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おはなし



新城出流です。やっほー。今日も今日とて、可愛い中原くんの彼氏だよ。
突然ですが、中原くんは友達が多いと思うのです。小金井くんと仲良しなのは勿論、なんの接点もない溝口くんのことも知ってたし、俺の知らない友達の名前がぽこぽこ出てくることもしょっちゅうだし。俺はそれに慣れっこだから、中原くんが俺の知らない相手の話をしていても全然構わない派。嫉妬とか特にしないしね。
けど、流石に今回はびっくりした。
「……な……」
「あ?」
「あー、いずるくんだ。久しぶりー」
大学の廊下の曲がり角で、中原くんも鉢合わせしたから、いつも通り抱き締めて愛を伝えようとしたら、隣に人がいた。遥か昔に見覚えのある、もう随分会ってない顔だった。ふにゃ、と片手を上げられて、全然目が笑ってないけど愛想だけはいい笑顔に、詰まった息を吐き出すこともできないまま、なんとか取り繕った。
「上大岡ちゃんだー!どうしたの、えっ、なんでここにいるの?」
「わー、僕のこと上大岡ちゃんって呼ぶの、もう君ぐらいだよ」
「えっごめん」
「んー?なんで謝るの?」
「えっ……えっいや……」
取り繕いには失敗した。狼狽えてしまった。だって怖いんだもの、上大岡ちゃん。
上大岡ちゃん。三上大嘉っていうんだけど、みかみおおか、かみおおおかちゃん。俺が小学生の時仲良くしてた相手だ。すっごく仲良くしてた、親友だった。上大岡ちゃんはその頃からずっと、目が笑ってなくて、娯楽で人殺してそうな顔してて、でも付き合いはいいし愛想もいいし、ただなに考えてんだかほんとに全く分からない、謎の人である。小学校を卒業する時に、南の方に引っ越してしまった。あんまり聞いたことない地名だった気がする。親同士も仲良かったから、それから何回か会ったことはあるけれど、片手で足りるぐらい。好き嫌いのない俺だけど、上大岡ちゃんのことは、怖い。嫌いなわけじゃない、純粋に怖いのだ。小学生の時から怖かった。いじめとまでは行かなくても何となく仲間外れにされていた女の子に気づいて、恐らくはその子のことが嫌いだった主犯格の子に向かって、真っ正面からにこにこしながら、「おいブス、僕はあの子が好きなんだ、だからお前が生きていることが不快である、頼むから死んでくれないか(意訳)」と言い放つような男である。怖いでしょ。少なくとも俺は怖い。けどそういうことをしても何故か周りの人は上大岡ちゃんのことを持て囃すし、クラスの中は無駄にぎすぎすすることもなかったし、上大岡ちゃん本人には何の悪気もない。というか、何にも考えてない。怖いよー。彼の引っ越しが決まった時、仲良しだったけど、俺は内心で踊り狂った。寂しかったけど、それよりも恐怖が勝っていたのだ。
その上大岡ちゃんが、何故ここにいる。南の方で暮らしているんじゃなかったのか。引き攣る笑顔で固まっている俺を見て、なんでここにってね、とにこにこしている上大岡ちゃんが口を開いた。目が笑ってない、全然笑ってない。
「大学入試の時、一人暮らしでもしなさいって親から言われてね。心当たりなんて全然無かったから、ちょっとでも土地勘があって知ってるこの辺りがいいなあって」
「……こ、ここの大学にいるの……?」
「んーん、違うよ」
あっちだよ、と少し離れたところにある大学の名前を出されて、ほっとした。同じ大学にいたのに気づかないのは、流石に酷すぎる。補足説明のように、黙って聞いてた中原くんが口を開いた。
「俺の取ってる授業の教授が、そっちでも講義持ってるんだよ。それで、交換授業が何度かあって」
「二人組なんだー、あらたくんと僕」
「あっ、あらたくん!?」
「うん。ねっ、あらたくん」
「……中原新ですけど……」
「中原くん!」
「うわ、なに」
「俺も苗字なのに!名前で!上大岡ちゃんの方がお先に!何故!」
「うるさい」
「新くん!」
「中原くんです」
「仲良しだね、いずるくんとあらたくん」
「仲良くない」
「超絶仲良し!大好き!」
「へーえ」
ぞっとした。いつもの通りに突っぱねられながらべたべたしてたら、もっかい念を押すみたいに、へーえ、って上大岡ちゃんが言った。二回も言った。なに、怖い、なんで二回も感嘆するの、なんの確認なの。
俺たち授業だから、と行ってしまった二人を見送りながら、背中がびちょびちょになってることに気づいた。ど、どうしよう。

その日の夜、中原くんが帰って来なかった。いくら連絡しても出てくれないし、既読はつくから何かあったわけじゃないと思いたいけど、でも。
「……それでどうして俺にかけてくるかな」
「もしかして小金井くんといたりしないかなって思って……」
「いません」
中原くんがどこにいるかなんて知らないよ、とクールな女王は言い放った。でも連絡すると会ってくれるから優しいよね。溝口くんの名前を出したら秒で来てくれただけなんだけどね。ちなみにここは、俺の家にほど近いイタリア料理店である。飯は奢らされている。
「どこ行っちゃったのかなあ」
「誰か友達といるんだろ」
「心配なんだよ」
「子どもじゃあるまいし」
もそもそピザ食べてた小金井くんが、そのかみおーかくんとやらと一緒にいるんじゃねえの、と言い放った。その確率めっちゃ高いよね。それが一番怖いんだけど。嫌だなあ。上大岡ちゃんの、へーえ、が頭から離れないのだ。全然進まないご飯を突ついていると、ポケットに突っ込んでおいた携帯が震えた。一回目は基本出ないことに決めてるんだけど、そういうわけには行かない。今ばっかりは緊急事態だ。
「あっ、中原くんだ!」
「おめでと」
「はい!中原くん!俺だよ!新城くんだよ!」
『しんじょお』
「中原くんったらいくら電話かけても出ないんだから、どきどきしちゃったよ!」
『……しんじょお……』
「ん?どした?」
めそめそしている声に、もしかして家に着いたのに俺がいなかったから悄気ちゃったのかな、って思った。思って、すぐ撤回する。中原くんの声の他に、バックで音楽が鳴ってる。それに、中原くんの声が蕩けている。酔っ払いやすくて、すぐ弱虫な内面が顔を出してしまうことを、自分でもよく分かってる中原くんは、滅多なことでは外でお酒を飲まない。自分で決めたルールを破らない彼が、わざわざ違反して、しかも俺に自分から電話をかけてくるなんて、何かあったのはお察しである。笑ってない目が頭を過って、もう一度、どうしたの、中原くん、と出来る限りの穏やかさで問いかけた。しばらくして、うん、うん、ってこっちからなにも言ってないのに相槌を打った中原くんは、ぼんやりした声で聞いた。
『おれのこと、どんぐらい、すきなの』
「……はっ?えっ、ど、どうしたの」
『え?なに?きこえない』
「好き、好きだよ、すごく好きだよ。毎日言ってるじゃない、君のことが一番好きだ。分かってないなら何度だって言うけど、怒られたいから他のやつと遊んでる、構って欲しいだけなんだよ。ね?中原くん、おうち帰っておいで?どこにいるの、迎えに行ってあげるから」
『んん、からおけ、いる』
「カラオケ?いつも行くとこ?」
『そお、みかみと、みかみがたくさんおさけ、びんのやつ』
「……上大岡ちゃんに代わって」
『なんで、ぇあ、あっ、やだ、かえせ』
『もしもしー、いずるくん?』
「……………」
ドンピシャ。声も出なかった。こっちのただならぬ様子を察してか、巻き込まれたくなかったのか、小金井くんがそっと立ち去った。マジで全額俺の奢りなんだ、いいけど、今はもうそんなことどうでもいいけど。だって、上大岡ちゃんが交替した電話口の向こうで、中原くんがあんあん言う声が聞こえる。やめて、そんなとこ押しちゃやだ、電話返して、に混じって文字化できない鳴き声が漏れている。申し訳ないことに、全然興奮しない。中原くんならなんだっていい俺だけれど、全然駄目、マジでクソ。
『あらたくん、お酒弱いんだね。飲ませすぎちゃって、誰かお迎えに来れる人に電話しようって話したら、いずるくんに繋がったんだ』
「……触ってんなら手ぇ離してくんない」
『なにが?あ、これ?はい』
『や、ぁゔ、いたっ、いたい、しんじょ、しんじょお、ぅ』
「そこで待っとけ」
電話切った。触ってんならって、携帯じゃねえよ、中原くんだよ、ふざけんな。上大岡ちゃんは何を思ったか、携帯を手放して中原くんの近くにわざわざ置いたらしい。自分でも驚くほどぶっきらぼうな声を最後に、もう掛け直す気もしない。いつも行くカラオケ、って中原くん言ってた。確かに持ち込みオッケーだから、二人でたくさんお菓子持って行ったことある。我ながら引く程、思ってたよりも冷静な頭が最短ルートを弾き出して、店から飛び出したら、待っててくれたらしい小金井くんがいた。マウンテンバイク。
「貸せそれ」
「……いいけど」
壊さないでね、と平坦な声を背中で聞いて、返事はできなかった。壊すかもしれない。買って返すね、ごめんね。

カラオケの前で自転車乗り捨てて携帯見たら、号室が書いてあった。フロント無視して直行する。ドアのガラスを叩き割る勢いで開ければ、笑ってない目と視線が合った。
「……………」
「あっ、いずるくん。迎えに来てくれたよ、あらたくん」
「……………」
「おっと、おう、うわ、あぶね」
「殴らせろ」
「なんでさ、うわあ、やめてよー」
「避けんな!」
ふわふわと全部避けられた。そういやこいつ空手だか柔道だか合気道だかやってたな。中原くんは寝ている。脱ぎ散らかされているのは靴下と靴だけで、すやすや寝息を立てている中原くんに飛びつけば、そんなことしたら起きちゃうよ、とごもっともなことを言われた。起きねえよ、こちとら中原くんと一緒に暮らしてんだ、こいつは目覚まし三回鳴らないと起きない。
「……なにした」
「なにって、仲良くなりたくて」
「電話!させたろ!」
「うん、だから、思ってたよりもあらたくんが酔っ払っちゃったから、ちゃんとお家まで送れるように誰かに連絡を取りな、って、僕は言っただけだよ」
「……………」
「怖い顔だなー」
「……電話代わる時なにした」
「ん?足ツボ」
「……は?」
「関係ない話ばっかりして、全然迎えに来てもらおうとしないから、代わってあげようと思って。でも携帯離してくれなかったから、ちょうど靴脱いでたし、足ツボマッサージしてあげたんだ。小学生の時、君ともよく罰ゲームでやったよね。あれ痛いんだー」
「……………」
「僕は信用ならないんでしょう、いずるくん」
君は僕のことが嫌いなんだよね、と残念そうな顔をされて、嫌いじゃない、と咄嗟に答えた。ほんとのことだ。嫌いじゃない、怖いだけ。手間かけさせてごめんね、と纏めてあったゴミを律儀に持ち帰るつもりらしい上大岡ちゃんは、部屋から出る直前、振り向いて笑った。目以外で。
「いずるくんは、あらたくんが、大切。僕、覚えたからね」

次の日。
「俺のマウンテンバイクは?」
「今日乗って来た。返すよ」
「……血とかついてないだろうな」
「ついてないよ、中原くんのゲロはついてるかも」
「お前のじゃなければいいわ」
小金井くんにマウンテンバイクを返して、一応何があったかざっくり説明した。中原くんは二日酔いで死にかけになりながら、今現在講義を受けている。もう上大岡ちゃんとは関わるなって念押ししたけれど、本人に記憶がないので、何故?と言った様子である。ほんとやめてほしい。去り際のフラグがばっさばさはためいている。上大岡ちゃんは、いつも、いつだって、何も考えてないから、何をするか分からなくて怖いのだ。中原くんがどうしてあんな電話をかけて来たのかだって結局分からずじまいだし、あの中原くんが外で酔っ払うまでお酒を飲んだ理由、もしくはそれをさせた上大岡ちゃんの手口も、分からない。だから、関わらないでね、って言ってるのに、中原くんは全然分かってくれない。
「いーずるくんっ」
「いやああ!」
「あははっ、変な声」
「……か、……」
上大岡ちゃん、なんで、いるの。後ろから飛びつかれて奇声をあげた俺を笑った上大岡ちゃんは、昨日のあれじゃあやっぱり中原くんが心配でね、と肩を竦めた。あらたくん、から、中原くん、になってる。反省の心持ちだろうか。小金井くんが、上大岡ちゃんの頭のてっぺんから足の先までしれっと眺め回して、俺を見た。俺は何にも関係ありません、のアピールやめて。むしろ仲介して、頼むから。
今日は午後からしか授業ないんだ、と上大岡ちゃんが言ったので、俺はもう残り二分で授業が始まる!急がなくては!と嘘をついた。今のこの精神状態で上大岡ちゃんと時間を潰すのは、無理。流石の俺でも、無理。
「なーんだ、残念。また今度にしよっと」
ね、いずるくん。そう笑いかけられて、泣きそうだった。怖いよお。


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