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おはなし



世界の寿命は、決まっているのだという。唐突に話し出した伏見に目を向ければ、至って普通の世間話をするような顔で、彼は話を続けた。
「最後の夜、誰と過ごしたい?」
「……なにそれ」
「だから、明日世界が終わるとして、最後の夜だよ。23時59分、弁当は誰といたいの?」
ちなみに勿論、仮定の話である。伏見は世界の命運なんか握っちゃいないし、明日で世界は終わらない。ていうか、伏見にだけはそんなもん握らせちゃだめだ。約束の時間より前なのに、暇になっちゃったわー、とかって世界破壊爆弾みたいなの落としそう。そんなことを嘯けば、そんなの俺に暇な思いをさせる世界が悪いんだから早く滅びるべき、と我儘気儘極まりない言葉が返ってきた。やっぱりお前、悪の秘密結社の幹部か何かだろ。
「誰と、って。家族かな」
「そういう在り来たりなのじゃなくて」
「……伏見かな?」
「そういうご機嫌取りでもなくてえ」
「んん?」
「でも嬉しかったからポッキーあげる」
「ありがと」
「で?誰と過ごす?」
「……えー……」
「誰でもいいんだよ。会うのに必要な距離とか時間とか、そういうのは考えないとして」
「……じゃあ、朔太郎」
「げえ。なんで」
「なんでって……理由なんか特にないけど」
そういう時だから、会いたい気がする。朔太郎なら世界の破滅程度、なんとかするんじゃないかって思った。なんともならなくっても、他の奴といるよりは暗くならなくて済みそう。理由をこじつけるとしたら、そんな感じ。そう伏見に告げれば、分からなくもなくもないかもしれない、と微妙な答えが返ってきた。それ結局分かったの?分かってないの?どっちでもいいけど。
「弁当は有馬って言うかと思ってた」
「……ああ」
「今思いついたの」
「今思いついた」
「実は一番に思い浮かんでたとかじゃなく?」
「……………」
「マジで今なんだ……」
「……でも、ほら。有馬は助かりそうじゃん、ああいうのを主人公体質って言うんだよ、きっと」
「まあねえ」
「だから、世界が終わりそうなぎりぎりに、俺の隣になんかいらんないんじゃない」
「……弁当、妄想の中でくらいもう少し我儘言ったら?」
「えっ」
「はあーあ」
深く溜息をついた伏見は、もういい、と机に頬杖をついて、そっぽを向いた。なんだってこの話を始めたのかも分からなければ、着地点も分からないままだ。もらったポッキーを齧っていると、黙ってしまった俺が気に食わなかったのか、じゃあ他の例えばにするけど、とまた伏見が口を開いた。ちょっと、その前に。
「伏見は誰と過ごすの?」
「え?」
「世界終わるんでしょ。伏見は?」
「えー、ちょっと世界の終わりごときで俺の人生左右しないでほしい」
「……ん?なんて?」
「困る困る。世界の方で適当にやっといて、俺巻き込まないで」
「……それありなの?」
「ありでしょ。現実問題、世界終わんねえし」
「ずるくない?」
「弁当がリアルすぎない?」
もういいや。これじゃ延々平行線だ。そんな手が使えるとは知らなかったので、真面目に考えてしまった。次からもっと縛りを緩くしてもいいらしい。でもやっぱり伏見のそれは納得いかない。ずるいと思う。でも今話終わりっぽかったし。……でもやっぱりずるいと思う。うん、伏見のやつはだめだと思う。
「でもさ」
「うわなに」
「世界終わるんだよ。なにがあっても終わるんだよ、現実がどうとかじゃなくて」
「弁当大丈夫?疲れてる?」
「うるさい、疲れてない」
「ヒーローが助けてくれんだよ、そういう時にはさ」
「ううん、ご都合ヒーローは死んだ」
「……おお……」
「ほら。今日の夜、世界が終わるよ。伏見はどうするの」
弁当そういやこういう話好きだったねえ、と呆れるように言われて、うん、なんというか、とっても図星である。世界の命運をかけた戦いとか、そういう題材のやつ、割と好んで見る。しかもハリウッドの壮大なやつ。好きだから食いついてしまったのを見透かされたようで、かあっとなんとなく体が暑くなったのを振り払うように、とにかく世界は終わるんだ、と重ねた。ぽきぽきポッキーを齧った伏見が目を伏せて、少し考える。すげー、睫毛長いなー、ブラシみたいだなー、とか思ってる内に、納得いかなさそうな顔をした伏見が再び顔を上げた。分かった、世界は終わるとしよう、今日いっぱいで世界が破滅を迎えるとしよう。そう確認した伏見が、続ける。
「その要因は?」
「へっ」
「未知の病原菌?他の星からの侵略者?隕石の落下?国内外での暴動多発?俺たちはどうやって命を落とすの?」
「……そんなんまで考えんの?」
「重要でしょ。ゲームじゃないんだから、セーブしないで電源切ったみたいに最初から始められるわけじゃないし」
「世界が終わるっつってんだから、終わるんでいいじゃん」
「弁当が一番最近見た映画は?」
「ディープ・インパクト」
「じゃあ彗星が衝突するってことで」
「あれは地下に選ばれた人が逃げ延びる話で」
「知ってる知ってる。けど、地下なんてなかった、もしくは俺たちは選ばれなかった。オッケー?」
「……おっけー」
内容知ってるんならそれに基づいちゃうじゃんか、と思ったけど、言うのはやめておいた。ふむふむ、じゃあどこへ行っても死ぬわけだ、もしくはその事実が露見した時点で自棄っぱちになって犯罪に走る奴も出てくるわけだ、ふしみんはか弱いからそういうのに巻き込まれてしまう危険性もあるな、ふむふむ。一人頷いてるからうんうんって話を合わせておいたけど、後半については首を縦に振るのは止した。何言ってんの、誰のどこがどうか弱いって?
「ポッキーアタック」
「痛っ、やめて」
「どこからどう見てもか弱い可憐な少年じゃないですか」
「……分かったよ」
顔に出ていたらしい。水平に突き出されたポッキーが唇に刺さって、ちょっと痛かった。半目の伏見に差し出されるまま齧れば、本当に分かってんのかなあ、暴漢に襲われたら身包み剥がれてあーれーな目に遭わされちゃうのになあ、とまだぶつくさ言っていた。案外しつこいな。
「でもまあ、彗星が落ちてきたら助からないわな」
「……ああ、そんな話だっけ」
「奇跡なんて起こんないんだからさ。人類は絶滅しました、ちゃんちゃん。ってことでしょ」
「そうだね」
「ふーん……」
「誰と過ごすとか、伏見にもあるの?」
「いや?世界が終わる夜にはとっくに死んでるけど」
「……は?」
「死因が隕石、っていうか大多数の他人と一緒に御陀仏?ってのは絶対無い。許してくれそうにないしね、そんなん」
「……いや、だから、誰と一緒に過ごすんだって話でしょ?」
「誰とも過ごせないよ。死んでるんだもん」
「あのさあ」
「そうだ。話のついでに聞くけど、4月13日と5月29日と11月10日と12月4日だったら、弁当どれが好き?」
「はっ?」
「好きに選んでいいよお。他意はないから」
「……5月?」
「おっけー」
「……いや、なにが?ねえ、世界が終わる話はどうなったの?」
「世界が終わるのが今から5年以内じゃなければ、俺きっととっくにいなくなってるし。5年以内に世界が終わるんだとしても、全部おしまいだって分かった時点で、きっと予定は前倒しだし。あ、でも、弁当なら覚えててくれちゃったりして」
俺が行方不明になったら今のこの会話を思い出しちゃったりして?と首を傾げてふざけたかわいこぶりっこポーズをとった伏見に、もうなんか、何にも言えなかった。きっと俺は今言われた通り、彼が行方不明になったら今の会話を思い出すんだろうし、世界が終わると決まったら一番に伏見に会いに行かなくてはならないんだろう。他愛のない与太話でも、たった今それを刷り込まれてしまった。そうなる可能性を作られてしまった。無責任で、酷い奴だ。
俺が黙っている間にチャイムが鳴って、伏見はポッキーを食べ終わって、補講の終わった有馬と小野寺が俺たちが待っていた空き教室へやってきた。補講中寝ていたんだか寝るのを我慢していたんだか大欠伸を連発している有馬を罵り小突いて、一応は聞いていたものの頭の中で整理が出来ていないらしい小野寺が目をぐるぐるさせているのを笑って、さっきまでの話なんてすっかりなかったことにした伏見を、ぼんやり見下ろしながら思う。まるで存在自体がゲームのバグだったみたいに、本当はそもそもいなかったみたいに、いつかきっと必ず、すとんと区切りよく、伏見彰人はここからいなくなるんだろう。彼のエンドロールは恐らくもう既に、決まっている。クレジットに流れる、主演も監督も脚本も、みーんな。恋人役も、家族役も、友達役も、好敵手役も、彼を殺す殺人犯の役ですらも、埋まっている。地球にぶち当たる隕石、なんてイレギュラー要素が入り込む隙間は、きっとないのだ。だからあそこまで、淡々と、自らの命が途切れる瞬間のことを、当たり前のような話せる。それはただの、決まった予定でしかないから。そんな風に俺には思えた。そんな風に、思えてしまった。
「やだなー、そんなわけないじゃん。妄想でくらいもうちょっと肩の力抜いたら?」
なんて言って、どうせ笑われるんだろうけど。



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