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おはなし



「藍麻はなんでもできちゃってすごいよねー」
「らんま姉ちゃんはかっこいいよ!真守もらんま姉ちゃんになりたい!」
「そりゃ無理さね」
「えー!そんなー!」
「らんま兄ちゃんになりなよ、真守」
「はっ……まさか真守は、お姉ちゃんには、なれない……!?」
「そうだね」

「藍麻ちゃんはがんばりやさんだからねえ。お兄ちゃんとしては、一番気になっちゃうんだけどね」
「そういう兄貴面がうざがられてんだよ」
「……巧くん、ちゃんと買って返すから……」
「はは」
「新品で返すから!そんな大事にしてるものが巧くんにもあるなんて、そっちの方がびっくりなんだけどなあ!」
「……………」
「あー!痛い!こめかみが爆発するー!」

上二人と、下二人に、らんちゃんのことを聞いてみた。しっかり者で、真面目で、何にでも一生懸命で、諦めることを自分に許していない、強い美里の妹のこと。結果はみんな口を揃えて同じで、がんばりやさん、かっこいい、なんでもできる、以下略。そうだよね。そりゃあ、そうだよね。らんちゃんは、なんで美里の妹なのか分かんないぐらい、かっこいいの。分かる、それは勿論分かる。分からない以外の選択肢がない。けど、今美里がもやもやしてるのは、なんかちょっとそうじゃないんだよな、きっと、って思ってしまったからなのだ。理由はない。その理由を探すのに、兄弟姉妹をあたっているわけで。
だから、一つしか年が変わらない、弟もどきに聞いてみた。まもちゃんは弟らしい弟だけど、りっちゃんは違うんだよなあ。
「藍麻?」
「そお、りっちゃんは、らんちゃんとどんなおしゃべりするの?」
「……バイクの話」
「クソつまんな」
「あ″!?」
「そうじゃなくってえ」
「藍麻のことなら藍麻に聞けよ、本人に」
「りっちゃん!」
「なに」
「クズでもいいこと言えんじゃん!」
「そろそろマジで殺されてえの?お前」
ということで。らんちゃんに、直接聞いてみることにした。ただそうは言ってもお姉ちゃんのただの勘なので、不思議そうな顔をされる確率も高い。かっこよくて自慢の妹であるらんちゃんが「ただそれだけじゃない」の理由を教えてくれるとも限らないし。
お家じゃ、そういうお話はしてくれないよね。かと言って、良い場所を知っているわけでもない。おしゃれなカフェとかに連れてってあげたら、らんちゃんも喜ぶのかもしれないけど。あの子は意外と、かわいいものが好きなのだ。そう思いながらお財布を覗いた。うん、あんまりない。知ってたよ、自分のお財布だからね。けど、あんまりないなりに、お姉ちゃんが妹にささやかな時間のプレゼントをするだけの余裕はある。大人だからね、カードってもんがあるんですよ。
「らんちゃん、どこか行きたいところある?」
「……別に無いけど。どうしたの」
「うーむ」
「美里ちゃんはどこか行きたいところがあるんだ」
「でずにーらんど!」
「噛んでるね」
「べろ痛い」
「あたしは、ああいうところあんまり行かないからよく分かんないけど」
「人が多いと嫌?」
「……ん、そうかも」
「静かなところがいい?」
「んん……や、ていうか、なに、美里ちゃん。どっか連れてってくれるの」
「そうだよ!お姉ちゃんと二人で、旅行行こうよ!」
「は」
「みりとらんまの二人旅ー!」
「……は?」

「ほ、ほんとに来た……」
「新幹線楽しかったねー」
「……ここ何県?」
「とーきょーとだよー」
「……美里ちゃん?」
「はあい」
「つねって?」
「らんちゃんったらかわいいんだからー!」
自分の頬っぺたをぶにぶにしているらんちゃんの手を取って、迷子になりながら歩き出す。よく考えたら、美里はお出かけ好きだからお友達と結構遠出はするけれど、らんちゃんはあんまりしないんだった。多分、修学旅行ぐらいのもん。うちの一家は人数が多いので、全員で旅行に行くのも隔年単位なのだ。人がいっぱいで、お店がきらきらしている建物の中を抜けて、電車に乗って。らんちゃんはきょろきょろしっぱなしだった。ふわふわしたレースのロングカーディガンをはためかせて電車を降りて行った、らんちゃんと同い年くらいの女の子をじいっと見つめていた彼女に、ふと思った。
「らんちゃん」
「ん?」
「お洋服買おっか」
「う、え、だ、だめかな、服、こんなん」
「ううん。らんちゃん、シンプルなのも似合うから、今日もすっごくかっこいいよ。でもね、美里がお揃いのひらひらを着たい気分なの」
「美里ちゃんとお揃いの、ひらひら……」
「だめ?」
「だっ、そんなの、似合わないよ、もったいないよ」
「小さい頃は、二人でお姫様ごっこしたじゃない」
「それは、子どもだったから……」
「きーちゃんは、いっつも寝てたから、二人だけだったよね」
「……うん」
「ね、一緒にお洋服見に行こうよ。それで、美味しいご飯食べて、ゆっくりお風呂入ろ?」
「……美里ちゃんは、女の子だなあ」
「らんちゃんだって、女の子だよ」
んー、と。らんちゃんは、ちょっとだけ困ったみたいに考えた。反論は結局なくて、仕方ないなあ、とらんちゃんは美里の手を取って、一緒に来てくれた。ああ、そうだ、これだ。違和感の片鱗は、きっとこれなのだ。てつくんにも、たくくんにも、りっちゃんにも、きーちゃんにも、まもちゃんにも、そりゃあ分からない。あの子たちの中のらんちゃんは、かっこよくて頼れる彼女だから。美里の中にしか、お姫様ごっこをしてはにかんでいたらんちゃんが、もういないから。引っかかったのは、美里だけ。お姉ちゃん、頭悪くって、ごめんね。きっと今までも、「んーと、」って考えたこと、たくさんあったよね。
せめて、貴女のことをかっこよくて完璧だって眼鏡をかけて見ている人がいない今だけでも、我慢しないで過ごせるようにしたいなあ。
「らんちゃん」
「ん」
「美里、女の子したい。らんちゃん、付き合って」
「おんなのこ……?え、あ、ちょっと」

お似合いですよ、と勧めてくれる店員さんに、そりゃあそうだろうと胸を張って言った。恥ずかしそうに俯きがちで、もそもそ指先をいじくっているらんちゃんは、背も高いし、スタイルもいいし、顔だってかわいい。いつもはTシャツとパーカーとスキニーパンツだから背の高さだけが目立っているけれど、普通に女の子らしい格好も似合うのだ。美里の自慢の妹。かわいいよ、と褒めたら、美里ちゃんの方が似合ってるよ、と恥ずかしそうにしながらも返された。ナチュラルにその返事、男の子だったらもてもてだよ。
マキシ丈のチュールワンピースに、淡い色の薄手のボレロを羽織って、スニーカーにリュックだからそこがちょっと外しててかわいい。お揃いがいいとは言ったけど、らんちゃんのマキシ丈だと美里には引きずってしまうので、似た色柄のオフショルダーブラウスにした。スカートは買えなかったので、着てきたやつ。店の外に出ると、ふわふわと風に舞うスカートに、らんちゃんはおろおろしていて、手を取って、歩き出した。土地勘なんてないけど、おしゃれなカフェでご飯食べるぐらいなら、美里でもできるはず。精一杯エスコートします、お姫様。
「……む」
「おいしーい!らんちゃん!おいしいね!」
「うん、うん」
マカロンいっぱいでフルーツたっぷり、ふわふわのクリームの、大きなパフェ。お花畑みたいにきらきらしたガレット。2人でスプーンでつつき合って、おいしいね、おいしいね、って笑い合った。子どもみたいに目をきらきらさせたらんちゃんは、口の端に生クリームが付いているのも構わず、頰を緩めて嬉しそうにしてくれた。美里も嬉しいよ。らんちゃんが笑ってくれるのが一番嬉しいなあ。実家にいるとこういうものは食べれないし、彼女はそもそもかわいいものを大好きなことを大っぴらにしていない。美里しか知らないことは、優越感だったり、寂しさだったり、して。
「泊まるとこどこだろ」
「美里ちゃん、地図見して」
「だめよー、美里がらんちゃんのことおもてなしするって決めたんだから」
「迷う方が時間の無駄でしょう」
「むぐぐ」
「美里ちゃん、早く寝ないとお肌が痛むって教えてくれたじゃない」
あたし、それを教えてもらったことが、すごく嬉しかったの。女の子扱いされているみたいですごく、嬉しかったの。そう歌うように続けられて、言葉に詰まった。かっこよくなくても、らんちゃんはらんちゃんなのにね。ファンタジーの世界に逃げ込んでも、許されて良いはずだったのにね。貴女をそうしたのは、いったいどこの誰だったんでしょうね。もしかしたらそれは、他でもない美里だったのかもしれないけれど。
「はー、楽しかった」
「ほんとー?」
「本当、本当。美里ちゃんとだからかな」
「えへへー」
ふかふかのベッドに横たわったらんちゃんは、いつもより柔らかく笑っていた。こんな格好して帰ったらみんな驚いちゃうかもしれないね、って笑っていた。そう、みんなは、そうだね。でもこの世界で一番最初に貴女のそういう顔を見られたのが美里で、本当に良かった。お姫様になりたかった貴女を知っている美里が、この場に居られること、すっごく幸せに思うよ。
「らんちゃん、らんちゃん。お風呂一緒に入ろうよ」
「えっ」
「あわあわのやつ買ってきたじゃない、あれ使っちゃおうよお」
「……もお……」
「あっ、それとも先にマッサージお願いしちゃう?ほら、エステもあるよお、迷うねえ!」
「……美里ちゃんじゃないと、こういうことはしちゃいけないんだと思ってたよ」
「ん?」
「だってほら、あたしと美里ちゃんは、正反対じゃない」
「え?どこが?」
「……全部?」
「……どこのへんの全部?」
「どこって……」
「なに言ってるのお、うちの家族の中で美里と一番似てるのはらんちゃんだよ」
かわいいものが好きなところとか、なんだかんだ言って人の目を気にしちゃうところとか、女の子らしくするのが夢なところとか、お姫様に憧れてるところとか。違うのって、他の細かな部分だけじゃない。だから、美里とらんちゃんは一番話が合うし、らんちゃんのことを気づいてあげられるようにがんばるのが美里の使命なんだなって思ってる。だから美里、らんちゃんのこと、遠くに連れてきて、楽しいことたくさんしたんだよ。らんちゃんのこと大好きで、大事だから、らんちゃんだけ特別なんだよ?
そう告げたら、彼女はぽかんと口を開けて、しばらくするとけらけらと声をあげて、笑い出した。もお、美里は真剣だよ!
「分かってる、分かってるよ。美里ちゃんはいつも一生懸命だし、真面目だし、真剣なんだよね」
「そうだよ!らんちゃんと一緒!」
「あー。美里ちゃんのそういうところ、大好きだよ」
「心こもってなあい!」
思い出したのは、何年も前のこと。もっと素直になって、美里ちゃんみたいになりたかったんだ。そう最初に言われたのは、らんちゃんが中学生の時だった。美里はらんちゃんのことが羨ましかったから、美里みたいにならないでって言っちゃったんだ。その一言が、きっと、らんちゃんのことを縛ってしまった。なりたい自分になれないようにしたのは、美里だったね。美里みたいにならないでほしかったけど、美里みたいになりたいらんちゃんのこと、ずっと見てたよ。それでやっと分かった。美里みたいになることは、美里になることじゃない。らんちゃんがもっとかわいく、素敵になるための、手段だ。美里の大好きならんちゃん。
「ね、明日はなにするー?」
「明日は帰る日でしょ」
「えー!はやーい!いやー!」
「お土産買わないとね」

「あれ……藍麻姉ちゃんが美里姉ちゃんの服着てる……どっちがどっちか分からなくなっちゃう……」
「なんだ、真守くん、知らないの」
「哲太兄ちゃん」
「美里ちゃんは、藍麻ちゃんみたいだったんだよ。髪の毛は短くて、膝小僧は絆創膏だらけだった」
「小さい頃からぽよんぽよんじゃなかったの」
「……姉に向かってその擬音……」
「ん?」
「いや、うん。で、藍麻ちゃんが生まれた頃、美里ちゃんは今みたいになったんだ。子どもの頃の藍麻ちゃんは、美里ちゃんみたいだった」
「美里姉ちゃんはぽよぽよで、藍麻姉ちゃんはかっこいいとこしか、真守知らないよ」
「まだお腹の中にすらいなかったからね」
「哲太兄ちゃんばっかりそんなん知っててずるいぞ!」
「ははは、いいだろ」
「ずるーい!」
「だからね、2人は根っこが似てるんだよ。見た目はあんまり似てないけどね」
「え?そっくりだよ」
「真守くんからしたら人間みんな顔同じじゃない……」


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