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おはなし



「のりしお」
「コンソメ」
「表出ろよ」
「上等だよ」
朔太郎と瀧川がポテトチップスの味で冷戦を繰り広げている。結構怖い顔で睨み合ってるけど、すごいくだらない。航介なんて欠伸しながら生野菜てんこ盛りのサラダ摘んでて、全く話を聞いてない。そっとトマトを除けたから、いらないのかな?と思って横から攫って食べたら、絶望感に溢れる顔を向けられた。そうだったね、航介は好きなものは最後派だったよね、ごめん。口から出したので良かったらあげるから食べて。
「お前本当にそれで許されると思ってんのか……」
「ごめんって……ほら、トマトならまだあるから、あげる」
「さっきのトマトじゃないじゃねえか」
「あっ、めんどくさいね?酔ってるね?」
「めんどくさくなんかない」
「歌ってあげようか?」
「ふん」
「こっんなイカれた、せーかいのなーかでー」
「ん」
「ほっんとっのあーいをー」
「さーがー!しーて!」
航介が立って歌い踊り出した拍子に思いっきりぶん回された腕に当たって、カウンターからビール瓶が叩き落とされて粉々になったけれど、楽しそうだから目を瞑ろう。ここまで飲ませたのは誰だ、とまだポテチ味戦争で言い争ってる二人に目を向けたら、朔太郎の胸倉を掴みあげながらぽかんとしてる瀧川と、滝川の頬を引っ張りながらにやついてる朔太郎がいたから、多分後者が犯人だ。航介の飲み止しを呷って空にすると、すげえ濃い味がした。あいつなんで普通の顔してこんなん飲んでたんだよ、舌麻痺してんじゃないのか。普通は水で割るタイプの飲み物だろ、これ。少なくとも俺は実家が定食屋兼居酒屋の人間として、こんな食材に申し訳ないことをしたくもないしするわけがないので、棚に並べて置いてある瓶から勝手に誰かさんが直飲みを目論んだんだろう。俺の目を決して見ようとしない誰かさんが。お前だよお前、辻朔太郎に言ってんだよ。
きゃっきゃしながら一人で踊り狂ってる航介の寝られる場所を確保してカウンターの中に戻れば、朔太郎がいつの間にかツナ缶にマヨネーズをぶちまけた物を食していた。なんだお前、それどっから持ってきた。どうせ冷蔵庫に手を伸ばしたんだろうけど、一応ここお店なんですけど、マイハウスではあるけどユアハウスではないんですけど。まあカモナマイハウスしたのは俺ですけど。この際、朔太郎の座っている位置からじゃどう頑張っても冷蔵庫までは手が届かないため、彼は恐らく腕を二メートル程伸ばしてツナ缶とマヨネーズを取ったらしい、ということは瑣末なことである。世の中は瑣末なことで溢れかえっているのだ。
「航介疲れたら寝るかな」
「疲れるまでに何分掛かるか賭けようぜ」
「俺五時間に五億円」
「五時間もかかったら責任取れんのか!?おい朔太郎!?」
「うわー、おこ?ただよしくんおこ?」
「てめえに怒ってんだよ脳味噌耳から零れ落ちたみてえな顔しやがって!」
「なんだと!耳から!?そんなわけないだろうが!」
「えっ、そこ?朔太郎のキレ返しそこ?」
「てめっ、あっ、やばい、瀧川!瀧川止めて!このままじゃ熱烈にキスしちゃう!今夜寝れなくなる!」
「んーまっ、んまんま」
「止めて欲しいならダチョウ倶楽部やるなや」
「やりたかった」
「さながらかっぱえびせんだった」
「俺思うんだけど、お前らって酔ってなくても大概脳味噌アルコール漬けだよな」
なんなの?ここは顔がそれなりに整ってると脳に重篤な欠陥が見つかる世界なの?お前らのIQっていくつなの?とまだ酔っ払ってない瀧川が面倒くさそうにぼやくので、フリーザ様の真似をして流しておいた。朔太郎は泣くほど笑って死にそうになっている。俺、朔太郎の人生の八割をおふざけで過ごしてるとこ案外嫌いじゃないけれど、これに関しては全く分からない。どこがそんなに面白かったんだろう。そういえば前に、とっても似てなくていっそ殺意が芽生えてくる、とはっちゃんに果物ナイフを構えられたほど不評だった某若手ジャニーズの持ち歌の決め台詞のモノマネを見せた時にも、朔太郎は死ぬほど笑ってくれた。感情が揺れるツボが他人と大幅に違う朔太郎だからわかる面白さってやつかな。玄人にしか分かんないってやつ?俺って罪、めっちゃギルティー。
「ぶっふぁ、ぉえっ、ぇえぇっ」
「朔太郎吐くなよ、がんばれ」
「なあにやってんらよお!おい!」
「ぁぎゃっ」
回らない舌のままサイのように突進してきた航介が刺さって瀧川が死んだ。一人でイントロから歌いながら散々踊りまくってたくせに、ちょっとバスに遅れそうだったから走った、程度にしか疲れていないのはどうしてだろう。しかも相当飲まされてんのに。俺だったら吐いてる。
「しんでねえ……」
「ちゅかれたあ」
「よーしゃよしゃよしゃ」
「あはああん」
理性のタガをかっ飛ばした航介は、元来の寂しがりやを大爆発させて、構ってオーラ全開で朔太郎に擦り寄っている。死んでないと口では言うものの体の真ん中を航介に貫かれている以上死んでる瀧川は全くのガン無視な辺り、信頼感と付き合いの差がとっても明確に出ていて、その心意気や良し。千手観音さながらに手を分裂させて航介を撫でている朔太郎は動物愛好家の顔をしているが、航介的にそれはオッケーなのだろうか。お前、大好きな幼馴染みにペット扱いされてるけど。しかも撫で回されてすっげーどろんどろんの甘え顔、パーフェクト雌堕ち!エクセレント!フルコンボ!って感じだけど。体は正直だな!オイ!って台詞を横に是非とも付けたいくらいだけど。いいんですかね。瀧川はともかくとして、俺に見えてるその顔、もう一人の幼馴染みに見られたらやばくない?まあ今いないからいっか。俺口堅いよ、黙っとくから安心してね。
擦り切れるほど撫で回されて、幸せの絶頂を極めたらしい航介はそのまま寝落ちた。すっこーんと。気づいたら目を閉じて涎垂らして寝息立ててたから、撫でてた朔太郎が引いたくらいの勢いだった。開いてんだか閉じてんだか分かんねえ目しやがってな!と笑った瀧川が、一頻りげらげらした後にそっと航介の顔を覗き込んでいたので、お前それ寝てるか寝てないかのチェックだったのかよ、と戦慄した。俺こんな些細なことで友情壊したくない。デブ、じゃないけど、筋肉が乗った体はそれなりに重たいので、一人でやって腰いわすよりは全員で分散してとっとと終わらそう、と三人がかりで座布団を並べた簡易ベッドに移動。その間むにゃむにゃふひふひと喧しかったことを報告しておく。
「よし!」
「うるさ」
「鼓膜破れた」
「慰謝料払って」
「うるせえ!よし!今から!」
「一の声で喋って」
「………………」
「聞こえない。二にして」
「今!から!」
一と二の間になにがあったの?マリアナ海溝?真ん中とかいう器用なことは出来ないらしい瀧川が、ぐーっとグラスの中を煽って、ぶはあっと息を吐こうとしたつもりが、変なところに息が入ったらしく思いっきりえずいた。ちゃんとぶっはーって出来たら良かったのにね。あと、グラスの中身が生ビールとかだったらもっと良かったかもしれない。お前のグラスの中身何だか知ってる?ピニャコラーダだよ。ちなみに酒言葉知ってる?淡い思い出だって。めっちゃうける、瀧川に似合わない率振り切れてる。まあなんで瀧川が似合わないカクテルなんか飲んでるかっていうと、俺が最近カクテル作るの練習中でこいつらにしょっちゅう実験台になってもらってるっていうだけなんだけど、あれ?これ俺のせいかな?更に蛇足で説明すると、どうして俺が近頃いきなりカクテル作りに目覚めたかというと、滅多に現れないものの時折訪れる旅行客の女の子に、モテるからである。甘いお酒も出せないような店じゃ駄目なのだ、と父母に熱く語ってバーテンセットを買ってもらった。キャッホー。
「航介が寝たので、お楽しみタイムです」
「いやらしいこと?」
「そう、いやらしいこと」
「航介に?」
「ちげえよ!アホか!」
「今の流れはそうだったよね」
「完全にホモ」
ぼそぼそ朔太郎と小声で話していると、俺たちがなにかちまちまやっててもほっとくことにしたらしい瀧川が、だん、とグラスを置いた。
「あっ、弁償」
「やってやんよ!」
「結構高いよ?」
「いくら?」
「一万五千円。桜切子だから」
「ヒッ」
「すげー!都築金持ち!」
「ごめんなさい、謝るんで許してください」
「うーん、傷も無いから許してあげるよ」
「じゃあなんでお前最初に弁償って言った!?心は無いのか!?」
「失敬極まりないな」
「俺も一万五千円で飲んでいい?」
「朔太郎は百均グラスで我慢して」
マジで割られたらたまんない。たまんないって別に興奮するとかそういう意味じゃないから。恐ろしいって意味だから。小梅姉さんに殺される。
甘ったるいカクテルでも、七杯も飲めば酔いが回ってくるだろう。ザルというよりワクの朔太郎は別としても、瀧川は航介と同じく、ちょっと酔いにくいだけの普通の人間だ。アルコールが入れば酩酊する。気分が良くなる。飲み干してしまったピニャコラーダの代わりに、次はこれを飲んでみてくれ、とクローバーナイトを出した。熱燗が飲みたい、と泣かれたのは無視した。
「俺は、女の子の話がしたい」
「瀧川が童貞切った女の子の話なら盛り上がること必至なんだけどな……」
「その話はもう二度とするな」
「学名、ゴリラ・ゴリラさん」
「別名、ニシローランドゴリラさん」
「やめろ!」
「具合は良かったの?」
「おっぱい大きかった?」
「瀧川のことだから変態みたいなこと要求して振られたんじゃないの」
「棒としてしか扱われてなかったんじゃない」
「なんなの!?お前らすっごく嫌!」
「じゃあ俺の話するわ。俺が童貞切った時はさあ」
「都築のそういう話聞きたくない!全く聞きたくない!嫉妬で死にそう!」
「じゃあときめきメモリアル〜ルートさくちゃん〜の話にしようか?」
「どうせバキボキメモリアルだろ」
「ここは北の外れ…冴えない上司との付き合いで訪れたバーで、彼女と彼は運命に導かれたかの様に出会い、そして一夜の過ちを犯す…」
「全然バキボキじゃない」
「気になる」
「今これ、プロローグだから。オープニングムービーだから」
「スキップできねえの?」
「できない。今からテーマ曲」
「曲もあんのかよ」
「たーらたったったったったっららららん!ジャーン!」
「うるっせ!全然しんみりしない!」
「続きは?」
「第一章☆ブラジャーの外し方が分かんねえ」
「あるある」
「ねえよ!」
「えっ……?瀧川には、俺たちにねえよって言い切れるぐらい女の子との付き合いが……?」
「う」
「違うよ朔太郎。ほら、着けてるから」
「ああ」
「着けてねえよ!」
瀧川を怒らせるのはとても楽しい。ハッピーである。やっぱり瀧川は最高だぜ!そう思っているのだけれど、口から出てくるのはどうしたって揶揄い言葉と罵倒なので、瀧川は怒ってばかりである。おっと、なんか俺ちょっとツンデレみたいじゃない?あんたのことなんかクソだと思ってるんだからね!死ね馬鹿!ゲボ!でも好き!みたいな。
なにがブラジャーじゃダボ!外したことなんてねえよ!と怒り狂っている瀧川が、不貞寝しに航介の方へずかずか歩いて行って、すぐに真顔で帰ってきた。曰く、とっても安らかにお眠りになられているので邪魔できない、俺にはあの笑顔を壊すなんて無理だ、ぶっちゃけ寝汚いレベル、だそうで。確かに、ぐっすりの時の航介すっげえ幸せそうに寝るもんなあ。ちなみに朔太郎は㐂六をボトルで抱えてぺろぺろしているが、それ結構重くないかな。物理的にも、味的にも。お前がなんでいつまでも飲み続けてられんのか、俺には不思議でならないよ。
「まだおっぱいの話する?」
「もういい」
「えーっ、いいの?」
「お前らとそんな話をしようと思った俺が馬鹿だった」
「でも瀧川くんの瀧川くんはご使用済みなんでしょう」
「そうだよ」
「破廉恥」
「スケベ」
「お前らが言わせてるって分かってる?」
「瀧川もっと飲んで。吐くまで飲んで」
「嫌だよ!明日俺仕事あんだよ!」
「俺だってそうだし航介だってそうだよ、瀧川だけが特別だと思わないで」
「お、おう……」
「ほら、アメリカンレモネードだよ」
「もうカクテルはやだよ!」


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