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伏見くんの一人ぼっち旅行記



「たのしかった」
「そりゃ良かった」
「明日帰るのやだな」
「また来ればいいだろ」
「……今度は航介が来てくれる?」
「時間があればな」
「俺が来る方が早そう」
「あっ、お土産」
「まだ見てないの」
「見てない」
「見て」
「あとでな」
「やだ、早くして。腐る」
「食いもんなの?」
「ううん」
引っ付いていた伏見ごと布団を剥がして、暗くしていた電気をつける。机の上に置きっぱなしになっていた包みを手に取れば、布団の上で体操座りしている伏見がそわそわしていた。もっと平然としてるかと思った、珍しい。
「なに」
「目の前で開けるの?ここで?」
「うん」
「んん……」
「なにが不満だよ」
「不満はない……早く開けてほしい……」
「ぶつくさ言うな」
「黙って開けて。そしてこっちが引くほど喜んで」
「やだよ。おっ」
「なんだった?」
「……………」
「ねえ、なんだった?」
「……服……」
「どんな?」
「お前が選んだんだろ!」
「ぷふーっ、似合う」
小綺麗にまとまった包みを開けてみれば、中から出てきたのはTシャツだった。畳まれている黒いそれを開いてみると、大きく『すごいゴリラ』と白抜きのゴシック体で書いてあった。ちなみに裏側にはご丁寧なことにちっちゃくバナナも印刷されている。頂き物で申し訳ない気持ちと苛立ちが数秒戦った結果、苛立ちが勝ったので、伏見に向かって思いっきり投げつけてやった。げらげら笑い転げてるのが更に腹立たしかったので、布団で簀巻きにしておこう。
「ババアたちへのお土産があれで!?俺へのお土産がこれ!?」
「あっはははは!きっ、着てよっ、ふひひっ」
「着ねーよ!」
ついでとばかりに包みも投げつけてやろうとすれば、まだ中に何か入っていた。母たちのに入ってたあのふわふわのやつか、と覗き込めば、布地だったので、違う。グレーのそれを引っ張り出してみると、またTシャツだった。今度のは変なロゴもついてないし、ちゃんとした素材だし、ちゃっちくない。細身のそれは、一匹小さなワニがいるだけのシンプルなデザインで、有体に言えばかっこよかった。布団の中でまだぷひぷひ笑っている伏見の頭を外界に出せば、まぶしい、と嫌そうな顔。
「なんだこれは」
「ん?それもあげる」
「くれんの?」
「あげる。俺にはでかいし」
「……ありがと」
「それよりゴリラ着てみてくんない?」
「こっちのが着たい」
「やだよー、そんなん似合っちゃうもん。体が出来てる奴はそういうの着ると映えちゃうから面白くない」
「いいことじゃん」
「ゴリラ着て」
「嫌だ。こっちを着る」
「馬鹿!ゴリラ!」
「それは俺のことか?それとも服?」
「せいぜいどっかお出かけする時にワニさん着て気張ってると思われて恥かけ!」
「ありがとな」
「……ねえ、それ似合っちゃうよ?いいの?つまんないよ?」
「うん」
「俺が選んだんだよ?嬉しい?」
「寝る。おやすみ」
「答えろ」
「明日何時に出るんだっけ」
「嬉しいかどうか答えろよ!」
「おやすみ」

朝飯を食った後、出発までに少しだけ時間があったから、帰る前にやり残したことは無いか、と聞いたら、ししまるの散歩、と答えられた。ちくしょう、覚えてやがった。
「ししまるもうおじいちゃんだから、ゆっくりしてあげてね」
「うん」
「大丈夫?ついてかなくて平気?」
「やっちゃんいなくて平気、航介いるから」
「そうね、行ってらっしゃい」
「行ってきます」
「お前動物嫌いじゃなかった?」
「嫌い」
「……うん……?」
動物嫌いなのに散歩はしたいってことか?不思議だ。確かに伏見も散歩したいって言ってたけど、犬と一緒でいいのか。よく分からない。
お散歩セットとリードの端っこを持たされた伏見が、のろのろと歩くししまるをぐんぐん引っ張ろうとするので、もっとゆっくり!とか、前じゃなくて隣意識して歩いてあげて!とか、アドバイスしてやったら、うるさいからお前が持てとリードを渡されてしまった。そんなにうるさく言ってない。
「すこしせのたかいー」
「お前リード持てよ」
「あなたのみみによせたおでこー」
「伏見」
「今ちょっと無理」
「散歩行きたいっつったのは誰だよ!」
「おい、エサ食うか」
「飴なんか食うわけねえだろ!やめてやれ!」
「チェルシー美味しいのに」
ししまるは食えない飴を俺は貰った。おいしいエサだぞ、と言われたのが腑に落ちないけど、確かにおいしいので文句はない。のろのろわふわふと足を進めるでかいもふもふと連れ立って歩くのは久しぶりで、小学生の頃はこいつのが元気だったから、引きずり回されて転ばされて傷だらけにさせられたなあ、と思い出した。その度に当也が指をさして笑うのでとても嫌な気分だったことをよく覚えている。ししまるの散歩は嫌いじゃなかったんだけど。
しばらく取り留めのないことを話しながら歩いて、家の近くに戻ってきた頃。赤いお社が見えたらしい伏見が、あれはなんだ、と聞いてきたので、これまた久しぶりに行くことにした。昔はよく訪れていた、小さな神社。何を祀っているんだかも、どんな御利益があるのかも、いつからあるのかすら知らないけれど、ここでよく遊んだことは知っているし、事実だ。疲れたのか、階段を上りきったところで、くうん、とししまるは丸くなってしまった。老体に無茶させてごめんな。
「御参りする」
「おー」
「航介がこれ以上ハゲませんように」
「今だってハゲてねえよ!」
誤解を招くようなこと言うな。勢いよく鈴を鳴らして、ちりんと小銭を投げ入れて、二礼二拍手一礼した伏見が、ぶつくさとお願い事をしていた。聞こうとしなければ聞こえないので、特に聞こうともしなかった。ぺたんと伏しているししまるを撫でていると、ぐるっと境内を回った伏見が戻ってくる。もういいらしい。
「帰ろ」
「ん」
「お稲荷様だから、俺の仲間」
「お前いつから神様になったの」
「さっき」
「さっきか……」

「じゃあな」
「……航介も来て」
「無理だ」
「けち……」
午後一時三十分、新幹線乗り場。行きと同じくでかいころころを引きずった伏見が、ホームでぐずりだした。車の中にいた時から、帰りたくない旨のことをもそもそと呟いていたから、こうなるだろうとは思ったけど。
また来なさい、とうちの母と当也の母から山盛り持たされた、食べ物飲み物の入った袋。どうでもいいと言いつつきっちり買ったお土産。それと、元々あった荷物。一人で持つには些か多いように見える持ち物のせいで、ぽつんと立っているのが余計に寂しげに思えて、結局ここまでついてきてしまった。また来ればいい、と言い聞かせているのは、伏見のためでもあるけれど、きっと自分を納得させるためでもあるのだろう。たった三日間、されど三日間、楽しくなかったと言ったらとんでもない嘘吐きだ。どうしようもなく、寂しい。でも俺がそれを言ったら、駄目だから。
「あっち着いたら、連絡しろ、な」
「……んー」
「またみんなで来たらいいじゃん。あとで、待ってるから」
「……………」
「おい、もう、えへるな」
「……なんて?」
「あ?拗ねるなって」
「……昨日っから思ってたけどさあ。航介大分訛ってるよ」
「えっ」
「気づいてなかったんだ……ふふ」
伏見にしては珍しく、眉を下げて柔らかく笑ったもんだから、面食らった。新幹線が到着するチャイムが鳴って、待っていた人たちが並び出す。あの中に入らなくて良いのかと聞けば、一番最後についていくからいい、と答えられた。それでいいならいいだろう、どうせ指定席なんだし。
「待っててね」
「待ってる」
「今度は夏来るから」
「……四季折々の変化は特にねえぞ」
「俺が来たいから来んの」
「はあ」
「おい、撫でろ」
「はい」
「よし!」
撫でろと言われるがままに撫で回した。それで満足したらしい伏見は、ぐしゃぐしゃになった髪も直さずに早足で新幹線に乗って、背中はすぐに見えなくなった。呆気なさにぽかんとしていると、出入り口の近くをとっていたらしく、一瞬椅子側の窓から見えたかと思ったら、またすぐ戻ってきて、どうやら荷物だけほっぽり出してきたみたいだ。鳴り響く発車チャイムに背中を押されるように近づけば、耳を赤くしながらぱっと笑った。
「またね!」





「間に合った!?」
「うっわ!」
「だはー!間に合わなかったー!ちくしょう!吐きそう!」
「びっ、くりした……」
「伏見くんあれ乗ってった!?おーい!あなたのさくちゃんだよー!会いたかったよー!」
「……お前に会わないようにこっちは必死だったんだよ……」
「え?なに?」
「なんでもねえよ」
「ちょお、シャイニングスパイラルエクストリームフラッシュ号であれ追っかけてくる」
「新幹線だぞ!?正気か!?」
「大丈夫!新車だから!」

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