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おはなし



『相手を確実に落とす!カワイさの秘訣はなあに?それはイチコロ☆ウインク!』
「たらららんららるらっ、じゃん!」
「朔太郎、うるさい」
「だららりったらったらー」
「うるさい」
「ちゃりららるららん」
「うるさい」
五回目でようやく黙った朔太郎が、ウインクだってー、とテレビの内容をそのまま声に出す。バックで流れてる音楽がちょっと知ってるやつだからって突然歌いださないでほしい。インタビューしてる側の若い俳優さん、最近よく見る人だからちょっと気になったのに。
トークの上手いお笑い芸人が仕切る深夜の番組は、どうでもいいことをさもどうでもよくないかのように掘り下げ、みんなで楽しむことを主題としているようなそれだ。わざわざ夜更かしして見たりはしないけど、案外嫌いじゃない。最近人気が出てきた漫画の古参ファンにどこが面白いかプレゼンしてもらったりだとか、特に普段目に止めないようないわば脇役の食べ物の重要さと美味しさについてひたすらに語ったりだとか、双子ってほんとに言葉無しで意思疎通ができるのか無駄に大きなスケールで試してみたりだとか、舞台役者やアイドルの早着替えが実際何秒かかっているのかハイスピードカメラを使ってカウントしたりだとか。お前こういうのも見るんだな、って有馬には意外がられたけれど、俺そんなに早寝に見えるんだろうか。それとも、くだらないことに情熱をかけているタイプの番組は苦手だと思われていたのかもしれない。見るけどね、結構なんでも。一人っ子だからなのか、チャンネル戦争したことないし。ゲームかテレビか読書くらいしかすることないような子ども時代送ってたし。
まあ、それで。ここがどこかっていうとうちの実家で、ついさっきまで飽きず懲りずに六人フルメンバーで揃っていた。お腹が一杯になってお風呂にも入ったらすっかり眠たくなったらしい有馬が襖で区切られた和室に転がってて、小野寺もうとうとしてたからそっちに行ってもらって、航介は明日仕事だからって帰って、伏見は猫よろしく炬燵で丸まっている。伏見も和室にやろうとしたら、まるで備え付けの家具のように動かなかったので諦めた。起きてるのは朔太郎と俺だけ。いや、まあ、多分伏見は寝てはいない。でもずっと無言で丸まってるし、動いたと思えば水分補給のようにちまちまと酒を舐めるだけなので、カウントしないことにする。朔太郎がなんでいるかって、こんな夜遅くお化けが出そうだから運転して帰りたくない、とか我儘を言って駄々をこね、明日の朝うちを出て仕事行ってまた来るらしい。愛しの妹がいるお前の家に帰れよ、と切実に思ったけど、雑魚寝軍団が蔓延る今、全く眠くない俺を残して帰られたら帰られたで微妙なので、いてもらって構わないかも。
そういう感じで、そういうわけで。俺が案外好き系の番組を分かってる朔太郎が、ぽりぽりお煎餅を食べながらふいっとチャンネルを変えたのが、ついさっきのこと。今回のくだらないことは、『可愛い子はウインクができる』が嘘か本当かを確かめる企画だった。そもそもその通例が初耳なんだけど。
「俺できるよ、ウインク」
「やってみて」
「よし。……よし、待って、うん、よし、行くぞ」
「ウインクってそんなに過酷なの?」
「ちょっと!静かにして!集中が切れる」
出来ると大口叩いた割に物凄く溜めて気合を入れている朔太郎に、出来ないならやらなくていいよ、と一応言えば、出来ないわけじゃない、五分五分なだけだ、と怒られた。五分五分じゃん、百発百中じゃないじゃん。
「じゃあ当也出来んのかよ!」
「ウインク?」
「そう」
「したくない」
「えっ?したく……?」
「ない」
「した……?」
「くない」
「したいって言って」
「したい」
「ウインク?」
「したくない」
「くそお!」
無駄に足掻いた朔太郎がじたばた暴れて、がたがた炬燵が揺れたので伏見が迷惑そうに寝返りを打った。伏見の中では、朔太郎に迷惑を掛けられることや朔太郎への恐怖よりも、炬燵の中の安寧から追い出されることの方が嫌らしい。テレビに目を戻せば、どっかで見たことのあるお笑い芸人が、街中で見かけた女性に片っ端からウインクを迫っていた。可愛いか可愛くないかの基準は人それぞれですので視聴者の皆様にその判断はお任せします、とテロップが流れている。どんだけ適当だよ。
「小野寺くんウインク出来なそう」
「知らないけど」
「有馬くんウインク上手そう。ねっ」
「だから知らないってば」
「伏見くんはウインクで五人くらい殺せるでしょ?」
「ん」
「おごっ……」
殺せるでしょ?と物騒な問い掛けと共に伏見の方を覗き込んだ朔太郎が、妙な声を上げてそのまま倒れた。なにしてんだ、と伏見の方を見れば、いつの間にか目を開けていて。倒れた朔太郎と入れ替わりに体を起こした伏見が、きゅるる、と鳴ったお腹に手をやって、食べかけだったじゃがりこを摘まみ出す。なんか言ってよ、怖いな。ちなみに、倒れた朔太郎がリアルに白目剥き続けてるのも怖い。もっと人間らしく生きて欲しい。
ぽりぽり、とじゃがりこを齧る伏見と白目の朔太郎に特に何も言わずテレビを見ていたら、適当な街頭インタビューは終わり、スタジオで最近流行りのモデルさんがゲストに向かってウインクをかましていた。なんだかときめく!どきどきする!男ならいちころ!とそれぞれに感想を述べるゲストたちの様子に、ウインクってそんな効果があるんだ、と一つ賢くなった気持ちでいると、黙っていた伏見がぼそりと口を開いた。
「あの女のウインクがいちころなら、俺のウインクはすべころだ」
「ん?」
「いちころって一撃で殺すことでしょ。一撃じゃ一人か、せいぜい二人しかやれないでしょ」
「……………」
「それなら俺は全てを須らく統べるべく殺す」
やれない、は恐らく、殺れない、と書くであろう発音だった。すべころの名に恥じない程度にすべすべしているなあ、と他人事に思うことで意味から目を反らす。恐ろしすぎるでしょ、要するに全員当たり前のように自分の支配下に置くために殺すんでしょ、なんでこの人の考え方っていつもこうなの。絶対寝起きじゃない。炬燵の中で全部聞いてた。
「せんせい!」
「ひっ」
がばっと起き上がった朔太郎が片手を上げて伏見の方を見た。あまりに勢いづいていたので、宣誓!かと思ったけど、多分、先生。驚きに悲鳴を上げて俺の方に素早く寄ってきた伏見は、きっとこういう異端者をすべころするんだな。
「ウインクの極意を教えてください!」
「は?」
「……五分五分ウインクがこの人にはあるでしょ」
「俺に言わないでよ」
「それじゃだめなんです!先生!」
「嫌だって言って、弁当」
「だから俺に言わないで、本人に言いなよ」
「冷たくされると燃える!ヒューッ!」
「ほら」
「嫌……本当に無理……吐く」
弱々しく首を振る伏見は朔太郎のことが兎に角苦手で仕方ないのだからしょうがない。無理だってさ、と二度手間に告げれば、じゃあ当也に教えてあげてるのを俺がこっそり隠れ聞きしてる方式でもいいから!と縋り付かれた。だからなんで俺に縋り付くの。伏見も一回も朔太郎に向かって会話しようとしないし。さっきはウインクで殺したくせに。そこまで考えて、ふと思う。
「……そうだ。伏見」
「ん」
「伏見がウインクすると、一定時間朔太郎を無力化できるみたいだよ」
「なにそのゲーム脳……」
「さっきはそうだったじゃん」
「そうだけど」
「やってみな」
「もしも何かあった場合は弁当が全責任を負って俺の面倒をこれから先永遠に見てくれると誓うなら……」
なにその重さ。やめてよ。そう言うこともできず絶句していると、俺への要求に関しては特に本気ではなかったらしい伏見が、朔太郎に向かってウインクした。ていっ、なんて効果音付きで。
「……………」
「……………」
「……やった……」
「……おめでとう」
「やったー!やったぞ!勝った!いえー!」
直後、ずだん、と倒れて再び白眼を剥いた朔太郎を見下ろして、恐る恐る足先で突いて生死を確認した伏見が、ぴょこぴょこと飛び跳ねて喜んでいる。自分を散々脅かした天敵がウインク一回でこうも無力化できるものかと、居ても立っても居られないという様子で嬉しそうにしているので、朔太郎にはもうしばらく死体ごっこをしていてもらおう。自分が主体的に関わると脱兎の如く逃げられることも、自分が関わらなければ側から見た無害な伏見を摂取できることも、きちんと朔太郎は分かっているようで、伏見の視界に自分がいる時だけ器用に死んで、次回から外れたらにこにこでれでれしている。いっそ気持ち悪いのでやめてほしいけれど、二人の利害は一致しているので俺に言えることは何もない。
お亡くなりになられている朔太郎の意志を継いで、ウインクの極意を教えてください、と棒読みで伏見に頼めば、全くしょうがないなあ、弁当にお願いされちゃ断れないなあ、と鼻息荒くふんふんしながら言われた。俺別にウインク出来ないわけじゃないですけど、朔太郎みたいに五分五分って訳でもなく普通に片目だけ閉じられますけども、と思ったけど言わなかった。言ったら面倒になるからだ。
「まず、そうだね、自分の可愛い角度を見つけるでしょ」
「可愛い角度!?見せて見せて見せて!」
「……………」
「……あれは伏見がウインクで殺したでしょ。耳鳴りだよ」
「そう……」
この茶番はまだ続くらしい。うっかりきゃんきゃん野次を上げてしまった朔太郎のことをとても冷たい目で見た伏見が、ちなみに俺の決め角度はこう、と寝そべって頬杖をつき軽く首を傾げて見せた。その決め角度はいつ使うんだと質問すれば、写真を撮る時だと答えられた。お前いつからグラドルになったんだよ、と思ったけど言わなかった。もしかしたら小野寺とかが撮るのかもしれない、知らないのに余計なことを言っちゃ駄目だ。サービスのつもりなのか無意識になのか、ちゃんと朔太郎にも見えるようにやってのけてくれたので、朔太郎がしくしく泣いている。何について泣いてるんだか分かんないけど、いくら中学から家族ぐるみの腐れ縁で幼馴染みと言っても、本当に引く時は引く。やめてほしい。
「では次に行きます」
「はあ」
「ウインクは片目を瞑ることだと勘違いしていませんか?」
「……そうじゃないんですか」
いくつか決め角度を見せてくれた伏見が、何故か敬語でさくさくと進めていくので、俺も敬語で答える。別に俺ってこの場にいてもいなくてもいい感じ、ってせっかく思ったのに質問されちゃ存在理由が出来ちまうじゃねえか!とあっちからしたら相当に理不尽だろうなってことを内心考えた。まあ、それじゃあ実際にやってみよう!とならなかったことには、感謝するけれど。
「ぶー、違います、根暗童貞。ウインクっていうのは」
「今俺の悪口言わなかった?」
「ちょっと静かにして。俺今話してる」
「ええ……?」
「ぷひーっ」
「死体は息をするな」
「朔太郎笑わないでくれる」
絶対に悪口言われたと思うんだけど、伏見が無かったことにしているのでそういうことにしてあげよう。吹き出した朔太郎は後で覚えておけよ。
伏見が言うには、ウインクっていうのはただ片目を瞑るだけじゃ駄目らしい。だから俺や朔太郎が出来ると言うのは実際には出来る内に入らぬ、というのが言い分だ。可愛くなければウインクではないし、可愛くないウインクなんかただの片目瞑りでしかない。そう言われてみれば確かに、俺が出来るのはウインクか片目瞑りかと聞かれたら、片目瞑りだ。
「ウインクする時にはね、口は笑うんだよ」
「へえ」
「こう。ねっ」
「ぎゃああ!」
「……伏見、オーバーキルだよ」
「ふん」
朔太郎に向けてにっこりウインクをかました伏見が、勝ち誇ったように鼻で笑う。たった二秒前に作ってた笑顔と、今の下衆顔、似ても似つかないんですけど、それはいいんですかね。そうぼんやり思っていると、ウインクキラーってゲームがあるでしょ、ウインクは殺すためにあるんだよ、と屁理屈を捏ねられた。人狼ゲームみたいなやつだっけ、ウインクキラーって。
「上級者は笑わなくても可愛いウインクができます。例としておこりんぼウインクです」
「どうやるんですか」
「こうします。んっ」
「うぐうぅう……!」
「……耐えてますけど。先生」
「いえ、これはお前はもう死んでいる状態なので、あと五秒もしたら時間差でやってくる思い出し悶えで死にます」
「ぐはああ!」
「ほら」
俯せてがくがく痙攣している朔太郎も、自分のウインクの殺傷性を確認できた伏見も、お互い満足そうなので何よりだ。俺はこの二人の満足度に比べて何一つ得られていないけれど、まあいいだろう。
次の日の朝、ばたばた出て行く朔太郎を大欠伸で見送っていた小野寺と有馬が、伏見くんにウインクで殺してもらって!そして俺に感想を教えて!と前夜の名残を擦りつけられていた。なんだろうなあ、とのんびり居間に戻ってきた二人が、朝ご飯待ちでうとうとしていた伏見に、これこれこういうわけで俺たちを殺してみてくれ、と訳の分からない絡み方をしている。東京だったら通報だよ。
「……ねむい……」
「昨日なんの話してたの?」
「教えろよお」
「……ねむたい、いやだ……」
「ふーしーみー」
「ウインクがなんなの?」
「もー、うるさい!馬鹿は死ぬビーム!」
「うわああ」
「ぐわああ」
変なビームで今朝も早くから二人死んだ。流石はすべころを自称する伏見である。



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