を抜くと人混みに紛れようとする朔太郎の手首を握り締めながら、航介の背中に引っ付いて歩く伏見の後ろを歩く。どこに拠点を置くかは先頭の有馬に任せている。有馬がへろへろの弁当の手を引いているから、日陰を見つけてくれるだろう。あれをあのまま日向に置いておくのは拷問に近い。横にずらっと立ち並んでいる海の家にも人はいっぱいで、モロに夏だなー、って感じ。本日は砂が熱くなっておりますので、浜辺を歩く際にはビーチサンダル等の着用を、なんてアナウンスが流れている通り、とっても暑い。焼き鳥うまそう、焼きそば食べたい、お腹が空いた、と話している有馬と航介が、次の幟でまた声を上げた。
「シロップかけ放題だってよ」
「さんびゃくえん」
「……………」
「おっ、べ、弁当?」
値段を読み上げた有馬の声で現実に戻ってきたらしい弁当が、掴まれている手を反対に引っ張って、かき氷屋さんの前まで行って、ちゃりちゃりちゃりん、と百円玉を3つ、机の上に置いた。すげー早い。どこから出したの、その百円玉。食べるの?と有馬が問いかけているのに弁当が頷いている間に、真っ白なかき氷が手渡される。きょろきょろしていた朔太郎の目もそっちに向いて、おいしそー!食べる!だそうで。言わずもがな全員立ち止まって、かき氷には勝てなかったよ、って感じである。
かけ放題の名に恥じないくらい、ずらっと机の上に並んだシロップ。普通によく見るいちご、ブルーハワイ、レモン、メロン、なんてのは勿論、変り種が結構ある。ラムネとか、ピーチとか、ぶどうとかは分かるけど、ダブルベリーってなんだろう。エメラルドパインってパイナップルじゃないの?シーソルトってなに?などなど。食べてみれば分かるかな。一番に真っ白かき氷を貰った弁当から順番に机の前に並ぶ。なににしようかなあ。
「どれでもかけていいの?」
「いいんじゃない、かけ放題なんだから」
「なにこれ!コーラ!」
「弁当なににするの?」
「……混ぜてもいいんでしょ」
ピーチ、レモン、オレンジをかけた弁当のかき氷は、桃色と黄色と橙色で、綺麗だ。かき氷のシロップって最後に無くなっちゃうから困っちゃう、なんて朔太郎の言葉に、恐らくは上っ面しかかかっていなかったシロップを弁当が追加して、かき氷は多少溶けたけど中まで味がするようになった。成る程、結構かけた方がいいんだ。
有馬のはメロンとブルーハワイとぶどう。緑、青、赤紫、っていう食べた後のベロが異様な色になりそうな組み合わせだ。溶けちゃうから先に食べよう、とシロップかけ終わった人からスプーンを突っ込んでいく。おいしそう。
「伏見くんなににするの?」
「小野寺これ持って」
「え?うん」
朔太郎を無視した伏見が、俺にカップを持ち上げさせて、日向夏のシロップを思いっきり逆さまにした。お山のてっぺんから染み込んでいくシロップは表面からは見えない。全体的に薄黄色になってきた頃、伏見がシロップを元に戻して、白いところに青りんご味をかけた。青りんご味だけど青くないんだね、なんて言ったら伏見に変な顔をされた。青りんごって中身が青いわけじゃないんだけどお前食べたことないの?って。ぽかんとしてたら若干哀れなものを見る目になって、今度食べさしてあげるよ……って言われた。やったあ。伏見のかき氷は弁当のより更に少し溶けてぺしゃっとしてるけど、どこまで行ってもちゃんと味がしそう。そういうやり方もあるのか。その後ろにいた航介は、黄色のラムネと白のカルピス。おいしそう。ソーダ味があったらカルピスソーダだったのになあ、と航介がぼやいていた。航介が食べるより前に伏見が勝手にスプーンぶっ刺して掬ってたのには多分本人は気づいていない。
俺は、気になってたシーソルトとエメラルドパインにした。水色と明るい緑で青系。どっちも食べてみたけど、甘ったるくはないな、ってくらい。伏見に聞いたら、かき氷のシロップの味ってそんなに大差ないらしい。確かにいちごがいちご味なわけでもないしね。
「朔太郎、全部かけちゃダメだよ」
「かけないよ!五個にする」
「多い」
しゃくしゃくしながら体力が回復したのか、弁当が朔太郎に呼びかけているけど、全く聞いてない。どれにしよおかな、とふにゃふにゃしながら横移動してるけれど、そんな間に有馬は食べ終わりそうだ。弁当はまだだけど。
最初にかけたのがコーラだったので、後は何をかけても一緒、と思う。あれもこれもと手を伸ばす朔太郎のカップの中は茶色っぽくなってるけど、いいんだろうか、それで。コーラとブルーベリーとメロンとマンゴーとヨーグルト。なにがなんだか、って感じの見た目のそれに、やっぱりかき氷はこれだよねー!といちごシロップをぶちまけて完成。混ざって変な色になってるし、五個じゃないじゃん。
「いっただっきまー」
「あっ」
「あいたっ」
「に″ゃ」
上から、朔太郎、伏見、また朔太郎、航介、である。かき氷屋さんの机から離れて砂浜に飛び降りた朔太郎が足を滑らして、伏見がそれに気づいて声を上げて、すっ転んだ朔太郎は「あいたっ」ぐらいで済んで、猫が踏んづけられたみたいな声を上げた航介の手からはかき氷が吹っ飛んだ。何故かって、転がり落ちた朔太郎がぶつかったからだ。砂浜に逆さまに落ちたかき氷のカップは、当たり前ながら中身全滅で。
「……………」
「……………」
何故か無事だった自分のカップをこそこそ後手に隠しながら立ち上がった朔太郎が、半笑いで逃げ腰になる。流石にこれはまずいってのは分かるようだ。だって、航介のかき氷ほとんど残ってたもん。今の一瞬で無くなったけど。ぽかんとして無言でかき氷を見下ろしてる航介が、ぎぎぎ、と錆びたロボットみたいに朔太郎の方を見た。お互いちょっと笑ってるのがめっちゃ怖い。ずっと航介に引っ付いてた伏見が俊敏にこっち来たし。弁当は知らねって感じでかき氷食べ続けてるし。俺と有馬はばっちり目が合ったけれど、何も言えないままだ。多分同じ顔してる。
夏の海なのに吹雪いてるみたいな体感温度になった頃、後ろで全部を見ていたかき氷屋さんのお兄さんが、遠慮がちに声を上げた。
「……あー、新しいの作りましょうか?」


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