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おはなし



「……………」
「まもちゃん、おっかえりー」
「……みりねえちゃん……」
「どーしたのー?泣いちゃだめだよー、男の子でしょお?」
「……まもり、東京に行かなきゃいけなくなった……」
「へっ」
「これが噂の転勤族ってやつなんだああ、うわあああん」
「まっ、待って、まもちゃん?どっ、どういうこと!?」
「どうしたの、美里ちゃん、真守くん」
「でづだにいぢゃああああ」
「てつたくん!まもちゃんが!東京に飛ばされた!美里、テレビ局の偉い人に抗議してくるからあ!」
「ちょっ、ちょ、えっ?なに、最初から説明して!?」
「ゔぅ」
「美里知ってるよお!それって、左遷とか、窓際とか、更送とか、干されるとか言うやつでしょお!」
「ゔああああみりねえちゃんのばかあああ」
「美里ちゃん!よく分かってない言葉を使うもんじゃありません!真守くんは知ってるから傷ついちゃうでしょ!」
「はあい」
「ひっ、ひっ」
「真守くん、ちゃんと教えて?どうして都会に行くことになったの?お仕事?」
「……次の、年始の特番で……」
「うん」
「……全国放送の局で、地方局のキャスターとかアナウンサーとかリポーターとか集まっていろいろする、バラエティの撮影があって、真守にそれに出てほしいって……」
「……うん?」
「でもそれに出て有名になったら東京でしばらくお仕事しなくちゃいけなくなるかもしれないって、ゔああああん」
「……真守くん、それはね、左遷とか更送とかじゃなくって、栄転って言うんだよ」
「てつたくん、えーてんってなに?」
「今までより高い地位とか、役職に就くことだよ」
「へえー、まもちゃん、えらくなるのー?」
「やだあああ、おうちにいたいよおおお」
「……困ったなあ……こんなチャンス断る人いないよ……」



来てしまいました、東京。てつた兄ちゃんもたくみ兄ちゃんもみり姉ちゃんもりつき兄ちゃんもきよら姉ちゃんもらんま姉ちゃんも、みんながみんな口を揃えて、行ってらっしゃいするから、真守に味方はいなかった。ひどい。
迷路みたいな道を、携帯の地図片手に抜けて、おろおろしながら入った大きなスタジオの通用口。警備員さんにもおかしな目で見られたし、最早ここがどこだか分かんないし、早く帰ってお家でご飯が食べたいし。来るように連絡が入っていた控え室の前でぽつんと立ち尽くして、つい言葉がこぼれた。
「……さびしい……」
「砧真守くん?」
「ひゃいぃっ」
「こんにちは。今回の企画担当プロデューサーの、林崎鞠といいます。よろしくね」
「よ、よろしくおねがいします」
「……んー?」
「えぅ」
「ちっこいねー」
「ひい……」
「こら、林崎。虐めるなよ」
「はーい。砧くん、こっち。打ち合わせがあるからね」
なんか、背の高い女の人、はやしざきさん?に連れられて、話し合いの部屋みたいなところに向かう。テレビで見たことある俳優さんとかお笑い芸人さんとすれ違って、そっちばっかり見てたら、お前もあっち側の立場だろー、と笑われた。真守はそんな有名人じゃないのに。
打ち合わせの間はよく分かんなかったから、きょろきょろしてたり、椅子から足をぶらぶらさせてたりしたら、終わった。だって難しいんだもの。いつもの打ち合わせはこんなにちゃんとやらない。なんか紙渡されて、まもりくん!こんな感じだから!がんばって!でおしまい。後は真守ががんばるだけ。テレビ番組を作ってこんなに大変なんだなあ。
「それじゃ、よろしくね」
「……はいぃ」
「元気ないなー、声出していかないと」
「……ぼくはどうしたらいいんですか?」
「……今打ち合わせしたところじゃない?」
「ちょっとよく分かんなくて……」
「……きみ、噂通り、おもしろい子だねー」
挨拶回りでもしてみたら、と言われて、自分の楽屋と同じ番組名が貼ってあるところをぐるぐる回る。テレビで見たことあるお笑い芸人さんと、テレビで見たことあるアナウンサーさんがいた。すげー、東京。この建物の中に何人芸能人いるの。
また迷子にならないうちに、自分の名前がくっついてる部屋に戻った。そしたら、緊張してます!って感じの同い年くらいのアナウンサーが何人かいたから、ちょっと安心した。どこから来たんですかー、ぼく青森ですー、和歌山から来たんですか、ぼく行ったことないです、みたいな。うう、お家帰りたい。



「カメラがいっぱい」
「砧くん、がんばろうね」
「うん」
仲良くなった和歌山の人、松川くんと、なんとなく連帯感を感じながら、それぞれ与えられた席に着く。松川くん、やっぱり同い年だった。すげー量で並んでるカメラと照明に、目がちかちかする。よろしくお願いしまーす、ってさっき挨拶したアナウンサーさんとお笑い芸人さんがスタジオに入って来て、慌ただしく現場が動き出す。カンペがぺらぺら捲られて、カウントダウン。いつも自分がやってるやつの5000倍ぐらいスムーズに始まったオープニングに、テレビ慣れしてるってこういうことかー!って思った。お勉強になるなあ。
「今日は、系列局の地方アナウンサーが大集合しております!」
「若い子ばっかでええなあ」
「1段目からご紹介していきましょう、関西テレビの酒井田アナです」
とかやってるのをぼけっと聞いてるうちに、自分の番になった。自己紹介がてら、自局で撮った番組を短く編集しなおしてもらったやつが流されて、それを司会の人たちと一緒に見る。あっ、先輩だ。さくちゃん先輩がいる!
「砧アナ、可愛らしい着ぐるみでしたね」
「先輩です!」
「……着ぐるみが?」
「はいっ、えーと、高校の先輩です」
「着ぐるみが!?」
「ぼく、仲良しなんです。お家に来てもらったこともあります」
「着ぐるみと!?」
「おもしろいやっちゃなー」
あれ、なんか間違えたかな。名前は言っちゃいけないから、さくちゃん先輩って言うのは我慢したんだけど。まあいいか。
一つ目のコーナーは、食レポのテストらしい。どんな風に美味しいのかテレビの前の相手に伝わるように、的確な言葉選びや、表情、仕草、全てに気を配る必要があります。そう解説する司会の人に、へえー、すごいなー、そうなのかー、と思った。やったことあるけど、そんな色々考えながらやらなかった。でも言われてみればそうだよな、画面越しじゃあ味も匂いも伝わらないんだもの。どうしたらいいんだろう、と考えているうちに、松川くんが呼ばれて前に出た。食べるのは、都会の方で人気のある、幸せのパンケーキとかいうやつだって。確かに俺の家の方にはそんなおしゃれなもんはないや。お母さんにホットケーキ焼いてもらったことはあるけど。作ってる人も、白くておっきい帽子被って隣で見てるし、上手く喋んないと怒られちゃうかなあ。
「うわー、すっごくすっごく美味しそうです。甘い匂いでいっぱいになって、食べる前から幸せになれますね!」
「では、一口どうぞ!」
「はい、ナイフを入れるだけでふわふわなのが分かります、ほら!」
ちゃんと切り分けてる様子もカメラに見えるようにしている。松川くんすごいなー。ふわふわもふもふとろとろのパンケーキを口に入れて、蜂蜜の甘さかな?口に入れると溶けちゃうぐらい柔らかいです!とにこにこしている。作った人もにこにこしている。あんなにちゃんと喋れるかなあ。
「じゃあ次、砧アナです、どうぞ!」
「はいっ、えと、おいしそうなホットケーキですねえ」
「パンケーキです」
「えっ、なにが違うんですか?」
「ええと……厳密には同じです。強いていうなら、パンケーキの方が甘さ控えめですかね。ホットケーキはデザートですけど、パンケーキはランチとして食べられるように調整されています」
「へえー!」
作った人がいろいろ教えてくれた。これはデザートなのにパンケーキなんですか、って聞いたら、まあそうなりますね、と苦笑していた。そこは微妙なところなのかな。もふもふにナイフを入れたら、ちょっとの刺激で倒れそうになっちゃうぐらいふかふかで、わー!とかって大きい声が出てしまった。倒れてお皿からはみ出ちゃったら大変だからね。
「いただきまーす」
「どうぞ召し上がれ」
「んー、む、!」
「どうですか?」
「おいひい!おいひいれふ!全部食べてもいいれふか!」
「は、はい、どうぞ」
「むぐむぐ」
「……気に入りました?」
「ふぁい!もっと食べたいです!」
「ははは」
大変だ!笑われている!うう、どうしよう、松川くんみたいに説明できなかったからかな。口の端っこについてた生クリームをぺろぺろして席に戻ると、何にも解説してないけど美味しかったことだけは伝わってきましたね!って言われた。うん?褒められてる?
次のコーナーは、運動だって。でも真守の出番はない。松川くんは出るみたい。強い向かい風にも負けないでレポートしてください、みたいな感じ。台風が来た時とか、風が強くても雨が強くても、伝えなくちゃいけないからなあ。レインコートが吹っ飛ばされそうな勢いの暴風雨にも負けずに、みんな一生懸命レポートしている。すごいなー、絶対飛ばされちゃうよ。
次のコーナーは、学力調査。ここは出番があるらしい。三本立ての三つ目。フリップに答えを書いて出すんだって。ふむふむ、これならできそう。ここにいるということは、ある程度お勉強が出来るということですよね?と司会のお笑い芸人さんが言っている。そっかあ、みんな頭いいんだ。ニュースを読み上げる時点で読めない漢字があったら困るから、漢字の読み問題だって。がんばるぞー。第1問、薄。すすき、だっけ。フリップに書いて、答えをどうぞ!で表に出す。正解だって、やったあ。勾引かす、かどわかす。忽ち、たちまち。心算、つもり。これなら答えられるぞー。
「砧アナ、今まで全問正解ですね」
「アホちゃうかと思うとったけど、お勉強はできるんやなあ」
「はい!よく言われます!」
「はっははは」
また笑われてしまった!正解してるのに!最後の問題です、と出されたのは、玉蜀黍。なんだったっけなー、どっかでなんか見た気がするんだけどなー。三文字で難しい漢字だと、御岳原先輩のことしか思い出せないよ。
「おや?これまで全問正解の砧アナ、手が止まってますねえ」
「他のみなさんも苦しい表情です」
「ではあと5秒です!」
「……んんー」
これかなー、ってのを書いてみた。どうせなら間違えたくないなあ。みんなにおめでとうされたい。隣に座ってる人も、その隣に座ってる人も、難しい顔をしている。それではどうぞ、で裏返した。合ってますように。
「正解は、とうもろこし、です!」
「やったー!」
「正解の方、おめでとうございます!」
「あの面白い子、喜ぶの早かったなあ」
「砧アナですか」
「やりましたー!」



「ただいまー!」
「まもちゃんおかえりー」
「みりねえちゃあん」
「ぎゅっぎゅー」
「ぐええ、つぶれる」
「真守くん、おかえり」
「あのね、東京でね、おいしいパンケーキ食べてね、ふわふわだったの」
「まもちゃん、まーもちゃんっ、うふふ」
「それでねえ、とうもろこしが正解で、まもりは全問正解だった!」
「うんうん、本放送楽しみだね」
「こっちではやらないよ!」
「えっ」
「えっ!?」


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