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おはなし


…高校生

俺は部活とかには入ってないから、後輩って存在とそんなに深く関わることはないはず、なのだけれど。
「あっ、えのうら先輩!」
「こうのうら」
「え?」
え、じゃねえよ。毎回直してやってんのに飽きず懲りずに毎度毎度、どうして呼び方を間違えるんだよ。
部活動は適当に暇な時顔を出す程度に留める、とかいう大変雑な参加方法を取っている当也の後輩らしいこいつは、何故か俺のことまで先輩として認識したらしく、会う度に話しかけてくる。ただ、大概の場合名前が間違っているのが問題だ。そもそもこっちの名前を覚える気がないのか、単純に記憶力がないのか、まともに呼ばれた試しがない。何度訂正したことだろう。バリエーション豊かに間違えてくるので、一周回って楽しみになりそうだ。馬鹿。なるわけないだろ。
「あのう、当也先輩はどこですか」
「職員室」
「そうですか!じゃあ俺、ここで待ってます!いいですか?」
「どうぞ」
「シエ野浦先輩はなにしてるんです?」
「こうのうら先輩は今ノートをまとめてるんですけどね」
「は?」
「……お前、頭の医者行った方がいいんじゃない?」
「失礼な人だなあ」
「心から心配してんだけど」
「俺の名前知ってます?」
「知ってるよ」
「呼んでください」
「やだよ、気持ち悪りぃな」
「ていうか、どうして俺の名前知ってるんですか?」
「当也に聞いたから」
「はっ、ま、まさか……ストーカー……!?」
「俺の話聞く気ある?」
恐らくない、皆無だ。ノートから顔を上げて見れば、やっとこっち向いてくれましたね!と嬉しそうにされた。男後輩だからあんまり嬉しくない。女の子にそういうことされたい。
「きょうのうら先輩」
「違います」
「なにがです?」
「江野浦です」
「そうだと思っているのは貴方だけなのではありませんか?」
「生まれてこのかた一回も苗字変わったことねえわ……」
「お腹空きましたねえ、江里予浦先輩」
「惜しいな、漢字が分解されてるな、さっきもそうだったけど」
「俺、朝ご飯ドーナツだったんですよ」
「あっそう……」
「先輩は?どこ産のバナナでした?」
「お前俺のことなんだと思ってんの」
「尊敬してます」
「嘘こけ」
「恋ヶ浦先輩」
「それ多分似てる別の地名かな……かっこよすぎるもんな……」
「俺の名前呼んでください、そしたら俺も石見畳ヶ浦先輩のこと恥ずかしがらずに呼びます」
「砧」
「はい!神ノ浦先輩!」
「お、ん?」
「長崎県南松浦郡新上五島町の、東神ノ浦郷の神ノ浦ですよね?」
「惜しいなー!もう!」
漢字が違うんだよな!絶対!髪の毛をがしがし掻き回していると、うるさいんですけど、と当也が帰ってきた。この迷惑な後輩をどうにかしろ、お前の管轄だろ。そう思って砧をそっちへ押しやる。俺にこれ以上こいつを関わらせるんじゃない、面倒くさい。
「どうしたの」
「部活の連絡です!えっと、当也先輩の絵が置いてある方の物置あるじゃないですか」
「うん」
「あっちの鍵が壊れちゃったそうです。今仮の鍵を付けてて、職員室のキーボックスに入ってます」
「いつものじゃ開かない?」
「はい。しばらく直るまでにかかるそうです、貴重品は置かないでください」
「分かった」
「ということです!恋ヶ窪先輩、分かりましたか?」
「俺関係なくね」
「分かりましたかって聞かれてるだろ」
「だから俺関係なくね?」
「口答えするな、変なとこに線引くぞ」
「やめろ!これ明日提出なんだからな!?」
おもむろに赤ペンを取り出した当也からノートを遠ざけると、砧が心底楽しそうにきゃっきゃと笑っていた。ふざけんじゃないよ。用事が済んだらしい彼が、では俺はクラスに戻ります!お邪魔しました!と踵を返しかけた。そのまま帰ってくれればいいのに。
「かえなえり先輩、俺の名前知ってます?」
「砧」
「名前ですよ」
「……なんだっけ?」
「俺に聞かないで」
「ぶー!名前を呼んでくれなきゃこの先一生貴方のことを不幸にし続けます!」
「名前を呼ばないとかじゃねえんだ、俺不幸にされるんだ」
「航介かわいそう」
「哀れんでないでお前思い出せよ!」
「だって俺そもそも苗字も覚えてなかったし、そういえばそうだったなってさっき思い出したし」
「えっ」
「やだー!当也先輩ったら!砧ですよ!砧真守です!」
「そっか」
「自己紹介五度目ですよ!」
「……そうだっけ?」
「……うわ、引く……」
「航介だって覚えてなかったじゃん」
「お前よりは覚えてたわ!」
「まもたん☆って呼んでくださいね!」
「呼ばねえわ」
「ではまた!こーたん☆」
「呼ばないからな!」
「線引いていい?」
「あってめ、やめろっつったろ!馬鹿!」
「なにしてんの?」
「朔太郎、おかえり」
「ただいまー。航介なんでノートに頬擦りしてんの?」
「してねえよ!守ってんだよ!」
「いちごオレ」
「飲む?当也」
「うん」
「なんで航介はノート守ってんの?悪漢が襲いに来たの?」
「当也が落書きしてくんだよ!」
「それはひどい」
「ん?」
「だめでしょ。めっ」
「ん」
「そんな生温い叱り方で足りるか!」
「美味しかった」
「うん、当たり前みたいに全部飲んだんだね。空っぽだね」
「美味しかった」
「何度も言わないで、さくちゃんショック」



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