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おはなし



「どっか行きてえなあ」
「……どっかって」
「どっかはどっかだよ」
お出かけ大好きな有馬は、しょっちゅうそんな言葉を俺に投げかけてくる。多分俺だけじゃなくて、小野寺も伏見も、別の友達も散々言われているんだろう。俺はほぼ必ず、どっかってどこだ、という意の台詞を返すのだけれど、それが大概の場合「一緒に行こう!」と受け取られてしまって、有馬曰くどっか、例えば海だったり山だったりゲームセンターだったり、に連れ出されることになるのだ。そんなこと全く言ってないのに。俺はどちらかというと暇な時間があれば家に帰りたい派なので、相容れない。
「今日はどこ行こうかなー」
「もうすぐ夕方だよ」
「ジェットコースターに乗りたい」
「ねえ、もうすぐ暗くなるんだよ」
「いいじゃん」
「良くねえよ」
「夜景が見えるじゃん」
「早く帰りたい」
再三念を押した甲斐があって、じゃあ遊園地は諦めるかー、って言わせることに成功した。今から遊園地を目指したところで、着いた頃には日が暮れている。こいつはどうせ閉園ぎりぎりまで遊び呆けたがるだろうし、腹が減ったとその後飯を食いに連れ出されるんだろうし、電車がなくなったっつって俺んちで寝る。いつものやつ。もういい加減分かった。
携帯をいじりながら、早く帰りたい早く帰りたいってさあ、明日そんな早いわけでもないのにさあ、とぼやいている有馬が、これならどうかと画面を見せてきた。夕方から割引の動物園。日が暮れてからの方が動物たちが動き出すから楽しい!みたいな煽り文句に、携帯を下ろさせた。そりゃ確かに楽しそうだけど、遊園地と変わりないじゃないか。
「えーっ」
「今日の今日でそういうとこは無理、お金ないし」
「ATM行けば」
「そういう問題じゃない」
「難しいなあ」
弁当行きたいとことかないの?と聞かれて、強いて言うならスーパー、と答えれば、不服って顔に書いてありそうな顔で睨まれた。だってほんとのことだし。明日の朝なに食べるか考えて決めたい。菓子パン食べたい、甘いやつ。
「じゃあもういいよ!どっか行かなくて!」
「うん」
「今ほっとしたろ!」
「してないよ」
「こっち見ろ!」
「嫌」
「どっかは行かないけど行くからな!」
「どこに」
「ごはん!」
ご飯かあ。ご飯なら満更でもない。ご飯だけなら。でもいつも大体、お酒が入ってくるんだよな。有馬は飲ませるとめんどくさいから、寝ちゃったりぐだぐだ言いだしたりする前に、帰したい。どうかなあ、とっとと帰ってくれるといいんだけど。

「べんとおんち!いくぞお!」
「……………」
結局へろへろしながらうちまで来た。というより、ぐにゃぐにゃになっちゃって、来ざるを得なかった。来なくていいのに。こんなんなら夕方割で動物園行っときゃよかった。ちなみにカワウソが見たかった。ただ夜ご飯を食べて酒に酔っ払うのと、夜ご飯の前に動物園を挟むのとじゃ、話が違ってくる。選択を間違えた気しかしない。
「べーんとおー」
「寝な」

後日。
「暇」
「……別の人当たって」
「え?まさかとは思うけど、同じように暇しててどっか行こうって誘ってくる有馬の言うことは聞いて、俺の言うことは聞けないんだ?あーあ、可哀想な俺。弁当はそういう差別をする奴だったんだ、見損なったなあ、でもしょうがないよね、俺は有馬じゃないし、扱いに差が出るのは仕方がないことだから涙を飲んで納得するしかないんだね、世の中って世知辛い」
「分かったよ!なに!」
「怖。怒った」
伏見が絡んで来た。伏見の「暇」は有馬の「どっか行こう」と違って、やりたいことがはっきり伏見の中で決まっていて、それに従わされることが多い。ちなみに先日は、暇だからこの店でチーズフォンデュ食べたい、と雑誌を見せられて、延々と行列に並んで、チーズフォンデュを食べた。めちゃめちゃ美味かった。でもわざわざ行列に並んでいる間は自分が何のために並んでいるのかさっぱり分からなくなって白目剥きそうだった。
今日の「暇」はなんだろうか、と単刀直入に問いかければ、暇だからこれがやりたい、と携帯の画面を見せられた。メディアで最近取り上げられている、VRとかいうやつ。でかい眼鏡みたいなのかけて、目の前にフィクションが存在するかのように見せかける、あれだ。まあ、楽しいかもしれない。でもよく見れば、場所が遠かった。県外じゃん。同じようなやつ、もっと近くになかったの。弁当ゲーム好きでしょ、と見る人が見たら心臓を撃ち抜かれるんであろう笑顔を向けられて、反論する間も無く背中を押されて、あれよあれよと電車に乗せられる。ちゃっかりコンビニでドーナツを買い与えられたけど、こんなんで釣られるわけない、子どもじゃあるまいし。
「でも食うし」
「……貰えばそりゃ食べるでしょ」
「それおいしい?」
「うん」
「ふうん」
なんで聞いたんだ。美味しいなら今度食べてみようっと、みたいなのが伏見に限ってはとても稀なので、なんのための確認だったかさっぱりだ。
伏見の「暇」は時間がかかる。なんせ、並ぶので。世代的には同じぐらいの人たちがそれなりに並んでる中に混ざって、楽しみだねえ、と漏れ聞こえてくる会話に、俺はそうでもない、と内心で挟んだ。俺にとってゲームは画面の中のものであって、俺本人がゲームの中に飛び込みたいわけでも、ゲームにこっちの世界に出て来てほしいわけでもないのだ。道端歩いてていきなりスライム出て来たら怖すぎるでしょ。モンハン系のモンスターだったら死を覚悟するしかない。列が少しずつ進んで、入り口と案内が近くなって来た辺りで、大事なことに気づいた。
「……そういえば、聞き忘れてたんだけど」
「なに?」
「なんのゲームなの?」
「3Dアクションアドベンチャー」
「……メタルギアみたいな?」
「うん、だいたい」
「へえ」
「楽しみ?」
「普通」

「伏見の嘘つき」
「嘘ついてない、3Dアクションアドベンチャーだったじゃん」
「そうじゃなかった」
「和風ホラーの、3Dアクションアドベンチャーだったでしょ」
「……………」
「弁当の座ってた椅子の肘置きのふわふわのとこ握った手形ついてたもんね」
「……もう二度と暇には付き合わないから」
「まあまあ」
「帰る」
「まあまあまあ」
「離して」

また後日。
「弁当、ちょっと付き合って」
「……なんで」
「時間ありそうだから」
「……………」
小野寺にまでそう思われているとは、心外だ。いっそ悲しい。駄目かな?と眉を下げられて、用事の内容にもよると返した。この前から、有馬といい伏見といい、俺のことを体良く使ってる節があるからな。
小野寺の用事は、買い物だった。兄から譲り受けたらしい一眼レフの、レンズが欲しいんだとか。ふむふむと頷いて、ちゃんと考えて、答える。
「それは俺じゃなくても良さそう」
「ええ……まさかのお断り……」
「だって、カメラのことなんて分かんない」
「一緒に来てくれるだけでいいから」
「有馬とか連れて行きなよ」
「うるさいんだもん……」
「……………」
なにも言い返せなかった。申し訳ないことに、確かに、と思ってしまった。伏見も同じ理由で駄目だろう。一括りにすると二人とも「うるさい」だけど、系統が違う。黙った俺を同意ととった小野寺が、また説得を始めた。
「一人で行くと店員さんがたくさん話しかけてくるからさあ」
「あー……」
「買いたいレンズは決まってるんだよ、時間もかかんないから!」
「でも俺なんの役にも立てないし」
「いるだけでいいんだって!」
「正直に言っていい?」
「うん」
「めんどくさいんだけど」
「わかった!」

なにが分かったのか、一時間前の小野寺に聞きたい。元気よく返事をしたくせに、俺の手をしっかり握ってバスに乗り込みやがった。凄い強い力でぎゅっとされた。振りほどくとかいう選択肢はなかった。バスに乗り込んで小野寺が気づき、離してもらうまで、俺の力ではどうにもならなかった。一応自分を守っておくと、抵抗はした。無かったことにされただけで。
でかい家電量販店なので、何階がカメラ売り場なのかが分からない。大きく書いてある案内図を見上げると、ぼーっとしてると迷子になっちゃうよ、と小野寺にまた手を引かれた。強いんだよなあ、力が。どうやら小野寺はどこに何があるのか分かっているらしい。ぐいぐい引っ張られて、散歩したくない時のししまるの気持ちがちょっと分かった。
「これこれ」
「……これ?」
「これ」
「……………」
「ん?」
「……思ってたのと違う」
小野寺が買いたかったのは、結構短いレンズだった。俺が思ってたカメラのレンズって、もっと長くて大きいやつだったんだけど。ガラスケースの中に入ったレンズを眺めていると、小野寺の指が伸びて来た。
「これはズームレンズ。一番使いやすいやつ」
「うん」
「俺が欲しいのは単焦点レンズ。ポートレートが撮れる」
「なにそれ」
「人が綺麗に写って、背景とかはぼやける写真だよ」
「俺、これがカメラのレンズだと思ってた」
「望遠?これはすごいよ、俺はまだ持ってないけど」
「カメラマンみたい」
「……弁当カメラ好きなの?」
「え?いや、別に」
「俺のねえ!おすすめはねえ!こっち!」
「そういうわけじゃ」

うっかり小野寺を燃え上がらせてしまってから数日経った。思っていたよりもカメラ熱がすごかったのは誤算だった。興味があるわけではないと何とか説得したら「あ、そう……」って悲しげな顔をされてしまったので、こっちが悪いことをしたような気持ちになった。でも一眼レフで撮った写真のアルバムは綺麗だった。いいなあ、とは思う。なんか、風景とか撮ったりしてみたいけど、高いんだよなあ。
「弁当、水族館行こう」
「暇、ここついてきて」
「どっか行くの?俺も行く」
「伏見のそれ、水族館じゃん。一緒に行こ」
「えー、弁当と二人で行きたかったのに」
「俺も行く」
「小野寺うるさい」
「みんなで行こうよー」
思い返してる時に、俺の周りを取り囲んでやいのやいのやらないで欲しい。伏見が出したパンフレットには、桜のプロジェクションマッピングをやってる水族館が載ってて、有馬はこの前俺に動物園その他を断られたから水族館を出してきたのだろう。小野寺は一緒に来たいだけだと思う。じゃあ三人で行ってくればいいじゃんか。
「え?」
「えっ」
「……えーと……」
「……なに?」
意外だと言わんばかりに顔を見合わせる三人に問いかければ、おずおず小野寺が手を上げた。あのー、に続いた言葉に、思わず声を荒げてしまった。
「だって弁当、誘ったら来てくれるから」
「はあ!?」
「百発百中だよな」
「うん」
「俺に関しては断るの諦めてるでしょ」
「……まあ……伏見は……」
「伏見はしょうがない」
「断ると怒るもんな」
「おい馬鹿、虫だぞ」
「ぎゃっ、やめろ!そういう嘘をつくのは!」
「待って」
「はい、弁当」
「誘われても行かないこともある」
「いつ?」
「……いつって……」
「どういう時?」
「……………」
「伏見が問い詰めるから弁当が困ってる」
「……航介に誘われた時とか」
「それは別の話なんじゃ……」
「朔太郎に誘われたら行くんだろ?」
「うん」
「航介が可哀想なだけじゃん」
「……あれのいうことは聞きたくない」
「特例だ」
遡って考えたけど、言われて気づいた。確かに誘われたら頷いてるかもしれない。何か用事があるとかじゃない限り、引き摺られるがままになってる。うーん、うーん、って言うけど結局来てくれるじゃん、と三人に口を揃えて言われて、特に言い返す言葉が見つからなかった。確かにそうかも。でも航介の言うことは絶対に聞きたくないのでどこかに誘われても行きたくない。
「だからそれが特別なんだって」
「航介知ったら怒るだろうなあ」
「え?今俺航介にラインしちゃった。衝撃の事実!って」
「なにしてんの伏見」
「いやあ、火に油注ぐのとか大好きだからうっかりして」
イルカのショーは楽しかった。



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