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おはなし



「忠義」
「なにー」
「初奈から今電話で、迎えに来て欲しいって」
「えー!俺今からカウンター!」
「お姉ちゃんが行ってあげようか?」
「忠義、初奈を迎えに行ってあげなさい」
「ええー……」
「ねえ、お姉ちゃん行ったげよっか?」
「小梅の運転じゃ初奈吐いちゃうから、忠義に頼んでるんだ」
「そっすね……」
「おいこら?たーちゃん?」
「行ってきまあす」
「ころすぞ?」

お兄ちゃんだっていつでも助けに来れるわけじゃないんだぞ!お酒を飲んでいたら運転は出来ないんだぞ!とはっちゃんを叱ると、ぶすくれた顔で、仕事中はお酒を飲んだらいけないんじゃないのか、と正論を言われたので、これ以上とやかく言うのをやめた。そりゃそうなんだけど。でも、公共交通機関を待つのが怠いからって兄を足に使うはっちゃんもいけないと思うんだ。ミラー越しに見る限り全然反省してないみたいだけど。今日買ったらしい若い男がたくさん載ってる新しい雑誌開いてキャッキャしてるけど。くそう。お兄ちゃんをもっと大事にしてほしい。
しばらく車を走らせて、家に着いて、車を止めて店に戻ったら、航介がいた。あれ?今日来るって言ってた?と問いかけながら近寄れば、返事がなかった。おかしいぞ?と肩を叩くと、頬杖をついていた彼の頭ががつんとカウンターにぶつかった。
「ぎゃっ」
「たーちゃんごめえん、航介潰しちゃった」
「なんでや!」
「都築弟は?忠義は?ってうるさいから、たくさん飲ませちゃった」
「ちょっとお!」
「寝てるだけだよ。さっきまで歌って踊ってオンステージしてたけど」
その辺に拍手貰ったら満足したのか寝た、と、その辺のおっさん達を指差したうめに呼応するように、かっこよかったぞー!イエーイ!とおっさん達が盛り上がって、いやお前ら止めてくんねえかな、と内心でとても思う。年上として若い男が酔いの余りにはしゃぎ過ぎてたら止めてやってくれよ。煽るなんて以ての外だろ。全く。おっさん達に向き直ると、おい都築の弟がなんか言いたいらしいぞ、とざわつき始めた。そうだ。言いたいことがある。
「誰かムービー撮った?」
「そういうのはちょっと分からんくてなあ」
「クソオヤジども!馬鹿!もう知らん!」
「酷え言い様だな」
使えない奴等め。航介最近警戒してあんまり飲み過ぎてくれないんだぞ。発端はワクの朔太郎と張ろうとしたことだったり俺がカクテルセットを手に入れたことだったりするのだけれど、まあとにかく、あんまり酔い潰れてくんないからつまんないのだ。せっかくの機会なんだから動画が欲しかった。馬鹿。
「つまんねー」
「寝てんだから寝かしときなよ」
「寝んなら家入れてやんなよ」
「重いんだよ航介」
「俺一人じゃ無理だもん、手伝ってよ」
「こうめちゃん非力だからもっと無理」
「わはは」
「たーちゃんさっきから何度もお姉ちゃん馬鹿にしてるけど死にたいの?」
「ごめんなさい」
ごめんね航介、俺は自分の命が惜しいから、カウンターで寝ててね。結構な音で頭をぶつけたように見えたけれど、机の上で腕を枕にして寝転けている航介はぷーすか安らかな寝息を立てているので、心配いらなそうだ。体だけは丈夫だしな。突然来て、なんか話があったのかもしれないけど、うめに潰されて可哀想だ。起きたら優しくしてあげよう。
「うめ引っ込まないの」
「たーちゃん、お姉ちゃん最近橋月さん狙ってんの。もうすぐ来んの、邪魔しないでね」
「おっさんじゃん!48!」
「うるっさいな!」
「ほんとそのジジイしか恋愛対象にならんのどうにかしてくれよ!しかも店に来るジジイしか狙わねえじゃねえかお前!」
「あっ、橋月さあん」
「ん″ぃっ……!」
「おー、小梅ちゃん」
「待ってたんですよお」
ここはキャバか馬鹿姉貴!と叫びたいのは我慢した。というか、思いっきり足を踏まれて我慢させられた。指の骨絶対砕けた。いそいそとカウンターを出て最近狙ってるおっさんに寄って行ったうめを恨みがましく見送って、ついでに舌打ちもした。大声で言い争ったからか、航介がもそもそと身動ぎして、頭の向きを変えた。起きろよ。つまんないの。瀧川でも呼ぼうか。
「つづきー」
「……瀧川時満は最高だぜ……」
「え?なに?」
呼ぶ前に来た。なんだお前。最高かよ。暇だから来ちゃったあ、と大変だらしない部屋着をお披露目しながら店の中に入ってきた瀧川が、カウンターで潰れている航介を見て、俺を見て、航介を見た。目が朔太郎くらい丸い。
「なに!?」
「俺も知らない。うめがやった」
「はあー……航介寝てんの久しぶりに見た」
「安らかだから起こさないでやって」
「うん。生」
「アレキサンダー?」
「なにそれ強そう!かっこいい!」
作って出したら白眼を剥いた。カクテルやめろ馬鹿、って切れられたけど、お前もさっき、かっこいい!とか言ったじゃんかさ。
それからしばらくだらだら瀧川が飲んで、誰か呼ぶ?いやそれめんどくさくない?でもお前と二人ってちょっとなんなの?意味分かんなくない?気持ち悪くない?って話になったけれど、もう今日は誰も呼ばなくていいよ、航介が起きたら俺送ってくからそれで解散にしようよ、と瀧川が自己完結したりして、だらだらタイムが続いていく。おっさん達は帰った。うめは狙ってるおっさんとどっか消えた。店放ってどっか行くなよ。だるんだるんのTシャツに、べろべろのハーフパンツに、突っかけサンダルの瀧川は、簡素なつまみで適当な酒を延々飲み続けている。俺も飲みたいなー、って言ったら水割り作ってくれた。ラッキー。お客様の御好意は受け入れなくっちゃね。
「瀧川ねぎやっこ好きよな」
「豆腐うまい」
「どんくらい豆腐食える?」
「五千丁」
「嘘つけ……」
「盛った。二丁」
「すっくな!」
「ときみん胃小さいから」
「胃が小さいやつはファミレスで財布空になるまで食ったりしないよ」
「航介起きねえなー」
「そうだね」
「死んでんのかな?」
「死んでたら息しないから生きてんじゃない」
「……………」
「……なに考えてんの」
「……落書きしてえなって」
「駄目だよ!優しくしてあげて!」
「なに、きもい」
「俺がいなかったばっかりに、うめに酔い潰されてこんな目に遭ってるんだから!俺これでも責任感じてんだから!」
「ふうん」
「でも落書きはご自由にどうぞ!」
「いいんじゃん」
それは瀧川の自由だよ。俺も参加しちゃったら良心は痛むけれど、瀧川が勝手にふざける分には俺には関係ないよ。だから航介が起きたら瀧川は五億回くらい殴られてね。書いちゃった後にそう弁明すれば、苦虫を噛み潰した顔をされた。五億回も殴られたら痛いじゃん、やだ、ってさ。でもおでこに大きく江野浦航介って書かれた航介も嫌だと思う。それちゃんと水性なんだよね?
航介が全く目を覚ます気配すらないまま、他の客はいなくなって、日付が変わって、結構経った。瀧川いつまでちんたら飲み続けるつもりだろう。不思議に思って聞けば、明日休みなんだって。俺も休みがいいなあ。店閉めたいんだけど、と眠そうな母がやってきて、あんたたち出る時うちの玄関から出なさい、と店の鍵を閉めてしまった。またこのパターンだよお、と瀧川はじたばたしていたけれど、こんな時間まで居座る方もおかしい。早よ帰れ。
「……明日何曜?」
「忘れた」
「ゴミの日だったかなあ。まとめとかなきゃじゃん」
「そうなの?」
「自分の住んでる地域のゴミの日も知らないんすか時満さん」
「えろ本出したことあるから紙ゴミの日は覚えてる」
「ふしだらー」
「最近はほら、ネットがね、ほら」
「いいのあったの?」
「……俺そういう運ないってお前知ってんじゃん……」
「ワンクリック詐欺にでも引っ掛かった?」
「うるさい」
「えっ図星?リアル?お仕事お姉さんにも搾り取られてネットでも搾取されてんの?可哀想すぎるんだけど」
「うるっさい!そんなことない!」
「じゃああれだ。ここから先はお金払って見てねってやつでお金払って見たら案外先が抜けなかったんだ。そうでしょ」
「都築嫌い!」
「ははは」
「ほんと俺お前のそういうとこ嫌い!」
「ゔぅ」
「おっ、起きた?」
「……寝とる」
「寝汚いなあ」
「疲れてんだよ」
唸った航介が、もそもそ体勢を変えて、また寝入った。それにしてもほんっと起きないな。そろそろ目を覚ましても良い頃だと思うんだけどな。びーっとガムテープを貼ってゴミ袋の口に蓋をしながら、あの馬鹿どんだけ飲ましたんだろうなあ、と思っていると、瀧川が手を出してきた。なんだ。
「ガムテ貸して」
「いいけど」
「ふんふんふふーん」
「なに?」
「動くなやー」
「ねえ、なに?なんで俺縛られたの?」
「顔が良い罪」
「死刑?」
「死刑ではない。去勢」
「それ死刑じゃん」
手首をなぜか纏めてぐるぐる巻きにされて、瀧川は上機嫌だ。なんもできねえ。暇になってしまった手をぐっぱぐっぱしていると、返す、とガムテが戻って来たので、机に端っこを引っ掛けて、指先でぎりぎり長めに千切り取る。器用だなー、と感心している滝川の口を、千切ったガムテで塞いでみた。どうだ、仕返しだぞ。唇を封じられた瀧川は、不満そうな顔でもごもごしている。
「んん」
「手取れよ」
「ふん」
「うらあ!」
「んぐ、ゔ!?」
「あはははは!はっはははは!」
「て、めっ、つづき……」
「ないっ、泣いてっ、泣いてるっ、ぶふーっ」
びっ!って音がしそうなくらいの勢いで唇のガムテを引っ張れば、多分恐らく俺が思ってるより滅茶苦茶に痛かったらしい。涙目だし。めっちゃ面白い。瀧川泣いてるけど。唇の端っことかが切れたんだと思う、血出てきたし。
手は取ってもらった。ガムテをくるくる回している瀧川に、余計なことに使わないでよね、と一応言っておく。でもこいつ目が航介の方見てる。あからさまにそっち見てる。確かに俺も、もうそろそろ寝腐ってねえで起きやがれとは思う。でも別になんも言わないよ、俺関わらないから。航介に殴られてチリになるのは瀧川一人で十分だから。
「これっくらいの!ガムテープで!」
「なにすんの」
「除毛」
「誰の?」
「航介」
「どっち?」
「どっちだっていいよ」
「まくって」
「ん」
右足をまくった。当たり前ながら男の子なので普通に臑毛が生えている。別に濃い薄いとかが明白なわけではないけど、これがつるつるになるかと思うと感涙ものだ。笑い涙ではない。
「瀧川貼れた?」
「貼れた」
「はがしていい?」
「俺がやる」
「俺もやりたい」
「共同作業にしよう」
「お二人の初めての共同作業です!」
「あいらーびゅーふぉえーばー」
「うはははは」
五分後死んだ。



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