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おはなし



それではこれより、井生千晶、夏目芽衣子による、重大機密会議を始めたいと思います。宜しくお願い致します。

「でね、この前行ったお店がテレビに出てて」
「いいなあ」
「これ美味しかったよねって話した。苺がたくさん乗ったパフェなんだけど」
「弁当くん甘いもの好きじゃん」
「そう」
「いいなあ……おしゃれなカフェにあたしだって行きたいよ……」
「行けばいいじゃない」
「ジャージ連れてコーヒー一杯800円とかのカフェなんか入れないよ……」
あ、そこは分かってるんだ。良かった。
一ヶ月に一回くらいの割合で開催されるこの会議は、惚気の持ち弾を撃ち尽くすまで続く戦争みたいなもので。有馬と当也くんは割と仲良いくせに何故か全くタイプが違うから、羨みこそあれど、惚気の方向性が被ることはない。お互い相手がいないところでしか話せない話もあるわけだし、結構重宝しているのだ、この話し合い。
今回の開催場所は、大学から二駅くらい離れたところに新しく出来た、女子率高めのパンケーキ屋さんである。ふかふかのそれにフォークを突き立てた千晶が、はるかちゃんのそういうところ、嫌なわけじゃないんだけどね、嫌なわけじゃ、と自分に言い聞かせるように繰り返す。千晶も私も、お付き合いを切り出したのがこっちからってとこは同じで、だからどうしたって好きな相手に甘くなってる。しょうがないなあって許したいし、出来ることはなんでもしてあげたいし、我儘言って困らせたくなんかない。けどそれでもそれぞれに、一応不満というか、譲れないところはあるのだ。
「いいなあ!おしゃれデート!」
「服装選んであげたら?」
「やだ!ちゃんとするとはるかちゃん目ぇ引くんだもん!」
千晶の、有馬に対する不満。それは「デートをもっと大人っぽくしてほしい」である。そのきっかけを作ってしまったのが当也くんな辺り、なんとも言えない。
女の子と付き合ったことがある有馬と、お付き合い経験が皆無と本人が自己申告してきた当也くん。タイプが全く違うとさっきも言ったように、むしろ真逆と言っても差し支えないのだけれど、その違いがはっきりと現れているのが、デートコースだった。元々アウトドア派な有馬は、体を動かすことを好む。お弁当持ってピクニックしたこともあるらしい。一緒にご飯となれば基本チェーン店のファミレス。ショッピングにも付き合ってくれないわけじゃないけど、時々。割と行く場所はどこ?と聞かれて、目を散々泳がせた挙句に、近所の公園、とか。と千晶が言うのだから、そういうことだ。一方当也くんは、几帳面で心配性なところがもろに出ていて、基本的にはきちんと下調べを済ませた上で、評判の良い観光スポットを選ぶ。下見こそ行ってないにしろ、毎回とても詳しく調べてある。それに重ねて、ちょっと特別扱いされたい私の願望を完璧に叶えてくれるので、おしゃれなカフェにはじまり、期間限定のイベントは勿論押さえてあるし、イルミネーション、夜景の展望台、豪華なディナーと、まるで少女漫画のように憧れが詰まりまくっている。それが私はめちゃくちゃに誇らしくて、千晶はめちゃくちゃ羨ましいのだ。有馬のように見た目で惹きつける要素は確かに少ないかもしれないけど、当也くんは優しくて格好いいんだからな、どうだ羨ましいだろー!ってことなのである。
「はっ、はるかちゃんだって、あたしが連れてけばそういうとこ一緒に来てくれるし!」
「でも有馬がいいご飯食べようって言う時だいたい焼肉じゃん」
「ううう……そうなんだよお……」
「意味が違うよね。意味が」
「お肉美味しいんだけどね……」
でもねえ……としょぼくれている千晶だが、私から言わせれば、彼女が羨ましいところだってある。それは偏に、女の子らしさ、である。当也くんは一人暮らしだし、私も家に行ったことある。彼女だし、何かしたいと思って、お料理とかお掃除とかを試みたことがあるけれど、結果は惨敗。というか当也くんがなんでも出来すぎてしまうのだ。夏目さんは座ってていいよ、と曖昧な笑顔を向けられた話をした時、千晶にせせら笑われたことを私は忘れない。そうでしょうよ、千晶だったらもっとそつなくやるんでしょうよ、でも私には出来ないの!そういうこと苦手なの!と声を大にして言いたい。酔っ払ってふにゃふにゃになった有馬を千晶が家まで連れ帰った時、献身的に介抱する所を家族がばっちり見ていたらしく、それから家にお呼ばれしたこともあるらしいと聞いて、そういうの私無理じゃん、って思った。献身的に介抱なんてできない、悪化させる自信がある。だから、そういうところは素直に羨ましい。
「こないだ何作ろうとしたんだっけ?」
「ロールキャベツ」
「できた?」
「できた。途中から全部当也くんがやった」
「あっはははは」
「笑うなー!」
「その間芽衣子なにしてたの?」
「後ろから見てた」
「ぷひーっ」
「だから笑うなってば!怒るよ!?」
「いやあ、それは笑うでしょ」
「うるさい!万年ファミレス野郎!」
「なんだと!?」
ただ一つ問題点があるとすれば、至極重宝するこの会議、最終的にいつも喧嘩になって終わるというところである。お互いにいいなあと思っているということは、お互いにこれだけは勝ってると思えることもあるということだ。今日も今日とて、自分の彼が相手のそれよりどれだけ素敵かを言い合って喧嘩した。結局大体、でもこういう悪いとこもある、いやいやそれはこっちも同じである、と和解するから、いいんだけど。



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