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おはなし




「なにしてるの」
「紙飛行機!」
ふわふわと、ゆらゆらと、風に乗って飛んでいく紙飛行機を見つめる朔太郎が酷くにこにこしていたから、楽しいのかな、と思った。屋上には出られないからしょうがないんだけど、中学校の校舎の3階なんて、そんなに高くもない。その辺に建ってるビルから飛ばした方が遠くまで行くんじゃないか、それとももしかしたら家が建っている通りの方が周りがだだっ広いから遮るものがないんじゃないか、と朔太郎に教えてみたんだけど、白い紙の折線をぴっぴっと伸ばしている朔太郎は、こっちを向かないまま言ったのだ。
「うん。でも、届くわけないから、大丈夫」

朔太郎の家にはお父さんがいないんだって。仲良くなって割とすぐ、自分から教えてくれた。だから一緒に遊んだりとか他の友達みたいにできないよ、と当たり前みたいに笑うので、なんで一緒に遊べないのか、別にいいじゃないか、と反論したら、驚いたように目を丸くされたのをよく覚えている。だって、そうじゃん。お父さんがいないのと、朔太郎が遊びに行けないのって、何の関係があるの。それが俺には分からなくって、ただただ不思議だったから聞いたんだけど、朔太郎からしたら目から鱗って感じだったみたい。
うちには、お父さんもお母さんもいる。隣の家の航介にだって、お父さんもお母さんもいるけど、二人とも毎日とても忙しく働いてるから、あいつは朝ご飯も夜ご飯もうちで食べることが多い。家族じゃないのに、航介は自分の家にいる時間よりうちにいる時間の方が長い時があるのだ。それが当たり前で、それが普通だったから、自分の家でお母さんを待ってなくちゃいけない、って感覚が俺にはなかったんだと思う。悪いこと言っちゃったかな、って少し思ったけど、それよりも俺が遊んでる間にも朔太郎が一人でいることを想像する方が嫌だったから、たくさん遊びに誘った。初めて人の家に来て、初めて人の家でご飯を食べて、朔太郎はすっごく楽しそうだった。だから、良かった、って俺は思った。朔太郎のお母さんも、自分が忙しい時はうちのお母さんにお願いして、航介や俺と一緒にいるように言っているみたいだった。三人でご飯を食べるより、五人でご飯を食べる方が楽しい。そうやって過ごすようになって、もうすぐ俺たちは中学二年生になる。
一緒に帰ろう、と教室を覗いたら、紙飛行機を飛ばしている朔太郎だけしかいなくて、でもそれは特に重要じゃなかったみたいで、かーえろっと、なんて軽く朔太郎はついてきた。航介は教室にいなくって、下駄箱に外靴もなかったから、おかしいね、帰っちゃったのかな、なんて言いながら帰り道を辿る。今日は朔太郎は、家に帰る日。お母さんがお休みだから、自分の家でおかえりを言ってもらえる日。それは嬉しくもあり、寂しくもあるわけで。
「ねえ、寄り道しよう」
「ええー!」
「やなの」
「ううん。どこ行くの」
「……寄り道」
「海がいい。海」
「遠い」
「行こ行こ」
背中を押されて、曲がり道を折れて、また歩き出した。自分から寄り道を持ちかけたものの、どこに行くかなんて決めていなかった。海か、ちょっと遠いな、お腹空いちゃう、とぼんやり考えながら連れ立って歩く。今日の夜ご飯、なんだろう。
「さっきの紙飛行機」
「うん?」
「紙飛行機。細かったね」
「あー、あれが一番遠くまで飛ぶんだ。小学生の時に研究した、一人で」
「遠くまで飛ぶ折り方があるの?」
「そうだよ。当也知らないの?」
「知らない」
「教えてあげよっか」
「うん」
喋りながらのろのろ歩いてる間に、海が見えるところまで着いた。入っちゃだめですよって書いてあるところを避けて、何にも書いてないとこから入る。ここも多分だめだけど、人いないし、怒られたことないから、いいんじゃないかなって思って。鞄からいらない紙を出すと、朔太郎も自分の鞄からくしゃくしゃしてるプリントを出した。畑瀬朔太郎、と名前のあるところを、これが見えてたらこじんじょーほーろーえーだから、とわざわざちっちゃく折る。難しい言葉だけど、多分なんていうか、秘密を知られちゃうとかそんな感じの意味。半分に折って、三角にして、折り目をきちんとつけることが大切、と朔太郎に教えられるがまま一緒に折る。しばらくしたら、元々の紙がよれてたせいで少しふにゃっとした朔太郎の紙飛行機と、初めて作ったにしてはしゃんとしてる俺の紙飛行機が出来上がった。交換しようよ、と持ちかけられたから断った。
「飛ばすのにコツはある?」
「遠くまで行け!って思いっきり飛ばす」
「いけえ」
「あー!そんなふにゃふにゃじゃだめだよ!ほらあ!」
「思いっきりやったよ」
「もっと思いっきりやるんだよ!こうやって、いっけええ!」
「おー」
流石、研究しただけのことはある。風に乗ってふわりと飛んで行った紙飛行機は、小さくなって、海に落ちた。俺のはもっと手前側に浮いている。なんだか負けた気分で悔しい。
それから二つくらい紙飛行機を飛ばしたけど、朔太郎がもう飛ばしてもいい紙がないって言うから、終わりにした。傾いていくお日さまに、帰らなくちゃね、とぼやきながら鞄を背負う。
「そういえばさっきさ、朔太郎」
「いつのさっき?」
「学校出る時のさっき。届くわけないって、どこのこと」
「うーん、遠く」
「海の向こうくらい?」
「もっと遠いのかなあ」
「分かんないの」
「分かんないよ」
「ふうん」
「届いたことないんだ。いつも落ちちゃって」
「飛行機だからじゃない?」
「ん?」
「もっと遠くまで届く乗り物にしたらいいんじゃない?」
例えば、そうだな、ロケットとか。そう思いついたままに口に出せば、朔太郎がぱたりと足を止めた。どうしたの、なんて振り返れば、いつも真ん丸の目を零れ落ちそうなくらい更に丸くして、頬を赤くして唇をうにうに上げた朔太郎が、瞳の中をきらきらさせていた。いいこと思いついたときの顔だ。この前航介の下駄箱に嘘っこの不幸の手紙を入れた時も同じ顔してた。
「ロケット!」
「……うん」
「ロケットにしよう!今度は!そうしたら届くかもしれない!」
「うん」
「でもロケットってどう作ったらいいの?紙じゃできないよね」
「ペットボトルロケットなら、作ったことあるけど」
「教えて!」
早く早く今すぐに、と急かす朔太郎をのろりくらりとかわしながら、どうやって作るんだったかなあ、と思い出す。だって、ずいぶん昔のことだから。それでも、朔太郎がやりたいっていうのに、紙飛行機で届かないところにはペットボトルロケットだって届きやしないよ、と言うことはできなかった。それは、とてもとても、酷いことのように思えた。

「昨日なんでお前いなかったんだよ!」
「え?なにが」
「学校!いつ帰ったんだよ!俺一人でししまる散歩したんだぞ!」
「航介が勝手に先に帰ったんじゃん」
「俺たちが下駄箱行った時には、もう靴なかったんだよ」
「置いてかれたのこっちだし」
「ねー」
「う」
言ったっきり言葉に詰まってもごもごしている航介には、ペットボトルロケットのことは秘密にしてある。別に聞かれちゃ困るわけじゃないし、一緒にいたってなにか起こることもないけれど、なんとなく。航介はどうしようもなくお節介で、相手に誠実であろうと、正しくいようとするから、朔太郎が空を見上げる理由をきっと聞き出そうとする。それは聞いちゃいけないように、俺は思った。だから、航介には黙っておきたかったのだ。意地悪したいんじゃなくてちゃんと理由があるなら、もし万が一後から航介がこのことを知っても、許してくれるんじゃないかな。そう思いたい。
朔太郎とばいばいして道を別れ、うちに帰る。いつも通りついてきた航介が教科書とワークを取りに家に戻った隙に、こっそり家を出た。といっても、一人じゃない。俺一人じゃ、ペットボトルロケットの作り方が分からないから、助っ人を連れてきたのだ。お母さんには、二人で買い物に行ってるって航介に伝えて、と言ってあるから、昨日ほど気にされないはず。車で朔太郎と待ち合わせた公園に到着すると、どうやら家に戻ってすらいないらしい朔太郎がもう既にベンチで足をぶらぶらさせていた。
「あっ、当也」
「帰らなかったの」
「うん。こんにちは」
「こんにちは」
「当也のお父さん、お仕事お休みなの?」
「仕事は終わらせてきた」
「なんのお仕事?」
「……難しい言葉を、わかりやすく直すお仕事だな」
「へええ」
助っ人とは、お父さんである。お父さんと買い物に行ってると言えば航介も突っ込んで理由を聞いてこないだろうし、現に二人で出掛けていることは事実だから、疚しくもなんともないという寸法である。笑いもせず、朔太郎の質問に淡々と答えている様を見ると、人選間違えたかな、と思わなくもない。朔太郎、何度かうちに遊びに来たことあるけど、お父さんとわざわざちゃんと喋ってた印象ないしな。ていうかお父さんそもそも全然部屋から出てこないしな。なんかそわそわする。
自分の父ながら無表情で何考えてるか分からないけれど、細々したこと、例えば工作とか、好きなんだと思う。俺もそうだけど、お父さんもそう。思い返せば昔からよく色んなものを一緒に作ってきた。例えば、ペットボトルロケットもそうだし、貯金箱とか、ろうそくとか、恐竜の骨格とか。俺もそういうことは好きだし、楽しい。それでペットボトルロケットのことを覚えていたのだ。がさがさと車から材料を取り出したお父さんの後ろから、朔太郎がちょこちょこと付いて行って覗き込んでいる。雛鳥みたいでちょっとおもしろい。
「お風呂のやつだ」
「これを使う」
「ふうん」
炭酸のペットボトル、お風呂に入れるとぶくぶくする入浴剤、スチロールのトレー、ビニール袋、割り箸、ビニールテープ。車から持ってきた大き目の鞄から、ペットボトルロケットに使う材料がぞろぞろと出てくる。朔太郎はそれを興味深そうに見ていて、そういえばこいつも理科の実験とか好きなタイプだっけ。
ペットボトルを切ったり、トレーを切ったり、少しずつ形に近づけていく。こういうもの作ってる時、お父さんはあんまり手伝ってくれなくて、いつもは俺だけで作るんだけど、今日は朔太郎と一緒に作る。結構細かいとこ性格出るっていうか、朔太郎が巻いた羽根のビニールテープがふにゃふにゃしてたりして、それを俺が指摘したりして、ぐちゃぐちゃ二人で言い争ったりしてたら、お父さんに唸るように叱られた。口じゃなくて手を動かせ、と。その通りだ。
「できた」
「ビニールテープをもう少し巻いた方がいい。漏れるから」
「これどこに使うの?」
「栓になる。太くしないと、抜ける」
「うん」
「あと何巻き?」
「やってみながら考えなさい」
割り箸にビニールテープをぐるぐるして、太くしていく。朔太郎はお父さんに油性ペンを渡されて、ペットボトルに落書きしていた。いいなあ、俺もそれやりたかった。何書いてるか見せてくれなくて、つまんない。
「できたか」
「あとちょっと」
「当也はできたか」
「うん」
「じゃあこれを細かくして」
「俺も落書きしたい」
「だめー、俺がやるの」
「何書いてるの」
「見せませーん」
「ねえ」
「だーめー」
「ねえ!」
「喧嘩しない」
「いて」
「あいて」
「出来たなら渡しなさい。飛ばす準備をするから」
お父さんのげんこつは無駄に尖っていて痛い。お母さんの平手打ちも痛いけど、お父さんのはなんかこう、肉がないからとげとげしていて痛い。扇風機で言ったら弱くらいだったけど、痛いものは痛い。もう終わったよお、と口を尖らせた朔太郎がお父さんにペットボトルロケットを渡した。
水と入浴剤を少しずつ入れてすぐに蓋をして、栓になってる割り箸を地面に刺して、ぎゅっと固定する。少し離れて待っていよう、とお父さんに引っ張られて下がって、ペットボトルの中でぶくぶくしてるのが見える。いつ飛ぶかは分からない、水と入浴剤の炭酸が反応する頃合いによる。朔太郎が今にも飛び出しそうになってるのを襟首掴んで止めながら、自分もお父さんに服の背中を掴まれていた。俺は飛び出したりしないよ。動けないせいで口が暇な朔太郎が、お父さんに向かって質問攻撃をはじめた。
「いつかな」
「もうすぐだ」
「もうすぐってどのくらい?」
「見てなさい」
「ねえ」
「少しは静かにしなさい」
「当也のお父さんに怒られると言うこと聞きたくなるね」
「……そうかな」
「先生みたい」
「静かにしてなさいって言ってるだろ。ちゃんとあっち見ろ」
「はあい」
そわそわしている朔太郎が、また何か言おうとした瞬間、ペットボトルロケットが跳ね上がった。高く飛んでいくそれに釣られて朔太郎がやっぱり案の定飛び出して、それに引きずられて襟首を掴んだままの俺まで駆け出して、お父さんが付いてこれずにつんのめったのが視界の端っこに見えた。謝るよりも、飛んで行ったロケットを追いかける方が重要に思えて、小さくなるそれをばたばたと追いかける。朔太郎がなにやらきゃっきゃと騒いでいたけれど、走りながら騒ぐような余裕は俺にはなかった。
時間にしたら、1分も経っていないかもしれない。勢い良く上がったロケットは、化学反応を終えるとすぐに落ちてきた。風に流されて少し離れたところにぽてりと落ちたそれを拾い上げるのは朔太郎の方が早くて、やっぱり俺は何て書いてあるのかは見られなかった。すごい、かっこよかった、これは持って帰る、だから当也には渡さない、と早口で言って退けた朔太郎はすぐにペットボトルロケットを鞄にしまってしまって、別にいいんだけど。
「よく飛んだ」
「ありがとう」
「上手く行って良かったな」
「うん」
「そういえば、どうして急にペットボトルロケットなんだ」
「ん?」
「今度ロケットの打ち上げがあるからか?」
「えっ、なにそれ」
「知らない」
「……そうか」
「ロケットが飛ぶの?本物?」
「ああ。俺の知り合いが、関わってるんだが」
「宇宙飛行士!?」
「違う。彼は飛ばない」
それでペットボトルロケットなのかと思った。そうお父さんが零して、チョコをくれた。 そんなこと全く知らなかった俺と朔太郎は、顔を見合わせる。その本物のロケットは、紙飛行機よりも、ペットボトルロケットよりも、高くて遠い所に行くんじゃないか、と。俺たちの目配せに気がつかないお父さんは、自分もチョコの包みを開きながら、独り言のように呟いた。
「なんだったかな、スマイルプロジェクトだったかな。子どもたちの描いた絵とか、動画の入ったディスクとか、花の種とか、そういうものを一緒に飛ばすんだって言ってた。お前たちの中学校にも、自由参加のチラシが置いてあるんじゃないか?」

「当也はなんて書くの?」
「まだ決めてない」
「宇宙人が見るなら宇宙語で書かなきゃいけないね」
「そんなの分かんないよ」
「俺も」
「日本語でいいんじゃない」
「それか、当也のお父さんに宇宙語にしてもらうとか」
「うちのお父さんも流石に宇宙語は知らないと思うな……」
職員室で担任の先生に、こういうわけでロケットに乗せてもらえる手紙を探してます、と言ったら、酷く驚かれた。大々的に宣伝してないんだって。でもそういうことなら三部あるからこれを使ったらいい、と渡されて、受け取る。こういうわけで、の説明は細かくはしてないけど先生はすぐに頷いてくれた。大人には、俺たちが隠していることなんて分かってしまうんだろうか。
せっかく三つもらったから、航介にも一枚あげることにした。ペットボトルロケットを秘密にしていることが心苦しくて罪滅ぼしをしたかったというのもある。紙を渡して説明したのが朔太郎だったから、どこかで捻じ曲がって変な風に伝わって、その日の晩ご飯で神妙な顔をした航介が「当也のお父さん、宇宙飛行士だったのか」と問い掛けたのは、ちょっとおもしろかった。
それからしばらく月日が経って、それぞれ思い思いに狭い紙の中に宇宙への手紙を書いたことなんて忘れてしまった頃、お父さんがロケットが飛ぶ日付を教えてくれた。それでもう一回、今度はみんなでペットボトルロケットを作ってみたり、朔太郎が飽きずに教室から紙飛行機を飛ばしていたり、それをついに知った航介が何故か張り合って牛乳パックでもっとよく飛ぶ飛行機を作って持ってきたり、いろんなことがあった。
「今日飛ぶんだよな」
「このロケットに俺たちの手紙が乗ってるんでしょ、すごい」
「俺なんか英語も書いた」
「えっ、航介だけずるい」
「うちのお父さんに英語にしてもらっただけじゃんか」
「うるせーな!いいんだよ!」
「なあんだ」
打ち上げの瞬間はネットで中継するんだって教えてくれたお父さんが、うちのリビングのテレビをパソコンとつなげてくれた。三人で雁首そろえて、リビングでその時を待つ。乗せ忘れてないかなあ、忘れ物したら帰ってこれないよなあ、なんて呑気な会話をしながらお菓子をつまんで、テレビの中では大きなロケットの足元で小さな人たちが一生懸命に最後の点検をしている。このロケットに乗る宇宙飛行士さんは、日本人で、手紙を書いた俺たちにはコピーの印刷だけど、お返事をくれた。君たちの気持ちは必ず宇宙まで届けるから、なんて言葉がとても嬉しかったっけ。
あと五分、あと三分、とカウントダウンが迫ってくる。朔太郎も航介も、だんだん静かになって、あと一分になった時なんて、朔太郎は両手を組み合わせてお祈りしてた。航介だって、眉を寄せて、唇を引き絞っている。自分の顔は自分じゃ見えないけど、俺も同じようなもんなんだろうな。あと残り、三十秒。静かな部屋で、秒針だけがかちこちと動いて、テレビの音が響いた。
「……届くかな」
残り五秒で、吐息と囁きの間みたいなとてもとても小さな声で、朔太郎がそう呟いた。俺はうっかりそっちを向いてしまって、涙をいっぱいに貯めたその顔に、目が離せなくなった。航介はテレビを見ている。きっと聞こえていなかったんだ。聞こえていたのなら、こんな顔見せられて、ほっとくなんて、ばかだ。
「すっげえ!飛んだ!」
「やったー!」
「行ってらっしゃい!」
ロケットが打ち上がった瞬間を、俺は見れなかった。勢いよく立ち上がって飛び跳ねている朔太郎と航介は、手を打ち鳴らしあっている。朔太郎はさっきまでの顔なんかどこかに置いてきたみたいに、笑っていた。軋む首を回してテレビを見たら、もうロケットは小さく遠ざかっていて。
きっと届かないことなんて、朔太郎だって分かってたんだ。

「なにしてるの」
「紙飛行機ー」
航介が職員室に宿題を出しに行ってる間に、先に朔太郎を迎えに来た。教室の真ん中の窓から体半分乗り出して、紙飛行機を飛ばしている朔太郎の隣に立って、自分の鞄からいらないプリントを出した。端と端を合わせて、折り線をしっかりつけて。朔太郎が、作った紙飛行機を飛ばす直前、折入れるのが甘かった飛行機の真ん中が少しだけ開いて、なんて書いてあったのかが見えた。今のと、今までのが、同じ内容だったかは分からないけど。
「……届きそう?」
「ん?いやいや」
「届かないのに、なんで紙飛行機を飛ばすの」
「届かなくていいんだよ。それでいいんだ、さよならしたからね」
幸せそうに笑った朔太郎の手から、紙飛行機が飛んでいく。その中にはたった一言。「待っててね」とだけ、書いてあった。



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