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おはなし



「俺が猫耳を付けたら可愛いじゃん」
「……うん?」
「聞こえなかった?耳鼻科の診療お勧めする」
「いや……自信過剰も大概に……」
「可愛くないって言いたいの?あっそう」
「かわいいよ!伏見くんはかわいいよ!ねっ!伏見くん!」
朔太郎の事は存在しないものとして受け取ることで精神の平穏を守っているらしい伏見がもう一度、俺は可愛いから猫の耳を付けても可愛いでしょう、と繰り返した。しかも呆れ気味で。だから俺さっきも言ったけど、似合う似合わないの問題ではなく、自信過剰も大概にしたほうがいいと思う。いつかきっと誰かに怒られる。
なんでそんな話になったかって、付けっぱなしだったテレビから流れ出した猫特集のせいだ。ゴールデンタイムを少し過ぎた頃の、深夜帯に差し掛かり気味の番組。ワイプでは、コメンテーター的な立ち位置のお笑い芸人その他ががやがやと話している。一応全員リビングにいるはいるんだけど、航介と有馬と小野寺は三人でトランプやってるし、伏見はクッション抱っこしてだらしなくだらけてるし、朔太郎は伏見から一番遠いところに隔離されて、何故か正座してる。しかも自主隔離だ。「最近気づいたんだよね……俺がいると伏見くん嫌そうな顔するなって……当也もそう思わない?」とは、朔太郎の昨晩の談だ。えっ、今更気づいたの?その気づきもっと早くても良かったはずだよね?と思ったけど、言わなかった。俺が罪深い程にかっこよくて気が利いて優しくて素敵だから伏見くんに嫌な顔をされてしまうんだ……とかなんとかごちゃごちゃ言ってたけど、ちょっとよく分かんなかったから適当に誤魔化しといた。
2月22日は何の日でしょう、なんて見出しから始まった特集に、朔太郎が垂直に手を挙げる。そんな真っ直ぐしなくても見えるから大丈夫だよって、俺中学生の時からこいつに言ってる。でも手を挙げてるってことは指してくれってことだから、等閑に指名しておこう。
「はい、朔太郎」
「はい!食器洗い乾燥機の日です!」
「……違うと思う」
「猫の日でしょ?」
「違うよ!夫婦にっこり!食器洗い乾燥機の日です!」
『2月22日は猫の日として有名ですが、』
「……………」
「……………」
「……そんな熱烈に見つめないで……」
見つめたくて見つめてるわけじゃない。そら見たことか、と言いたい気持ちを目線に込めていることに気がついて欲しい。
にゃごにゃごとテレビの中では猫たちが戯れていて、かわいい。猫にもたくさん種類があるらしくって、今映ってる灰色のもさもさしたやつは、ノルウェージャンフォレストキャットというらしい。長い名前だ。ししまるを見習ったらいいと思う。猫にも犬と同じように、長毛種や短毛種、小型大型がいるんだとか、種類によって性格があるんだとか、猫基礎知識を分かりやすく解説してくれている。俺は猫は詳しくないから、勉強になる。すると、朔太郎がうんうん唸って頭を抱え始めた。過去の記憶でも蘇ったんだろうか。
「なんだっけなー、こないだ職場の人が飼ってるっつってた猫、長い名前のやつ」
「今のやつ?」
「ううん、なんか……にゃごティッシュホールディングスみたいな……」
「聞いたことない」
「にゃごりんぐホールディングスだったかな。確かそう」
「どんな猫?」
「まず、耳が三角」
「他の猫と一緒だね」
「聞いて驚くなよ、なんとその耳はぺたんってなってる!」
「聞こえないじゃん」
「あっ……ほんとだ……にゃごりんぐホールディングスかわいそう……」
「……スコティッシュフォールドだと思うんだけど」
「それだー!伏見くんありがとう!」
朔太郎のやつ、適当なこと言いやがって。全然違うじゃないか。できれば首を突っ込みたくない、と頰にくっきり書いてある微妙な顔をした伏見が教えてくれなかったら、俺までにゃごりんぐホールディングスだと思ってた。そんな名前の猫はいない。
「伏見くん猫好き?」
「……別に」
「そうなんだ。好きそうなのに」
「動物嫌い」
「かわいいよ?」
「嫌い」
「そっかあ、残念」
伏見と朔太郎が会話してる。とても端的な言葉だけど。朔太郎が異常行動さえ取らなければちょっとしたら会話くらいならできるようになってきてるんだから、追いかけ回したり羽交い締めにしたりいきなり飛び上がったりしなければいいのに。
テレビの中では、かわいい猫大集合みたいな幸せな画面は終わって、夜遅い番組に相応しいくだらなさを取り戻していた。最近はやりの猫モチーフグッズ、みたいなのに始まり、いつの間にやら猫のコスプレをした若い女の子が艶かしくポーズをとっている。タイミングよく有馬が歓声を上げたから、そんなにこのグラドルが好きなんだろうか、と振り向いたら、一位上がりに対しての喜びだった。なんかちょっと安心した。あっちの三人は全くこっちを見ていない。小野寺、猫好きじゃなかったかな。さっきの猫がたくさんいた映像見たら喜んだかもしれないのに。
「俺が猫耳をつけたら可愛いわけじゃん」
「……ん?なに?」
「さっきから弁当俺の話全然聞いてくれない」
「聞いてるんだけど、なんかちょっと、耳に入ってこない」
「もう!当也ったら!伏見くんはね、人面猫になったって可愛いでしょって話だよ!」
「そんな話はしていない」
「そうだっけ?間違えちゃった」
「耳だよ耳、にゃんこの」
「にゃんこ!?伏見くん猫のことにゃんこって呼ぶの!?」
「猫のことにゃんこって呼ぶと、こんな感じで女の子たちが可愛がってくれるから。弁当覚えときな」
「え、あっ、はい」
「だからね、猫耳、俺がつけたらあんな女の五億倍はかわいいじゃない?」
「……さっきの子もかわいかったよ」
「もう弁当嫌い。絶交」
「俺は伏見くんのこと大好き!」
「寝る」
「おやすみ俺のスイートキャット!んーまっ」
「明日の朝腐乱死体になってますように」
あ、今テレビに映ってた猫かわいかった。ロシアンブルー。



「あいつらの会話おかしいよな」
「噛み合ってないもん」
「そういえば小野寺猫好きだったっけ」
「好き。かわいい。アメリカンショートヘアが好き」
「ロングヘアもいる?」
「……いないかな……」
「いえー!あっがりー!」
「あー!」
「くそー、航介ばっかり勝ってるぞ」
「ははは、お前らには負ける気しねえわ」

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