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おはなし




「ねえー、あの、あのさあ?」
「ん」
「友達に誕生日のプレゼントをあげたいんだけどさあ」
「ふうん」
「灯ちゃんだったら、こう、例えば、その友達が男の子だったとしてね?なにあげるかなあって」
「……プレゼントなんて、しないから、知らない」
「都築くんにあげるんだと思って考えてよお」
「ぶっ」
「灯ちゃん、ねえ、頼むよお、真希ちゃんには自分で考えなさいって言われちゃったんだよ」
「けほっ、けほ、っし、そんなの、知らないよ」
「考えてよお!都築くんのお誕生会は明後日なんだよ!」
そんなこと知ってるであろう灯ちゃんが、ぐっと言葉に詰まった。動揺して蒸せ返るくらいなのに隠せてる気になってんじゃないよ、もっと上手くやりなさいよ、と思う。ぷい、とそっぽを向いてしまった灯ちゃんの頰が赤くなっていたのが可愛くて、ねえねえねえ、と言いよってみる。
「一緒に買い物に来てよお」
「やだよ」
「ねええ!灯ちゃあん!」
「うるさい」
「お願い!お願いお願い!」
「嫌です」
拒否られてしまった。結構しつこくしぶとく言いよったんだけど、駄目だった。ちぇっ。
真希ちゃんにも灯ちゃんにも断られた今、別の人に聞くしかない。暇そうな男を探す旅に出よう。女子はあれだ、よくない。灯ちゃんには一緒に買い物に来てって言ったけど、それは「灯ちゃんと買い物」っていうイベントを楽しみたいだけであって、誰とでもいいわけじゃないのだ。女の子だとなんつーか、結局のところは誰にあげるのかをはっきりさせなきゃいけなくなる。それは困る。
「前髪切り過ぎちゃって」
「お似合いです」
「……どういう意味?」
曲がり角で、弁財天くんと後輩くんにばったり出会った。スケッチブック持ってると、部活やってます感あるよね。ていうか、弁財天くん部活まともにやってたんだね。この前江野浦くんに、なんで部活さぼるんだよ!って言われて、学校じゃなくても絵なんて描けるじゃん…ってびっくりしてたから、意外と不真面目なのかと思ってたよ。
「おう、兄ちゃん、いいもん持ってんじゃねえか」
「……はあ」
「誰ですか?」
「高井さん」
「名前です」
「……自分で聞いてよ」
「お名前はなんて言うんですか?」
「たまこだよ」
「たまこ先輩!」
「うおおふ……」
きらびやかだ。先輩とか、呼ばれてみたいランキングの確実に上位でしょ。テンション上がりまくりだわ。やるな、後輩くんよ。
どう絡みに行こうか迷った挙句古き良き不良テイストになってしまったけれど、そこには深く突っ込まないでいてくれるらしい。優しい。お時間あります?とさりげなく聞き、本題に移るとした。弁財天くんはターゲットに近いから、ほしいもの知ってるかもしんないし。
「お誕生日にプレゼントもらうとしたら、何が嬉しい?」
「ゲーム」
「出来れば同い年の女の子からもらうことを前提にしてくれるかな」
「……ええと……」
「はい!」
「後輩くん」
「お料理です!」
「きみ、さては年上の女性に好かれるタイプだね!?」
「ええ!?」
「さらっとなんてことを言うんだ!それはもう彼女とかがやるやつでしょ!」
「で、でも、ハンバーグもらったら嬉しいですよね?」
「嬉しい」
「まも、俺は嬉しいので、みんなも嬉しいかと思って、言いました」
「……貴重なご意見だ……」
「当也先輩!俺、たまこ先輩のお役に立てました!」
「おめでとう」
ぺちぺちぱち、と適当な拍手をしている弁財天くんは完全に他人事モードである。まあ確かに考える間もなくゲームとか言っちゃうしな……あんまり参考になんなそうだしな……うん。
後輩くんと弁財天くんとばいばいして、廊下を歩き出す。他に誰かいないかな、と思いながら窓の外を見たら、花壇の横に朔太郎くんと江野浦くんが見えた。ここは二階だから、一回降りて声を掛ける必要がある。それまでいなくならないていてくれたらいいんだけど。
「おーい」
「珠子ちゃんだ」
「……なんか用か」
「ここのかとおか」
「うるさい」
「なにしてたの?」
「土の入れ替え。大変だから航介に手伝ってもらってんだあ」
上からじゃ分からなかったけど、隣に来てみれば分かる。確かに二人とも土で汚れているし、汗がだらだらしている。ふわふわに掘り起こされた土に刺さったシャベルを抜いて、どうしたの、なにかあったの?と朔太郎くんが首を傾げた。それに答えるより前に、航介くんがペットボトルを傾けて、空っぽになったそれをべきべきにしたので、試しに交換条件を出してみることにした。
「あのねえ、質問があるの」
「うん」
「真剣に考えて欲しいの。だから、今から飲み物を買ってきてあげる」
「うん?」
「飲み物と引き換えに、高井珠子の質問について真面目に考えてくれますか」
「……別に、飲み物くれなくても真面目に考えるけど」
「買ってくるから!ここにいてね!」
「おー……」
「貰えるならラッキーくらいに思っとけばいいんじゃない」
「悪いだろ」
「それなら今度買って返せばいいよ、プラマイゼロ」
「そうか?」
背中でそんな会話を聞きながら、急いで自販機へ向かう。確かに真面目に考えて欲しいって打算もあったけど、自分がしれっと通り過ぎてる校内の花壇にはあんな力仕事が隠されていたなんて知らなくて、朔太郎くんが花々にこだわる気持ちも分かった気になってたのが申し訳なくなって、ちょっとその場にいられなかったっていうのもあった。誰かが整備しなくちゃ廃れていくなんて、当たり前のことなのにね。
一番近くの自販機でペットボトルのお茶を二本買って、冷たいうちに持っていかねばと急ぐ。学校の自販機って外より安いからいいよね。二人に一本づつ渡せば、別にいいのに、と口では言いつつすぐに開けて半分以上飲み干していたので、体は正直だぜ!と思った。一頻り喉を潤して生き返った二人は、読み通りとても義理固いので、真面目な顔でこっちに向き直ってくれた。これは期待度高いのではないかな?
「それで?真面目にちゃんと考えてほしい質問って?」
「ある人がもうすぐ誕生日なんだけどね、プレゼントをあげたいわけですよ」
「ほう」
「でもいい案が思いつかなくて」
「誰?」
「江野浦くん、それは聞いちゃいけない」
「そうか」
「馬鹿だなあ航介、美術の先生に決まってるだろ」
「おじいちゃんじゃん!違うよ!」
「そうなの?」
「二人と同い年の男の子だよ!」
「ははん、分かったぞ。名探偵さくちゃん」
「誰だよ?」
「だから江野浦くん!」
「ああ、ごめん」
「それで、自分だったらどんなプレゼントが欲しいかなって、調査してるんだけど」
「自分だったら、でいいの?」
「いいよ」
「肥料。ここに撒くやつ」
「ごめんね朔太郎くん、自分じゃない人にあげる体にしてくれるかな」
「うん」
真面目すぎるのも問題だった。男の子がもらって嬉しいプレゼントってことでオッケー?と聞かれて、オッケー、と親指と人差し指をくっつけて丸くする。なんだろうなあ、プレゼントなんて滅多に貰わないから貰った事実が嬉しいよな、と顔を見合わせた二人はしばらく考えて、江野浦くんが口を開いた。
「今のペットボトルみたいな、その時必要としてるもの貰えたら、普通に嬉しい」
「気遣い的なね。物より気持ちって言うし」
「男が貰って嬉しいって言うか、人として嬉しいって話かもしれないけどな」
「ほうほう」
「食べ物はいつ貰っても嬉しいかね」
「嬉しいな」
「やっぱりお腹が満たされたい感じですか」
「満たされたい感じですね」
「男子高校生ですからね」
「ふむ」
ちょっと方向性がまとまってきた。大事なのは気持ちだとはっきり言ってもらえたのはありがたい、プレゼントを考えてる時間までプレゼントだってどっかで見たことあるし。頷きながら聞いていると、食べ物という単語に反応してかどちらかのお腹の虫が鳴いた。満たされていないらしい。鞄にお菓子入ってたのにな、持って来ればよかった。
「あとはなんだろね」
「……文房具とか」
「使えるものってこと?」
「そうだな」
「珠子ちゃん、プレゼントはわたし☆とかやってみてげぶっ」
「やだー!」
「……おおう……」
ちょっとはたいただけなのに朔太郎くんがすっ飛んだ。地面にバウンドして動かなくなった朔太郎くんを目で追って、あたしの手を見て、もう一度確認するように朔太郎くんを見た江野浦くんが、もしかして力が強すぎたのでは?と素直な感想を述べてくれた。それはあたしもそう思う。でも朔太郎くんがあんなことを突然言うのもいけない。保健室に連れて行くべきか江野浦くんに聞けば、足の骨が折れててもスキップできるような奴だから恐らく構って欲しくて死んだふりをしている、と教えてくれた。
「じゃあねー」
「飲み物ありがとな」
江野浦くんと別れて、校舎内へ戻る。一番に上がるのは食べ物、気持ちが込もったものだとなおよろしい、となると、やっぱり手作りのお菓子とかが嬉しいのかもしれない。我ながら言うのもなんだけど、泣いて喜びそうだしな。日持ちするものがいいかなあ、それともお誕生日なんだからケーキとかがいいのかなあ、とぼんやり思っていると、職員室から都築くんが出てきた。ナイスタイミング。
「つづきくん」
「うん?」
「突然ですが、好きなお菓子はなんですかね」
「……うん?」
「好きなお菓子」
「ゼリーです」
「ゼリー……」
「あととんがりコーン」
「とんがりコーン……」
「……お気に召さなかったようで……」
「……うん……」
「えっと、なに、なんで?」
「……プレゼントを……」
「……あっ!俺の誕生日!」
「いえ」
「えっ!?違うの!?きっとみんなそうだと思ってたよ!?」
みんなとは、と聞けば、いろんな人にプレゼントのお勧めを聞いて回っているのをさっき見かけましたので、と返された。見られていたならしょうがない。白状しよう。
「誕生日プレゼントあげるの、都築くんにじゃないんだ」
「改めて言われんのめっちゃ傷つく……」
「でも今ばれちゃったからあげるね」
「ありがとう」
「とんがりコーンとかゼリーじゃなくても貰ってくれる?」
「うん。作ってもらったものなら、なんだって嬉しいよ」
にっこりと笑顔を向けられて、嫌味がない、流石数段上のイケメン、とぼんやり思った。外の花壇で二人と話してた辺りからあたしの後ろを尾け回してストーキングしてる奴にも見習ってほしい。ばれてないとでも思っているんだろうか。
作るものは、調べてから考えることにした。今これにしようと口に出したら、ばれてしまうかもしれない。そしたら、楽しみがなくなっちゃう。幸運なんだか不幸なんだか、都築くんと同じ誕生日だから、きっと高校に入ってからは周りから生誕を祝われまくってちやほやされてる都築くんを恨みがましい目で見ていたであろうストーカーを無視して、クラスに戻った。鞄の準備をして扉を出ようとしたら、ぴゃっと目の前を人影が横切って、足を止める。
「たっ、たまちゃ、今帰るとこ?」
「うん」
「おれも、帰るとこ、だから、一緒に」
帰るとこっていうか、ずっと後ろにいたじゃんかさ。言わないけど。でも最後にはちゃんと目の前に出てくる勇気は好印象。何故かぜはぜはしながら頭からは葉っぱをぶら下げている仲有に、チャリの後ろに乗せてくれるなら一緒に帰ってやってもいい、と告げた。こいつにだけは「男の子に誕生日プレゼントをあげるとしたらどんなものがいいと思う?」とは聞かない。
「仲有なにしてたの?」
「え、う、ひ、秘密」
「そおー」
「たまちゃんは、なにしてたの」
「ひみつー」
「……そお……」
「すぐ分かるって。ね」

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