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おはなし



「だだん!第1問」
「はい!」
「残念!まだ答える問題出してません」
「そっか!」
「先走っちゃったな」
「な」
今更再確認するようで本当に申し訳ないんだけども、こいつら、馬鹿なんだろうか?
てへぺろってやつだよな、かわいこぶっちゃったな、と二人で小突きあってる有馬と小野寺を冷たい目で見ながら、苛立ちが抑えきれなかった。お前らは馬鹿だ、と声に出さなかったことを褒めて欲しい。にこにこしながら二人のクソ小芝居が終わるのを待ってる眼鏡サイコ野郎も悪い。野放しにしないで出来れば早めに葬ってほしい。弁当にはお台所から出て来てほしくない。巻き込まれ事故は可哀想すぎる。
「なにしてんの?」
「航介はこっちに来て」
「こいつらなにしてんの?」
「こっち」
「クイズだよ!航介もやる?」
「や」
「やらない」
「なんで伏見が答えんだよお」
「航介はやらない。馬鹿じゃないから」
「ええー」
「ねえ、これさ」
「弁当もこっち」
「え?なに?これ食べる?」
「うん」
うっかりさんめ。あんなに俺が念じていたのにおやつのバウムクーヘンを持ってこっちへ出てきてしまった弁当と、近頃驚異的にちょろくてすぐに流される航介を、両手に抱えてソファーに座った。片腕ずつを捕まえたまま、弁当の持ってきたお皿からバウムクーヘンを取れば、玉座的な気分だった。苦しゅうない。
どっちの方が知能指数が低いのかそろそろ決めないとまずいですね、と突然言い出した眼鏡の人のせいで、長らく避け続けられてきた、底辺馬鹿決定戦が執り行われる次第となった。俺個人としては、それ決めちゃだめだろ、と心底思ったんだけれど、馬鹿1と馬鹿2で、どちらが下なのか?1の方が馬鹿なのでは?いやいや2では?と言い争っているところを先日目撃したという航介の証言により、やっぱり決めなきゃだめだろうということになった。どっちでもいいよ。馬鹿1と馬鹿2、どっちがどっちだったか、ぶっちゃけ間違える時あるし。
「第1問」
「なんだろうな」
「足し算とかかな?」
「……この歳で足し算出題されて虚しくならないのかな」
「暗算とかなら、まだそんなに」
「んー、三桁以上になってくると、確かにそうかも」
「……そうか?」
「航介は仕事で勘定するじゃん。暗算得意でしょ」
「……お前、百マス計算とか好きだったしね」
ぼそりと弁当が吐いた言葉に、確かに航介そういう黙々こつこつ系好きそう、と思った。当事者の頭がほんわかぱっぱな二人組は、なんだろうなー、難しくないといいなー、とへらへらしている。脳髄に花でも咲いてんのか。確実に脳みそに苔が生えている方の眼鏡が、人差し指を立てて口を開いた。
「はるかくんは、ゲームセンターで千円札を落としました」
「ええ!?」
「俺なにしてんの!?」
「その千円札は誰に拾われたでしょう」
「知らねえよ!自分で拾うよ!」
「ぶぶー、有馬くん100点減点」
「減点!?」
「……朔太郎に問題なんか出させてどっちが馬鹿かなんて決まるわけない」
「小学生向けのドリル解かせた方がマシだ」
「それこそ百マス計算とか」
「航介大丈夫?興奮しちゃう」
「百マス計算には興奮しねえよ……」
「見境ねえな、気色悪」
「ぶち割るぞ眼鏡」
意図の掴めない問題に、なに今のほぼノーヒントじゃん、有馬はるか以外の登場人物いないのに誰が拾ったかなんて分かるわけない、道端の猫にでも拾わせておけ、そもそも千円札を落とす方が悪い、とぼそぼそ小声のこっちからクレームが入っている。ちなみに正解は「親切な店員さん」だった。ふざけるなよ。
「第2問いこっか」
「算数なら算数の問題にして!」
「うーん、難しい」
「難しくないやつでいいから!」
「……あんまり難しくするとこいつら答えらんねえしな」
「小野寺はねえ、割り算の暗算は怪しい」
「……小野寺……」
俺からのリークによって、かわいそうなものを見る目を向けられていることには、小野寺は気づいていない。けど正直、有馬も割り算は微妙そう。もっとなんていうか最初だし、うさぎさんととらさん、大きいのはどっちだ~?とかにしてあげたほうがいいんじゃないかな。うさぎさん!とか言いそうだし。
どうしよー、と考えていた眼鏡さんが、じゃあ社会にしようかな、とどこからか紙を出した。準備してたの?いつから?
「じゃあ、日本史ね」
「良い国作ろう鎌倉幕府!」
「それ知ってる!」
「まあ鎌倉幕府のできた年はそれじゃないんだけど、第2問」
「えっ?」
「えっ!?」
有馬と小野寺が驚きで目を剥いているけれど、イかれ眼鏡さんは嘘をついていない。いいくに作ろう鎌倉幕府、は今の教科書には載ってないとか、少し前にニュースになった。いいはこ、1985年なんだっけ。聖徳太子は実在する人物じゃないとか諸説あるし、歴史は解明されるにつれ変わっていくものだから。
「織田信長知ってる?」
「あっ、知ってる」
「本能寺の……本能寺の、なに?」
「こっちに助けを求めるなよ」
「変だよ」
「なんだよ、教えろよ」
「変だってば」
「弁当の意地悪!」
「だから変だって……」
二人して正解を教えられていることに気がついていないらしい。こいつらの頭は大丈夫なんだろうか?大学生じゃないのか?自分と同じレベルだとは思いたくないぞ?弁当が可哀想だから息するのやめてほしい。うっかり忘れたとかいうレベルじゃない。義務教育課程を終えた日本人なら必ず知っててもらわないと困る。
「有馬くんと小野寺くんでも知ってる織田信長ですが」
「本能寺はなんなの?」
「……………」
「……さっきから当也が言ってるだろ」
「あっ!変か!」
「ここまで出てた」
「俺も出てたし」
「俺のが出てたし」
「おい馬鹿ども!俺の話聞けよ!」
「ああ、信長がなんだっけ」
「こちら、織田信長の別名となります」
「ん?」
「読みを答えてください」
だだん、と出された紙には、第六天魔王。読んでそのまま、だいろくてんまおう、である。織田信長の別名として有名だし、小野寺なんかゲームとかでも見たことあるんじゃないかな。武田信玄からのお手紙になんかそういう神的な名前が書いてあって、それに対抗しようと自称したのが始まりとか、それ以前より周りから魔王と称されていたとか、聞いたことがある。そんなバックグラウンドまで知っておけ、なんてのはこの馬鹿二人には荷が重すぎるけれど、難しい漢字があるわけでも無し、このくらい読めるだろ。ていうかこれ、日本史っていうか国語っていうか。当然知ってる俺の両脇は案の定区分に引っかかったらしく、日本史……?と首を傾げていた。引っかかるとしたらやっぱりそこだよな。
「……………」
「……?」
期待を裏切らねえー!馬鹿二人ほんっと期待裏切らない!きょとんとしてる!多分こっちがいまいち首傾げてるのは、難しい問題だからだと思ってる!目を丸くするなよ!小野寺半笑いやめろ!めっちゃ声出して笑いたいけど笑ったら巻き込まれるから笑えない!つらい!
「だ……」
「……む……」
声には出さないが、恐らく簡単な漢字を難しく読むもんだろう、と二人して思ったらしい。見当違いな読みをぶつぶつ呟いているのに耐えきれなくて、齧りかけのバウムクーヘンをお皿に戻す振りして弁当の胸に顔を埋めて震えた。やべー。ここまでとは思わなかった。航介が隣でぶるぶるしてるのもやばい。弁当がとても悲しげな顔をしているのもやばい。眼鏡の人は哀れなものを見る目をしている。やめたげてよお。
「……だい……?」
「うん」
「だい、む」
「……んん……」
「だいろく」
「ん」
「だいろくてん……」
「……………」
「だいろくてん、……ま……?」
「ん」
「おう」
「……………」
「だいろくてんまおう!」
「今のは当也の力を借りていたのでノーカウントです」
「なんっでだよ!俺答えたろ!」
「有馬ずるいんだよ!それなら俺も伏見に聞いたもん!」
「んぐっ、ふ、ふっ、おしっ、教えねえよ、クソ犬……」
「なんでそんなに笑ってんの!?」
憤慨されても困る。悲しげな顔で首を横に振った弁当に完全に同意である。じゃあほら、次は英語にするから、とへらへらした眼鏡の人が、紙の裏に文字を書いた。
「えす、あーる。スーパーレアの略です」
「見たことある」
「ゲームで出てくる」
「あーる。レアの略ですね」
「うん」
「えぬ」
「……ゲームで出てくる……」
「なんの略でしょう」
「はい!」
「有馬くん」
「ねこ!」
「ぶー。脳外科に行っておいで」
「はい!」
「小野寺」
「にゅー!」
「うーん、有馬くんよりかなり惜しい」
「やったー!」
「小野寺、間違ってんだよ」
「えっ?正解じゃないの?」
「惜しいって」
「なんだ……」
「はい!」
「有馬くん」
「ネゴシエーション!」
「違います」
「はい!」
「有馬くん」
「ノトーリアス!」
「違いますけど、有馬くん、意味分かって言ってる?」
「うん」
「ネゴシエーションは?」
「交渉、譲歩、駆け引き」
「ノトーリアスは?」
「悪い意味で有名とか、悪名高いとか」
「なんで英単語に無駄に強いの?」
「高校生の時こんな分厚い単語帳覚えさせられたんだよ」
「……英単語に強いのになんで簡単な単語が出てこないんだろう……」
「あいつ変なとこで頭の中の回路繋がってるよな」
呆れ顔の航介がそういうのも分かる。基本勉強出来ないくせに、変なところで知識豊富だったりするのだ、あの青馬鹿は。こないだとか、小野寺が寝てる間に鼻血吹いて弁当のベッドのシーツを血で思いっきり汚した時に、お湯はだめだよ、これぶちまけたら落ちるよ、と救急箱からオキシドールを持ってきて、綺麗にしてくれた。弁当なんか口あんぐりだった。なんでそんなこと知ってるのか聞いたら、高校の時の友達が喧嘩ばっかりしてたから巻き込まれ事故で服に血がつくことが多々あってそれで覚えた、と照れながら教えてくれた。何故照れる。有馬の高校時代は未だに謎だ。異様なくらい無駄に交友関係広いし、高校の友達~って見せられた写真には若干ガチなタイプの怖い人映ってたし。
「小野寺くん、このままじゃ君の方が馬鹿だってことになってしまうけど」
「い、いやだ……有馬より馬鹿は嫌だ……」
「どういう意味だよ!」
「じゃあ大ヒント。の、から始まります」
「の……」
「の……?」
「……レアってどういう意味だか、まず考えてみなよ」
「んー、なんか、特別!みたいな」
「なかなかない、とか」
「その上のスーパーレアは?」
「もっと特別?」
「じゃあ、その下には、どこにでもよくある、普通、みたいな意味のやつがあるでしょ」
「……………」
「……そんな難しい顔で考えなくても……」
「てゆうか当也助けちゃだめだよー」
「だって、早く夕ご飯の支度したいし、誰でもいいから手伝って欲しいし」
「俺やろうか」
「……えっ、あの、いや、伏見はいいっていうか、あの、そっちサイドの、誰かに、手伝ってもらいたい気持ち……」
「誰でもいいっつったじゃん」
「ごめんなさい……」
「謝るだけじゃなくて誠意見せろよオラ」
「いやほんとごめんなさい……」
分かってたけど。そっちサイド、と馬鹿側を指差した弁当に絡んでいると、小野寺が手を勢いよく挙げた。相当考えたらしい、顔赤いし。知恵熱出るんじゃねえか。
「はあい!ノーマル!」
「え?あ、うん、正解」
「やったー!俺のが頭いい!」
「はあ!?ふざけんなよ!」
「ねえ、伏見くんのようなこと言うようでなんだけど、もう飽きちゃったんだけど」
「朔太郎!次の問題!」
「ええー、クイズマジックアカデミーでもやっててよお」
「こいつより馬鹿になるのは絶対嫌だ!」
「俺だってやだよ!」
「……当分続きそうだけど」
「……じゃあ手伝ってもらうの諦める……」
「俺に頼ってもいいんだけど」
「遠慮するけど、……航介、はい」
「あ?うぁっぶね!なにっ、ほっ、包丁を人に向けるな!小学校で習わなかったのか!?」
「やれ」
「お願いします捌いてくださいだろ!?」
「早よ」
「まず刃を降ろせ!それからだ!」
当分続きそうだけど、の辺りから俺の横を抜け出し台所に消えた弁当が、包丁を持って航介に突きつけたので、喧嘩が始まった。血は見たくないなあ、俺。



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