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伏見くんの一人ぼっち旅行記



「ちなみにお土産何なの?」
「ん?」
「さっきくれたやつ」
「自分で開けて知りなよ」
「爆発物じゃなけりゃいいんだけど」
「玉手箱かなー」
「乙姫様にしちゃ野蛮な奴だ」
「返せよ」
「返さねえよ」
「返せー!」
「いっ、邪魔!事故!」
ローテンションだったはずが急に掴みかかってきた伏見にハンドルを取られて、一瞬車が危うく揺れた。対向車線に車なんかいないけど、危ないもんは危ない。当の本人はけたけたと笑っている。東京だったら大事故だよ。
ばあちゃん家はほんと近くて、歩いても行けなくもないくらいなんだけど、ばあちゃん足悪いから、車でよく迎えに行く。散歩がてらと母は言ったが、残念なことに歩く暇なんかない。伏見には散歩を諦めるか忘れるかしてもらおう。見慣れた風景を興味深げに見ている辺り、そんなこと言うのも可哀想な話だけど。明日とか、歩かせてやろうかな。車を停めるとすぐに伏見が降りて、なにやらぱたぱたしていた。そわそわしているのが目に見えて分かりやすい。
「航介のお父さんとお母さんはさあ、航介に似てんじゃん」
「そうかな」
「おばあちゃんも?」
「……どうかな。似てないって言われるけど」
「似ろよ!」
そんな理不尽な怒られ方、初めてだ。人見知りスキルを発動しているのか、一応は俺の後ろにこそこそ隠れながらついてくる伏見が、肩越しに覗いているのをなんとなく感じながら、ばあちゃん家の扉を開ける。来るって電話はどうせ先にしてあるだろうし。
「おーい、ばあちゃん。迎え来たぞー」
「よく来たねえ、航介。お友達も」
「こんにちは」
「やー、こんにちは。めんこい子ねえ」
「今日からあなたの孫です」
「伏見!?」
「嬉しいわあ、ばあちゃんの二十人目の孫にしてあげましょう」
「ばあちゃんそんなに孫いねえだろ!」
「弁財天さんとこの男の子はいないのねえ」
「あいつなら今東京だよ」
「あれがばあちゃんの初孫だからね」
「俺は?」
「ばあちゃんジョークだよ、航介は冗談の分からん子だね」
いや分かってるけど、ばあちゃんジョークきつすぎんだよ。こないだとかいきなり自分の墓の話始めたから、みんな真顔だった。元気で良いんだけどさ。
ばあちゃんを車に乗せて、家に逆戻りする。俺が子どもの頃からそうだけど、ばあちゃんはポケットから無限にチョコが湧いてくるので、伏見がまんまとそれに釣られて口をもぐもぐしているのがミラーに映って見える。俺が小学生の時あんなことになったのはばあちゃんのチョコにも責任があると、未だに思っている。
「ただいまー」
「夜ご飯なあに」
「いろいろかね」
「……お前、好き嫌いは?たくさんあったろ」
「ん?んー……」
「早めに言っとけ、食うもんなくなるぞ」
「……前来た時はみんな食べれたから、平気だと思う」
「なんだそれ」
「気分?」
「ふうん……」
まあ、本気で食えないものは無いって前に言ってたし、我儘で拒否ってるとこもあるから、食えるならほっといていいか。台所に侵入しようとした伏見の首根っこを掴んで止め、ばあちゃんの隣に設置した。うちが燃えたら困る。
「お手伝いしたかった」
「いいのよ、お客さんは座ってらっしゃい」
「じゃあそうする」
「めんこい子ねえ」
「ばあちゃん何歳?」
「18」
「俺より若いじゃん」
伏見とばあちゃんが不思議な空間を展開している。なにこれ。ぼけっとそっちを見ていたら、母ちゃんに箸で刺された。俺は手伝えってか。

「たのしい」
「……そうか?」
「ばあちゃんに、うちの孫になりなさいって500回くらい言われた」
「しつこすぎだろ……」
「嬉しかったよ?」
「嫌なことは嫌って言え」
「うち、ああいうおばあちゃんじゃないし。家族団欒とかしたことないし」
だから楽しかった、と布団の中から声がした。伏見は家族仲が悪いわけではないのだと思う。というよりは、関わりが薄いんだろう。お互いがお互いに興味がない。喋らなくても、会わなくても、暮らしていける。それってなんだか寂しいなって思うけど、その家族の一員である伏見が受け入れているんだから俺にとやかく言える権利はないのだろう。この年にもなっていきなり家族団欒を求め出しても、変だし。だからうちとか当也んちとかみたいな、家族が基本一緒にいる家が物珍しいのかもしれない。ちょっと腑に落ちた。
飯も食い終わって、帰ってきた親父がばあちゃんを家まで送ってきてくれて、風呂入って、布団を敷いての、現在である。それなりに眠い。明日は丸一日休みの日ではないので、二つ三つ配達が入っている。伏見も知ってるし、着いて行くから平気とか言ってた。でも本当についてくんのかな、車の中にいてもらおう、面倒くさそうだから。もにゃもにゃと掛け布団の中から聞こえていた声が小さくなってきたので、電気を消した。
「おやすみ」
「おやすまない」
「は?おい、入ってくんな」
「寒いの」
「自分の布団に帰れ」
「あー、あったかい」
「帰れって!」
「ひどい。泣いちゃう」
「泣きたいだけ泣け!」
「ぐう」
結局俺も眠たくなって寝てしまった。一つのベッドに寝るには二人とも幅を占め過ぎていて、狭い。そういえばお土産開けてないや、と思い出したのが早かったか、眠りに落ちるのが早かったか、微妙なところだ。

「どこ行くの?」
「市場」
「お魚捌く?」
「捌かない。取りに行くだけ」
「俺かわいい?今日のかわいいポイントはここね、パーカーのにゃんこ」
「にゃんこはかわいい。お前はそれなり」
「俺にそんなこと言えるのお前と弁当と小野寺と姉ちゃんくらいのもんだからね」
結構多いじゃないか。ていうか小野寺にもそれなり扱いされてんの、普段あれだけ可愛がられてんのにめっちゃ面白い。
朝ご飯を腹はち切れんじゃねえかってくらい食った伏見を積み込んだ車で仕事場である市場へ向かう。ていうか、昨日の夜も思ったけど、こいつものすごい食う。偏食だけど量はがっつり食う。自分も大概すぐ腹が減る方だと思ってたけど、伏見は背が無い分どこに吸収されているんだか全くもって不明だ。肉になってんのか、だから重いのか?
「配達ってどこにするの」
「隣の港と、都築んとこ。途中で千代田さんから電話かかって来なければそれだけ」
「ただよしくん」
「今日いるか分かんねえけどな」
「いるよ」
「なにその自信……」
「いる。いなかったら馬鹿」
「なにそれ」
いつもの場所に車を止めて、配達分を持ってくるからここで待ってろっつったら、勝手に車を降りてふらふらし始めた。知らないぞ、海に落ちても助けてやらねえからな。
珍しくもなく人のいない市場から、昨日はっつけといたメモを目印に発泡スチロールを引っ張ってくる。軽トラこっちに回して伏見を拾って行く予定、と構想を立てつつ、でも軽トラの助手席はうちの車の5倍くらい狭っ苦しいし魚臭いから止してやったほうがいいのではないか、しかしどう考えても荷物が積めないので軽トラしかない、やっぱりあいつ家に置いてくるべきだったのか、とぐるぐる考える。荷物が積めない上に伏見がここまでついてきている以上、軽トラで出発する以外の選択肢なんて、ないのだけれど。荷台に発泡スチロールを乗っけて、さっきの場所まで車を回す。停車してあるうちの車の回りに黒い頭が見えないので、マジで海に落ちたか、と運転席を降りる。
「航介」
「うおっ、びっくりした」
「あの人が親しげに話しかけてくる」
「あの人?」
「通報していい?」
「駄目だよ!」
「おーう、こーうすけー」
「牧市さん、おはようございます」
「誰?不審者?」
「仕事の人」
「ナンパしたら振られちゃった。おじさんショックだわ」
「振るも何も男だって前も言いましたよね」
「彼氏いるからって振った」
「金髪で身長が173センチあって血液型がA型で5月生まれで同い年の細目な彼氏がいるからって断られたんだけど」
「やめろ!」
からから笑っている牧市さんと、真顔の伏見に挟まれて、どっちにどう怒鳴ったらいいのか分からない。このジジイなんでいるんだ、今日休みだろ。
「釣りしに来たんだよ」
「つり」
「おう。姉ちゃんもやってくか」
「ううん」
まず姉ちゃんを否定したほうがいいと思う。ふるふると首を横に振った伏見を回収して、余計なことが起こらないうちに軽トラの助手席に乗せる。高い!怖い!押さないで!でも手を離さないで支えてて!とうるさいので車の扉をとっとと閉めれば、女の子には優しくしろよお、だからお前モテないんだよ、と無意味に言葉の槍で刺された。俺を傷つけて何が楽しいんだ。
「じゃあなー」
「ばいばい」
「手ぇ振んなよ……」
「なんで。仲良くなった」
「誰とでも仲良くなるな」
「航介の知り合いなら誰とでも仲良くなって平気だから」
「そんなことない」
「へえ。航介は悪い人と知り合いなんだ」
「……そんなこともねえけど……」
「仲良くなるのは楽しいでしょ。こっちの知り合いとあっちの知り合いじゃ、こっちの方が増やしたい」
「あっち?」
「東京」
「そうか?」
「そうだよ。なんとなくだけど、ここなら気張ってなくていいように思うし」
「そんなもんかね」
「そんなもんですよ」
そんなもんらしかった。牧市さんに手を振るために開けた窓を、くるくるとレバーを回して閉めた伏見が、ふあふあ欠伸をした。ねむたい、と零したっきり静かになった隣に、何となく丁寧に運転したくなる。基本助手席に人なんか乗せないから、自分が良ければ多少荒い運転でも構わないのだけれど、今回ばかりはそれは違うだろうと思って。案の定すよすよと寝息を立て始めた伏見を見て、何故かどこかがむず痒くなって、頬を掻いた。こいつ、一人だろうが遠かろうが、他でもないこの土地に、来たかったんだよな。それはなんだかとても、誇らしいことに思えた。


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