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おはなし



*砧家長男:哲太(13)
次男:巧(12)
長女:美里(10)
三男:律貴(9)
次女:清楽(7)
三女:藍麻(6)

「お母ちゃん最近太ったよね」
「……………」
「巧くんもそう思うでしょ?」
「……兄貴本気で言ってんの……」
一つ下の弟に、ドン引かれた。ボロボロのランドセルの上に座って、宿題もせず俺と対戦ゲームをしている奴には、引かれたくない。この現場が見られたら、あんたら何してんの勉強しなさい勉強、と纏めて叱り飛ばされるのは目に見えているので、同罪だけれど。
「本気だよ。心配してる、ヘルシアとか飲んだほうがいいかもしれないなって」
「本気とかじゃなくて、あのさ」
「ん?」
「あの、母さんのお腹の中、赤ちゃんがいるんだけど」
「またまた」
「僕冗談でこんなこと言わないんだけど」
「……またまたあ」
「え、でも、美里も律貴も清楽も藍麻も知ってるから、逆になんで兄貴が知らないのか、ちょっと僕にも分からない」
「……………」
「……………」
「みりー!みりちゃあん!みーりちゃーあん!どこー!」
「……うわ、冗談じゃなくて本気で知らなかったんだ……」
マジかよ……と零した薄情な弟を置いて部屋を飛び出す。マジだよ。何で俺だけ除け者なのか教えて欲しいくらいだよ。この家には俺と弟と妹と弟と妹と妹と、おばあちゃんとおじいちゃんとお母ちゃんとお父ちゃんが住んでいる。無駄に広いので、特定の誰かを探す時には苦労するのだ。今だって二人目の妹が昼寝しているのを見つけた。しかしながら名前を呼んで探しているのは一人目の妹である。いいや、この際何番目の妹でもいい、なんなら弟でもいい。
「清楽ちゃん!清楽ちゃあん!起きて!」
「んんう」
「お兄ちゃん今瀬戸際!一家の中で仲間外れ疑惑!」
「……なあにい……学校、つかれたのに……」
「お母ちゃんのお腹の中に家族が一人増えてるって本当!?」
「……んー……」
「お願い清楽ちゃん!お兄ちゃんのお取っときのアイスあげるから!」
「うう、ほんとだよお、今さらなに、ゆってんのお……」
「えっマジで」
「……ふへ、きよらおねーちゃん……」
せっかく起き上がりかけたのに力尽きたのか、こてん、とまた横たわった清楽ちゃんに、何も言えず部屋を出た。この子は嘘をつけない。ガチで本当説が強まってしまった。でも、まだ待て、清楽ちゃんはよく寝る子だ。夢と現実が混同することも、多々ある。この前だって、もう夜ご飯は食べたと主張していたが、夢の中で焼肉をしこたま食べただけで現実では飯なんて食っていなかったことがあった。藍麻ちゃんは清楽ちゃんのことをお姉ちゃんなんて呼ばないから、そう呼んでもらいたい一心が夢に出たのではないか。そうだ。そうかもしれない。まだ早合点すべきではない。巧くんが俺のことを騙そうとして、清楽ちゃんが寝ぼけていたなら、今の状況は勘違いに値する。お母ちゃんに「そのお腹どうしたの?」なんて聞こうもんなら、ぶん殴られてしまう。俺たちの家族でなかった場合ただの肉だということが判明してしまうからである。
「あっ、律貴くん」
「んだよ」
「お母ちゃんのお腹の中って何が入ってると思う?」
「……は……?」
「お兄ちゃん今とっても困ってるんだ、律貴くん、詳しいことは聞かないで答えておくれよ」
「……ぞ、臓物……?」
通りすがりの三男に聞いたところ、頭の上にはてなマークをたくさん浮かべながらも、答えてくれた。お母ちゃんのお腹の中には子どもが入っているのだと言われたら俺の仲間外れ疑惑はいよいよ濃くなったが、臓物と言われれば話は別だ。人間はみんな腹の中に臓物が入っているので、当たり前の事実である。なに、こわい、意味分かんねえ、兄ちゃん頭平気?と顔を強張らせた三男に聞かれて、オーケー、大丈夫だ、と親指を立てた。臓物ならば問題はない。お母ちゃんに、貴女の息子が新しい弟妹が増えるとか冗談きついこと言ってますよ、と報告しなければ。
走って騒いだから喉が渇いて、お茶でも飲もうと台所へ向かう。そこにお母ちゃんもいるかもしれないし、と覗き込めば、三女がいた。6歳の末っ子である。エプロンを体に引っ掛けて、蝶々結びと悪戦苦闘しているようだ。
「藍麻ちゃん」
「……てつたくん」
「お母ちゃん知らない?」
「あっち。ねてる」
「寝てんのかあ」
「つわりがつらいって」
「……ん?なにが?」
「つわり」
「つ……、つわりっつった?今」
「うん」
「ら、藍麻ちゃん、意味分かってる?」
「らんまが、おねえちゃんになる」
「おっ、おねっ、おねえちゃん!?」
「そお」
「らんちゃん、おそーい」
「うん」
「みっ、みりっ、美里ちゃん!」
「ん?」
「藍麻ちゃんがなんか、お母ちゃんがつわりとか言ってるんだけど、」
「そーだよー。11週目だからそろそろ終わるだろーって」
「……えっ」
「だから今日は美里ちゃんとらんちゃんがご飯係なのでーす!にははー」
「でーす」
しゃきーん!と二人でポーズを決められて、よろよろ後ろによろめいた。えっ、やっぱり俺仲間外れ?一番下の藍麻ちゃんが知ってて、一番上の俺が知らないって、あり得る?
これはもうお母ちゃんに聞くしかない。何処にいるか美里ちゃんに聞けば、一番広い和室、とのことだったので、一応静かに扉を開ける。うるさく入ったら怒られちゃうからね。そろそろ中に入れば、布団を被って横たわっているお母ちゃんがいて、いかにも、体調悪いです!って感じだった。
「おかあちゃん」
「んー」
「……お母ちゃんのお腹の中には、何が入ってるの……」
「夢と希望」
「そういうざっくりしたんじゃなくてえ!」
「なんだ、哲太か。律貴に飲み物頼んだのになあ」
「あっ、そうだ、律貴くん、律貴くんはお母ちゃんのお腹に臓物が入ってるって言ってた」
「臓物も入ってるけど新しい子どもも今は入ってるよ」
「……お母ちゃん、冗談?」
「冗談じゃない、何言ってるの」
「……ねえ、お母ちゃん、俺、お母ちゃんのお腹に新しい家族がいること、知らなかったんだけど」
「……そうだっけ?」
「そうです……」
「ごめん。いるわ」
「そうすか……」
「なんであんた知らないのよ?」
「誰も教えてくれないからだよ!」
「お母ちゃん言ったよ。哲太には多分一番に言った、覚えてないけど」
「だから!言ってないんだよ!覚えてないってことは!」
「ごめんって」
「お母ちゃんの馬鹿あ!」
仲間外れの疑惑が真実になったことで拗ねて不貞腐れた俺は、しばらく荒んだ気持ちで過ごしていたのだけれど、よく考えたら新しい家族が増えるのはとても素敵なことなのではないかと思ったので、俺だけ教えてもらえてなかったことなんかもうどうでも良くなった。別に、この騒動があった三日後に俺の誕生日があって、その時のお誕生日プレゼントが豪華だったから許したわけではない。
「男の子かなあ、女の子かなあ」
「どうだろうね」
「うふふ、お母ちゃん、どっちがいい?」
「どっちでもいい」



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