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おはなし



「俺の家をどうしたいの」
「あのお腹が出てる猫を落とすまでやめられない」
「がんばって」
「ねえ」
「伏見小銭ある?」
「換金してくる」
「ねえってば」
俺の話を誰も聞いてくれない。酷い。財布を握りしめて行ってしまった伏見も、伏見の鞄を肩に掛けてちっちゃい猫のぬいぐるみを五つくらい抱えてる小野寺も、真剣そのものって顔でアームを操作している有馬も、俺の存在をなかったことにしている。お前らこのぬいぐるみ持って帰るつもりないだろ。どうせ俺の家に放置していく予定だなんてことは分かってるんだからな。こないだ伏見が三百円で取ったでかいジンベエザメの二の舞だ。そうぶつくさ言ってる俺は間違ってないと思うけど、ノンストップで無視される。なんなんだよ。馬鹿ばっかか。
確か、きっかけは伏見だった。ゲーセンの前を通りかかった時に新しいプライズのポスターを見た伏見が、このゲーム俺やってる、と全八種ある猫のぬいぐるみを指さしたのだ。猫がボールを転がしてたり、猫が袋をかぶっていたり、猫が段ボールにぎちぎちに詰まっていたりするやつ。かわいいことはかわいかったけど、伏見こんなのもやるんだ、くらいにしか俺は思わなかった。けど有馬はそうじゃなくて、今日の朝テレビでやってた占いが一位だったから取れる気がする、とかなんとか言いながらゲーセンに入り、クレーンキャッチャーの前に立った。そしたらまあ、ポスターではそんなに大々的に取り上げられてたわけでもなかったから気づかなかったけど、お腹がぽこんと出た肥満猫が一匹だけいて、今に至る。有馬は何故かなんとしてでもあのデブ猫を取りたくなってしまったらしく、今の所は周りを掘削している。その過程で落ちてきた五匹の猫たちが、小野寺に抱えられているわけだ。ちなみに伏見は最初そんなに乗り気ではなかったんだけど、有馬が意外とぽこぽこ落とすから楽しくなってきたようだった。伏見がそっちの味方に回りさえしなければ。くそ。五百円入れて六プレイで五匹落ちてきたんだから、有馬は割と上手いんだと思う。掴んで取るっていうか、転がして突き落とすから、二匹いっぺんにころころと落下したのも目の当たりにした以上、やり慣れてるんだなあって感想を抱かずにはいられない。
「換金してきた」
「あとあそこの茶色が邪魔なんだよなあ……落とすか……」
「もうすぐ全コンプだね」
「やめて……全種類いらないから……」
「弁当の家に置いとくなんてまだ誰も言ってないじゃない」
「まだじゃん」
「……………」
「なんで小野寺黙るの?」
「……………」
「これも持ってろ」
「弁当に一生持っててもらうつもりなんてないよ、一時保管だって」
「伏見この前もそれ言ってた」
「チョコあげるから。ほら」
「……ありがとう……」
一欠片、じゃなくて箱ごとチョコをもらったのは運がいいというか嬉しい話だけれど、それとこれとは違うだろ。小野寺の手の中にもう一つ追加された、招き猫ポーズの猫に、お前のせいだぞ、と怒りをぶつけたくなった。虚しいからやらないけど。
「出てきたねえ」
「転がすには道が足んねえんだよな」
「持ち上げるの?」
「重くて無理だろ……」
「上に乗せられたら、他のぬいぐるみと一緒に掴めるんじゃない」
「やってみるか」
なにやら真剣な顔でシミュレーションしている有馬は、いつもその顔してればいいのに、と思わなくもないけれど。近くを通りかかった店員さんが、気を利かせて小野寺にアミューズメント景品用の袋を渡した。そんなことしたらこいつらその袋がいっぱいになるまで取っていいと思うじゃないか、やめてくれ。案の定、まだ袋には空きがある、とかなんとか話し出したので目の前が白くなった。家が猫だらけになる。
「すごーい、あの人たち」
「好きなのかな?ねこ」
少し遠くから、そんな声。二つ隣くらいの機体の向こうから、高校生くらいの女の子が見ていた。俺と目が合って、ぱっと逸らされたので、すわ塾の関係者かと思ったけど、顔に見覚えはない。ただ見てたのが居た堪れなかっただけかな。ぼけっとそれを見てたら、気づいた伏見が俺の目線を追って、わけ知り顔で肩を叩いてきた。
「なに」
「渡してくる?」
「なにが?」
「ああいう女の子が好みなんだろ?右の子結構かわいいめだよ」
「いや、違くて」
「でも弁当は左のが好きかな?馬鹿っぽ、元気っぽいから」
「ねえ」
「渡しておいで、ほら。選べるように幾つか持ってきな」
「ねえ!」
「でも高校生はギリ犯罪すれすれだから気をつけてね」
「どっちにすれすれ、っていうか別に、ほんとにそういうわけじゃ」
「いいからほら」
伏見としばらく問答をしてるうちに、女の子たちはいなくなった。良かった。いなくなってくれて本当に良かった。そんなこんなしてる内に小野寺の手にある袋の中には、また猫が増えていた。
「あとちょい」
「これ三匹もいるよ」
「あと一匹同じの取ったらお揃いできるってよ有馬」
「よーし」
「やめて」
「袋もう一枚貰ってくる?」
「やめて」



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