このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

おはなし


「カジくんカジくん!」「なんだいミスミくん?」の伏見くん視点
記号ごとに話が繋がってますよ






小野寺が最近、ストーキングされている。
「おまたせえ」
「……………」
「え、えっ?なん、なんで離れるの?俺汗くさい?」
「……………」
三階の廊下の窓から、ここ最近よく見る男が覗いている。一緒に昼飯食べに行こう、と約束をしていたから授業が終わって急いで来たのだろう。校舎を出てすぐぺたぺた走ってきた小野寺から早足で距離を取りながら思い出すのは、ほんの少し前のことだ。確認しておくと、申し訳ないことにこうなったのは自分の責任なので、今現在俺から何故か突き放され置いて行かれ半泣きになっている小野寺には何の非もない。かわいそうに。
まず第一に、俺の記憶力を舐めないでほしい。人の顔と名前を一致させるのなら朝飯前だ。それが知り合いでなかったとしても、何かしらで自分に関わりがある人物なら尚のこと、忘れたりなんかしない。使える駒はクズでも使う。伏見彰人が周りから好かれ続けるためにはそれが必要なのだ。だから、あのストーカーにも見覚えがある。確か弁当が体調崩して代わりに授業に出た時だったか。小野寺と弁当が取ってる授業だから、頼る相手がこいつじゃ心許ないだろうと自分から代返を申し出たっけ。一回くらい休んだところで弁当が遅れをとるとは思えなかったけれど、一応。それに俺、暇だったし。
遡ること数日。教室内、机と机の間。一人ぼっちで居心地悪そうに小さくなっていた男が落としたシャーペンが、見知らぬ誰かさんに蹴っ飛ばされて、転がってきた。だから、拾った。見て見ぬ振りをしておけばよかった、と今さら思う。
『あ』
『……はい』
『う、ぁ、りがとござ、ますっ』
二秒も無かった。やり取りと言える程のものですらなかった。シャーペン渡す時に手が触れ合ったとかですらない。なのになんでこんな見られてんの?俺なんかした?同じ人物から執拗に見つめられんのって3日以上続くとかなりストレスになるんだけど?俺が可愛いからいけないの?罪作りな男なんだから、もう。ちなみに出席取るためのカードも盗み見たからストーカーの名前も知ってる。美澄優というらしい。他の授業で見たことがないから、学科違いか学年違いだろう。その時点では一過性のモブキャラだと思った。でもシャーペン拾ってやったっていう接点があったから名前だけでもと一応頭の片隅に引っ掛けておいて、正解だ。こんなことになるとは。
なんで置いて行かれてるのかも分からない小野寺が、眉を下げながら追いついた。がし、と鞄を掴まれて振り向かされる。
「ねええ!」
「……くさい」
「え?」
「ストーカーくさい」
「お、俺?してないよ?」
「されてんだよ」
「誰?」
「お前が」
「……なに?」
「ストーカー」
きょと、と首を傾げられた。ほんともう、鈍感なんだよなあ、この馬鹿犬。どうもストーカーと小野寺はあの授業しか被っていないらしく、授業の度に唯一の繋がりである小野寺を尾け回すことで、俺に辿り着こうとしているようだった。怖えよ。でもまあ、多分名前くらいならすぐ知れる。でも名前が知れたら男だって分かるだろうしな。そしたら諦めてくれるか。それでも諦めなかったらこの鈍感な番犬をけしかけるとしよう。多分あんなひ弱そうなのだったら一発で喰い殺してくれる。
小野寺と知り合いだと気付かれない程度の距離を保ったまま、校舎から見えない位置まで離れたから、今のところはまだ撒くことができている。まだ遠目だから俺とあの時の俺が一致してないんだろうな、ってのもある。あれが近づいてきたら危険だ。ストーカーに遭うの、久し振りだからなあ。危なそうだったら早めに対処したほうがいい。自分だけで済んだ頃と周りを巻き込みたくない今とじゃ、話が違ってくる。おいひい!と担々麺を啜りながらにこにこしている小野寺のことを見ながらぼんやり考えていると、もぐもぐしながら顔を上げられた。ストーカー、ぱっと見しか覚えてないけど、ひょろくてちっちゃくて弱っちそうだった。そんな見た目なのに、これを向かわせて勝てないんだったら、俺どうしようもないよな。
「んえ」
「小野寺人殺したことある?」
「ないよ!怖いな!なに!?」
「見知らぬ人殴れる?」
「な、なんで、こわい」
「俺のためならフルパワーで人殴れる?」
「……骨とか折れても許してくれる?」
「くれるくれる」
「がんばるけどお……」
「肉欲しい」
「うん……」
担々麺は美味しかった。



「……………」
「伏見?」
「……………」
「の、飲む?」
「……ん」
日に日に酷くなってきた。近い。目線をすごく感じる。隠れられてないことに気づいてない辺り、知能犯ではなさそうなので、飽きるまでほっとこうと決めたけれど、決意が揺らぐ。鈍感小野寺は気づいていないけれど、今ここで気付かせて切れさせて流血沙汰の大惨事にしてやろうか。クソ。小野寺から奪ったパックを特に確認せずに啜ったら野菜ジュースだった。アホちゃうかお前。
「ばか!まずい!」
「あいたっ、ごめっ、ごめん!」
重大なことに思い至ったのは数日前だ。ストーカーに名前がばれたら男だと気付き諦めるのではないかと思ったはいいが、この学内に俺のことを名前で呼ぶ奴はいないのだ。「彰人」なら男確定だけれど、「伏見」じゃ男か女かなんて分からないじゃないか。残念なことに見た目はコレだし、声だって男らしくて低い方じゃないので、喋ってるとこ見られたって女だと思い込んでいるのを覆せる程のショックは与えられない。しかも相手はストーカーだ。思い込み激しいに決まってる。困った。俺は男ですと背中にでも書いたらいいのか。嫌すぎ。
でも時間があったおかげで、こちらからもストーカーさんのことを色々調べられた。何のために友好関係を広く浅くしているかって、こういう時に見も知らぬ他人の個人情報を根掘り葉掘り調べられるように、でしかない。まさに今が使い時。こっちからも調べているのがあっちにばれなければ、案外大丈夫なもんなのだ。そういう誤魔化し騙くらかしは得意な方。
ストーカー、本名は美澄優。友人関係は洗っても一人二人しか出てこなかった、要するに友達少ないタイプ。見た目からしても暗いし、まあ分かる。あと俺と同い年、学科違いで会わなかっただけ。出身小学校と中学校と高校も出てきた。元々南の方に住んでて中学の時に転校してきたっぽい。丸眼鏡と長い前髪は昔からのトレードマークらしい。吹奏楽部でトロンボーン担当。マジで根暗の無口なわけではないけれど、特におしゃべり上手でもない。だから友達少ねえんだろ、と思う。あと、勉強は出来ない。周りからの評価は総じて、変な奴、なに考えてるかわかんない、若干怖い、などなど。まあ、調べられてもこんなもんかな、とひと段落ついた気でいたら、今さっき鴨がねぎ背負ってやってきたような情報を手に入れた。情報源は、美澄優と中学でクラスが同じだったという、モブAくんである。
『あいつ確か、仲良くなかった?梶原くん』
『……ああ、あの、不幸な人?』
『不幸な人って言い方よ』
『あー、ごめん』
『でも、そうそう。よく面倒見てやるよなーって思った覚えがあんだよな』
梶原くんなら知ってる。前、短期の派遣バイトで一緒になった。同じ大学じゃん!ってことで盛り上がって、数人でご飯食べに行ったこともある。連絡先も知ってる。でも、こっちから急に梶原くんに連絡とったら、ストーカーさんと仲良しな以上何らかの進展があっちゃったりしたら困る。当たり障りなくあの時のバイト仲間を集めて飲みにでも行こうかってとこから始めるかな、それともここで手を引いたほうがいいかな、と逡巡していると、携帯が震えた。
「……小野寺」
「ん?」
「俺って神様に愛されてる……」
「……うん……?」
画面には、梶原淳哉、の文字。文面は、『伏見くんにお願いがあるので、近々二人でご飯でもいかがですか』。



がちゃーん。安い居酒屋のテーブルに叩きつけられたジョッキはまだ3つ目だ。そんなべろんべろんになるような量でもない。ただし、梶原くん以外にとっては。
「だからあ!ミスミくんはあ!変だしイかれてるしストーカーだけど!いい奴なんだって!」
「うんうん」
「ノートとかすげーとるの遅いけどすげーがんばってっし……頭の回転がマジでめっちゃ悪いだけだし……」
「うんうん」
「ふしみくんん……」
「なんですか」
「……うええぇ……」
泣いている。嘘だろ。梶原くん、酒こんな弱いの。二杯目の時点で呂律は回っていなかったし立てなくなってたから、まさかなーとは思ったけど。
ストーカーさんは案の定俺を女の子だと思っていたこと。在ろう事か梶原くんまでそれを信じていて「自分の友達の男の伏見くん」と「ストーカーされている女の子のふしみさん」を別人だと思っていたらしいこと。その誤解を解いたところ、ストーカー、梶原くんからすると「ミスミくん」は、別に俺に危害を加えようとしているわけではないこと。見守っているだけでも彼にとってはものすごい勇気が必要なこと。恐らく、直接接触を取るつもりは一切ないであろうこと。というかそんな勇気がミスミくんにあるのなら彼にも俺以外の友人が出来ているはずだ、と梶原くんは頭を抱えた。ごもっともである。
そして、くそー!自棄酒だー!と勢いづいた梶原くんは、たったサワー二杯で理性をどこかに落としてきて、今に至る。ただ、申し訳ないことに、今の梶原くんがめっちゃ面白いのは事実だ。出来ればこのままほっときたい。べそべそ泣きながら机に噛り付いている梶原くんが、また口を開いた。多分誰に向かって喋ってるとかもう分かってない。相手が誰でもいいから吐き散らかしたいんだろうな。
「みす、みすみくんは、すごい、がんばり屋さんだし……なんかあの、ラッパみたいなやつ」
「トロンボーン」
「そおそれ……それ、コンクール出て、すげー賞とったとか言って、でも賞とったら前で吹かされるようになって、緊張でゲロ吐いて入院したっつってたし……」
「……笑うところ?」
「ゲロ吐くまでがんばってんだよお!認めてやれよ!ミスミくんを!」
「梶原くんってミスミくんのこと大好きだね」
「大好きだよお!あんな報われねえクソ不幸野郎見たことねえよ!神様はミスミくんのことが嫌いかもしれないけど、でも俺は大好き!」
「うん」
「ミスミくんは……ミスミくんはこんな俺に大好きになられてかわいそう……俺もミスミくん好きになっちゃってかわいそう……彼女欲しいのに……」
「えっ恋愛感情なの?」
「んなわきゃねーだろ!ミスミくんの結婚式で友人スピーチしたいレベルだわ!泣きながらスピーチしてタキシード姿のミスミくんに感動の涙流させてやるんだあ!」
「……怖えー……」
「ミスミくんの……ミスミくんにも幸せになってほしくて……ふしみさんと上手く行ったらいいなあって思ったのに……」
「俺でごめんね」
「……伏見くんがミスミくんと付き合ったらいいんじゃない?女の子になって」
「その場合ミスミくん犬に食い千切られて死ぬけど大丈夫?」
「やだー!長生きしてほしいー!孫に囲まれて幸せな余生を送ってほしいー!」
「……そのモンペっぷりが怖えんだよな……」
「ミスミくんとダブルデートしたい……俺はほっといても彼女出来るからあ……ミスミくんに彼女、つくんないと……」
その後梶原くんは眠くなったのかむにゃむにゃしながら、ミスミくんについていろいろ教えてくれた。このモンスターペアレントがついているなら、多分あのストーカーはほっといても平気だろう。道を踏み外しそうになったらお節介なお母さんばりに捲し立ててくれそうだし。

後日。
あのストーカーまた見てる、男だと分かっても見境ないタイプかー、うわー、と思ってたら、鬼みたいな顔した梶原くんがストーカーの耳朶を引っ張って連れ去った。それを小野寺と見送って、何も言えねえ。ちなみに小野寺には全部話した。なんにもしないならこっちからも痛いことしなくていいね!ってサンドイッチを齧っていたので、ストーカーの命は安泰である。
「……一回お喋りくらいしてあげたら?」
「……ストーカーさん死んじゃうんじゃね」
「そっかあ……」


32/68ページ