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おはなし



「さくたろくん」
「うん?」
「休憩中?お隣いい?」
「いいよお」
体育の授業中は、女子と男子で体育館を使う。だから緑色のネットで緩く半分に区切ってあるのだけれど、朔太郎くんが区切ってるネットのすぐ近くにいたから、寄ってみた。なんで一人なんだろう?と思ったら、人数が足りないから端っこに飛んできたボールがインかアウトか見る役を任されてるんだって。なんていうの?副審判?よく分かんないけど。男子はバスケで、女子はバレーだから、ネット際によくボールが飛んできてるのはお互い様だ。
「バレーボール苦手なんだあ」
「そう?」
「うん」
「……バレーボールだけだっけ?」
「なんでそういうこと言うの!」
「あっごめ、ごめん」
球技系全般が苦手とは言わずにわざとぼやかしたのに。走ったりするのは出来るもん、女子の中なら足は速い方だし。ぽかぽか朔太郎くんを叩いていたら、男子コートのボールが飛んできた。今のどっちだったー、と審判をしている瀧川くんに聞かれた朔太郎くんが、両手を挙げて肩を竦めて、何故かアメリカンな意思表示をしたので、女子といちゃこいてないでちゃんと見とけボケコラカス、と辛辣に切り捨てられていた。瀧川くん口悪い。
「暇だね」
「こういう待ち時間って暇だよね」
「応援っつってもねえ」
「ねえ」
「朔太郎くん、なんか最近いいことあった?」
「んー……待ってね。考える」
「うん」
「いいこと。いいことかー」
「じゃああたしから先言うね」
「うん」
「昨日、通販で予約してたCDのアルバムが届いたんだけど」
「うん」
「初回封入特典のストラップが、シークレットのやつだった」
「すげー!やべえ!」
「ついてるでしょ」
「それはとってもいいことだ!」
「ふふん」
自慢したい気持ちは朝から抱えていたので、言えて嬉しい。しかも朔太郎くんめちゃくちゃ喜んでくれる。言い甲斐がある。ちなみに真希ちゃんには5回くらい言ったのでもう既に呆れられている。灯ちゃんはまだぎりぎり聞いてくれる。仲有と弁財天くんにも言った。江野浦くんにも、さっき会ったから言った。だって嬉しかったんだもの。
それに勝てるいいことあるかなー、と朔太郎くんが探している間に、男子バスケの方で都築くんがゴールを決めた。女子勢側からきゃっきゃと歓声が上がる。今にもサーブを打とうとした灯ちゃんが、男子バスケ側に目を向けてしまったせいで、盛大にボールを変な方向へすっ飛ばした。かわいい。審判をしてる真希ちゃんが、さぼってるあたしを見つけて、ちょっと口を尖らせた。あっ、置いてかれたから拗ねてる。
「あっ、いいことあった」
「なあに」
「昨日告られた」
「だっ、どっ、ぎっ、うええ!?」
「わああ」
「しゃぐっ、さくたろっ、朔太郎くん!?」
「な、なんすか」
「誰に!?どこで!?いつ!?」
「おおお」
「あー!舌噛んだあ!」
「う、うん、痛そうだった」
思わず肩を引っ掴んでがくがくに揺すってしまった。普段から丸い目をもっと丸くしてる朔太郎くんが、びっくりしたあ、と零したけれど、びっくりしたのはこっちだ。あたしが突然上げた大声に、女子コートの目がこっちを向いたので、これは大っぴらにすべきではないと笑って誤魔化しておく。都築くんでも見てなさいよ、飽きることないんだから。
顔を寄せてこそこそする。そんなにいいことかね?ストラップに勝ったかね?と朔太郎くんが聞くので、勝ち負けとかそういうんじゃなくてむしろそんなんどうだっていいからとっとと話せと脇腹をせっついた。
「え、えっ、昨日?」
「うん」
「誰に?」
「後輩の子。美化委員の」
「へええ……」
「でもごめんなさいした」
「なんでや!」
「しーっ!大きい声出すとみんな見るから!」
「あっごめん」
「うーん……なんか、なんとなく。好きな人がいるとかそういう、格好良い理由はないけど」
「なんでえ……かなしい……」
「でも、その子も付き合いたいとかじゃなくって、好きって言いたかっただけだって」
「そんなの方便だよお!女子特有のやつじゃんかよお!」
「だからしーっ!」
「ごめん!でも大声になるの許して!?」
「いや!みんな見てるから!」
「だって!好きな子いないんでしょお!?朔太郎くんのこと好きって言ってるのに!付き合ってくれたっていいじゃん!」
「ちょおおお!誤解生むその言い方!」
「ひどい……はっきりとした理由もなく曖昧に断られるなんて……見つめ続けてきたはずなのに……」
「ちょっ、待っ、一回黙ろう!?みんな見てるから!俺が今この場で告られてるみたいになってるから!」
「そんな話誰もしてないでしょ!?逸らさないで!」
「今そうなってしまったんだよ!?落ち着いて!?」
「……あの、朔太郎、こっちの試合のことは気にしないでいいから。ねっ瀧川」
「そうだな、し、審判とか、こっちでやっとくから」
「外出て話してきたら?」
「うえええ」
「ほら……高井泣いちゃったし……」
「あっれえ!?おかしいな!?俺のせい!?委員長!いいんちょー!」
「高井とちゃんと話せよ!なんで羽柴を呼ぶんだよ!」
「ふしだら!三角関係!」
「やめろ!お前ら今すっげえ邪魔だよ!散れ!馬鹿!」
「えええん」
「……………」
「痛い!仲有今なんか投げなかった!?」
「ごめん手が滑って」
「なに、空気入れ!?今お前空気入れ投げつけたの!?がんばったね!?」
「ごめん手が滑って」
「わああああ誰か俺のこと助けて!」



「た、たまちゃんっ、辻のこと、すっ、好きなの」
「えー?なんで?」
「だって、今日、体育の時」
「そう!そうなの!酷いよね!誰だか知らないけど、後輩ちゃんの気にもなってみろって話だよ!」
「……えっ」
「朔太郎くんきっと告白されたことしかないから分かんないんだよねっ、後輩ちゃんからしたら一世一代の勇気を振り絞った告白だったかもしんないのに」
「……たまちゃんが告白したわけでは?」
「なに言ってんのー、ないよ、ないない。朔太郎くんはお友だち」
「そ、そっ、そっか、よ、よかっ、た」
「ん?仲有?」
「へっ、変なこと聞いてごめんねっ、ごめっ、ばいばいっ」
「えっ、うん、ばいばーい……」

「……仲有、泣きそうな顔してどうしたの」
「べんざいでんんん」
「鼻水垂れてるよ」
「うううう」



「朔太郎、嘘ついたら火炙りだからな」
「うん」
「高井と付き合うの?」
「ううん」
「うらあ!」
「あー!おやめください!熱い!」
「嘘吐くなっつったろ!あんだけ盛大に告白劇しといて!」
「買いたての缶コーヒー熱いよお……」
「正直に言えば熱くないよ」
「だからそうじゃないって!俺が告白されたのは違う子でっ」
「えっ?」
「なんて?」
「あっ」
「瀧川、航介を呼んでこよう」
「オーケー都築」
「分かった分かった分かった全部話すから!骨全部逆向きに曲げられる!」
「曲げられる関節全部へし折ってもらおう」
「さよなら朔太郎、来世で会おう」
「待って!お願い待って!今なら間に合う!」


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