このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

おはなし



「あっ、一時だ」
「閉店がらがら」
「うるさい都築」
「なんなの?瀧川いい加減にして」
「……帰るわ」
「航介帰んの」
「うん。帰る」
「えー、やだー」
「嫌とかそういうんじゃなくて」
「はい」
「朔太郎はまだいるだろ?」
「瀧川も帰って、閉店の時間だから」
「うるせえ、そういういつもの流れもういらない」
「いつもの流れっていうか事実なんだよ!クソ川!帰れよ!」
「んー、あー、俺明日早起きして釣りするんだった」
「……なにその斬新な断り方?」
「知ってる?江野浦和成って言う人と行くんだけど」
「俺の父親だよ!なんでだよ!」
じゃあそういうわけでー!と帰ってしまった朔太郎と航介を見送って、ついでに瀧川を蹴り出す。ちゃんと追い出さないと、いつまでも居座られるからな。ほんといい加減にしてほしい。ちぇー、って拗ねながら出て行った瀧川をしっしってやって、扉をきちんと閉める。閉店時間になったら帰ってもらわないと困ります。そんなんだから、都築さんちは24時間営業、とか言われるんだぞ。
「ほんとな」
「……どこから入ったの?」
「扉」
「今俺、お前を外に出してから、扉閉めたの」
「だから、外に出されてから都築が扉を閉めるまでの間に、入ったの」
「は?」
「お?」
もういいや。扉閉めるのに2秒もかかんなかったけど、瀧川がそう言うならそうなんだろう。確かに理屈は通ってる。ただちょっとばっかし不可能なだけで。ここにいるのが朔太郎なら、時空を歪めるのは得意技なのでなんらおかしくもないのだけれど、瀧川だからな。一回死んでやり直したのかもしれない。リスポーン。
こうなったら帰ってくれないことは知ってる。絶対帰らない。日が昇るまでうちにいる。だって暗い道一人で帰るの怖いんだもん~!とか女みたいなこと言い出す。女は女でも、うちの姉妹はそんなこと言わなそうだけど。あれは見た目が女なだけで、オス寄りのメスだからな。
「そうだよ、姉か妹呼んで来いさ、お前と飲んでても華がねえんだよ」
「寝てるから無理だよ」
「ときみんが呼んでるって言って」
「絶対起きない……」
でも一応起こしに行ってみた。はっちゃんは全く微動だにしなかったし、彼女の場合は兄の言葉がそもそも耳に入らないシステムになっている可能性がある。うめさんを起こしてみたところ、寝ぼけながら起きはしたものの、……ときみん……?誰そいつ……安眠妨害で殺す……とかぶつくさ言っていて怖かったのでそのままそっと部屋を出た。瀧川が殺される。可哀想なので、ときみん?誰?云々の事実は伏せておくことにしよう。
「起きた?」
「瀧川が呼んでるならぜひ店に出たい気持ちは二人ともあるみたいなんだけど、そこの廊下にすげーでかい蜘蛛とすげーでかいゴキブリがいるから無理だって」
「どんぐらいでかいの」
「こんぐらい」
「そりゃ無理だわ」
両手をいっぱい広げて大きさを示せば、諦めてくれた。なんでこれで納得するんだよ。ただよしくんには訳が分からぬ。
航介と朔太郎が置いてったグラスを片付けていると、あー!そうやって!まだ俺という客がいるのに店仕舞いの準備をする!とうるさく騒ぎ出したので、片付けを中断した。あのね、今、深夜一時をとうに過ぎてるの。大きい声出さないで。うめさんが起きたら殺されるのはお前だよ。
「……………」
「……………」
「……………」
「……黙ったままじっと見つめられると、それはそれで照れるんですけど……」
「都築忠義に照れとかいう感情あんの」
「あるわ……」
「ヒュー」
「やめろ」
極端な奴め。急に黙られるとこっちだってどうしたらいいか分かんないよ。瀧川時満の扱いにそんなに長けてない。喋り出したかと思ったらヒュー!ヒューウ!とうるさかったので、瓶で殴った。血は出なかったからセーフ。
「都築さん」
「なによ」
「なんでお前女の子じゃないの」
「……その異論は神様に言ってよ、俺一個人じゃ手に負えないから」
「神様、どうして都築忠義を男にしたんでしょうか」
「うわ、祈りだした」
「……………」
「……なにか受信できた?」
「……手違いって言ってる」
「嘘こけ!」
「今からでも遅くないから女の子のふりして、俺にお酌して」
「やだよ!そんな気持ち悪いイメクラみたいなの!」
「やだー!してー!さびしい!男二人なんて認めたくない!女の子とお酒が飲みたーい!」
「ただよしくんじゃ女の子に見えないでしょうよ!」
「……待って」
「うん」
「……………」
「……………」
「……行けるわ」
「きっしょくわる……」
開いてるか開いてないか分かんないぐらいまで目を細めた瀧川が、ぐっと親指を立てた。行けたらおかしいんだよ。細目のまま、ほら、とカウンターを指先で叩かれて、嫌な顔をもろに浮かべてしまった。
「して。早く」
「えー……」
「忠義」
「急に名前で呼ぶのやめて!どきどきしちゃうから!」
「じゃあたーちゃん」
「……たーちゃん……」
「たーちゃん、このお店はお触りオッケーですか?」
「だ、だめです」
「もっと可愛く」
「……………」
ハードル高いんですけど。苦行か。目を据わらせた瀧川が、遺伝子的には姉妹と同じなんだからあのぐらいまで自分を持ち上げることはできるはずだ、と叱咤激励してきた。遺伝子的には同じでも、性別は違うんだよなあ。もやもやしていると、深くため息をついた瀧川が、仕方がないとばかりに財布を取り出した。ちゃりんじゃなくて、ぺらぺらの方。
「お触りオッケー?」
「いや!?待って!?お前それでなんとかなると思ったの!?」
「うん」
「馬鹿なんじゃないの!」
「万札だぞ」
「そういう問題じゃないんだよ!」
「二枚欲しいのか」
「ちがーう!」
「……………」
「……なに?」
「……今までの会話も、こう、やらせてくれって金積んで女の子に頼んでるのに拒否られて罵られてると思えば、興奮する」
「目を覚ませ!」
水をかけた。さすがに水をかけざるをえなかった。瀧川時満にはがっかりだよ。くそやろう。



13/68ページ