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おはなし



「ぷられたりゅーむ!」
「プラネタリウムな」
「ぷら、ぷらねたっ、りゆー、う?む?」
「プラネタリウム」
「むずかしい」
「言えるようにならなきゃ出してあげられないなあ」
「やだあああ」
じたばたし始めた海が手を伸ばす先は、朔太郎が上げた手だ。その手の上には、朔太郎が実家から持ってきた家庭用プラネタリウムが乗っかっている。しばらく見ていたけれど、ぴょんこぴょんこしている海がぶええと本気で泣き出したので、朔太郎を叩いておいた。がんばってるだろ、意地悪すんなよ。
友梨音が昔にビンゴ大会で当てたらしいその、家庭用プラネタリウムは、辻家の押入れに眠っていたらしい。先日大掃除をした時に発掘されたようで、捨てるのもしのびないってことで、うちに来た。星なんて空見たら幾らでも見えんじゃん、とうっかり言った俺に友梨音は、でもこれは星が見えるだけじゃなくて春夏秋冬全部の星座が分かるし、星座の線も引いてあるし、音楽も流れるし、解説の本もついてるし、外で見るのとは違うんだよ、と必死に説明してくれた。分かった分かったとそれを諌めて、そんなに大切にしてるなら友梨音が持ってればいいんじゃないか、と一応提案したけれど、ゆりはもう使わないから海ちゃんにあげることにした、と決めたようだった。確かにそのプラネタリウムは何度も箱から出し入れされていたようで、それでもぴかぴかに綺麗で、付属の本だって角がぴしっとしたままだった。折れも曲がりもせず、きちんとしまわれている辺りが、とっても友梨音らしい。
「じゃあ海、今日の夜出してみような」
「うん!」
「海はさ、一人ずつ星座があるの知ってる?誕生日で決まってるんだよ」
「んー、こーちゃんはなにざ?」
「牛」
「うしさん?パン?」
「……牡牛座の牛は、蒸しパンの牛か?」
「えー、わっかんないなあ」
「さくちゃんはなにざ?」
「やぎ」
「やぎ!めええ!」
「いってえ!無闇に人を刺すな!」
「うみはライオンがいい、つよいから」
「残念ながら海は乙女座ですー。女の子ー」
「やだ!うみはライオン!」
「そんなのないですー」
獅子座があるだろ、と思ったけど言うのはやめておいた。男は泣かないのがかっこいいんだと戦隊ヒーローの影響で泣き虫を我慢するようになった海が、ぐうっと耐え忍びながら、うみはライオン、さくちゃんはいじわる、うみはライオン、とぶつぶつ言ってる。いや、ほんとに乙女座なんだけど、朔太郎の言い方も悪い。先にやぎの真似をしてツノのふりした指をぶっ刺したのは海だけど。
それから海はずうっと、テレビの台に取り敢えず置いてあるプラネタリウムの箱をそわそわしながら見ていた。そもそも星をわざわざ見に行ったこともないし、宇宙や星の図鑑も開いた形跡すらないし、興味があまり無いのかと思ってた。でも、そういえばこいつは新しい物が大好きだったな、と思い至る。これを気に興味が沸けばいいな。
「えー、まず、暗くする」
「でんき!でんきけして!さくちゃん!」
「はいはい」
「おといれも!ぎゃんっ」
「暗いんだからうろうろすんなよ」
「さくちゃんがやったげるから海は座ってなさいな」
「い、ぃ、いだぐない……」
「で?次は?」
「プラネタリウムの電源を入れ、モードを選択する、っと、これかな」
「おお」
「おー!」
「……おお」
満天の星空が、狭いリビングに広がる。海と朔太郎のでかい目に作り物の星がぴかぴか映っていて、ちょっと面白かった。ぽやんと天井を見上げて口を開けていた海は、ぱしぱしと壁を叩きに行って、つかまらない!こいつめ!と喜んでいる。掴めると思ったんだろうか。
「せーざ、みる」
「星座は……星座。これか」
「海、本も見てごらん」
「ん。くらい!」
「それは我慢して」
「例えば、そうだな、これ。これがはくちょう座だ」
「はくちょう?」
「鳥だよ。白いやつ」
「ばってんだよ」
「ばってんだけど、はくちょう座なんだ。本見てみろ、鳥だろ」
「昔の人にははくちょうに見えたんだね」
「ふむ……」
「これがこぐま座だ」
「こぐま」
「子供の熊。ここに書いてあるでしょ」
「こぐま……うみには、くまに見えない」
「さくちゃんにも見えないよ。こーちゃんにも見えないと思うよ」
「むかしのひとじゃないから?」
「うーん、どうだろうねえ」
「あと分かりやすいのは、なんだろうな」
「あっ、これ。これにしよう。海、くじら座だよ」
「くじら!くじっ、……くじら……?」
「くじら座」
「……うみのすきなくじらじゃない」
「海の好きなくじらは水族館くじらで、野生のくじらはこのぐらい怖いんだ」
「ひええ……」
「おいこら、嘘を教えるなよ」
海はまだ漢字なんて読めやしないし、それ以前に平仮名も微妙なくらいなので、大事そうに抱えている図鑑も、プラネタリウムに同梱されていた星座表と解説の紙も、あんまり意味を成してない。それでもなんとかうんうん本をめくりながら、くじらはやっぱりこわい、こっちにはねこがいる、と頭上の星と見比べている。星座の成り立ちとかそのバックグラウンドになってる神話とかなんて俺も知らないけど、聞かれたら答えられるくらいには知っておいたほうが良いのかな。でも、朔太郎が知ってそうだからいいか。
うみ座はないの?と聞かれた朔太郎が、じゃあここを目にして、こっちは口、ここを髪の毛にしよう、と見つけやすく分かりやすい明るい星ばかりを繋いで、うみ座を作った。さくちゃん座とこーちゃん座も!なんて海ははしゃいでいて、朔太郎はほぼ同じ星を使って俺たち二人の顔も作った。勝手に増やしたその星座は図鑑に載っちゃいないけど、もしも外に出て星を見る機会があったなら、海は一番にうみ座とさくちゃん座とこーちゃん座を探すんだろう。それはそれで、楽しそうだ。
「あーあ、電池切れ」
「途中から星掴もうとしてたしな」
「海が大人になる頃には、ここにある星の何処かに旅行に行けるようになってるかもしれないよ」
「夢のある話だなあ……」
静かになったと思ったら、土下座してるみたいなポーズでこてんと寝てしまった海を、布団に運ぶ。ものの数時間でしわくちゃになった星座表を伸ばして、プラネタリウムと一緒にしまった。今度は本物を見に行こうと、ぼんやり思いながら。



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