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ずっと好きだった



いろんな話をした。高校の時の思い出話もしたし、その後の相手が知らない自分の話もした。けど、二人共通した思い出を持つ、文化祭の時の話が一番盛り上がった。遅くまで残って準備をしたとか、打ち上げまで取り仕切らされて大変だったとか、担任の先生がアイスを買ってくれて嬉しかったとか。頼んだ飲み物が空っぽになるまで話して、時間を見ることも忘れて。あんなこともあった、こんなこともあった、と話している間も、マスターはカウンターの向こうでカップを磨いていた。遅くまでやっている店という噂は違いないらしい。ポケットの中で震えた携帯を取り出して待ち受け画面を見て、目を丸くする。終電行っちゃった。
「ごめん、こんな時間まで」
「ううん。楽しかったから大丈夫」
またのお越しを、と見送られて、取り敢えずは駅の方へと向かう。駅にならタクシー乗り場があるから、有馬を乗せてお金を持たせよう。人通りのない道を抜けて駅前に着くと、人っ子一人どころか、車すらいなかった。時間も時間だから、そりゃそうかもしれない。待っていればタクシーは来るだろうと二人でベンチに腰掛ける。さっきの話の続きが何とは無しに始まっては、笑って。少し会話が途切れたので、手持ち無沙汰なのもあって、自動販売機でお茶を買って渡した。喋ってると喉乾くよね、なんて言葉と共にキャップを捻る有馬に頷いてみせて、自分もお茶を傾ける。それから程なくして、タクシーが来た。
「あ、来た」
「……うん、あの、これ」
「なに?あっ、やだ、受け取れない」
「駄目だ、これで帰って」
「や、それは……」
「お願い。俺が引き止めたみたいなもんだから」
いくらかかるか分からなかったからお札を握らせたら、有馬は手をグーにして受け取ってくれなかった。けど、こっちだって引くわけには行かなくて、運転手さんに、これでお願いしますとお金を渡してしまう。足りない分は申し訳ないけど自分で出してくれと頼むと、渋々ながらに頷いた。不貞腐れたみたいな顔は見たことなくて、少し胸がときめいた。
「じゃあ、」
「待って。また会おう、来週でいい?再来週?お金返すから」
「えっ」
「あのお店で待ち合わせね!細かいことはまた連絡するから!」
「あり、」
「おやすみ!」
ばたん、と閉まったタクシーの扉に、置いてきぼりを食らう。窓の中からぶんぶん手を振られて、ぎこちなく振り返すと、車は出発してしまった。また、って。来週か再来週、って。
「……ええ……?」

クラスのグループラインから辿ったらしい、有馬からの直通のメッセージはその日のうちに届いた。本当に申し訳なかったという旨と、借りっ放しじゃ胸が痛むという切実な文に、全額返さなくても構わないのでさっきの店でコーヒー一杯奢ってくれないか、と返せば、泣きながら敬礼したウサギのスタンプと、ぺったりと伏せるように土下座したクマのスタンプが送られてきた。かわいい。
お互いの予定を擦り合わせて、会えるのは次の週の土曜になった。バイトがあるから、とクラス会に来た時間と同じくらいを指定されて、駅前で待っている。今日は正真正銘二人きりだ。酔いも回っていない。コーヒーを一杯飲む間だけはへましないようにしないと、と一人で拳を握っていると、ぱたぱたと小走りの足音が近づいて来た。振り向けば、ぽんと肩を叩かれる。
「おまたせっ」
「……そんなに待ってないよ」
「ごめんね、この前も本当に助かったよ」
「別に、そんな」
「金欠なもんでしてね」
「バイト漬け?」
「ほぼ毎日よ。使い勝手がいいのかなー、シフト入れられまくり」
「大変だね」
「楽しいんだけどね」
にっこりと笑った彼女は、この前よりもお化粧が薄いように思えた。白いブラウスに、紺のガウチョ。思っていたよりもラフな格好に、似合ってるよ、と思って、思うだけで言えるわけもなく。今日は髪を下ろしていて、ピンで留めていた。高校生の時と何処と無く被る。なんの気も無しにぼんやり見てしまっていたことに気づいて目を逸らせば、前を向いて歩いていた有馬がこっちを向いた。
「そういえばさ」
「ん」
「唯山くんって彼女いないの?」
「ぐっ」
「や、なんか、今更気になって」
「……いない」
「そっかあ、そうだよねえ」
「ど、どういう意味」
「いやいや、彼女とかいたら、こうやって出掛けるのとか嫌がるんじゃないかなって思って」
そうだよねえ、に、彼女がいなくて当たり前みたいに見えてるのか、とショックを受けたけれど、有馬が架空の彼女を思いやって言った言葉だったと分かって少し安心した。はああ、と肩を撫で下ろすと、落ち込みなさんな、と肩を叩かれて、くそう、と思った。おちょくられている。
今日はこの前よりも早い時間だからか、お客さんが二人いた。この前と同じようにカップを磨いていたマスターが目を上げて、柔らかく微笑む。ゆったりと流れている音楽は、今日は女性の曲だった。貴方を包む全てが優しさで溢れるように、と歌い上げているのを耳に止めた有馬が、メニューを見ていた目を上げて、口元を緩めた。
「あたし、この歌好きなんだ」
「……そうなんだ」
「うん。唯山くん決まった?」
「アイスコーヒー」
「好きだねえ」
「……甘いのが苦手なんだ」
「そっか」
俺は前と変わらなかったけれど、有馬はカフェラテを頼んだ。どうぞ、と出されたカップにはふわふわのミルクに絵が描かれていて、二人して盛り上がってしまった。だってすごかったから。
飲むのがもったいないなあ、と写真を撮る彼女を笑ったり、それで怒られたり。嬉しいなあ、と思った。幸せだと思った。こうやって二人で話す日が来るなんて思ってもみなかったから。高校生の時だって毎日会う度、好きだなあ、と思い続けてきたんだ。今だってそれは変わらない。ただ少しだけ大人になったから、自分を隠すのが上手になっただけで。頰に当てられた指先から、歩くとかつかつ音がする靴を履いた爪先まで、出来ることなら全部自分のものにしたい。けれど、それを告げたら有馬はどんな顔をするだろう。こんな風に笑ってくれなくなるかもしれない、もしかしたら会ってくれなくなるかもしれない。そっちの方が俺は怖い。臆病者だ。高校生の時から好きだったなんて、引かれるかもしれない。そんな想像がこの先にブレーキをかける。
「それで、あ」
「ん?」
「この曲も好き。ほら」
「……んー」
話を遮って静かになってしまった有馬に合わせて、黙り込む。ずっと、好きだったんだぜ。そう歌われて、胸が苦しくなった。そんなの、自分が一番分かってる。けど言えないんだ、臆病者だから。ギターの音に、そういえば高校生の時もそう言われた気がすると思い出す。まだ俺は彼女と話すことにとてつもないプレッシャーを感じていて、毎日必死で、好きだとは言えないけれどせめて良いやつであろうとしていた。ばくばく鳴る心臓を押さえつけて一緒に作業をしていた時、教室の前の方でウォークマンをスピーカーに挿して音楽を流していた奴らが、この曲を流したんだ。有馬はぱっと顔を上げて、俺の方を見て笑った。あたし、この曲好きなんだ。唯山くんは、好きな音楽とかある?そう聞かれて、俺は答えた。そこから、少しずつ会話できるようになったっけ。そういえば、これが始まりだったんだ。聴き入る彼女に、高校生の彼女が重なって、フラッシュバックする。やっぱり、どうしようもなく、好きだ。心臓が潰れそうなくらい、ずっと忘れられないくらい、好きなんだ。
「……有馬は」
「んー?」
「彼氏とか、いるの」
「今はいないかな」
「そう……」
「どうして?」
「……なんとなく」
「ふうん」
ギターの音が止まった。カップに口をつけた有馬は、俺に目を合わせてくれなくて、なんとなく、っていうのが嘘だってばれているように思った。言って仕舞えばきっと、今のようにはいられない。せっかく久しぶりに会えて、二人で楽しく話せるようになったけれど、この関係は崩れて無くなるだろう。けど、そんなこと分かってんだけど、堪えているのは辛くて、それが今の関係を打ち壊しにする爆弾だとしても、吐き出したくて。思い出ごとさよならするくらいならこの気持ちを抱えたまま仲良しこよしを続けようとか、そんな日和ったこと言ってらんないくらい、溢れた思いは止まりそうもない。
「有馬」
「……ん?」
目を、上げてくれた。かちゃ、とカップを置いた有馬が、目を細めて笑って、首を傾げる。優しくて、明るくて、元気で、体を動かすことが好きで、でも女の子らしくて、大人びてしまった今もそれは変わらなくて、相変わらず綺麗な君のことが。
「ずっと、好きだったんだ」
「……へ」
「俺、ずっと、高校生の時から、有馬のこと、好きで。今も好きで、だから、その」
「……ぇ、えと」
「あんま、優しくされると、勘違いするっていうか……」
「……………」
「……有馬?」
かああ、と赤くなった彼女は、今にも泣き出しそうに眉を寄せて、きゅっと唇を引き結んでしまった。やっぱり嫌だったよな、こんなこと急に言われて。ごめん、と謝ろうとしたと同時にぽそぽそと呟かれて、聞き返す。
「えっ?」
「……っし、知って、たっていうか、高校生の時、のこととか……」
「……え」
「お、女の子は、そーいうの、意外と敏感なんだからさあ、気付くっていうか」
「えっ、待って」
「待たない」
「しっ、なんっ、知って、どこまで」
「……嫌われてはないなあって、いうか。好かれてるのかな、って、思ってたよ」
「……………」
「……あは、真っ赤」
「……お前もだ……」
ふにゃ、と笑われて、熱くなった顔を腕で隠すように突っ伏す。知ってたってなんだよ、気づいてたってなんだよ、じゃあ俺がもだもだしてたの全部ばれてたんじゃねえかよ。はああ、と有馬の方から溜息をつく音がして、俺だって溜息を吐きたい。いっそ殺してくれ。
曰く、別に確信があったわけではなかったと。そう思われていたら嬉しいという贔屓目もあった、との言葉に、ちょっと元気が出た。嫌じゃないんだ、嬉しいんだ。でも俺からはなにもできなかったし、だから有馬からもなにも言わなかった。そのまま卒業を迎えて、進路はばらばらになって。きっと自分の欲目だったんだと思った、と彼女は自嘲した。そんなことは無かったと知ったのは、つい今さっきのことだ。
「……あたし、唯山くんが好いてくれてた、高校生の時の有馬かなたじゃないよ」
「うん」
「彼氏だっていたよ。そんなに好きじゃなかったけど」
「うん」
「それに、貴方のことだって、本当に何にも考えずに声掛けたの。もしかしたら、心の何処かで、あたしのこと好いてくれてたかもしれない唯山くんなら優しくしてくれそうだって、計算してたのかも」
「うん」
「それに」
「もういいよ」
「……だって、」
「俺は、久しぶりに会って、有馬は変わってないなって思ったよ。知らない話されたら確かに寂しく思ったけど、それだけで高校生の時と別人になれるわけないじゃん。同じ人なんだからさ」
「……うん」
「こないだ顔見た時、好きだなあって、思ったんだ。忘れられないなって、思ったんだ」
「……………」
「俺は、有馬以外の人にはきっとそんなこと思えない。だから、高校生の時の有馬と違うところなんてないんだよ」
「……あるよ」
「ない。あるとしたら、それは大人になったって言うんだ」
「……言い回しじゃん」
「大人になるのは良いことだよ」
「なにそれえ……」
さっきとは反対に、俺は起き上がっていて、机に突っ伏した有馬がうんうん唸った。だって、みんな本当のことだ。素直になるというのは案外簡単で、それでいて心地良いものらしい。
あたしずるいよ、失望するかも、良い子じゃないし、すぐ怒るし、と何故かマイナスアピールを始めた有馬に、まあそういうところは今のところ見たことがないから遭遇してから考える、と答えると、そういうところも好きだって言えよ!と切れられた。怒るの早すぎだろ。びっくりするわ。
「で」
「……なんですか……」
「答えは」
「……ぅ」
「俺も恥ずかしいんですけど」
「……待って」
「待たない」
「女心の分からない奴だなあ!」
「待てない。随分溜めたから」
「……高校生の時って、いつから」
「そんな細かいことはいいだろ」
「三年の時とか?」
「一年だよ」
「やー……長いぃ……」
「だから、もう待てない。嬉しいか嬉しくないか答えて」
「ぅ、嬉しいけど」
「俺と付き合えるか付き合えないか答えて」
「え、う、つ、付き合えないことはない」
「付き合ってくれるかどうか」
「質問攻めか!馬鹿!雰囲気は無しか!」
「だってもう好きだって言ったし。有馬が俺を好きかどうかは、ちょっと、ちゃんと聞いたら答えによってはこの場で倒れるかもしれないから、聞かないでおく」
「あー!もう!唯山幹くん!」
「は、はい」
「好きだ!」
「……………」
「……?」
「……………」
「……え、なんか顔青……大丈夫……?」
「……だぃ、じょぶ、いき、できな、だけ」
「息出来ない!?大丈夫なの!?」
「ぅ、うん」
「どっち!?」
死ぬかと思った。けど晴れて結ばれました。
ちなみに直には「一生のお願いだから一日交代してくれ、できれば初お泊まりとかの日に」と最低のお願いをされたので、後日顔が腫れ上がるほど殴り合って大喧嘩をした。


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