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伏見くんの一人ぼっち旅行記



何時に着くのか教えてくれ、と連絡したのが一時間くらい前のこと。既読がつかないから、まさか寝てんじゃないか、乗り過ごしやしないだろうな、あんな電車で乗り過ごそうもんならどうしようもなくなる、とひたすらやきもきしたんだけど、さっき返事が来た。2時35分に着く、と書かれた画面を見て一安心して、時計を見て飛び出した。ふざけんな、あと30分しかないじゃないか、もっと早く連絡しろ。迎えがいなかったらしばらく拗ねてめんどくさいことになるくせに。
「ぴったり。すごい」
「飛ばしてきたんだよ……」
「えらいぞ、はいこれあげる」
「自分で持てよ!」
「今まで頑張って持ったもん、もうやだ」
らしくもなくでかい鞄背負って、ころころ引っ張るやつ連れて、伏見が泊まりに来た。
なんと、一人で。

この前の冬、帰省する当也についてきたこのちびっこは、なんにもないここが大層気に入ったらしく。「また来るから。具体的に言えばゴールデンウィーク辺り」と断言して帰っていったのだが、まさか本当に来るとは思っても見なかった。来てくれたらそりゃ嬉しい、嫌なわけないじゃないか。けど申し訳ないことに、本気だなんてこっちは信じちゃいなかったし、当也はゴールデンウィークには帰ってこないから、と思ってた。そしたらこいつは、マジで一人で来やがったわけだ。東京から延々新幹線と在来線乗り継いで、ばかでかい荷物持って。信じらんない、何考えてんだこいつ、と思うのはおかしいことだろうか。絶対おかしくない。新幹線の切符を取ったと伏見から連絡が来た時、まず最初に、珍しく当也が短い頻度で帰って来るもんだなあ、と思った俺は、間違ってないはず。実際問題、母親に今日から伏見が泊まりたいと申し出ていることを告げれば、今まで見た中でトップレベルに意味不明だと言わんばかりの顔をされた。当也んちに、当也と来るなら分かるんだよ。俺んちに一人で来んだぞ、しかも配達休めないってちゃんと言ったのに、適当についてくから心配するなと伏見は言ってのけるのだ。心配とかそういう問題じゃねえの。もうほんと自由。知ってたけど。
「弁当んちのお母さんにもお土産持ってきた」
「……だからそんな鞄がでかいのか?」
「ううん。服」
「お前そんな長いこといないだろ」
「三日分も服持って来るっつったらこうなるでしょ?」
ならない気がする。当たり前みたいな顔されると言い返しづらいけど。車に積み込んだ荷物は結構重くて、これ一人で持ってくんの大変だったろうなあ、と他人事ながらにしみじみ思ったりして。
「お腹空いた」
「飯食うか」
「んー」
「なにがいい?選ぶようなもんねえけど」
「なにがあるの、逆に」
「……なにってそりゃ……」
「あっ、ラーメン屋さん」
車を走らせてすぐ、伏見がちょうど見つけたそこに入ることで事なきを得た。なんにもない、とは言いづらかったので。通い詰めるほど美味いかと言われたらそうでもないけど、時々食べに来る店だ。好き嫌いの激しいこいつのことだからと高を括っていたら、ぺろっと一杯食い切ってしまった。好きなんだろうか、それとも腹がものすごく減っていたんだろうか。店を出て車に戻って、美味かったかと聞けば無言が返ってきた。素直でよろしい。
車に乗ったらすぐ寝てしまう印象だったけど、ぽちぽち携帯をいじくっている伏見は全く眠くなさそうだ。電車の中で寝たからかと聞けば、電車の中では映画を見てたらしい。お化けになっちゃった彼氏が彼女のこと助けようとするあれだよ、とざっくりしたあらすじに、なんとなく思い浮かぶ映画が一つあった。知ってる、アンチェインド・メロディ。携帯で映画観れるんだよ、月額いくらでアカウントとればパソコンでも見放題なんだよ、と説明されてとっても羨ましくなったけれど、そういうのわけわかんなくなるからだめだ。やめといた方がいい。
「ついたぞ」
「さぶい」
「そうか?ほら、荷物」
「ん。お父さんとお母さんは?」
「今日は母ちゃんはいる。お前が来るから」
「ふふん」
嬉しそうに誇らし気な息を漏らした伏見が、ころころ引っ張ってついてくる。ただいま、と声を掛けると母が奥から出てきた。その後ろから当也母もついてきた。なんでお前がいるんだ。
「伏見くんが来るって言うから」
「来るからって八千代お前、なんでいる」
「呼んだ」
「呼ばれちゃった」
「呼ぶなよ」
「ひどい!こーちゃんをそんな風に育てた覚えはありません!」
「これお土産。あげる」
「あらー、ありがとう」
「やちよの。みわこの」
「一人ずつあるの?やだー、嬉しい」
「こーすけの」
「お、おう」
「これはみんなで食べるやつ」
「いくつ持ってきたんだ!?」
「これで全部」
「響也さんの分は?」
「やちよが分けてあげて」
「はあい」
実の息子でもそんな口きかないだろ、八千代もっと拒否れよ。仲良しかよ。そう言いたいのを堪えて後ろをついて歩く。伏見が渡した小さな袋を持った母親二人組は、なにかしらねえ、軽いねえ、と話している。開けてみりゃいいじゃん、なんて俺の口出しは当たり前のように無かったことにされた。こいつら俺に当たり強くない?すごいつらい、実家なのに。
「開けていい?」
「いいよ」
「やだー!若ーい!すてきー!」
「……こんなきらきらしたもん付けろって?こんなババアに?」
「アクセサリーじゃないよ。食いもん」
「は?」
「どこが?」
「飴。それ」
「こんなおっきなあめちゃん、おばちゃんの口に入んないわあ」
「じゃあ飾って」
「宝石みたいね」
「かわいいでしょ」
「めんこいなあ」
「かわいいってことよ、伏見くん」
「ふうん」
めんこいめんこいと年甲斐もなくきゃっきゃと喧しい母二人を置きざりに、台所に引っ込む。確かに綺麗だった、赤と青の透き通った宝石みたいな飴。わざわざふわふわしたやつが敷き詰められた中に置かれていて、あんなん東京じゃなきゃ絶対売ってないし、伏見らしいっちゃらしい。緑茶の用意をしている間に、伏見がてちてちと足音を立てて寄ってきた。ハムスター。
「なに」
「お茶」
「そうだよ」
「俺、人がお茶淹れてるの見んの好きなんだよね」
「……なんで?」
「尽くしてる感があるじゃん」
「……なにそれ?」
「わっかんないかなあ」
「分かんねえよ」
「小野寺にもよくやらす。俺のためだけに」
「はい持ってって」
「やだ熱い」
「持ってって」
「持てない」
「うるさい」
「こーちゃん!やっちゃんのも!」
「自分でやれ!」
「ひどい、そんなんだからとーちゃんにケチクサクソゴリラヤンキーって呼ばれるんだわ」
「けっ、ご、なんだって!?」
「え?なに?」
「なんつった?」
「なにが?」
「言ったこと忘れんなよ!」
「みーちゃん、あたし帰るー。響也さんの夜ご飯作らなきゃ」
「おー、帰れ帰れ」
「もやもやさせたまま帰んな!おい!」
「こーちゃん、静かに」
「静かに!?誰のせいで声でかくなってると思ってんの!?」
「また来てね」
「明日来るわ」
「待ってるね」
「じゃあねー」
「クソババア!」
「おい航介、次ババアっつったらわためかす」
「ひっ」
「じゃあねー、伏見くん」
「ばいばーい」
がくんと落とされた声のトーンに条件反射で悲鳴を上げれば、あいつ一番怒らせちゃいけないって知ってんだろ、なんて母にぼそりと吐かれた。そうだった、最近爆発しないから忘れてたけど、みわこよりさちえよりやばいのがやちよだった。全然怒らないからって調子に乗った反動で死ぬ目に遭った小学生時代がフラッシュバックして、ぞっとする。
三人分のお茶をリビングに持って行って、しばらくのんびりした時間が流れる。元々そんなに喋り倒す方じゃないうちの母が、ぽつぽつと伏見に質問をして、伏見もそれに答えて、みたいな。やちよがいないと静かだ。ぽりぽりとポッキーを齧っていた伏見が、ぱっと窓の外を見て言った。
「暗くなる前に散歩する」
「散歩?どこに?」
「この辺」
「航介、ついてけ」
「一人でも行けるだろ」
「行ける」
「だめだめ」
「母ちゃん、あんまりこいつ甘やかすなよ。つけあがる」
「そうだ、航介。これ連れてばあちゃん迎え行ってきな、今日晩飯誘ってあるから」
「航介のばあちゃん?」
「車で二十分もありゃ着くから。行ってきな、散歩はそのついで」
「はあい」
「俺が行くの?」
「車っつってんだろ、分かんない子だね」
「ちぇっ」


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