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「俺、他人のものって欲しくなっちゃうんだよね」



*分岐2その後
社会人一年目とかそんくらい

大学生の時からずっと、馬鹿だ馬鹿だとは思っていた。どっかで聞いたことある童話じゃないけど、頭の中には大鋸屑が詰まってると言われても、しょうがないなと俺は納得するに違いない。うるせえな!俺だっていろいろ考えてんだよ!と牙を剥かれたこともある、けれど、それを言った二秒後には「……いや、弁当ほどじゃないから、だめか……」と自己完結していた。そうですね、と答えたものの、内心でかなり笑いを我慢した。辛かった。というかそもそも、スポンジのようにいらんことばっかり吸収してきて、肝心なことは覚えちゃいないのがいけないのだ。コミュニケーション能力は天元突破しているので困ることは何ら無いんだろうけど、そうじゃなかったらさぞかし生きるのが大変だろう。好きを表現する方法はたくさん知っているくせして、こちらが気を使って慎ましやかに抵抗や拒否を行っていることを察することは、最近もっぱら皆無と言っていい。真っ向切って怒ったり拒否ったりすると、ものすごい傷ついて落ち込んでめそめそするから、それは可哀想でそんなことできないし。
例えば、ほら。先週の休み。有馬は午前中どこかに出かけていたけれど、俺が家にいることを再三しつこく確認して出て行き、大急ぎで帰ってきた日。なんの用事だったかって職場の先輩に届け物をしてきたようだけれど、昼飯の誘いはばっつり断ってきたんだとか。なんでそんなことをするんだ、飯くらい外で食ってこい、と俺が言えば、だって一緒に食べたかった、せっかくお休みだし、ともごもご反論されたのだ。まあそれもそうか、と思ってしまう俺も甘い、いけないと思う。四六時中べったり一緒にいなくちゃ生きていけないようになりたいわけじゃないので。
「バス乗ってさあ、動物園」
「……もう夕方だよ」
「んー……」
「外でご飯食べる?」
「……お前の飯があるのに外食とか……」
どっか行きてえー、と有馬がぶつくさぼやき始めたのは、もうすぐ4時になろうとするタイミングだった。言うのが遅い、とうっかり本音が口から出てしまった俺に、誠にその通りであります、と彼は平伏した。怒られなくて良かったと安心する気持ちと、分かってんならなんで言ったんだと腹が立つ思いがごっちゃになって、複雑。外食は嫌、かといって時間も時間だし、明日は仕事である。遠出するほど暇じゃない、疲れを残したまま来週に突入したくない。どうするかね、と腕組みしている有馬には一人で考え込んでもらうことにして、放ったままテレビをつければ、消された。気のせいかと思ってもう一度テレビをつけると、当たり前のように消される。三度目の正直を試したら、主電源を消されたので、リモコンはただの棒になってしまった。
「なに」
「なにじゃないよ。テレビ見ないよ」
「……なんで?」
「俺を見たらどうだろう」
「はは」
「笑うな!」
別段見たい番組があったわけじゃないし、どちらかというと空気に耐えられなかっただけ。二人して黙りこくってずっと座ってるって、怖いじゃん。じゃあ、と平積みしてた小説に手を伸ばせば、指先を絡め取られた。それを振り払って、一歩引く。分かった。どうしたいか分かった。一度止まって、考え直して欲しい。
「嘘ついたこと謝っていい?」
「謝らなくていいから離れてほしい」
「外に行きたいって言ったけど、実はそんなに外に出たいわけじゃないんだ、ごめんな」
「離れろって言ってるんですけど」
「え?ちょっとよく聞こえない」
そう言ってる時点で聞こえてるんだよ!お前はいつもそうだよ!そう怒鳴りたいのは山々だったけれど、唇が塞がれていちゃそうもいかなかった。有馬の脳味噌は幸せ者なので、咄嗟に俺が目を閉じてしまったのを了承と受け取ったらしい。勝手に先に進もうとする体を無理矢理に押し退ければ、きょとんとされた。なんだその顔、間抜け面だな。手が早い有馬の下敷きになっていることに気づいて抜け出そうとすれば、いやいやいや、と迫られる。いやいやいや、じゃない。それはこっちの台詞だ。
取り敢えず、上に座られている下半身はどう頑張っても引っこ抜けなかったので、事実の確認をすることにした。希望を言うならもっと距離を置いて、出来れば対面で座るくらいまで離れて話したいのだけれど、それをするには俺の上半身と下半身にさよならしてもらうしかない。そんなことをしたらこの世とさよならだ、それは困る。なんでお前、いつまで俺の太腿に、もっと細かく言えば足の付け根付近に、どっかり腰を下ろしてくれちゃってるの。普通に血が止まって痺れてきたんだけど、それについてはどうしてくれるの。まあそれはいいとして、良くないけどいいとして。まず、今日はお休みであることを、二人で再確認した。お休みの後には平日が来ることも、確認した。平日は仕事があることも、念の為確認した。
「分かった」
「本当に分かった?」
「分かった」
「……分かってる?」
「分かった。キスしていい?」
「どの口が分かったって言ったの?」
「こーれっ」
「やめろ」
「ぶえっ、ぶつなよ!ほっぺを!平手で!」
「分かってないみたいだから、もう一回言おうか」
「今日は休みで明日は仕事!だから弁当はしたくない!分かった分かった!」
「じゃあ降りて」
「ちゅーしてくれたら降りる」
「一生そこにいろ。そして餓死しろ」
「ちょっとだけじゃん!ケチ!」
「嫌」
「なあ、ちょっとだけ。二秒」
「しつこい」
「一秒でもいいから」
「こないだも一秒っつったのに嘘だった」
「ちっ……」
「今舌打ちしたでしょ」
「してません」
「ふうん……」
「……ちゅーしていい?」
「だめ」
「していい?」
「だめ」
「します」
「だめだって、言って」
以下略。されました。ええ、その後までがっつりと。
そんなこんなで、そろそろ同棲を始めて1年程経過するわけだけど、流されっぱなしである。俺ってめっちゃちょろい。有馬に言わせれば、五分五分、下手したら出来ないことのが多い、らしいけど、俺からしたら、拒否りたい時に限って奴が本気で迫ってくるので拒み切れずに、まあ、はい。あの大鋸屑頭の中には、ネットで見つけた浅い知識が詰め込まれている。それを俺で試そうとするだなんて、迷惑な話だ。ふざけないでほしい。
「はい」
「はい、伏見」
「弁当からそんな話が出るなんて思ってもみなかったので、俺は今とても泣きそうです」
「……なんで?」
「自分の行いを振り返ってから物を言ってくれるかなあ!?」
きちんと挙手して淡々と話していたはずの伏見が、がちゃーん、といきなりジョッキを乱暴にテーブルに叩きつけた。急に大きい音を立てるのとかやめてほしい。
伏見とは、卒業してからちょこちょこ会ってはいたし、近況報告も勿論ある。けど、お互いなんとなく知ってはいるけど触れちゃいけない感じになってた友達以上の相手との関係性の話がちらちらと出てくるようになったのは、卒業してからだ。あっちもこっちもそれぞれ二人で住むようになって、それでも隠しきれると思ったら大間違い、ってこと。大概の場合出てくる相手の話の内容は、愚痴だったりとか、他に言えない相談だったりとか、すっごく時たま惚気だったりとか。場所は大体の場合、個室があるチェーンの居酒屋。素面でそんな話できないし、あまり静かすぎても困る。かと言って家だなんて冗談じゃない、同居人に聞かれたくない話をここでぶちまけていると言っても過言ではないからだ。伏見も俺も、酒に弱くなくて良かったと心底思う。今のところ、学生時代のように酔いどれてふにゃふにゃになり迎えを要したことはない。
「今のはね、惚気話だよ」
「違う。困ってる」
「絶対嘘」
「嘘じゃない」
「嬉しいだろ?隠さなくていいよ」
「そうじゃなくて、ほんとに。伏見はそういう時どうするの。嫌がったらやめてくれるの?」
「いや、嫌がってやめてもらえてた今までが奇跡だったと思うよ……有馬の忍耐強さを褒めてやりなよ……」
「そうかな」
「お前ほんとに男なの?」
「おっ、男だよ」
「据え膳と暮らしてんだよ?我慢の限界ってもんがあるよ」
すえぜん、と繰り返せば、そう、据え膳、と断定された。そんな馬鹿な。そこまでお手軽になったつもりはない。しかも重ねて、目の前に無防備な餌がぶら下げられてて食べない動物はいない、と付け足されて、絶句。しばらく考えた後に、有馬からしたら俺って無防備なのかな、だからちょろいのかな、と伏見に恐る恐る聞けば、黙ってしまった俺を放って焼き鳥を摘んでいた伏見が、こっちを向いて呆れたように溜息をついた。ぷすー、って。腹立つ。
「自分のことを確実に好いてる相手に断られるわけがないって自信、そりゃあるでしょ」
「じしん……」
「だってその通りじゃん。有馬はもう、弁当の攻略法と必勝法を知ってるわけでしょ?ヌルゲーだよ」
「ぬるげー……」
「行く行くはマンネリ?」
「う、え」
「刺激がないから、浮気?」
「えぅ、うわ、き」
「そして傷心の弁当に言いよる新しい男」
「そ、そんなのない」
「え?弁当は顔がいい男が好きなんでしょ?」
「はあ!?」
「あれ?そうだとばっかり」
「違う!なにそれ!?ふしっ、お前、そう思ってたの!?俺のこと!?」
「声でっか。そんな大きい声出るんだ」
「心外だからだよ!」
「うるさあい」
別に弁当が面食いとかそういう話はいいよ、小野寺だって可愛い顔が好きなだけだしね、と焼き鳥の串を振った伏見が、俺にかけられた疑いをそのままにした。本当に違うのに、顔が好きとかそういうんじゃないし、有馬はそりゃ顔も良い部類に入るかもしれないけど、顔だけじゃないっていうか、中身とかもこう、なんていうか、良いとこあるから。そう言ったところで伏見は聞いてくれないだろう。
とにかくどうしたらいいか、他でもない伏見に聞きたいのだ。置かれている状況は、大きく分ければ同じだと思うし。伏見だからお願いしている、頼れるのはお前だけだ、というところをわざと強調して伝えると、にまにま笑いながら黙ってくれた。笑い方に含みがあるのは、見なかったことにしよう。俺が面食いであるという誤解だけで今日を終わらせるわけにはいかないし、そもそも本当に困っている。拗ねさせず、いじけさせず、落ち込ませず、めそめそさせない方法で、彼を思い通りにできないだろうか。それが本題だ。
「そんなこと出来てたら俺だってやってるよ」
「……無理言ってるのは分かるけど、今のままだと、俺ちょろすぎる」
「小野寺だって、思い通りになんかなんないもん。しょうがなくない?」
「う……」
「まあ話せば分かってくれなくもないけど……あ。そうだ」
ぼそぼそ。小声で告げられたそれはものすごい名案に思えて、頷いた。伏見の言うことに裏がないことなんてないのに。なんであの時頷いちゃったんだかな、アルコールのせいかな。きっとそうに違いなかった。


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