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凍て解け


春は出会いと別れの季節です。
「……………」
「……邪魔なんだけど……」
「……………」
「邪魔なんですけど」
「うるさーい!さくちゃんは塞ぎ込んでおられる!そっとしとけ!」
「せめて部屋の入り口で塞ぎこまないでくんねえかな」
「うわーん!」
「すげえ邪魔」
丸まる俺を呆れたように跨ぎ越していった航介に、理由を聞けよ!としがみつく。足が長いアピールか、この野郎。俺よりちょっとばっかし背が高いからって。それなりの乱暴さでぶんぶん振り払われて、うんざり顔で棒読みに、どうしたんですか、って聞かれた。どうしたんですか、っていうか、ドウシタンデスカ、だった。
「俺の友達がもう二度と会えないところに行ってしまったんだ……」
「はあ」
「悲しい!一時期は毎日一緒にいたのに!」
「どうせネトゲのパーティーだろ」
「どうせ!?どうせっつったか!?」
「うわ」
「一緒に征伐戦を駆け抜けた戦友だぞ!お前なんかより大事なんだ!くそー!」
「いてえ、ぽかすかすんな」
落ち着いて。
二度と会えなくなった友達、とは、航介の言う通り、ネトゲのパーティーである。そんなもん一期一会で入れ替わりが激しいのが当たり前なんだけど、所謂古参と呼ばれるやり込み勢になってくると、話は変わってくる。イベント参加時はチャットで毎日挨拶するし、一緒にクエスト回るし、まるで実際会ったことあるみたいに連携取りながらゲームするのだ。そりゃ、仲良くなる。仲良くなってくると、他愛もない話がチャットで出て来て、お互い大変ですなあ、なんて分かち合うのだ。俺が参加してるギルドパーティーは、そういう感じの、それなりに付き合いの長いメンバー構成だった。新しい装備を手に入れたら見せ合って、使い勝手を報告してみたり。住んでいる都道府県くらいは自己紹介するから、そこに行く用事が出来たらおすすめのお店を聞いたり。実際に会ったことはない。けど、なんとなく集まって、なんとなくいつも通りにフィールドに出て、なんとなくくだらない話をチャットするような、仲だった。その中の一人が、この春から忙しくなるからと、ゲームをやめると言い出した。データだけ残してまた暇になったら戻っておいでよって、みんなで言ったけど、彼の意思は頑なだった。何かの決意の表れとか、けじめだったのかもしれない。そして昨日、ギルドメンバーでお別れを済ませて、彼は消えた。データごと丸ごと、さようならをした。もう二度と会えないし、もし万が一現実世界ですれ違ったとしても、俺は彼に気づけないのだ。それは寂しくて、悲しくて、でもきっと彼にとっては門出なのだろうと思うと嬉しくもあって、残された他のギルドメンバーもきっと俺と同じ気持ちで、なんとなくしんみりしているのだ。
「それをお前!どうせって!」
「分かった、俺が悪かったよ」
「口先だけの分かった!そうやって人のことを弄ぶ!」
「……今日めんどくせえな……」
「小声がでかいんだよクソマゾヤンキー!」
「お前は声がでかすぎるんだよ、今日に限って……」
うんざり顔を崩さない航介が、俺もログインしよう、と思い出したようにパソコンをつけた。航介と俺と、あと当也と、それぞれやり込んでるゲームは違って、三人でやってるやつもあるけど、今つけたやつは多分それじゃない。知らない音楽だし。
「なにそれえ」
「お前の苦手なやつ」
「どっかんどっかんやるやつ?」
「やるやつ」
「血が出るやつかー」
「出るやつ」
「ちょっと貸して」
「あ?やだよ」
「パッド貸して」
「やだって」
「貸せよ!ケチくさ野郎!」
「うるせえ、自分ちで自分のやれよ」
「寒いから原チャで家帰りたくない」
「もう春だよ!いいから帰れよ!」
「いたーい!乱暴!」
「邪魔なんだよ!帰れ!」
「いやー!あー!もげる!」
「もげろ!」
航介は俺のことを家に返そうとする時ほぼ必ず窓から押し出そうとするのが癖になっている節があるので本当にやめたほうがいいと思う。マジで。俺だからいいけど俺じゃなかったら喧嘩だよ。落ちても怪我しないだろうと思われてるけど、まあ確かに死にゃしないから、いいんだけど。怪我には慣れてる。
お茶の入ったコップをパソコンの上でちょっとずつ傾けるという最終手段で、見事ゲームパッドを奪うことができた。自分がやられたら確実にむかつくことをすると航介は大概ぶち切れ疲れて折れてくれる。これ豆知識な。
「で?」
「……早く帰れよ……」
「どうやってやんの?」
「……………」
「これかな?データデリートって書いてあるけど」
「お前ほんとろくなことしねえな!」
「どうやってやるのさ」
「貸せ!」
やり方教えてもらった。ちょっと楽しかった。でも、航介の見立て通り、俺には向いてない。もっとファンタジーなやつがいい。航介が目を離した隙に自分がやってる方のゲームに切り替えてログインしたら、突然変わった画面に目を白黒させていて、そのあとやっぱり怒られた。キレ芸板につきすぎじゃない?頭の血管とか大丈夫?
「誰のせいだよ!」
「もっと穏やかに生きなよ」

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