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おはなし



「なに見てんの」
「映画」
「……………」
買い物に行ってくる、と航介を足に使って小野寺くんに荷物持ちを任せた当也が玄関から出て行くのとすれ違って弁財天家へと侵入すれば、家主のいない家のリビングには有馬くんと伏見くんがだらけていた。午前中に借りてきたんだと有馬くんがパッケージを放ってくれたけれど、なんか聞いたことあるようなないような名前の映画だった。しばらく前にやってた洋画だ、確かアクション多めのちょっとばっかしホラー、みたいなやつ。有馬くんは内容が分かりやすいヒーローものを好むことは知ってる。でも伏見くんは航介寄りの趣味だから真逆なんじゃないかな、先が分かっちゃうような有りがちかつ当たり前な王道映画は楽しくもなんともないんじゃないかな、って思いながら見遣れば、案の定つまらなそうな顔でコーヒーゼリーを突ついていた。俺が来たことで若干嫌そうな顔もしている。まあ逃げられないだけいいや、前は即断で背中向けて逃げられてたわけだし。
可愛いお皿に乗せられたコーヒーゼリーには生クリームが乗っかっていてとても美味しそうなのに、それをスプーンで弄っている伏見くんがあんまり楽しくなさそうだから、そんなに羨ましくない。暇潰しに食べてます、といった感じでもぐもぐしている彼の隣に座ったら、逃げないでここにいてくれるまでに進展した距離感がまた一億光年くらい開いてしまうと思うので、有馬くんを挟んで座った。テーブルを囲む形じゃなくて、全員テレビに向かって同じ側に座ってるのが、ちょっと面白い。有馬くんが摘んでいたポテトチップスをこっちに向けてくれて、手を伸ばす。のりしお好き。
「まだ初め?」
「うん。今さっきつけたとこ」
「お化けのやつ?」
「ううん、悪いお化けに乗っ取られた人が周りの人に痛いことするやつ」
「お化けのやつじゃん」
「あれ……そっか……」
有馬くんがいまいち要領の得ない説明を俺にしてくれているのを、伏見くんがちらっと横目で見た。なに言ってんのこいつ、って顔だった。お化け出てきたら、当也がいるうちは見れないからな。だから今見てるんだろうけど、そもそもホラーを借りないって選択肢はなかったんだろうか。
わぎゃー、と画面の中で女の人が奇怪な声を上げて周りの人を襲っている。伏見くんは大変つまらなさそうだけれど、有馬くんは釘付けで楽しそうだ。善人と悪人が見て分かるからだろうか。あんまり映画とか見ない俺でも先が読めちゃう王道なタイミングで、ヒーローであるところのエクソシスト的な立場の人がやってきて、女の人を除霊した。憑き物が落ちたように、というか本当に憑き物が落ちている彼女が、涙ながらに傷つけた家族に謝り、家族はそれを許して抱き合い、ヒーローはそっと立ち去る。少しばかり闇を抱えている方が格好良いのだろう。後ろを向いた時に意味深な回想が入った。
「なあ朔太郎」
「ん?」
「お化けっていると思うか?」
「……ん?」
「お化け。幽霊。ゴーストバスターズ」
バスターしちゃいけないんじゃなかろうか。質問の意図が掴めずに、えっ、どういうこと?と有馬くんに聞き返せば、もう一度一言一句変わらずに繰り返された。ふむ、全く含みはないらしい。お化けが出てくる映画を見てたから気になっただけか。
「有馬くんは?いると思う?」
「見えないけど、いたら楽しい」
「楽しいって」
「案外その辺でわいわいしてるんじゃね、って思ってんだけど。俺が見えないだけで」
「へえ……」
「朔太郎は?」
「……うーん。いて欲しいけど、見えなくていいかな」
「見えたら怖えもんな」
「そうね」
随分昔、中学生くらいの時、航介にも同じようなことを聞かれたっけ。そっちの場合は含みと裏がばりばり見え透いていて、まあその時期は俺がぐらぐらしてたってのもあるけど。その時も同じように答えた気がする、とふと思い出した。見えちゃったら、心残りになっちゃうからね。有馬くんは俺のそんな事情を詳しくは知らないので、その辺にふわふわしてたらこっちが飯食ってんの見たりして腹減ったりすんのかなあ、面白いテレビとか見て大笑いしたりすんのかなあ、生きてる人にぶつかりそうになったらどうなんのかなあ、とぽやぽや子どものようなことを考えていた。ほんとこの人面白いな。
ちまちま突ついてたコーヒーゼリーを食べきってしまった伏見くんが、ぶすくれて机にぺたんと伏した。つまんないからだろうか。俺が話しかけてもあんまり良い顔はされないことは知っている。嫌われてる、怖がられてる、どっちもそうだけど。でも最初より大分距離は近づいたように思う、近くにいても逃げないし。
「ふしみくん」
「……………」
「ふーしみくん」
「……………」
「あ」
「なに」
名前を呼ぼうとしたのを察したらしい。怖い顔でこっちを向いた。こないだ寝てるとこを起こした航介にも、名前で呼ばれるとびっくりするからやめて、って言ってたけど、自分の名前に馴染みがないんだろうか。それか、自分の名前が嫌いか、呼ばれたくない理由があるか、この人だけって決めてる呼んで欲しい人がいるか。分かんないけどね。
「お話ししよ」
「……話すことないって言って」
「自分で言えよ」
「しりとりする?」
「嫌い」
「嫌いか……しないんじゃなくて……」
「朔太郎と伏見のしりとりなんて俺分かんない言葉ばっかになっちゃうじゃん」
「ねえ、整数問題について何かないの」
「なにそれ?」
「えー?数学?俺あんまり得意じゃなかったなあ」
「数学?割り算?」
「整数問題。早く」
「どんなだったっけ」
「456のどれで割っても1余る数の中で、7で割り切れる最小の数はいくつか」
「あー、うーん、待ってね」
「なにそれ?」
「有馬うるさい」
「はい」
「最小公倍数だよね、5と、違う。21と、41と」
「……紙いる?」
「欲しいかなー」
俺今伏見くんに試されてるー!めっちゃ興奮する!ぽかんとしてる有馬くんに覗き込まれるまま、思いついた数を髪に書き綴っていく。理論立てて紙に書くのとか苦手だから、書く数は飛び飛びになっちゃうけど、別にテストしてるわけじゃないから良いのだ。数学が一番出来るのは当也だけど、確か高校数学だよね、整数問題って。大学行ってなくても出来るから伏見くんこれを出題してくれたんだね!優しい!60n+1、この数が7の倍数になる最小のnを求める、ところまで行ってその式を忘れないように書けば、なんで英語?と有馬くんに聞かれた。お前何の勉強しに大学行ってんの?と聞きたくなったけどやめた。
「でーきたっ」
「……………」
「nは5、だから301」
「……………」
「合ってる?」
「……合ってる」
「やったー!」
「なにが合ってんの?」
「高分子化合物」
「伏見くんって理系だよね」
「構造決定問題作れる?」
「がんばれば解けるけど、さすがに作れないかなー。先生じゃないしね」
「ちなみに俺も理系!」
「うるさい馬鹿」
「お前その馬鹿と同じ大学だよ!?そんなこと言っていいのか!?」
「俺、化学物理より生物が好きだなあ」
「遺伝とか?」
「……遺伝は難しかったかな……」
「なにが好きなの」
「バイオーム好きなの」
「それゲームで見た」
「そうだね、マイクラであるやつね」
「有馬黙ってて」
「なんだよ!俺にも喋らせろよ!」
「ラウンケルの生活形」
「かわいいよねえ……あの絵……」
「うん。かわいい」
「なにが!ねえ!」
同意までしてもらった。伏見くん、勉強の話してるとたくさん構ってくれて、嬉しい。勉強好きなのかな。それとも頭がいい人が好きなのかもしれない。確かに伏見くんが懐いてる当也も航介も、頭悪いわけじゃないしな。ていうか多分二人とも、それなりに出来る方。あんな見た目のくせにクソが付くほど真面目で努力家の航介と、こと勉強にかけては吸収率がスポンジみたいな当也は、二人して負けず嫌いだから、しょっちゅうテストの点を競ってた。ちなみに俺は、小学生時代勉強くらいしかやることがなかったせいで、運良く勉強割と出来る部類に入れたけど。
話に入れない有馬くんがわあわあ騒ぎ出したので、伏見くんがぶすくれていく。別に入れない話してないよ、高校生の時にきっとやったはずだよ、だって高卒の俺が解けるんだから、有馬くんも理論自体は習ってるはず。そう訴えたものの、難しい勉強は嫌い!とじたばたして話を聞いてくれなかった。まあその気持ちも分からなくはないけど。さっきから俺の頭の中で、この人本当に伏見くんと当也と同じ大学に通ってるんだよな?どうして同じ話ができないんだろう?という疑問が募っていくけれど、見なかったことにしよう。
「じゃあなぞなぞする?なぞなぞなら分かるでしょ」
「分かる」
「やだあ、数学の話したい」
「有馬くんが寝たらね。あっ!今のなんか夫婦っぽくなかった!?ねえ!」
「早くして、なぞなぞ出題機」
「俺の名前知ってる?」
「なぞなぞ出題機、早く」
「はい」
なぞなぞ出題機じゃなくて、辻朔太郎です。
テレビの中では、停止し損なわれた映画が延々流れている。画面の中では、エクソシスト的な人の因縁のライバルがいつの間にか出てきて、存在をひた隠しにされてきた愛しの妹を人質に取っていた。エクソシスト的な人はめっちゃ切れてる。そりゃそうだ、俺だってああなる。怒るとかいうレベルじゃない。殺すじゃ飽き足らぬ。エクソシスト的な人もそう感じたらしく、妖怪大戦争よろしくお化けを大量召喚してライバル的な人をぶちのめしていた。あの中に幽霊同士生前の知り合いとかいたりすんのかな。仲が良かったなら良いけど、喧嘩別れした元夫婦とかだったら最悪だよね。あの喧騒の中で喧嘩しててもおかしくないよね。そう有馬くんに言おうかと思ったけど、彼の頭の中は今の所もっぱらなぞなぞでいっぱいのようなので、やめておいた。
「猫が一匹いました」
「なんの猫?」
「なんでもいいけど……猫がいたんだよ。茶色いやつ」
「色は決まってんだ」
「その猫が、魚を見つけたんだよ。三匹の魚があったらしくてね」
「なんの魚?」
「なんだっていいだろ!伏見さっきから細かいとこ気にしすぎなんだよ!」
「三匹のナマコにする?」
「魚じゃないじゃん……」
「三匹の魚を見つけた茶色い猫は、二匹魚をくわえていったんだ。さあ、残った魚は何匹でしょう」
「一匹!」
「ぶー。有馬くん不正解、ぶぶー」
「いてー!」
不正解の有馬くんのおでこを弾けば、楽しそうに後ろに転がっていた。間違えたことに対するショックとかは無いらしい。幸せな頭だ。
とっても細かいところまで気にしていた伏見くんは、確実に一発で解こうとしている。さっきの無意味に思える質問は、ヒント探しをしていたのだろう。頭の回転が大変よろしい。でも残念ながら、茶色い猫にも、魚の種類にも、この問題の解き方は関係ない。なんなら魚の匹数だって今から変えてもいいくらいだ。意味があるのは、猫が何をしていったか。そこに伏見くんは気付くかな。
「……二匹の魚をどうしたって?」
「くわえていった」
「じゃあ、五匹だ」
「正解!よしよししてあげよう」
「触んないで」
「はい」
「なんで五匹だよ!」
だから、「くわえていった」からだよ。「咥えて」「行った」んじゃなくて、「加えて」「行った」。持って行ったんじゃなくて足していったんだ。なぞなぞというより、日本語の言い回しの引っ掛け問題。猫からしたら魚は食べ物、という先入観で「咥えて行った」だと思ってしまう、ってこと。漢字も書きながら有馬くんに答え合わせの説明をすれば、ものすごい目を輝かせられた。納得してもらえて嬉しいけど、そんなに食いつくほどかな。これだけ何もかもに新鮮味を感じられてたらそりゃ、お馬鹿さんだけど、生きるのは大層楽しくて仕方がないだろう。知識欲は原動力だ。知りたいという思いは満ちることがない。
「他の問題!」
「うーんと……」
「伏見には解けないやつにして!」
「そんなのお前も解けねえだろ」
「俺はできる」
「寝言は寝て言えよ」
「はい。第二問」
「うん」
「紫色が好きな女の子がいました。持ち物や服は紫色、その子のイメージカラーと言ったら紫色なくらい紫色が大好きでした」
「なんで紫?」
「なんでかとか理由はないけど、紫が好きでした。その女の子は、訳あってアイドルになりました。さて、イメージカラーは何色でしょう」
「それは紫じゃなくてもいいの?」
「紫じゃなきゃだめかな」
「ふうん」
伏見くんの突っ込んだ質問が案外鋭いところを突いている。今回のなぞなぞ、色が重要なキーワードだ。ちなみに、有馬くんが堂々と「紫!大好きな紫!」と手を挙げたのは無視された。そんなわけねえだろ、幼児か?
「アイドル……」
「なんで紫じゃないんだよ、大好きなんだろ」
「大好きだからイメージカラーだったらなぞなぞにならないでしょ!有馬くんほんとしっかりして!」
「好きな色がイメージカラーじゃないとやる気出ない」
「それは君の問題だ!」
「俺は青が好きなんだ、朔太郎は知らなかったかもしれないけど」
「いや、それは見てれば分かるよ……有馬くんの周り青だらけだもの……」
「そうかな」
「今着てる服を見下ろしてみろ!?」
「はい」
「はい、伏見くん」
「アイドルのイメージカラーは青」
「何故」
「紫が、あか抜けて、赤抜けて、青」
「せいかーい!」
「ちぇっ」
有馬くんにはあんまり悔しがって欲しくないけど、一丁前に自分だって分かってた風を繕っているので、放っておくことにした。分かってなかっただろ、絶対。
それにしても、伏見くんはほんとに頭の回転が速くて高性能だ。正解だろうと自分が納得出来るまで、恐らく頭の中で正当な理由を探してから、答えを提出している。それには其れ相応の時間が掛かるはずなのだけれど、その処理が本当に早い。素晴らしい。可愛くて頭がいいなんて、かしこいかわいいなんとかかんとかってアイドルもいたくらいだし、こんなところで燻っていては勿体無い気しかしない。
「次」
「ま、待ってね」
「早く」
「待って!俺、そんなになぞなぞの持ち数無いよ!」
「じゃあもう話しかけないで」
「今絞り出すから五秒待って!」
「……遊ばれてる……」
「遊ばれてない!伏見くん!なぞなぞ出す!」
「ぐう」
「寝ないで!起きて!」
「遊ばれてるじゃん」
「遊ばれてなあい!」
「早く」
「第三問!えーっと、あるところでは四季が、秋、春、夏、冬の順になっています。しかも一週間は金曜日から始まります。そこはどこでしょう?」
「秋、春、夏、冬」
「そう」
「地球上のどこかではない」
「……そこに行き着くの早いよねー……」
むにゃむにゃ寝たふりをしていた伏見くんが、真顔になった。伏見くん、なまじ顔が綺麗だから真顔になると結構迫力あるよね。有馬くんも顔は綺麗だけど、有馬くんはへにゃへにゃしてるから、違う。
ちなみにこの問題の答えは、「英和辞典の中」だ。アルファベット順だと、秋から始まって冬で終わる。けどこれは、高校生の時に当也に出された意地悪問題だ。今時紙の英和辞典、なかなか使わないでしょ。電子辞書でぴぴっと検索しちゃうと、このなぞなぞは解き方から分からなくなってくる。伏見くんはどうするかなあ、と思いながら見ていると、有馬くんが手を挙げた。
「はいっ」
「んー?どうしたの、有馬くん」
「英和辞典!」
「……ん?」
「英和辞典は、秋が一番最初!おーたむ!」
「……えっ、え?」
「……なんで有馬知ってんの」
「正解?朔太郎、俺合ってる?」
「あ、あってる」
「いえー!」
「なんで知ってんの」
「弁当が前に教えてくれた!」
それは、納得の理由である。有馬くんが奇跡的に覚えていたらしいことを、褒めたいのだけれど、けど。
「伏見に勝ったー!いえーい!俺のが早かったー!」
「……………」
「ふ、ふしみくん、顔が怖いよ」
「……………」
「ぷひーっ、もしかしてこれ、俺のが頭良いんじゃね?」
変な風に噴き出して笑っている有馬くんを早いところ黙らせないと、般若を背負った伏見くんにさくっとやられてしまう。2分後には、有馬くん(上)と、有馬くん(下)に分かれていてもおかしくない。上下巻にはなりたくないだろ。もうなぞなぞ終わりにしようか、と一応声を上げたものの、二人揃って、もう一問、と言われてしまった。いいじゃない!もうおしまいにしよう!この先は怪我人が出ます!
「じゃあ次の問題からは解けなかった方は解けた方の言うことをなんでも一つ聞くってルールをつけよう」
「いいな!それ!」
「有馬くんもっとよく考えて生きて!?伏見くんも奴隷を増やそうとしないで!?」



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