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おはなし



当也の気まぐれな帰省に合わせて引っ付いてきた、有馬と小野寺と伏見の第一回青森旅行は、冬のことだった。ちなみに第二回は夏だ。趣味が合うことも相まってか妙に懐かれた結果として伏見単体でゴールデンウィークに旅行云々だとか、朔太郎の休みや俺の仕事の関係の色々に合わせてとんぼ帰りで俺たちが東京へ小旅行だとか、会う機会はそれなりにあったりもしたけれど、初対面と同じシチュエーションはやっぱりなんとなくしっくり来る。しかしながら残念なことに、東京と違ってこっちには、遊べる場所がない。何しに来たんだろう?って本気で思ってしまうくらい、観光にせよ何にせよ、どこに行くにも時間を要する。だから結局、顔見知りのところに行くしかなくなるのだ。
都築のところに行こう、と決めたのは、冬の旅行の最終日の1日前だった。当也と小野寺と買い出し行った時に本人に会ったから、というのを理由にしてるけど、ほんとは行くつもり無かった。なんで行こうと思ったかって、本当の理由を言えば、しつこい誤解を解きたかったというのが本音だ。
「今度見せてやるって」
「女」
「女の子」
「男だっつってんだろ、当也と朔太郎にもっかいしっかり聞いてみろよ」
「二人とも航介に聞けって言うからさあ。なあ、都築」
「うん、ていうか、やっぱり彼女なんじゃないの……?」
「臓物をぶちまけて死ね」
「彼女じゃないし、男だって。俺何度も言ってるよな」
「嘘をついた上にカンナちゃん似の可愛い彼女までいる、お前は俺の知ってる航介ではない」
「瀧川なんなの?」
「でも俺も、あの写真の子が彼女だったら航介の癖に生意気だなあって思う」
「お前らは俺をどうしたいの?」
そんな会話をしたのが、いつのことだっただろうか。よく覚えてない、ていうかこんなような会話何度もしてる気がする。うっかり伏見の写真を見られたが最後、女だと疑いもしない瀧川と都築は事あるごとにうるさいのだ。当也よりも連絡がつけやすくて頼りになるはずの朔太郎も、適当なこと抜かしてはぐらかしやがるし。だから、実際見せた方が早いと思ったわけ。
車で行くと飲めないから、歩き。この辺を散々散歩したらしい有馬と小野寺が、なんだか雪慣れしていて面白い。反対に伏見が絶対に手を話してくれないのは、転んだ時に俺を道連れにするためだろうか。とてもやめていただきたい。助け起こすのはしてやるから、一人で転んでいただきたい。
「友達の店なんでしょ?」
「うん。家族経営ってやつ」
「タメだっけ」
「高校が同じで、三年の時はクラスも一緒だったよ。ねっ、当也」
「そうだね。航介だけ離れてたけど」
「……それは蒸し返さなくていいだろ」
「どんくらい歩くの?」
「んー……」
「……そんなに遠くない」
「絶対遠いんだ……」
「二人して嘘ついてる」
「どうなの?弁当」
「俺場所知らない。行ったことないから」
「あれ?当也行ったことなかったっけ」
「ない」
「そっかあ、もうすぐだよ」
俺と朔太郎が前、に歩くのが一番道案内的にいいんだと思うけれど、伏見が俺に引っ付いてる時点で朔太郎が隣を歩けなくなったので、あいつは当也と一番後ろにいる。広がったら邪魔だから、二人ずつ三列。縦長で、なんか変な感じがする。遠足かよ。
大通り沿いから、一本入ったところ。昼間はカフェ的なことしてるらしい都築の家は、夜は飲み屋になる。都築父が立てた店なので、周りの赤提灯に比べたら店内の雰囲気が明るくて、賑わっている。とても分かりやすくまるで表札のように、都築、と大きく書いてある看板には、下手くそな魚のイラストが書いてあった。ちなみにあれは、都築家の誰かの気分によって日替わりである。こないだは豚だった。その前はドラクエのスライムだった。都築妹の推してるアイドルの誕生日にはケーキが書いてあったりもした。これ駄目じゃね?って思うようなものが普通に書いてあったりもするので、都築家の看板はここらでは案外有名である。
薄ら暗くなってきたせいで冷え込みも増してきたので、早いとこ中に入ろうと急かされ、引き戸をからからと開ける。予約、というか、こないだ言った友達と当也と朔太郎連れて六人で行くから、とは都築に伝えてあるから、恐らく問題ないだろうけど、と店内を覗けばがらっがらだった。大丈夫かな、この店やっていけてんのかな。
「あっ、こーすけ」
「おー。連れてきた」
「いらっしゃい。お座敷どうぞ」
「すげー!酒がいっぱい!」
「カウンター!」
「久しぶり、当也」
「……久しぶり」
「うはー、雰囲気ちょっと変わったねえ。都会の人だ」
「そうかな」
「あかぬけたよ」
「そうなの?」
「……そうか?」
「どうだろう?」
「そうなんだよ!」
「そうらしいよ」
当也に同意を求められたので朔太郎に回せば、朔太郎も首を傾げやがったので、結局都築がぷんすかして終わった。あかぬけた、か?俺にはちょっとよく分からない。
座敷席に通されて、二テーブル占領してしまった。いいんだろうか、と見上げると、御予約のオスゴリラ様御一行、と札を読み上げられたので、殴った。横も背中も壁際の伏見、隣が俺、その正面に当也がいて、当也の後ろには有馬と小野寺、その対面に朔太郎が座っている。二つに分かれてるっつっても、そんな広い店でもないから、朔太郎から俺までの距離があんまりない。呼び掛ければ恐らく普通に聞こえるだろうなってくらい。いつもの四人で飲む時には存在しないメニューを伏見が広げていたので横から覗いていると、お盆を持った都築がカウンターの向こうから戻ってきた。
「はい。お通しだよ」
「……航介、なあに、これ」
「貝」
「煮付けだよー。殻から出してね」
「うまそう」
「やって」
「自分でやれ」
「注文は?生の人」
「はい」
「はい!」
「はあい!」
「……はい」
小野寺、朔太郎、有馬、当也が手を挙げた。それを数えた都築が、何かに書くわけでもなく指を折る。注文取る時ってなんかに書き留めたりするんじゃねえのか、とふと思った。そういえば俺、都築がそんなことしてるの見たことないけど。覚えてられるならいいんだろうか。
「はい、四人ね。航介は?」
「いつもと同じのでいい」
「なにそれかっこいい」
「ずるい!俺もいつもの!」
「朔太郎のいつものなんて知らないんだけど」
「あの水みたいなやつだよ!並々入ってる!」
「ああ、じゃあ生3人ね」
「……伏見は?どうすんだ」
「……んー……」
「なんでも作れるよ、基本的には。取り揃えが多いのが売りなんだー」
じいっと都築を見上げた伏見が、メニューを指差して、これは甘いですか、と何故か敬語で聞いた。人見知りしてる、と気づいたのはようやくその時だった。だから妙に静かなのか。甘いですよ、と同じく敬語で答えた都築に伏見は、じゃあそれでお願いします、ともそもそ答えたっきり、俺を盾にした。暑苦しいから引っ付かないでほしい。料理の注文を幾つか当也と朔太郎がして、都築がカウンターの向こうに引っ込む。他の客は来ない。ほんとに大丈夫か?この店。
「ほい、生。朔太郎の、航介の。カクテルちょっと待ってね」
「うん」
「食い物も今持ってくる」
「なあ都築、今日なんで他の客も店員もいないんだ」
「貸切だからだよー。表に掛かってたでしょ?見なかったの?」
「そんなんあったか」
「あったよ」
「……気づかなかった」
「ちゃらんぽらんだなあ」
「お前に言われたくねえんだけど」
はっちゃん食い物だけ台所から出してー!と実家に繋がる引き戸の隙間に向かって叫んだ都築が、枝豆二皿と、なんか長いグラスに入ったやつと、恐らく自分のであろうコーラを持ってきた。なんだ、今日は飲まないのか。
「はい、ロングアイランドアイスティー。おいしいよね、これ」
「……ありがとう」
「伏見のそれなに?ジュース?」
「青馬鹿黙って」
「青馬鹿って俺?」
「有馬くん以外に青い人いないじゃない」
「そっか」
「乾杯しようぜ!」
「誰が?」
「……………」
「……………」
「……えっ、なんで俺の方見るの?乾杯、俺がするの?」
何となく朔太郎の方を見たら、都築を見ていたから、同じく都築を見れば、つられて当也も都築を見上げていた。無言の訴えに耐えきれなくなったらしい都築が、では御指名預かりましたので、とグラスを持った。自己紹介もまだですし、名前も知らない人が三人もいますけれど、友達の友達に悪い人がいるわけはないので乾杯します。突然の振りに目の中がぐるぐるしてる都築が訳分からない前口上を吐いて、ええいどうにでもなれ、とグラスを持ち上げた。かんぱーい。
「店員さん、制服が甚平さんなの?」
「いや?これは俺の趣味」
「かっけー」
「楽だよ?甚平。寝間着におすすめ」
「やー、違うな」
「かっこいい」
「顔周りがきらきらしてるもん」
「ジャニーズみたい」
「やだなー」
「……小野寺はまだしも、有馬ってそういうの感じる神経あったんだ」
「自分のことにてんで無頓着なくせにね」
「朔太郎なんか有馬があんなこと言うから目ん玉落ちそうになってる」
「いつもじゃない?それ」
ぼそぼそとこっち側の3人で話しながら酒を傾けていると、有馬と小野寺に褒め称えられて照れ照れしていた都築が、おもむろに立ち上がった。料理でも取りに行くのかと思ったら、がらがらと引きずってきたのは無駄にでかい機械。なんだそれ、カラオケする時に使うやつか。マイクを取り出して、電源をぽちぽちと弄っていたけれど、どうやらつかなかったらしい。格好だけマイクを持って、地声のまま、えーみなさん、と話し出した。街宣活動かなにかか?
「えー、わたくし、江野浦航介の元彼、都築忠義と申します」
「ぶっ」
「お見知り置きを!」
「あっはははは!」
「そうやって巻き込むのほんっとにやめろ!」
「ただよしくんとお呼びください!せーの!」
「ただよしくん!」
「ただよしくーん!」
「ありがとうございます!」
「うひひっ、次俺にもやらして」
「はい」
「わたくし!江野浦航介の今彼!辻朔太郎でございます!」
「あははははは」
「ぶち殺すぞ!?」
「俺も!俺もやりたい!」
「やらんでいい!」
マイクを引ったくって朔太郎と都築の頭同士をぶつけあえば、相当痛かったのかもんどり打ってひっくり返った。石頭と石頭でかち割れるかと思ったのに、残念だ。有馬がやりたいやりたいとうるさかったので、丸めたおしぼりを渡しておいた。これでどうぞ、代わりに。
「はい!出席番号2番!有馬はるかです!」
「2番なんだ」
「うん。高校の時なんだけど、綾崎って奴がいたから」
「へえ」
「次。はい」
「小野寺達紀です!好きなものは動物です!」
「あっ!好きなものとか言うのずるいぞ!」
「だって出席番号なんて覚えてないし」
「もう小野寺はマイク取り上げだ、寄越せ」
「あー」
「はい。次」
「……え?しないけど」
「自己紹介しないと、ただよしくんが伏見のことなんて呼んでいいか分かんないだろ」
「伏見でいいよ」
「それをちゃんと言わないと。マイクで」
「伏見です。どうも」
「あっはい、どうもお」
「こら!俺の話聞けよ!マイク!」
「あいたたた、俺頭割れてない?都築も割れてない?」
「伏見くん、何か飲む?」
「おでこ血出てるよ」
「えっ?オレンジサキニー?」
「ねえ弁当、おでこ血出てるよね」
「出てるね」
「えっ!?航介どうしてくれんの!?」
「俺には出てないように見える」
「血出てると思う人!ちょっと!挙手!」
「はい」
「はあい」
「はい」
「ん」
「ほら!有馬くんも小野寺くんも当也も伏見くんと出てるって!朔太郎もだよね!」
「その程度は流血とは言わない」
「だよな」
「このバイオレンス!」

それから2時間くらい経った頃。
「有馬くんってお酒弱いの?」
「……弱いっていうか、分かってない」
「起こせば起きるから、寝かしとけば平気」
「ふうん」
でこに大きな絆創膏をこれ見よがしに貼った都築が、オレンジジュースを啜った。その後ろでは、涎を垂らした有馬が幸せそうな顔でぐーすか寝腐っている。当也と伏見からそれぞれ口々に放っておけ宣言をされていることなんて露知らずなのが、彼にとっての幸いだろう。何杯飲んだかなんて知らないけど、みんなほとんど足並み揃えてグラスを空けてってるんだから、一人だけたくさんってことはないし。そんなことを考えていたら、朔太郎となにやら話してた小野寺がぱっと振り返った。
「ただよしくん」
「ん?」
「ただよしくんって彼女いるの?」
「いねえよ」
「いないね」
「なんで航介と朔太郎が答えるの?」
「いるの?」
「今いないけど」
「そっかあ」
「小野寺くんは?」
「彼女?いない」
「そっか……なんで聞いたの?」
「これだけ人数いたら一人くらいは彼女いる人がいてもいいんじゃないかなって話を、朔太郎としたから」
「だってさ航介」
「うるせえな」
「伏見くんとか、彼女いたりしないの?いそうなのに」
「ん?んー。おかわり」
「うん?」
都築から振られた伏見が、ぴったりのタイミングでグラスを空けたので、店員が染み付いてる都築はその声に従わざるを得なかったようだ。わざと誤魔化したのが分かりやすいあたり、性悪。ついでとばかりに朔太郎からも注文されたから、都築が戻って来る頃には話題は変わっているだろう。自分の話をしないことについて慣れすぎてて怖い。
ちょこまかと動き回って店員の仕事をきちんとこなしながらもこっちの会話にしっかり参加してる辺り、都築も器用だ。グラスの中身がある程度減ったら声掛けられるし、つまみがなくなったらお勧めを教えてくれる。まあ俺たち以外にマジで客がいないってのもあるし、さっきから手しか登場しない都築妹が食べ物関係を手伝っていることもあるけれど。あれ?そんなにすることなくね?あんまりすごくないじゃん。褒め損した。
「なんか失礼なこと考えてる顔してる」
「元からだ」
「悪い顔が?」
「えっ?顔が悪いのが?」
「また頭割られたいならそうと早く言えよ」
「ごめんなさい」
「許してください」
「許す」
「ちょろいなあいつ」
「ちょろすけだから」
「……伏見、それ気に入ったの」
「ん」
「俺のも食べる?」
「うん」
「あげる」
いっこうに中身が減らない皿が、当也の前から伏見の方に移動した。イカの煮付けが伏見は気に入ったらしい。会話が少ない分食事に時間を費やしているらしい伏見は、静かにもぐもぐしている。さも優しさから譲ったように見えがちだが、ここで当也も確実に得をしているということが重要だと、俺は思う。あれは優しくもなんともない。自分が食い切れないからやっただけだ。
「なに」
「なにが」
「なんでこっち見んの」
「正面だから」
「……………」
「あ?」
「何にも言ってないじゃん」
「言いたいことがあるなら言えよ」
「……………」
「当也と航介、仲良くないままなんだね。良かったあ」
「喧嘩ばっかしてる」
「やっぱり?そう来なくっちゃ」
伏見の告げ口に、都築が嬉しそうに笑った。別に仲良しこよししたいわけじゃないけど、仲悪い情報で喜ばないでほしい。それはそれで複雑だ。
「ただよしくん」
「ん?まだ食べるかい」
「うん」
「おいしい?」
「おいしい」
「うふふ」
「気持ち悪いな」
「伏見くんに褒められるなんて光栄なことだと思えよ……」
「朔太郎、伏見くんのこと好きなの」
「ええー!やだー!恥ずかしいー!」
「あいたっ、いたっ、痛い!やめて!」
「俺のもあげよっか?」
「小野寺のはいらない。食い途中だから」
「ええ……弁当のは貰ったくせに……」
「そろそろ帰るか」
「有馬起こす?」
「泊まってけばいいのに」
「六人も寝るとこないだろ」
「夜明かし飲もうぜ!」
「いえー!」
「帰ります」
「そ、そっか、当也に言われちゃ、しょうがないな」
「乗った俺のテンション返して」


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