このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

おはなし



やっほー、みなさんこんばんは。辻幸太郎さんだよ。
ただ今の時刻は、草木も眠る丑三つ時。お化けが一番元気いっぱいになる時間です。というわけで、俺も元気いっぱい。元気ついでに愛息子の近況をちょこっと調べたいなあと思って、コンクリートジャングルから来たらしい息子のお友達をただいま絶賛見下ろしております。このシチュエーションが怪談に出てくると所謂クライマックスで超怖い部分だよね、ばって目開けたら幽霊が枕元に立ってるとかいうやつ。ていうかぶっちゃけそういうの俺だって怖いからね。寝てると思ってる相手がいきなり目開けたら怖くない?いやあ、想像しただけで怖いよね。だからお互いの心的安定のために目覚めないことをおすすめしたい。
はてさて、ここで登場人物のおさらいだ。まずはこの俺、畑瀬幸太郎さん。十ほにゃらら年前に不運な事故で死んでしまったけれど、なんか不思議なパワーで生き返るかと思ったら、そういう御都合主義な世界ではなかった。しかしながら神様ってやつが案外優しかったから、なんとなくまだ現世にいる。未練があるから成仏できないんじゃない?とお思いのそこの君は大間違い。未練云々の前に成仏の方法が分からないのだ、俺は。今はそれでもまあいっかって感じなんだけど、昔は俺も若くて、いや死んでから年取ってないんだけどね。でもまあ所謂幽霊ってやつになったばっかりの時は、やっぱり成仏しなきゃ駄目なんじゃないかなあって思って、般若心経とか聞いてたら成仏できるかもしんないって思ってお寺に遊びに行ったこともある。けど、眠くなっただけだった。色々散々試した挙句に、もう成仏は諦めるかーって思った頃、あまりに息子と妻の周りをふらふらしている俺を見るに見かねたこの辺の土地神様みたいな立場の女の子が、俺に白い猫の体をくれたのが、これまた随分前のこと。そのままでうろつかれたら迷惑だしそれ自由に使っていいけど、それ使うならお前も神様の端くれになるってことだよ?オッケー?的な確認されて、いいよいいよ大丈夫!って感じで、今に至る。もしかしたらもうちょっと重苦しかったかもしんないけど、覚えてない。しょうがないね、俺の取り柄は深く考えないことだってさちえちゃんも言ってたしね。そんでもってあとここにはいないけど、妻のさちえちゃんと、息子の朔太郎。朔太郎の夢の中には神様パワーを借りてちらほらお邪魔させてもらってるんだけど、朝起きた時俺と喋ってたこと覚えてちゃいけないんだってさ。ちょっと悲しいけど、朔太郎は俺のことをほとんど覚えてない。こっちからは何から何まで余すところなく見えるからいいけどね。自慢の息子ですよ。そして我が自慢の息子には中学からの幼馴染みが二人、職場の友人がたくさん、高校時代の友人もそれなりに。最近その輪の中に参入してきたのが、上京した幼馴染みが帰省ついでに連れてきた東京の友達、三人だ。今まさに俺の目の前で寝ているのが、幼馴染みの一人と東京発の三人、ということになる。
それで今回どうして俺がその自慢の息子の友人四人の枕元にホラー映画よろしく化けて出ているかって、俺だって朔太郎と会話したい!と思ってしまったのだ。そりゃね、隠れては見てるよ。でもさ、やっぱり話したいじゃない。別に父と子の会話じゃなくてもいい、友人同士で構わない。あの金髪の幼馴染みくんは、あまりに朔太郎との距離感が近すぎるせいで絶対違和感を覚えると思うから、除外させてもらった。こっちの幼馴染みも、まあ言うなれば最終手段っていうか。出来れば朔太郎と近い間柄の人はやめておきたい。ていうかこの見切り発車な思い付きだって、俺のこの世残留を黙認してくれてる神様に許可取ってないし、むしろ言ったら絶対駄目って言われるし。だから短期決戦で行くしかない、バレる前に事を終わらせる。
さて、どいつから試すか。気分は悪役である。何故四人もいるこの家に来たかって、朔太郎がここ数日しょっちゅう訪れる友達の家だからってのもあるけど、四人もいたら一人くらいは俺の乗っ取りを受け入れてくれるのではないかと思ったからだ。乗っ取り、乗り移り、憑依、言い方はなんだっていいけど、とにかく俺はこのうちの誰かの体をちょっとばっかしお借りしようとしている。白猫と同じだ。でも猫の時は俺がお願いすれば猫の方から「しょうがにゃいにゃあ」と体を明け渡してくれる。だけれど、この人たちは生きている人間なわけで、きっと恐らくそうはいかない。体の借り方、とかって生きてるうちにネットで検索したら良かった、今じゃパソコンとか触れないからなあ。
しばらく四人の間をうろうろして、取り敢えず一番体の大きいピアスが光る子にお願いすることにした。お願いと言っても、話しかけたところで恐らく聞こえないし、聞こえてしまったら逆に困る。起きてほしくないんだって、ほんとに。どうしようか二秒くらい考えて、寝てる上に重なったら吸い込まれたりしねえかな、と投げやりに思いながら仰向けの彼の上に更に仰向けになる。駄目だった。そりゃそうだ。じゃあ今度は仰向けだって?唇同士がくっついちゃうだろが!おい!
おい、の勢いで一人突っ込みをしていた俺の手が、ピアスの子の体にすかっと吸い込まれた。んん、指先くらいなら入りそうかも。でもそれじゃ意味ないよなあ、と思いつつもぐっと腹に手を埋めてみる。何も感じないわけではないのか、むにゃむにゃと身動ぎした彼の腹には、俺の右手首までが埋まっていた。これ行けるんじゃないか、この調子で全身この子の中に埋めれば体を貸してもらえるんじゃないか、とじわじわ侵入する範囲を広げていく。右手首だけだったのが左手首も突っ込めるようになり、次は目指せ肘までだと押し進めて、
「ひぐっ」
ピーって言った!今この人絶対心停止してた!あっぶねえ!
ふと顔を上げてみたのが救いだった。あまりに辛そうだったらやめよう、と思って表情を窺ったのだけれど、まさか俺みたいな、もとい、死人みたいな顔の色してると思わなかった。ずぼっと手を引っこ抜いて離れると、引っかかった変な声を上げて、ぜえぜえと呼吸を始める。ぜえぜえ、ふうふう、すうすう、と落ち着いていく寝息に、恐ろしい、人殺しになるところだった、とだらだら冷や汗をかいた。怖い怖い、やっぱり俺が朔太郎と話そうなんて駄目なのかなあ、とぶるぶる震えながら横を見ると、目が合った。
「……………」
声も出なかった。いや、声なんて基本出ないんだけど。もしも俺が生きてたとしても、この驚きは絶句に値した。こっちを見つめる真っ黒な目に、まさか俺が見えてるの?今時そんなスピリチュアルなことって有り得るの?あたし霊感あるんですよとか言っちゃう系の人なの?と不安になって、そろそろと横に移動すれば、視線は俺がさっきまでいた位置に固定されたままだった。ああ、良かった、俺が見えてるわけじゃないんだ、心の底から本当に良かった。真っ黒な髪の毛と目に真っ白な肌でお人形さんみたいなその子は、しばらくぱっちりと目を開けて虚空を見つめた後、目を閉じてすうすうと寝入った。なにに反応して目を開けたんだか分かんないけれど、何にせよ暗闇であの視線は恐怖である。例えば修学旅行とかで、みんなが寝た後ふと目を覚ました自分がトイレにでも行こうとしたとして、あの子がばっちりしっかり目開けて無言だったら、怖くて漏らしちゃうよ。お人形さんのようなあの子が、もし俺がいることを機敏に感じ取ったんだとしたら、それはいらない鋭敏さだ。多感が過ぎることは、いらないものを引き寄せる。特に、良くないものに限って、そういうのに引き寄せられやすいものなのだ。霊感体質とかって言うじゃない。あれってお化け側のこちらからしてみれば、全くこっちに気づかない鈍感よりも少しは見てもらえる期待が持てる敏感な人にやっぱり付いていきたいと思ってしまう、とっても素直な感情なんだと思うんだよね。実際どうかは知らないよ、俺さちえちゃんと朔太郎にしかついてったことないからさ。でも、そういうこと。あの子、変なものに好かれないといいね。変なものっていうのは、彼に対して疚しい気持ちを持った、生き死に関係なくこの世に存在する全てのもの。まあ、なんか心配いらなそうだけど。これはただの勘だけど、俺の勘って当たるんだよ。朔太郎が生まれる時、さちえちゃんに、なんか今日な気がする!って言ったの俺だからね。
お人形さんくんとピアスくんの二人からそろそろと離れて、残った二人に目を向ける。なんだかんだばたついてしまった今、もう別に彼らの内どちらかの体を借りてどうこうしようとかそんな気は毛頭なくなってきている。でも、うーん、朔太郎と話したいなあ。出来るかどうかお試しするだけでもいいかな。なんせ、神様に見つかったらアウトなわけだからね。
青いジャージの方の子に手を伸ばして、ピアスくんよろしく触るだけでも出来ないかやってみると、触れなかった。すかすかと、手が空を切る。おかしいぞ、と何度か試している内に分かったのだけれど、俺は彼には絶対に触れられないらしい。分厚い壁みたいなのが立ち塞がっていて、俺から見えている彼までの距離と、実際の彼までの距離に誤差が生じているのだ。だから見ていると触れない、目に頼らず手を伸ばしても距離の正解が分からないから触れない。なんだこれは、新手の嫌がらせか。それともあれか、さっきの霊感体質云々じゃないけど、陽の気が強すぎて近づいたお化けを残らず消しとばしてしまう、みたいな設定がこの子には付与されているのか。そんな洋画あったよね、アクションかっこいいやつ。
じゃあこっちはどうだとふわふわした黒髪の子の方を向けば、そっちを向いただけなのに跳ね飛ばされた。あっ俺成仏しちゃう!って本気で思う勢いで弾き飛ばされて、にゃんにゃんと焦ったように鳴く白猫をなんとか置いていかないように抱っこして、ぶっ飛ばされてごろごろと転がるように辿りついた先は、見慣れた神社だった。ちっす、俺の面倒見てくれてる神様じゃないですか。おっすおっす。
「にゃあん」
貴方は一体何をしてるんですか、とほとほと呆れられて本当のことを言えずに頰を掻けば、鳴いた猫が神様にころんと腹を見せた。それを優しく撫でる神様はまるで普通の女の子のようだけれど、それは世を偲ぶ仮の姿らしい。ねえ、どうして俺ここまで戻って来ちゃったの?なんて神様に聞けば、いけないことをしたからですよ、と返される。そっか、生きてる人の体を借りようとするのって、そんなにいけないことだったんだ。ごめんね、朔太郎の友達たち。もうしないから許しておくれよ。しゅんと項垂れていると、猫が鳴く。
「なーお」
そうじゃありません。それはわたしも見ていましたし、上手くいかないことを知っていたから特に止めませんでした。そう神様に首を横に振られて、俺は首を傾げる。ていうか上手くいかないって知ってたのね、とまずその疑問から解消すれば、体を貸してもらうにはやっぱり持ち主の許可了承が必要らしい。例えばほら、猫に体を借りてみなさい、と神様に言われてその手の中にいると白猫に、貸して、と頼めば、やっぱり「しょうがにゃいにゃあ」って貸してもらえた。分かったよ、でも先に教えてくれたって良かったんじゃない、と白猫、今の中身は俺、を抱っこしている神様を見上げれば、やってみないと分からないと貴方すぐ言うじゃないですか、と言われた。うん、すぐ言う。そうだね、俺のことよく分かってらっしゃる。今回のこれだって、思いつきの行動だったとはいえ、やってみたら出来るかもしれないと思ったのがきっかけだ。
じゃあ何がいけなかったの?と聞けば、暫し無言が返ってきた。珍しい、言いたくないことがあるなんて人間みたい。俺に猫の体を貸していることで、俺をおつかいに出したり、俺を話し相手にしたり、お散歩中の俺を通して世界を見たり、とにかく俺との関わりが増えた神様はちょっとずつ人間に近くなっているんだって。貴方が死んでからもいつまでも人間くさいからですよ、と詰るみたいに拗ねられたけれど、そんな態度だって俺から見たら年頃の女の子に見えてしまうんだから、神様の俗世間に染まった感は否めない。それで結局どうしたんだろう、俺は何がいけなかったんだろう、と神様の腕の中でぼんやりしていると、ようやくぽつりと口を開いた。
わたしが貴方に猫の体をあげてからこっち、貴方のせいで人間に近くなって、それで、わたしは、彼に対して祈りを捧げたのです。彼だけに特別な、彼の思いが成就するような、祈りを捧げたのです。
彼のことが好きになったの?と聞いたら、そうじゃありません、と静かに言われた。照れてるとかそういうんじゃないなあってのは分かったから、そうなんだ、と頷いてこの話をおしまいにする。つまり、ふわふわ髪の彼は、神様に特別を貰ったとっても運の良い子、ってことだ。ちなみに、青ジャージの子にも触れなかったけどあれはどうしてなの、と神様に質問したら、それはきっとわたしが彼にかけた祈りが効果を発揮しているのでしょう、とよく分からない答え。なにをお祈りしたのかは「それは秘密ですよ」って教えてくれないし。喉を撫でられて猫の体がぐるぐると歓喜の声を上げる。よく分かんないけど、まあいいか。朔太郎とは話すのは無理みたいだけど、目の前をこの姿で横切ることは出来るしね。
俺、この辺ちょこまかしてるからさ。白い猫を見たら、思い出してね。よろしくだぜ。



63/68ページ