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おはなし



いつでもいつだって、頭を悩ませている事柄は存在するのである。大きいことから小さいことまで、だって人間だもの。しかしながら、それを相談できる相手というのも限られる。ただよしくんには秘密が多いものであるからにして。
「聞いてアロエリーナ」
「誰」
「ちょっと言いにくいんだけど」
「だから誰、アロエリーナ」
「うるさい!黙って聞いてアロエリーナ!」
「俺のことなの?」
「お前の名前は今からアロ・エリーナ・時満だよ!」
「瀧川姓どこに落としてきたんだろうな」
「こないだ酔っ払った時に知らんおっさんに売ってたよ」
「そっかあ……やりかねねえな……」
「20円」
「安いなあ……」
紹介しよう。みんなの疑問や不満の捌け口、瀧川時満くんです。死なない程度にならサンドバッグにしてもいいよ。
俺は、基本聞き役に徹するようにしている。ほら、お客さんの話を懇々と聞いてくれるスナックのママみたいな、ああいう人。ていうかそのまんま。けど、俺にだってもちろん「あれ?」ってなるポイントはあるわけで、勿論それは解消できないともやもやするわけで、かと言って瀧川に話すと解消されるのかと言われたら全然されないんだけど、口に出した方がまだすっきりはするじゃない。もっと簡潔に、解決してほしいなら航介に頼んだ方がいい。でも別にそこまでじゃねえかなってやつの捌け口が、瀧川になる。今日の議題はこちらです。
「こないだ、ちょっと前?委員長に会ったじゃん」
「あー、羽柴」
「指輪してたじゃん?」
「そうだっけか」
「うん。ちょっと良さげなやつ」
「よく見てんな」
「彼氏どんな人なんだろう?」
「……何故」
「いや、気になって。だって羽柴さんだよ?」
「うん」
「結構人気あったの知らない?大人しくて勉強ができて、でも普通に可愛いし、優しいし」
「タイプじゃない」
「お前のタイプは聞いてねえんだわ」
「うす」
指輪に気づいたのは、その時に航介が一緒にいたから何となく俺の目が向いちゃったことと、おそらくは無意識に羽柴さんが指輪の存在を隠そうとして体の後ろ側に左手があることが多かったからだ。別に四六時中女性の左薬指ばかりを見つめているわけではない。
高校時代、目立つタイプじゃないけど、その分我こそがとお近づきになろうとする男が多かったのも事実だ。俺らの代の美化委員長なんて、三年皆勤の朔太郎がいたのに、委員長になれば羽柴さんと話せるからって理由で別のやつが立候補した。彼女本人に自覚は全くなかっただろうけれど、そのくらいには思われていたのだ。だからこそ、高校生の羽柴さんしか知らない俺たちからしたら、永遠の委員長である彼女の彼氏の座に収まった男が、気になりはする。滅多なことじゃ靡かなそうじゃん。あの時だって、全方位型の人誑しがどうしようもなくド天然の初心だったからお互いどうにもならなかっただけで、二人がもうちょっと大人だったら分かんなかったのになあ!てめえに言ってんだよクソゴリラヤンキー!
「瀧川はどう思う」
「どうって。普通の人なんじゃね」
「普通って?朔太郎のこと?」
「お前目ぇ腐ってんの」
「普通っつっても幅が広いじゃない」
「羽柴が変な男についてくわけなくない」
「でも好きになったら一直線なタイプかもしれない」
「えー……」
「今瀧川が考えてること当ててあげようか」
「おう」
「心底どうでもいい」
「分かってて何でこの話したの?」
「嫌がらせかな」
「あー!顔が良いってだけで生きてる人種マジ死んでくんねえかなー!」
「物騒」
「心の声ぐらい自由にさせろ」
口に出ちゃってるんだよなあ。
一応瀧川の弁解を聞くと、羽柴真希はとてもしっかりしていて浮ついたこととは全く縁のない女の子であった、故に適当な男を選んで指輪を嵌めるに至る経緯は想像ができない、そこから導き出された「心底どうでもいい」である、ということだった。信頼の表れだよ!信頼!分かるかなあ!ってうるさかった。
「次です」
「次とは……」
「まだあります」
「早めに終わらせていただきたい……」
「なんでさ。どうせ暇でしょう」
「どうしてちゃんになった都築めんどくさい」
「じゃあやめよっと、こないだ東京の方から帰省してきたって若い女の子がうちの店に来た時に連絡先交換してそれからしばらく仲良くしてるんだけどその子がこっちに戻って来た時にもっと友達が欲しいって言ってたからお前のことを紹介してやってもいいかなと思っていたけれども」
「話をやめようって意味だよな!?その申し出をやめるわけじゃないんだよな!?」
「やめよっと」
「聞かせてください!」
最早金切り声だった。必死すぎてこわい。飢えているのが手に取るように分かる。ちなみにそんな女の子はいない。根も葉もない、真っ赤な嘘である。
改めて、次に行こう。先にも言ったように、別に瀧川には解決してもらいたいわけではない。よってクソどうでもいいことなので、改めなくてもいいんですけどね。
「俺って地毛は黒じゃん」
「日本人だからなあ」
「他の毛も黒いんだけど」
「この話やめない?どう持ってってもド直球で下ネタな気がするわ」
「え?そう?」
「ここに航介がいてもできる話して」
「じゃあこの話やめる」
「ほらあ!俺ならなんだっていいと思ってる!都築忠義の良くないところ!その1!」
「……瀧川だけ、特別だよ……?」
「あっやめろ!良い声で耳元で囁くな!」
「お前だって都合よく人の名前呼ぶくせに」
「なんで都築は頑なに俺に名前で呼ばれることを拒むの」
「気色悪いから」
「そういうリアルなトーン真面目にやめてくんねえかな」
「……あー、じゃあ好きだから」
「だからって嘘を吐けって言ってるわけじゃねえよ!しかもすげえ苦い顔で!お前ほんと適当だな!」
「その1って言うからにはその2もあるの?」
「そういうとこだよ!その2!」
「どういうとこだよ」
「叫ばせるな!喉が痛い!声帯弱いの!」
「嘘こけ」
ここに航介がいたら出来ない話しか瀧川には出来ないよ、とわざわざ懇切丁寧に教えてあげれば、はっ……!?ってなってた。はっ……!?じゃねえんだわ。お前いい加減自分の立ち位置分かってると思ってたよ。
「じゃあトップシークレットにあの童貞がいたら出来ない話だけど」
「都築と朔太郎、最近航介のこと童貞呼ばわりするの当たり前みたいになってるよな」
「本人は知らないからいいでしょ」
「お前のそういうところ最高にクソ」
「その朔太郎なんだけどさあ」
「あ?」
「……いや……なんていうか……」
「そろそろ身を固める覚悟ができたか、あの下半身遊園地」
「それはない、絶対に」
「最低……お前もあいつも……」
「こないだ話してて思ったんだけど、ほんとやりたい放題じゃない、あれ」
「いっそ羨ましいとか通り越して嫌だもん」
「あれの一番近しい友達が男でよかったと思わない?」
「……………」
「黙んなよ!ガチになるだろ!瀧川の馬鹿!」
「……俺それはずっと思ってた」
「幼馴染が女だったら高校卒業してすぐ子ども抱いてそう」
「この時空はそういうゲームじゃねえんだぞ」
「無自覚五股の話する?」
「もういいよ!その話最初に聞いた時マジで吐いた!」
ちなみに、無自覚五股とは、ここ数年の間に朔太郎がやった一番駄目なことである。勿論高校卒業後だけれど。書いて字の通り、本人に全く悪気なく、というかその事実に気づいてすらいない状態で、五股かけてたのだ。自然発生で自然消滅したから大ごとにはならなかったが、いろいろあって巻き込まれた身としてはすごく冷や冷やした。こいついつか絶対刺されて死ぬなって思ったんだけど、平気だった。ぎりぎりラインで九死に一生を得ている。ていうか巻き込まれたのが俺だけで良かった。下手なやつを下手に巻き込んでいたら、ほんと手のつけられない大ごとになってた。そんな話があったり、それにも懲りず、というか本人が気づいてなかったから罪悪感すら抱かず、遊び呆けているのを見てひしひしと感じた「子ども抱いてそう」である。こわい。そもそも、気づいてないのが頭おかしいよ。あの人、頭の螺子の一番大事なやつ、別のとこの螺子と取り違えて交換しちゃってるからな。
「分かった、この話はやめよう」
「同意します」
「朔太郎の話すると朔太郎来ちゃうから」
「都築家には召喚サークルでもあんの?」
「それよりこれ見て」
「どれ」
「これ。首、見て、なんか痒いの、これ」
「どこの女にこんなえげつない吸血痕みたいなキスマーク残されたの」
「違う、虫」
「女を虫扱いとはイケメンは違いますね、出来れば早急に死んで」
「ほんとに違うんだって!多分虫食われて、自分じゃ見えねえの、朝から痒くてしょうがないんだよ」
「どれ」
へらへらしていた瀧川が、うーん、確かに真っ赤だなー、と憐れみを含んだ声を上げて、でしょう!と頷いた。顎の下のやらかいとこ、ぷつってなんかなってんのは触って分かるけど、鏡で上手く見えなくて困っているのだ。見えないんだろ、写真撮ってやるよ、と携帯を出した瀧川が身動いで、ふわりと甘い匂いがした。
「……ときみん?」
「あ?」
「シャンプー変えた?」
「なんで。動くなよ、ぶれる」
「いい匂いすんだけど」
「自分の体臭と俺の頭の匂い嗅ぎ間違えないでくんねえかな」
「俺そんないい匂いしないよ!瀧川の頭からいい匂いがするんだって!」
「はいはい」
「嘘じゃない!ほんと!ちょお、嗅がせろ!」
「ぐあっ」
両こめかみを挟んで頭を引き寄せれば、確かに間違いじゃなく、ふんわりといい匂いがした。女物のシャンプー。瀧川はもっと土臭い。てめえどこでこんなん使ったんだ。
「あー、昨日お泊まりした」
「ふしだら!出て行け!ハウス!そんな瀧川大嫌いだ!」
「お前にだけは言われたくねえんだけどな」
「年上?年下?お胸大きかった?」
「男だよ」
「……………」
「……えっ、真顔……」
「……続けて」
「昨日先輩の家で飲んだんだよ。家帰れなくなって、嫁さんのシャンプーしかないって、それ借りた」
「……本当だって誓える?」
「なに……こわ……」
「男好きじゃない?」
「都築こわい」
「まあもっと飲みなよ」
「なにを白状させようとしてんだよ!気持ち悪いな!」
「この先どう付き合っていくかを左右する大事な一杯だ!飲めよ!」
「ふざけんな!カクテルセットをしまえ!今すぐに!友達やめるぞ!」
「お前にそんなの決める権利があると思ってんじゃねえ!ただよしくんが作ってやるんだから飲めよ!高井珠子に言いつけるぞ!」

「ねえ聞いて瀧川」
「……つい今さっき、嫌がる俺に無理やり甘ったるい酒をしこたま飲ませたお前の話は、聞きたくない……」
「いいから」
「……それほんとに水?」
「いいから」
「お前俺のこと殺したいの……?」
「聞いてアロエリーナ」
「20円で買い戻すわ……」



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