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おはなし



「明日友達うちに連れてきたいんだけど」
「こーちゃん?」
「航介だったらわざわざ言わない」
「あらあ、別の子?おとーさん!当也が友達連れてくるって!」
「ねえ、そんな大事じゃないんだけど」
「お父さん!ちょっと!なにしてるの、またそんなうるさい映画見て!」
「うるさくない、アポカリプトだ」
「ねえ、当也がお友達連れてくるんですって、それもこーちゃんじゃないの」
「そうか」
「もう!冷たい!」
「明日連れてくるから、いいよね」
「いいけど……明日午前授業でしょう?お昼はどうするの」
「家で食べてくるんじゃない?」
「学校からそのまま来ればいいじゃない。どうせこーちゃんも付いてくるでしょうから」
「んー……朔太郎に聞いてみる」
「三人分用意してるからね」
「当也」
「ん?」
「これ、見るか」
「見る」
「ちょっとお父さん!当也に変なもの見せないで!」
「Mr.&Mrs.スミスだぞ、変なもんか」
お母さんがお父さんの見てる映画に噛み付く理由は「あいつ映画に嫉妬してるんだ」ってお父さんが言ってた。俺も映画見るの好きだし、見るか?ってお父さんが言ってくれたやつは大概の場合すごく面白い。最近は洋画にはまってるらしいけど、一ヶ月前くらいは恋愛ものの邦画だったし、半年前には動物ものだった。俺のお父さんは、なにかしらの映画を見ていないと死んでしまうのかもしれない。そう思えるくらいには毎日のように映画見てるし、映画見てない時には自分の部屋で机に向かって分厚い本開いてるか、パソコンのキーボードをかたかた鳴らしながら英語か日本語を打ってる。いつ寝てるんだろう。
ちょっと前に、朔太郎が言ってた。友達の家に遊びに行ったことがないんだって。朔太郎んちお母さんしかいないし、ずっと留守番は朔太郎がしてたらしいし、そりゃ誰かの家に遊びに行ったりなんかできなかったんだろうなあってなんとなく思う。朔太郎も、どっかに行くよりも家でお母さんのこと待ってる方が魅力的だったって言ってたし。でも引っ越しして、中学入って、俺と航介が比較的頻繁に家同士を行き来してることを知って、ちょっと羨ましくなったんだって。
「いいなあ、家で遊ぶの楽しい?」
「楽しい、っていうか」
「……他に行くとこないし」
「俺、友達んちとか、行ったことなくてさあ」
「へえ」
「うち来るか」
「んー、さちえに聞いてみなくちゃ」
「航介んちより先にうちに来て」
「なんだよそれ」
「うるさい」
「うるさくない!当也!」
「んへへ、うれしい」
ふにゃふにゃ笑った朔太郎が、次の日になって朝っぱらからぴょんぴょん飛び跳ねながら、金曜日なら良いって、さちえもゴアイサツに行くって、ゴアイサツってなに?と楽しそうに報告してきた。大人のそういうあれは俺には分かんないから、航介にどういうこと?って聞いたら、航介も分かんないみたいだった。家に遊びに来るのにそんなんがいるんだ、大変だねえ、って話をして、航介んちにするかうちにするかをじゃんけんで決めて、航介が勝ったんだけど俺が航介の足をいっぱい踏んづけたら俺んちになった。ずるい馬鹿ひどいって航介は騒いでたけど、そんなことは知らない。
それで、今日が午前授業の日。お母さんと一緒に行くからねって朔太郎が言って、鞄開いたまま先に走って帰ってった。航介は午前授業の日はうちで昼飯食べる、お母さんもお父さんもまだ仕事だから。ただいまあ、と間延びした声で扉を開ければ、ふわんといい匂いがした。
「おかえりなさい。あら、もう一人のお友だちは?」
「お母さんと来るって。ゴアイサツだって」
「やだあ、それじゃあこんな格好じゃお母さん恥ずかしいじゃない」
「飯なに?」
「スパゲッティ」
「腹減った」
「あっ!それじゃあみーちゃんも呼んだ方がいいかしら?こーちゃん、お母さんお仕事何時まで?」
「分かんない」
「もお!」
スパゲッティは三人分あるからね、と言い置いて上に行ってしまったお母さんは、多分着替えるんだろう。自分たちで分けなさいってことだと受け取って、お皿に二人で分ける。俺は普通の分量、航介のは少し多め。こいつお代わりもするだろうから、鍋に残ってる分はみんな航介のだ。
「朔太郎どんくらいで来るかな」
「分かんね。おやつまでには来るって」
「うちの場所分かるかな」
「ししまる見に来たことあるじゃん」
「一回しかない」
「……お母さんと一緒なら平気だろ」
「そっか」
朔太郎一人なら迷子になるかもしれないけど、それなら大丈夫な気がしてきた。もそもそとスパゲッティを食べてる間、つきっぱなしだったテレビには動物大集合みたいな番組が流れていた。やっぱり猫より犬のが可愛い。うちのししまるは、テレビの中できゃいんきゃいんと吠えた犬に、片耳を上げてきょろきょろしていた。大丈夫だよ、猫はさておき、この辺にししまる以外の犬なんていないから。
結局航介が鍋を空っぽにして、着替え終わって降りてきたお母さんに林檎を剥いてもらった。朔太郎はいつ来るんだろう。走って帰ったから早く来ると思ったけど、そうじゃないのかな。さくさくと林檎を齧りながら、手持ち無沙汰に立ったり座ったり歩いたり止まったりしていると、うんざりしたらしい航介が口を開いた。
「座れば?」
「……だって」
「来るって言ったんだから、待ってればいいだろ」
「迷子になってるかもしれない」
「なってない」
「なんで分かるんだよ」
「あのな、よく考えろよ」
朔太郎はお母さんと一緒に来るんだぞ。お母さんは大人だから、家を出るのにもきっと時間がかかるんだ。お化粧したり、服を着替えたりするんだ。朔太郎の準備が出来てたって、それが終わらなきゃ家を出れない。ましてやお昼ご飯を食べてから来るなら、もっと時間がかかる。おやつまでには来るって言ったんだから、おやつより遅くなってから心配するべきだ。俺はそう思うから待ってる。そう淡々と告げられて、その通り過ぎる言葉に、黙るしかなかった。こーちゃんの方がお兄さん出来るなんて珍しい、とお母さんには笑われたけれど。
それからしばらく、朔太郎が来たら何をして遊ぼう?と二人で考え、それほど良い案は出なかった。だって普段してることと言ったらゲームくらいのもんで、それだってコントローラーは二つしかない。回しながらやればいいか、朔太郎ゲームもやらないって言ってたし、と結論を出して、みんなで出来そうな人生ゲームやトランプも重ねておいた。それと、お母さんが机の上で冷ましている焼きたてのパウンドケーキ。あれが本日のおやつらしい。美味しそう。
「もう、散らかして」
「か、かたづける、ちゃんと」
「お母さん手伝いませんからね」
床に散らかしていたゲームソフトを見て眉を寄せたお母さんに見えないように、がさがさと掻き集める。一歩引いた航介の背中がぶつかった人生ゲームの箱の中から、ばらばらと車と人が転がり出てきて、あーあー、なんて声。ししまるがちらりとこっちを見て、大欠伸した。ちょっとくらいは手伝って欲しい。
「あっ」
「ピンポン鳴った!」
「ちょっと!散らかしっぱなし!」
「後でやる!」
ぴんぽーん、と響いた音にばたばたと玄関まで駆け出して、扉を開けた。靴下だったせいで、後ろで滑って転んだ航介が、ふぎゃあ、とか叫びながら俺のことを引っ張って、扉が開ききる前に尻餅をつく。二人重なって目を回していると、けたけたと笑う朔太郎の声がした。
「あっはは、なにしてんの?」
「……航介のせいで……」
「お前が走るから!」
「なんで二人ともまだ制服なの?」
「あっ」
大きめなのかだぼついたパーカーにジーパンの朔太郎が、普段と違うスニーカーを履いてるのを見て、航介と顔を見合わせる。そこまでは全く気が回らなかった、二人で遊ぶ時ずっと制服のこととか普通にあるし。俺も制服で来ればよかったかなあ、そしたらお揃いだったのに、とふにゃふにゃ笑っている朔太郎の後ろから、こんにちは、と優しい声がした。ぱんぱん背中とお尻を払いながら体を起こして立ち上がって、朔太郎の後ろにいたその人にようやく気づく。
肩につかないくらいの髪の毛を揺らして、大丈夫?とこっちに手を伸ばしたその人は、朔太郎に少しだけ似ていた。お母さんっていうか、お母さん?お姉ちゃん?って感じ。大人だけど、うちのお母さんや航介のお母さんとは、全然違う。きゅっと唇を閉めて笑った時の口が、朔太郎と同じ形をしていた。髪の毛の色も、目の形も、声も仕草も、何もかもが違うのに、朔太郎と血が繋がっていることだけははっきり分かった。雰囲気ってやつなのかもしれない。薄紫色のカーディガンから伸びる手を取ることができずに、こくこく頷きながら立ち上がると、航介もぽけっと朔太郎のお母さんを見上げていた。誰もこれは責められない。後ろから来たうちのお母さんが、にこにこしながら挨拶する。これがゴアイサツか。
「あらー、こんにちはあ」
「こんにちは、朔太郎の母です。畑瀬と言います」
「こんにちは!」
「朔太郎くん?今日は来てくれてありがとうねえ、当也もこーちゃんも楽しみにしてたのよ」
「こーちゃんって言うな!」
「こんなとこに座って、何してるの」
「な、なんでもない……」
「こーちゃん?」
「こーちゃんじゃない!」
「どうぞ上がって。当也、スリッパ出してね」
「うん」
「こーちゃん?航介、こーちゃんなの?」
「うるさいうるさい!」
「やめなさい、朔太郎」
「すりっぱ……」
「ありがとう」
そっと差し出したスリッパは、殆ど使ったことのない代物だったけれど、朔太郎のお母さんは丁寧にありがとうと言ってくれた。朔太郎は、スリッパをしばらく見下ろした挙句、俺と航介が靴下なのを見て、俺も履かない!と靴下のまま上がり込んできた。スリッパ、歩きにくいしね。
おやつにはまだ早いから、パウンドケーキはお預け。ししまるのお腹に埋もれてえへえへしてた朔太郎が、散らかったゲームソフトを発見して、すっ飛んできた。突然重みがなくなったことに驚いたらしいししまるも、わふわふこっちに寄ってくる。その頭を撫でながら、どれやりたい?と差し出した。
「どれにしよっかなあ、どれが楽しい?」
「みんな楽しいよ」
「これなに?ピカチュウ?」
「スマブラ。やる?」
「やる!」
「畑瀬さん、こっちに越してきてまだ日が経ってないんでしょう。何か困ったことがあったら言ってね」
「ありがとうございます」
「お名前は?」
「えっ、朔太郎です」
「違うわ、貴女のお名前よ。子ども同士の縁だもの、仲良くしましょ」
「は、畑瀬幸恵です……」
「さちえちゃん!」
「はいっ」
「もう!かわいいんだから!わたし八千代!」
「は、はいっ、やちよさん!」
「こーちゃんのお母さんももう少ししたら来るわ、連絡しておいたから。そっちは美和子よ、みーちゃんって呼んであげてね」
「みーちゃんさん」
「嫌がるから」
「嫌がるんですか……」
「最高に怖いゴリラみたいな顔で怒るから」
「怒るんですか!?」
「おかーさん、お腹空いた」
「さっきスパゲッティ食べたでしょう、まだおやつには早いわよ」
「航介が全部食べちゃった」
「すげー!」
「全部なんか食ってない!」
「うるさい、ぶーすけ」
「なんでぶーすけなの?」
「小学生の時ぶーすけって呼ばれてた、ぶたのぶーすけ」
「当也ぁ!」
「静かにしなさい!」



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