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おはなし



「中原くんと新城くんってできてんの?」
「んなわけねえだろ」
「そうなのよお、中原くんったら恥ずかしがり屋さんだからっ」
「やめろ!」
「んーまっ」
「ははは、うける」
心底面白可笑しいと言わんばかりに友人から笑われて、へばりついてきた新城を剥がす。新城はへらへら笑っちゃいるけど、俺は全く面白くない。ちょっと仲が良くて、ちょっと馴染みが深くて、ちょっと一緒にいる時間が長い上、新城のスキンシップが激しいばかりに、そういう風にからかわれることが多くて、嫌だ。嬉しくもなんともないし、新城がここぞとばかりにそれに乗っかるのも嫌だ。本当にやめてほしい。友達とはいえ、迷惑ってもんがある。
最初に会ったのは中学生の時だった。普通に、仲良くもなければ仲悪くもない友達。中学の間はクラスも違った。高校に入って、クラスが同じになって、一緒にいる時間が増えた。大学を決める時、器用な新城は「特にやりたいことがない」「俺ならどこに入ってもやってける気がする」「あえて言うなら中原くんと一緒のとこがいい」と三段重ねて俺に言い放ち、見事に同じ大学へと入学を果たしたわけだ。ちなみに俺は拒否した。ちゃんと嫌だって言ったし、自分が行きたいところを探すべきだと話した。その時は新城も殊勝に頷いて、その通りだ、中原くんはいつも正しい、としゅんとしていたから気を許してしまったのだ。こいつの頭からは螺子がぶっ飛んでることを忘れてしまった。進路相談の先生から聞き出したらしい俺の志望校に意図も簡単に合格した新城は、入学式の日の朝、俺の最寄駅で待ち構えていたのだ。四年間よろしくね、なんて殺し文句とともに。
友達がいなくなった帰り道、人がいなくなった裏路地で、ぺったらぺったらと足音を鳴らしながら歩いていた新城が口を開いた。中原くんさあ、いっつもさっきみたいに言うけどさ。
「本当のこと言ったらいいじゃん、恥ずかしがり屋さん」
「本当のことってなに?意味わかんない」
「一緒に住んでることとか」
「住んでないし」
「言い方変えようか?同棲してることとか」
「してないし」
「告白は中原くんからだってこととか」
「なんの話だか全然わかんない」
「一回考えさしてっつったら泣いちゃったこととか」
「泣いてないし」
「俺に抱かれてることとか」
「気持ち悪いこと言うな」
「なあに、今日は意地っ張り」
「今日はとかなに?うざいんですけど」
「昨日小金井くんと遊びに行ったから拗ねてんの?なんにもしてないよ」
「うるさいな」
「図星?」
「うるっさいな!」
ばたん、玄関扉が閉まった途端にぶちんと何かが切れた音がした。

「大体さあ!中原くん中原くんって言うくせにさ!新城はいっつも別のやつの話する時ばっかり楽しそうだしさあ!」
「うんうん」
「小金井くんのことそんな好き!?俺のこともう嫌い!?」
「中原くんが一番かわいいよ」
「うるさい!嘘つき!小金井くんのことが好きなくせに!浮気男!あんなのどこがいいの!?顔!?」
「うん」
「最っ低!ちょっとかっこいいと好きになっちゃうんだ!?そうだよねえ!俺なんかよりよっぽどかっこいいもんねえ!小金井くん!」
「中原くんが一番かわいいって。ね、機嫌直して」
「溝口にもそう言ったくせに!あいつとやらしーことしてる時もそうやって、調子いいこと言ってるんでしょ!?かわいいよって、あんな根暗と俺が同じ枠なんでしょ!?」
「もー、落ち着いて」
「うるさいうるさい!大っ嫌い!新城なんか死ね!来世は小金井くんと付き合えたらいいんじゃない!?俺のことなんか忘れてさあ!」
「中原くんのこと忘れられるわけないでしょ。中学生の時から俺のこと一途に追いかけ続けてくれてる、一番かわいい恋人だよ?」
「う、うう」
「よしよし、泣きなさい」
「うええ」



また泣かした、と開口一番小金井くんに言われて、目を逸らす。うーむ、目ざとい。今朝目が真っ赤で腫れてたし、だるいっていうから学校休ませたんだけど、どうして分かるの。そう聞けば、中原くんが休みだったからまた一悶着あったんだろうと思って、と大変素っ気なく言い当てられた。ごもっともです。
中原くんは、かわいい。女の子のことをどうしても好きになれない彼は、中学生の時に初めて俺を見て、何を血迷ったか可哀想なことに、こんな男相手で恋に落ちてしまったのだ。それから熱烈な視線を受けて、ほんと嫌でも気づくってくらい見つめられて、口だけは素直じゃない中原くんが俺のことを突っぱねて走り去ったのを追いかけて行ってみれば校舎裏でびゃーびゃー泣いてるのに遭遇したりして、なんかそういう、いろいろあって今に至るのだ。全部ひっくるめて、中原くんはかわいい。嫉妬しいなとこも、不安がりなとこも、俺のこと大好きすぎるとこも、それを全部隠すとこも。泣きながら俺に文句言ってきた後の一戦はめっちゃ燃える。泣きまくるといつも突っ張ってるのが溶けて無くなったみたいににゃごにゃごするんだ、中原くん。かわいいったらありゃしないの。ねっ、小金井くん。
「聞いてないし」
「でも一番好きなのは小金井くんだよっ」
「遠慮しとく」
体の相性がいいのは溝口くんだしね、と付け足せば、それは本当にやめろ、とものすごく怖い顔をされた。小金井くんは溝口くんモンペだからなあ。どこがいいの、あんな根暗でオタクなストーカー。前にそう聞いたらアイスコーヒーを真顔でぶちまけられたことがあるから、学習した俺は黙っておくのだ。
小金井くんはかっこいい。好き。とてもかっこいい、モデルさんみたい。見栄えする顔って言うんだろうか。表情筋があんまり働いてないからいつも氷の女王みたいな顔だけど、かっこいい。クールってやつ。頭がいいから、中原くんが俺のこと大好きすぎることもすぐ察したし、中原くんがそれを隠してることも分かってるから、本人の前じゃ知らないふりを突き通してくれる。ほんとにありがたい。だから中原くんは小金井くんのことを嫌いにはなれないのだ、優しくされると絆されるタイプだし。俺のこと盗られるって不安でいっぱいにはなるんだけどね。はああ、中原くんかわいい。
「溝口にほんと余計なことしないで」
「だってえ」
「殺す」
「こ、怖い」
「冗談だと思わないで」
「もうしない、もうしない」
「そのもうしない何度目だと思ってんの?」
「でも小金井くん溝口くんの彼氏じゃないじゃん……」
「付き合いたいなんて言ったこと一回もない」
うん、聞いたことない。小金井くんは溝口くんに夢を見ているのだ。汚れずに、まっすぐに、幸せになってほしいわけ。なんで小金井くんがそこまで溝口くんに執着するか知らないけど、なんかあったんだろう。ごめんね、溝口くんのこと味見しちゃって。味見どころか中原くんにばればれなくらいのペースで美味しく頂いちゃっててほんとごめんね。
中原くんと一回だけ大喧嘩したことがあって、その時ばっかりは俺も滅茶苦茶に怒っていて、どうにでもなれと遊び呆けてしばらく堕落の毎日を過ごしていた。溝口くんはその時に出会ったセフレ、じゃない、友達。お世辞にも明るいという単語は似合わない見た目だし、一人ぼっちでいること多いし、友達少なそう。けど、なんの因果か一晩共にしたら、あいつすげえ具合良いの。中原くんに心の中で謝る余裕とか無かった。何故か初めてじゃないらしい溝口くんの妙に慣れた様子もやばくって、それから何度か中原くんが冷たい時に相手をお願いしている。溝口くんも溝口くんだよ、中原くんがいるって知ってるくせに俺のこと拒まないんだもの。溝口くんと遊ぶと俺は気持ちいい思いができて、それに対して中原くんが泣いて怒って、でも彼を慰めてあげる過程で俺はまた良い思いをするので、溝口くんと遊ぶことがやめられない。小金井くんにはいちいち刺し殺されそうになるんだけど、本気で危ない時は溝口くんが直々に小金井くんを止めてくれるから、俺は一命を取り止めている。だめだ、もうやめよう、って思うんだよ、毎回。やめらんないだけで。
「あっ、中原くんから電話だよ」
「……早く出なよ」
「ううん。一回無視しないと」
「なんで」
「切れてからもっかいかけ直ってきた電話に出ないと、一回目の通話じゃ中原くん素直になれないから」
「……………」
「めんどくさいでしょ?最高にかわいいよね」
喋っているうちに呼び出しコールが止んだ。多分電話の向こうで中原くん泣いちゃったんだろうなあ、俺のこと浮気男の甲斐性無しって罵りながら泣いてるんだろうなあ、興奮する。今の電話に俺が出たらボロクソ文句言って通話切るくせに。君のことならなんでも知ってるよ。
もう一度かかってきた電話にすぐに出てやれば案の定、ぐじゅ、と鼻をすする音がした。見たい。昨晩はお楽しみだったようで、が正しく当てはまることをしたので、声を枯らした中原くんがぐずぐずになりながら話す。
『なんっ、で、でないんらよ、ぉ』
「ごめんね、中原くん」
『ぅ、うう、どこ、いまどこ』
「小金井くんとご飯食べてる」
『しんじょおのばかぁ……こがっ、こがねいくんっ、と、っばっか、あ』
「もうすぐ帰るからね」
『さびしくでしんじゃうぅ……』
「うんうん。あと一時間半待っててね」
『ゔん……』
「……中原くんがかわいそう」
「ん?」
「お前みたいなやつ、本当に死ねばいいのに」
「やだなー、中原くんが死んじゃうじゃない」
「……最低だよ」
「ご褒美かな?ありがとー」


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