このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

まもりくんのおうち



「えーっ!当也、真守くんのお家に行ったの!ずるい!」
「……不可抗力だよ」
「いいなあ!俺も行きたかったあ!」
「お願いしたらいいじゃん」
「……お願いしたら連れてってくれるかな?」
「俺が行った時は嬉しそうだったけど……」
「おほお……こ、後輩の家に突撃……」
「……にやにやしないでよ、気持ち悪いな」
「だって、憧れイベントでしょお!仲良くなった感があるじゃない!」
「別に俺は、油絵の具貰いたかっただけだし」
「ちんたら唐揚げ食べてる間に電車無くなっちゃった奴が何言ってんだよ!」
「う」
「よおし!真守くんにお願いするぞお!」
「……唐揚げ食べてたから電車に乗れなかったわけじゃ」
「真守くんのお兄さんに車で送ってもらったくせに!話が思ったより弾んじゃったくせに!」
「うう」
「……当也は、年上好き、と……」
「ち、ちがう」
「年上の男好き、と」
「朔太郎もう嫌い」
「いった!なに今の!?何で殴った!?鉄パイプ!?ていうか今嫌いっつった!?ごめん!ごめんってばあ!」



「うちですか?いいですよお」
「やったー!」
「さくちゃん先輩もうちに来てくれるなんて、嬉しいです、えへへ」
「特に用事ないけど行っていいの?」
「はい」
「やったー!やりました!」
「夕ご飯食べますか?」
「食べまーす!」
諸手を挙げて喜べば、真守くんも一緒に喜んでくれた。なんて素敵な後輩だろう。好き。
さちえにもちゃんと連絡したし、お土産も用意した。お土産っていってもそんな良いもんじゃなくて、普通に高校の近くのスーパーで売ってる在り来たりなお菓子なんだけど、まあ大事なのは気持ちかなって。ちゃんと甘いのとしょっぱいの用意したし。
「電車だっけ」
「はい、すぐつきます!」
「なんていう駅?」
「ええと……」
「路線図を見よう」
「あっ、これです!ここ!」
「……すぐかあ……」
「さくちゃん先輩?」
「……真守くんは気長な良い子なんだね」
「はい?」
俺も気長に電車に乗ることにした。運良く空いてたので、座れたし。別にいつもがらがらなわけじゃないよ。多分。
「真守くんのお家にはお兄さんとお姉さんがたくさんいるらしいね」
「6人います」
「いいなあ。俺、上にいないから」
「妹いいじゃないですか!うらやましいです」
「無い物ねだりだね」
「そうですねえ」
うちは家族がたくさんだから、例えば夜遅くにお腹が空いちゃったとして、台所をうろうろしていると、お兄ちゃんかお姉ちゃんが真守にお夜食を作ってくれるのですよ。そんな話を聞きながら、真守くんは家では自分のこと名前で呼ぶんだなあ、可愛がられているんだなあ、と思った。当也の話によれば、一番上のお兄さんはかなり年上みたいな感じだったから、さぞかし可愛いんだろう。俺も友梨音かわいいしな。
「でも今日はお姉ちゃんしかいません」
「そっかあ」
「お姉ちゃんのコロッケはとってもすっごく美味しいんですよ、さくちゃん先輩もきっと気に入ります」
「お姉ちゃん何人だっけ」
「三人です」
「……三人か……」
「せんぱい?」
「……い、一緒にお風呂、とか、入ってたんでしょう?」
「はい」
「ぐああああ」
「あっ、いっ、今は入ってませんよ!もうだめ!ってちゃんと断ってます!」
「真守くんが断ってるの!?お姉ちゃんは入りたいの!?」
「えっ、ん、んん……!」
「なにその羨ましい環境!逆シスプリ!?」
「そ、そんなに、うらやましいですか」
「ぎゅーとかちゅーとかすんの!?ねえ!真守くん!」
「うわわ」
騒いでる間に駅に着いた。車内にいた方々、うるさくしてごめんなさい。ここからは歩いて行こう、ということになり、スーパーの袋をがさがさしながら歩く。まあ、ほら、まさか本当にお姉ちゃんがそんなべったりなわけないし、えっちなゲームじゃあるまいし、羨ましいとは言っても、ねえ?俺が過度に妄想しすぎてる、に一票。
「ただいまあ」
「おじゃましまあす」
「まもちゃんおっかえりー!」
「ふぎゃ」
「おっ……」
思わず低めの声が出てしまった。人間驚くと思っても見ない声が出るもんだ。玄関扉を開けてすぐ、走り寄ってきて真守くんに飛びついた、こう、ぽよんぽよんっていうか、ばいんばいんっていうか、たゆんたゆんっていうか、率直に言うとおっぱいが大きくて似合う擬音はふわふわって感じのお姉さんが、嬉しそうに真守くんを抱きしめている。なんだ?どうした?いつからここはえっちなゲームの世界になったんだ?
「みりねえちゃ、くるし、くるしい」
「んん、ごめんね」
「けふん」
「……ま、まも、まもりくん」
「けほ、先輩、みり姉ちゃんです」
「お友だちー?砧美里でーす、こんにちはあ」
「こ、こんにちは……」
「ぎゅーはだめって言ったでしょ!」
「ごめえん」
「……真守くん、ちょっと」
「はい」
「ちょっとこっち」
「はい」
「……なに?あれ実のお姉さん?義理の姉で旦那の幼い頃にそっくりな君のことを溺愛しているとかでなく?」
「実の姉です」
「世間舐めてんのか」
「おっぱいが大きいからですか?」
「それもあるよ……それもありまくるよ……」
「スキンシップ過多で人懐っこくて愛嬌があるからですか?」
「なんで君そんな、男子をピンポイントに殺す姉のポイントを正確に把握してるの?」
「さくちゃん先輩」
「なんだい」
「そういうところで人を判断してはいけませんよ」
「やめて今そういうド正論言うの」
「なんの話ー?」
「みり姉ちゃんがかわいいから好きってさくちゃん先輩が」
「あっ、いや、ゔゔん!あの」
「やだあー、さくちゃん先輩かわいいー、ぎゅー」
「あっ待っ」
「わあ」

「そんなに真っ赤になってるさくちゃん先輩なんて初めて見ました」
「……写真を撮ってもいいのよ……滅多にないから……」
「見滝原先輩に見せてもいいですか」
「だめ」
「ちぇ……」
「……君のお家はさくちゃん先輩には刺激が強すぎる」
「まだあと二人お姉ちゃんいますよ」
「航介だったら死んでるよ……」
「さくちゃん先輩くんはご飯どのくらい食べるー?」
「ひゃっ」
「みり姉ちゃん、さくちゃん先輩にあんまり話しかけないで、おねがい」
「そおー?」
「……君の姉ちゃんリーサルウェポンかなにかか……」
「いえ……」
でもここで帰るのは男が廃るのである。ここまで来たら、あと二人のお姉ちゃんとやらも見ないと気が済まない。多分一番やばくてやばいのはあの、みり姉ちゃんとかいうやつなのだけれど。
「きよら姉ちゃんは寝てますよ」
「……そっと見るだけなら犯罪でない……?」
「今から起こしに行きますけど、夜ご飯だよーって」
「ついてく」
「はい」
きよら姉ちゃんとやらは、美容師さんらしい。だがしかし無資格らしい。何が何だか分からないがそういうことらしいので、深く突っ込まないでおく。
今更ながら広い家だ。平屋だけど、平屋だからなのか、部屋がたくさんある。一応それぞれ自室はあるらしいけれど、自分の部屋にいることは滅多にないらしい。どっかしらの部屋の片隅で丸くなって寝てます、と真守くんは言う。猫かなにかか。からからといろんな襖を開けながら、きよら姉ちゃんどこですかねー、と探していた真守くんが、足を止めた。
「いた」
「……ガチ寝じゃないすか」
「いつでもガチ寝ですよ」
「へえ……」
「言っときますけど、きよら姉ちゃんはいきなり抱きついてきたりしませんからね、みり姉ちゃんだけですからね」
「わ、分かってるよ」
「ほんとですからね」
「うん」
「もお。きよら姉ちゃん、起きて、まもりの友だちが来てるんだよ、ご飯食べよ、」
「んんー……」
「あっ」
真守くんが布団に飲み込まれた。しゃがんで呼び掛けていた言葉の途中で、布団から伸びてきた白い手に引っ張られて、ふかふかの中に消えた。ホラー映画の捕食シーンかなにかかな、と思った。
助けることも出来ず凍りついて見ていると、布団からはみ出ている真守くんの足がじたばたして、むごむご抵抗する声がして、くすくす笑う声もして、しばらくしてすぽんと頭が抜けた。どうやら無事らしい。目を回していた真守くんが、ぼさぼさした頭を振って、もお!と怒ったように布団を叩く。なんかすごい乱れてるけど大丈夫?シャツのボタンとか開いちゃって、カーディガンとか半脱げになっちゃってるけど、中で何があったの?まさかとは思うけど先輩の目の前で実の姉とまたいちゃついてたの?えっちょっと待ってついていけない。そんなすごい速さでフラグ回収されても困る。なにが「いきなり抱きついてきたりしませんからね」だ。
「……まもりくん……」
「はい?」
「……君はとんでもないやつだな……」
「え、な、なんですか」
「……んー、だれえ……」
「あっ、きよら姉ちゃんです」
「……おともだち……?」
よおこそー、とふんにゃり笑った女の人は、ちょっと真守くんに似ている気がした。さっきのみり姉ちゃんさんの時にも思ったけど、柔らかい笑い方とか、間延びした感じとか。似てる、血が繋がってるから当たり前かも知れないんだけど。てろんと肩にかかっている緩いパーマのかかった髪の毛とか、無防備に隙間の空いた鎖骨からちょっと下の辺りとか、細くて白い腕とか、こりゃまた兵器的な女性で……って感じ。俺がおかしいのか、それともこの家の女性が男子高校生を興奮させるフェロモンを出しているのか、微妙だ。後者なら真守くんは男子高校生ではないことになる。うん、でも、本人は知らなかったみたいだけど、女の子のカーディガン着てるしなあ。
ごはんだごはんー、と裸足のまま歩いて行ってしまったきよら姉ちゃんさんについていくと、玄関から扉の開く音がした。ぷんすかしながら乱れた髪の毛を直していた真守くんが、踵を返す。おい、お客さんだぞ、置いてくなよ。
「らんま姉ちゃんだ!」
「その人は普通!?ねえ!真守くん!その人こそは普通なの!?」
「え?みんな普通じゃないですか」
「普通じゃねえから言ってんだよ!」
「ただいま」
「おかえりなさあい!」
「おっ」
「……友だち来てたの」
「うん!さくちゃん先輩!」
「先輩……」
ショートカットの女の人が、スニーカーを脱ぎながらこっちを見た。背が高くて足が長い、スタイルが良いってこういうことか、って感じの人。飛びつかないし、布団に飲み込もうとしない、普通の人だ。きちんと靴を揃えて、ぺこりと俺に頭を下げて、真守くんの頭をぽんぽんと叩いて、横を通り抜けた。
「……真守くん」
「はい」
「……熟年夫婦か……」
「はい?」
「見せつけるなよ!仲の良さを!さっきから!何度も!なんだ頭ぽんぽんて!愛してるのサインか!?」
「えっ、えっと、今のがらんま姉ちゃんで」
「綺麗なお姉さんとばかり血縁関係のある真守くんなんか嫌いだー!ふしだら男ー!」
「ええっ」

2/3ページ