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おはなし



拝啓、父さん母さん。聞いてください。俺の愛すべき友人は、とんだ変わり者です。
「カジくん、カジくん」
「ミスミくん、今ちょっと、中原から借りたノートコピーしてるから、揺らさないで」
「あの、ごめんね、カジくん、聞いて、ねえ」
「揺らさないでって、ねえ、おい、やめろ、手を離せ」
「カジくん、聞いて、お願い」
「ほんと俺お前嫌い」
「ご、ごめ、ごめんなさ、ごめ」
「分かったよ!なに!」
さっきまで耳を何処かに落としてきた勢いで人の話も聞かなかった癖して、「嫌い」の一言でぶるぶるしながら謝り出したミスミくんは、ええと、ええとね、と長い前髪を掻き分けながら話し始めた。俺からは彼のつむじが見える。俯いているからっていうのもあるけど、ミスミくんの身長が低い、且つ猫背で更に小さい、というのが大きい。お喋りな癖して、聞き取りづらい音量の小声で捲し立てる癖が全く直らないミスミくんが、ぼそぼそぼそ、と口を開く。もっとでかい声出せ!って何回言ったか俺には分からない。
「あの、さ、さっき、掲示板の教室変更案内を見て、僕、303に行ったんだ……なのに、誰もいなかったんだ、何回も確認したのに……僕って、もしかして、はぶられ、えっと、いじめられているのかな……」
「303から402に教室が変更になったから案内が出ているんだよ、ミスミくん」
「……えっ?なに?」
「もう一度言うね」
逆だ馬鹿。
梶原は苦労人だな、と言われ続けてきた。確かに、面倒ごとが降りかかることは多い。道を歩けば地図を持った外人に話しかけられるし、ショッピングモールでは迷子の子どもに出くわすし、遅刻しそうな時に限って足腰ががったがたのお婆さんが階段をよろよろと上がっていくところに遭遇する。それを見て見ぬ振りはできないので、結果助けることとなり、梶原は良い奴だな、でも苦労人だな、と言われるのだ。終いにはこの前ついに、お前人助けて死にそう、とまで言われた。そこまで体張ってない。
遡ること幾星霜。大学に入学し、晴れて始まった新生活。そう離れてはいないが、実家暮らしから一人暮らしへとランクアップした俺は、大学生活が始まる前にそれを後悔することとなった。何故かって、今現在俺の隣で縮こまっている、ミスミくんのせいである。正式名称、美澄優。美しいとか澄んでいるとか優しいとか、彼に対してそんな漢字を使うのは勿体無いので、俺はミスミくんと呼んでいる。あっちも馴れ馴れしくカジくんとか呼んでくるし。
『ヒッ』
『……………』
ファーストインパクトは、死体だった。引越しを粗方終え、この疲れで自炊なんて無理だと判断した俺は近所のスーパーへ足を伸ばし、パックのお惣菜や、レンチンして出来る白米などを買った。さあなにをしようか、とうきうきしながら帰ってきた俺の目に飛び込んできたのは、自宅となる安アパートの目の前にぶっ倒れて血を流している自分と同い年くらいの男だった。男にしては長い黒髪がばさりと広がり、血だまりと呼んで差し支えない程度の目も当てられない何かが出来ている。罅の入った丸い眼鏡が転がっていて、顔は見えない。人間、本当に驚くと大声で叫ぶことなんて出来ないのだ。マジでちっちゃい声で、ヒッ、って言った俺に、その死体は目を向けてきた。ぎぎぎ、と軋む音がしそうなくらいゆっくり動いた彼は、か細い声で呟いた。
『……し、しぬ』
救急車を呼んだ。もうこっちが死にそうになりながら呼んだ。幸いなことにすぐ到着した救急車の人にいろいろ聞かれたけれど、俺この人倒れてるの見つけただけなんです、だから何にも知らないんです、マジで勘弁してください、と半泣きで説明した。死んでたらほんとどうしよう、苦労人とかいうレベルじゃない、トラウマになる、と心配して心配して、しばらく家出るのも嫌になるくらいだった。警察の人とかも来て、いろいろ聞かれて、ただの不運な事故だったらしいってことと、死体(仮)は生きているということがはっきりして、俺は解放された。何処の誰だか知らないが、頼むから二度と人んちの前で事故らないでくれ。
それからまたしばらく。家を出たところに死体が転がっている恐怖も薄まった頃、土曜日の夜に突然インターホンが鳴った。突然じゃなくインターホンが鳴ることなんてないのだけれど、滅多に訪れない来訪者の中でもトップクラスに驚く客人だったので、突然、という表現で間違っていないだろう。
『はー、……い……』
『……こ、こんばんは、梶原さん』
『……ひっ、し、死体、の人』
『あの、お礼が言いたくて、僕、あの』
悲鳴、絶叫、逃走劇、は割愛して。
美澄優と名乗った死体(仮)は、俺と同じ大学の同じ学科、同い年、止めに選択科目まで被っている「お知り合い」だった。何で俺が相手を認識していなくて、あっちは俺の存在を知っていたかって、ミスミくんの存在感が薄いからだ。僕友達もいなくて、と照れたように言われて、そりゃ見た目でなんとなく分かる、と思った。ちなみに俺の家は教務課に聞いて調べ、自分が事故にあった場所と照らし合わせて考えたらしい。怖いわ。ストーカーか。
そして現在に戻る。その事故から何故か懐かれてしまった俺は、ミスミくんにまとわりつかれる日々を送っている。一応弁解しておくと、別に彼のことが嫌いな訳じゃない。むしろ好ましく思っている。だって、そりゃちょっとばっかし見た目は暗くて人を寄せ付けない系だけど、悪い奴じゃないし、少し変わっちゃいるけど真面目だし、頭は悪いけど頑張り屋ではあるし。そしてなにより、度を抜いて不幸だ、ということが、苦労人と名高い自分と何処か被って放って置けない。俺との出会いと同じような事故、要は車に当て逃げされたことは何度もあると困っていたし、混んでる電車に乗って望んだ駅で降りられた試しはないらしいし、道を歩いていたら路地裏で喧嘩してた知らない人がすっ飛んできてぶつかった挙句骨が折れたこともあるらしい。俺は解決すると所謂「良い人」に見られる不幸に苛まれているけれど、彼は一歩間違うと怪我をするタイプの不幸にどっぷり浸かっているのだ。可哀想レベルで言ったらあっちの方が上というか、俺が人助けて死ぬなら、ミスミくんは隕石が頭の上に前触れなく落ちてきて死ぬんだろうな、というか。
今度こそ時系列を現在に戻そう。震えて小さくなっているミスミくんは、「教室は確かに変更されている、君が行ったのは変更以前の教室であってみんなは張り紙が出ている教室に向かっている、よって君だけがはぶられているわけでもない、ましてやいじめられているわけでもない」という説明に大変恐縮したようで、俺に謝り倒すロボットのようになってしまった。ああもう。
「だからね、ミスミくん」
「う、うん、ごめん、ごめんね、カジくん、ごめん、僕がいけないんだ、僕がちゃんと確認しなかったから、僕のせいでまたカジくんに迷惑をかけてしまって」
「いや、いいんだよ、それはいいんだけど、ミスミくん」
「僕のことを叩いてくれ、カジくん、腹が立っているんだろう、ごめんよ、だから叩いて」
「あのね」
コピー終わらせたいから、マジで手ぇ離してくんねえかな。
さて、自己紹介他者紹介はここまでにして、本題に入ろう。ネガティブ根暗の不幸体質なミスミくんは、大まかに分けたら変わり者だ。しかしながらそんな変わり者の彼が、如何にも年頃の男の子らしい事を言い出したので、俺はその話がしたいのである。
「カジくん」
「なんだいミスミくん」
俺たちの会話の始まりは決まってこんな感じ。ミスミくんの声が小さいので、呼んでもらわないと聞こえないのだ。以前それで泣かせたことがある。聞こえてなかっただけなんだけど、僕のことが嫌いならそう言ってくれ!って泣かれた。それからはミスミくんに腹が立ったら嫌いだとはっきり言うことにしている。
「あの、あのね、ぼ、僕」
「んー?」
「僕、あの、カジくん、あのね」
「なにー」
とは言えこちらも暇ではない。ミスミくんは真面目だが馬鹿なので、一緒にレポートを纏めてやってる間にもこうして話し出すのだ。今度はどこを教えて欲しいんだ、と彼のレポート用紙を覗き込めば、神経質な角ばった字が終わりまできっちり書き込まれていた。えらいぞ、自分でできるじゃないか。
「どうしたの」
「かっ、カジく、僕、相談があるんだ」
「うん」
こんなに口ごもるなんて、珍しくもないけど、余程大切なことなんだろう。雑談したい時のミスミくんはもっとなんていうか『ナマケモノって、一度木から降りると、もう一度登るのが面倒になって、そのまま餓死することがあるんだよ…』みたいな暗い話題を出してくるから。今回はそれではなさそうだ。俺の手がシャーペンから離れていないから話し出せないんだろうかと思って、机の上にペンを転がして手は膝の上に乗せてみた。しかしながら尚のこと口ごもられた。切れそう。
「ねえ早く」
「え、う、あの、僕、カジくん、あの」
「なに?告白?」
「お、惜しい」
「惜しい!?」
「えっ、ち、違う、違うんだけど」
「ぞっとさせんな!」
照れ照れしはじめたミスミくんに悲鳴を上げて椅子を離す。やめろ!お前ストーカーじみてるからマジで怖えんだよ!俺の大声にびくついたミスミくんが、落ち着きなく手を動かしながら吃る。
「す、すっ、え、う、か、カジくん」
「なんなの?」
「カジくん、ぼ、僕、す、好き、好きな人が、えっと、いて、いる、んだ」
「へえ」
「……そ、それが、言いたかった」
「俺じゃなければいいよ」
「か、カジくんではない、それだけは有り得ない、絶対に、死んでも」
そんなに言われると傷つくよね。流石の俺でも嫌な気持ちになるよね。言わないけど。
気構えた分、なんだ、それだけか、と思わなくもない。大学生らしくていいじゃないか、ミスミくんに彼女なんていたことないだろうし、これを機に一般人に混ざれるように頑張っていただきたい。それに、ぶっちゃけ、気にならないわけじゃない。ミスミくんはどんな女子に恋をしたというんだろう。
「どんな子なの」
「え、や、優しく、してくれたんだ」
「へえ」
「っき、聞いてくれるの」
「別にいいけど」
「あの、あのね、この前の授業で、僕、その子とはじめて、会ったんだ」
「うん」
「僕シャーペン落として、拾おうとしたら、通りかかった男の子が、蹴っ飛ばしちゃって、飛んでっちゃって、困ってたんだけど」
「それミスミくんあるあるじゃん」
「あ、あるあるだよ、だけど、カジくんだって困るでしょ、僕その日、筆箱を忘れたんだよ」
「……不幸体質だなあ……」
「カジくんは、ひっ、他人事に、出来ないんだぞ」
「分かった分かった、で?」
「それで、それを、拾ってくれたのが、彼女なんだ……すてきだった……」
「……えっ、それだけ?」
「う、うん」
「名前は?」
「知らない」
「年は!?」
「わ、分からない」
「分からないぃ!?お前が俺と別に取ってる授業なんて一年から四年まで取れるようなやつばっかじゃねえかよ!絞れねえよ!」
「ひぃ、ひえ、ごめんなさい」
「次は名前聞いてこい!」
「はいぃ」
「……見た目は?」
「か、かわいかった」
「そういうんじゃなくて」
「え、えぅ」
「お前がよくぺろぺろはあはあしてるアニメで例えてくんない?」
「やめてよお!」
「トーカちゃんか?マリンちゃんか?リリムちゃんか?」
「ぅ、う、サリナちゃん」
「黒髪ロリ……」
「やめてよお……」
カジくんが好きな女児向けアニメの主要キャラを順繰りに言っていったら、まさかの敵ボスキャラだった。特徴としては、ふわふわの黒髪、ぷにぷにのちびっこ体型、くりくりの目、だったはず。どうも背が高くはないらしいと当たりが付く。まあミスミくんの分際で大人のお姉さんタイプに恋をされたら当たって砕ける事必須なので、そんなもんか。恥ずかしさが天元突破したのか、顔を覆って小さくなってしまったミスミくんを、まあ授業が同じならいずれまた会う機会もあるだろうよ、と慰める。声をかけることは無理だったとしても、見てるだけでこいつは満足するだろう。満足してもらわないと困る。
「だ、だめなんだ、もう会えないんだ」
「なんで」
「サリナちゃ、じゃなくて、あの」
「仮称サリナちゃんでいいよ」
「さ、サリナちゃん、お友達の男の子といたんだけど、お休みしてる別のお友達の代わりについて来てあげてるんだって、聞こえたんだ」
「盗み聞き」
「聞こえてきたんだ!お友達の男の子の声が大きかったから!」
「ストーカー」
「違うよお!」
ていうかそこまで盗み聞いといてなんで名前が聞こえてこないんだ?そもそもそのお友達とやらは彼氏ではないのか?などなど、ミスミくんの心を折りかねない言葉は、黙って飲み込んでおいた。不幸に上塗りしたら可哀想だ。
それじゃあ今回は一度限りのアバンチュールだったということでね、と話を打ちきろうとしたら、何故か怒っているミスミくんがぷんすかしながら、僕はストーカーじゃない!とか言い出した。嘘つくなよ、ストーカー寄りだよ。
「カジくんは、協力してくれないの!」
「しないよ。犯罪行為には加担しない主義だから」
「それっ、それでも、友達ですか!」
「友達のつもりだけど」
「お、う、ふふ……」
「友達だから、やめとけって言ってるんだ。ミスミくんが傷つくのは見たくないからね」
「……そうかな……僕的には、行ける気がしているんだけど……」
「俺には君が彼女の捨てたゴミを漁る姿が見える」
「そんなことしない!」
「ついには欲に耐えかねて法を犯す姿もじわじわと見えてきた」
「ひどい!カジくんのばか!」



「カジくん」
「なんだいミスミくん」
「さり、っサリナちゃんの、お名前が分かったよ」
「……誰だっけ」
「ぼ、僕のす、っすき、な、人だよっ!」
「ああ」
すっかり忘れていた。あれから一ヶ月くらい経ったか。ていうかまだ諦めてなかったの?とすら思う。だってあれからミスミくんってばその話しなかったし。
それでどうした、と詳しく聞いてみれば。最早皆無と見られたサリナちゃん(仮)であったが、ミスミくんは熱が出るほど考えたらしい。確かに彼女はあの授業を取っていない、よって会えない。大学内を虱潰しに探すというのも気が遠くなる話だ。リアルな話、悲しいかな、ミスミくんは馬鹿なので、単位の掛かった追加課題の提出期限が重なった上に迫っていてそれどころではなかった、という事情もある。そうして彼女を探すことを諦めたミスミくんだったが、キーボードをぽちぺちと叩いている間にぴんときたらしい。サリナちゃんには会えない。それはもう分かった。だがしかし、サリナちゃんの友達の男の子になら、授業に出てさえいればまた会えるのではないか?ということについに思い至ってしまったのだ。そしてミスミくんは来る日も来る日も、真面目に授業を受けている振りをして彼のことを見つめ続け、ついには後をつけ、会話を盗み聞きし、ついにサリナちゃんの本名に辿り着いた、と。お友達の彼は授業中寝てばかりだったよ、と胸を張ってさも自分は真っ当な人間であるというようなことを暗に宣うミスミくんの肩をそっと叩いて、口を開いた。
「ミスミくんに素敵なことを教えてあげよう」
「なに」
「日本では平成12年にストーカー規制法が制定されてね、それまでは民事不介入によって規制されなかったつきまとい行為が規制されるようになったんだよ」
「だから僕はストーカーじゃない!」
「ちなみにストーカーは大きく5つのパターンに分けられていて、全体の特徴としては」
「わー!」
特徴としては、自分が相手を好きという感情を抱き続けることであり、それは本人の中では恋愛感情に他ならない。また、証拠・根拠がないのに相手が自分を好きであると信じる、逆に相手が自分を嫌っている証拠・根拠があっても相手が自分を好きであると信じて疑わない、と。とにかく何の根拠もなく何故か相手は無条件に自分のことを好きだと思い込んでしまうのがやばい、ってことらしい。要約、ばい、ウィキペディア。
最近調べた知識をつらつらと並べ立てると、難しい言葉の羅列に付いてこられなくなった頭の出来が宜しくないミスミくんが、目をぐるぐるさせていた。分かりやすくテンパっている。
「なんでそんなことを調べているんだよ!」
「ミスミくんが犯罪を犯す前に止められたらと思って」
「えっ、ぼ、僕のため」
「それで?ミスミくんはサリナちゃん(仮)の友達をストーキングした結果何を得たんだい」
「……名前が、分かったよ」
ストーキングはしていないけれど、と腑に落ちない顔のミスミくんがぼそぼそと呟いた。名前が分かったって大進歩じゃん。やってることは犯罪行為すれすれだけれど、それだけ本気だってことだよな。
「なんていうの?」
「ふしみさんって言うんだ……素敵なお名前だと思わない……?」
「……苗字?」
「多分」
「のみ?」
「そうだね」
「一回死んだら?」
「ええっ」
「ストーカーならストーカーらしくもっときわっきわまで攻めろや!アホか!その頭にはクソしか詰まってねえのかボケカス!」
「うええ、か、カジくん、最近めちゃくちゃ、口が悪いよお」
「やり直しだドアホ!」
「ぎゃんっ」
蹴り飛ばした。



ミスミくんは案外しつこかった。名前が分かったことで弾みがついたのか、気付かれていないのをいいことに、お友達の彼をストーキングしては彼女に無理矢理辿り着き、ついに遠目から見守るようになった。今日は少し暑かったから薄着だったんだ、と薄ら笑いを浮かべながらふしみさんの話をするミスミくんはいくら友達と言えどもマジで気持ち悪かった。あいつほんっとやべえな、って思った。いっぺん現実見せないと駄目かもしんない。だから、知り合いの中で一番顔が広くて、サリナちゃん、もといふしみさんのことを知っていそうな友達に、頼ることにした。今回二人きりで飲みの席に誘ったのはそんな理由である、と告げて頭を下げる。
「梶原くん」
「頼むよ伏見くん、同じ名前のよしみと思ってふしみさんを探してくれよ」
「あのさ、梶原くん」
「犯罪の片棒を担ぎかけてんのは分かってんだって!でも頼むよ!ミスミくん、彼女にこっぴどくされないと絶対諦めないよ!このままじゃ家とか突き止めかねないよ!」
「それは困るわ」
「だろ!?」
「いや、だから、ねえ、梶原くん。落ち着いて話を聞いて欲しいんだけど」
「うん」
「ふしみさん、だっけ?」
「そう。苗字」
「それ俺だから」
「……いやいやいや、流石にミスミくんでも、男と女の区別はつくって」
「俺かなりその区別つけるの難関だと思うんだけど」
「いやでもほら、ええ?それはないって、いやいや」
「似てるじゃん、その、なんとかちゃん」
「似て……」
「ね。ほら」
「に、似てる、かもしんないけど、それはざっくり分けたらじゃん……」
「ていうか心当たりあるし。シャーペン拾ったし、授業代わりに出たし、最近小野寺がストーカーに遭ってるし」
「……ミスミくん……」
「なんかごめんね」
「……あいつ、どこまで頭悪かったら気が済むの……」
頭を抱えて机に突っ伏すと、まあまあ飲みなさいよ、とメニューを差し出された。ミスミくんの馬鹿、俺が恥ずかしい目に遭ったじゃないかよ、あの野郎ほんとろくでもねえな。一杯目だった生を一気飲みして、伏見くんからメニューを引っ手繰った。こうなれば自棄酒というやつだ。俺あんま酒強くないけど。



「はいこれ」
「うわああ……あわ……ふしみさん……」
「男だよ」
「すごい……カジくんはすごいねえ……」
「ねえ、男だよ、そいつ」
「ぼ、僕はカジくんのこと、本当に尊敬しているよ!このっ、この、写真を、送ってくれたらもっと尊敬するよ!」
「耳腐ってんのか」
「あいたっ」
「男!伏見くん!俺の知り合いの!男!」
「……え……?」
前髪で隠れ気味の目を丸くしたミスミくんに、彼は正真正銘れっきとした男であること、同じ授業を受けていた縁があれやこれやした結果この事実が発覚したこと、よってミスミくんの恋は絶対に実るはずのないこと、などを懇々と説明する。こくこく頷きながら聞いていたミスミくんは、はああ、と感嘆したように溜息をついて、俺の携帯に表示されたままの写真にもう一度目を落とした。こないだ飲みに行った時に、ミスミくんに見せるためだけに撮った。そうじゃなかったら自撮りなんてしない。見れば見るほど、まあ確かに伏見くんは、女の子みたいな顔はしている。けど当たり前ながら、中身はちゃんと男の子だし、彼女いるらしいし。ちなみに自棄酒をした俺は、二杯目を飲み始めてから家に帰り着くまでの記憶が殆どない。伏見くんに迷惑かけてなければいいんだけど。
「ふしみくん……」
「学科違うから会えなかったんじゃない。俺が知り合ったのも、短期バイトでだし」
「……や、やっぱり、すてきだ……」
「……ん?」
「男でも、いい。す、素敵な人、ってことに、変わりはないし」
「は?」
「むし、っむしろ、おともだち、になれる可能性は、上がったかもしれない、し」
「……ミスミくん」
「はいっ」
「もう好きじゃない?」
「えっ、す、すきだよ?だいぶ好き、むしろ好き、せっ、性別が同じなんて、運命かもしれない」
「……………」
「カジくん?」
「ミスミくんのホモ!」
「ちっ、ちがうよお!」



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