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おはなし



目を開けたら、知らない天井だった。
「……は」
変な意味じゃなくて。しばらくぼけっとして、それからゆっくり首を横に向ければ、足が見えた。分厚い布団を退けて体を起こせば、足の持ち主はすぐに分かって、今日眠りについた時と同じく、小野寺だった。違ったらびっくりするわ。
自分の家とは違う匂いのする布団、見知らぬ天井、何故か足が頭の方に来ている小野寺が隣に寝ている、というこの状況。どうしてかって、俺の現在地が弁当の実家だからである。昨日ついて、初めて朝を迎えたところ。確かここは客用の寝室で、隣が弁当の部屋。反対側の隣はお父さんが仕事で使ってる書斎だって言ってたっけ。昨日の夜、部屋割をした時に、弁当と一緒に寝たい!そうじゃなきゃやだ!帰る!って伏見が我儘言って、部屋がある弁当が客間で寝るのもおかしいだろって話になって、必然的にこうなったわけだ。ふかふかの布団をぐちゃぐちゃにして、俺たちはかなり寝入っていたみたいだけれど、弁当の部屋組は恐らく微動だにせずすやすやしているんだろうな。小野寺が呑気に涎垂らして寝てるのがちょっと面白い。
みよんって跳ねてる髪の毛を押さえながら、二重になってる窓に手を伸ばす。窓の外は雪景色だったはず、と期待いっぱいに磨り硝子を開いて、額が窓にくっつくくらい見渡す。遠くの山まで真っ白だ。その辺の木とか、全部全部雪を被って、きらきらしている。外出たい。すっげー外出たい。
「小野寺!おーのーでーら!」
「……ん″ん……」
「起きろ!早く!はりーあっぷ!早よ!」
「……うるふぁい……」
こんもり盛り上がった布団をばしばし叩いて騒ぐと、むにゃむにゃしながら起きてきた。ぺしゃっとした髪の毛を掻き回しながら、なんなのもう、と伸びをしている小野寺の頭を窓にぶつける勢いで押せば、数秒間が空いて、歓声が上がった。そうだろうそうだろう、目が輝くだろう。俺も同じだから分かる。
「飯食ったら外な」
「うん!弁当もう起きてるかなあ!」
「でももう8時過ぎてるし、起きてるんじゃ」
「さっむ!ええ!?」
「うわ寒」
「ちょっ、ちょっと、ちょい待ち」
「扉閉めろ!冷気が!廊下から!」
普通に扉を開けて廊下に出たら、死ぬほど寒かった。なに?ここから北極?家の中なのに?二人で顔を見合わせて、もう一回チャレンジしてみたけど、だめだこれ。夜の間人が全く通ることなくきんっきんに冷やされた廊下を、舐めてはいけない。仕方がないから、毛布を被ってリビングまで行くことにした。
「べんとー、あれ」
「あれ?まだ起きてないのかな」
「伏見もいねえじゃん」
「ストーブつけようよ」
「これどうやってつけんの?」
「さあ……?」
「ここかな」
「ぎゃああ!火が!」
「うわわわ」
「あっぶねえな!火柱上がったぞ今!」
「俺だってびっくりしたよ!」
「……これ急に爆発したりしないかな」
「しないんじゃない、多分」
俺が押したボタンが電源で、小野寺が捻ったダイヤルが火力調節っぽかったけど、全力で回したおかげで火が出た。しばらくそれに当たって暖を取って、毛布から抜け出て台所をうろうろする。なに食べたらいいか分かんねえな。弁当に聞いてこようかな。せっかくストーブつけられたのにあの寒い廊下に出るのは気が引けて、どっちが行くかでめっちゃ揉めた。お前が行けよ、ふざけんなお前が行け、の応酬で埒が開かなかったので、結局じゃんけん。俺は負けた。くそお。なんでチョキなんか出すんだ。
「べーんとー」
「……………」
「べんと?朝だぞー、寝てんのかー」
「……………」
「だめだこりゃ」
「……ぅるさ……」
「伏見起きてんじゃん」
「……ねてる……」
「起きてんじゃん!会話したじゃん!」
「……………」
「無視すんなよ!」
結論、起きてくれなかった。布団被って丸くなってしまった伏見は絶対目を覚ましてるのに起き上がってくれなかったし、弁当なんかむにゃむにゃすらなし。起きる気配皆無。一応息はしてたから生きてることが分かるレベル。
ありゃだめだ、とリビングで待っていた小野寺に伝えて、話し合うことにした。弁当はそもそもめちゃくちゃに寝起きが悪いし、伏見の場合は既に起きてるのにまだ眠い寝足りないってごねるので、あの二人がリビングに降りてくるまでには時間がかかるだろう、と。俺たちは二人が起きてきて朝ご飯を食べる時間まで待ち惚けを食らうことになるわけだが、それに耐えきれるだろうか。答えは否、ノー、絶対無理、不可能である。お腹空いて死んじゃう。早く外行きたいし。ということは、弁当にお任せするつもりでその気満々だった朝飯を、二人で用意する必要がある。ドラマに出てくるような、素敵な出来栄えのモーニングを作れ、なんて誰も言ってない。食えればいいのだ。腹に入ってある程度エネルギーが貯まればそれでいい。それならなんだかどうにかこうにか、出来るような気がしてこないだろうか。俺は行ける気がする。小野寺も乗り気である。やってみなきゃ分かんないしな。
「とりあえず冷蔵庫見てみようよ」
「ご飯ねえかな」
「……ないね」
「調理が必要なもんばっかじゃねえか!」
「普通そうだよ」
「昨日の残りの白飯とかあるだろ?」
「昨日俺たちが全部食べちゃったからないんだよ」
「あっ……なるほど……」
「きのこ、トマト、ちくわ、なんかの魚、チーズ、ごぼう」
「パンとかないの」
「うーん、どこかなー」
小野寺が片っ端から冷蔵庫の中身を読み上げているけれど、お互い料理に不得手なので、それを一体全体どうしたらいいのか分からない。パンがあったらチーズ乗っけて食べるんだけど。
「あっ!有馬!いいものが!」
「なんだ!」
「冷凍うどんだ!」
「神様!」
「これなら作れそう」
「作り方なんか裏に書いてあるだろ」
「……勝手に食べて平気かな?」
「後で買って返せば平気だよ」
「そっかー」
「とりあえずやってみよう」
「うん」



「まずい」
「やわい」
「ゆですぎた」
「味がない」



「地獄だったな」
「あんなにまずいうどんは食べたことがない」
「どうしようもなかったんだ、弁当がいないから」
「後でご飯を無駄にしてごめんなさいって謝ろう」
「全部食べたからあんまり怒らないかもしれない、あのくそまずいうどん残したら怒りそうだけど」
「でも弁当に任せておけばあのうどんたちはもっと美味しくなれたはずなんだ」
「茹でてる途中でテレビ見てたのがいけなかったんだな、きっと」
「時間見てなかったからね」
この世の終わりみたいなぐだぐだうどんを食べ切った俺たちは、腹は満たされたけれど精神的に疲弊したまま、外に出る支度をすることにした。ちなみに弁当も伏見もまだ起きてこない。いつまで寝腐るつもりなんだ?お昼になっちゃうぞ?
「紙があった」
「ペンもあったよ」
「書き置き残そう」
「えー、外に出ます」
「どこまで行くとか書く?」
「分かんない。土地勘ないし」
「じゃあ、えーと、探さないでください」
「そういうこと書いたら心配するでしょ」
「でも探しにこられても困るだろ」
「……心配しないでくださいって書いとこう」
「雪降ってる?」
「降ってない」
「雪だるまマーク書いてもいいかな」
「余計な落書きしたら弁当戸惑うと思う……」
「そっか、やめよう」
「お昼ご飯が出来たらラインください、っと」
書き置きの内容を読み返したら、外に出ます、探さないでください、心配しないでください、お昼ご飯が出来たらラインください、という、とても心配を煽る文章だった。まあいいか。
上着着て、小野寺はマフラーを持っていたのでそれを巻いていたけど、俺は持ってないからしょうがない。代わりに弁当が昨日貸してくれた帽子を被ることにした。耳のとこがてろんってなっててあったかいやつ。上着以外の防寒具を持ってこなかった俺を哀れんだ弁当が、微妙な顔で貸してくれたのだ、優しい。伏見にはゴミを見る目で見られた。
ポケットに財布と携帯を突っ込んで、ストーブを消す。玄関の鍵は、弁当が昨日靴箱の上に置いてたのを見たから、それで閉めた。書き置きに、鍵ちゃんと閉めたから、って付け加えたらよかった。けどもう家を出てしまったので、携帯をぽちぽちして、追伸のメッセージを送っておいた。かわいいわんこのスタンプも一緒に送ったから多分許してくれるはず。弁当、犬好きだし。
「雪だー!」
「おらあ!」
「ぎゃあ!やめろ!冷たい!」
「うははは、ぎゃっ、つべてっ」
「喰らえ!うらあ!」
「冷たっ、あっ待って、小野寺!硬い!お前の雪玉硬いよ!痛い!」
「えー、ごめん」
「握力!ゴリラ!」
「ごめんって」
「鉛玉みたいだった!」
「有馬うるさい」
「あ″ー!痛いってば!」
「むかついた」
小野寺の超硬い雪玉から逃げながら、弁当の家を出て右方向へ曲がってみる。昨日来たのは確か左だった。むかついたとか言った割に、置いてかないでよー、ってついてきた小野寺が、二歩で滑って転びかけた。笑ってた俺も滑ったけど。
「すげー」
「どこもかしこも真っ白だね」
「雪かきとかすんのかな」
「しても降り積もって意味無さそうだけど」
「あとで聞いてみよう、道具あるかどうか」
「あの、あそこの家にあるあれとか?」
「あのでかいスコップ?」
「そう」
「あれめっちゃやりたい」
「俺もやりたい」
「そりもやりたい」
「俺あれしたい。大きい雪だるまを作る途中で、こう、玉を転がしてみたい」
「うわー!やりてえー!」
とか言ってる間に開けたところに出た。ここはどこだ。すっかり弁当の家は見えなくなってしまった。まあいいか。来た道戻れば着くはずだし。来た道が分かんないけど。携帯あるから平気だろ。
「……ここなんだろ、空き地?」
「入っても怒られないよね」
「入んなって書いてないんだから平気だろ」
「雪合戦しようよ」
「二人で?」
「もし伏見と弁当連れて来たらやってくれると思う?」
「思わない」
「じゃあ二人だね」
「……硬すぎる雪玉無しな」
「分かったよ、もう」
「準備時間10分な。玉作り貯めても、塀作ってもいい」
「オッケー」



「さむいさむいさむい!」
「こごえしぬ!」
「……おかえり」
「ただいま!」
あれ、寒いかも。そう雪遊びの途中で気付いた時には時すでに遅かった。指先は氷みたいになってるし、靴の中はいつの間にかびしゃびしゃだし、歯の根は合わないし、舌回んないし。そこで、そろそろ家に帰ろう、結構時間経ってるみたい、と思いついたのは良かったが、帰り道が分からないのが問題だった。震えながら住宅街を彷徨い歩いて、意識が遠くなって来た頃、ようやっと弁当の家に辿り着くことができたのだ。帰巣本能ってすごいなって思った。
靴を玄関先でほっぽり捨てて、ストーブにまっしぐらしたら、弁当が目を丸くしていた。伏見はソファーでブランケットを被って丸くなっている。まだ寝てんのか。がちがちしながらストーブの前に縮こまれば、どこ行ってたの、と呆れ声で言われた。
「遠くだよ!迷子になった!」
「はあ」
「空き地みたいなところ」
「雪がいっぱい積もってた」
「なにしてたの」
「雪合戦して、雪だるま作って、雪の上で寝っ転がったりした」
「……じゃあやっぱり二人の声だったんだ」
「声?」
「こっち来て」
「うん」
弁当に連れられるまま、二階に上がる。廊下の大きい窓の磨りガラスの方を、よいしょ、って開いた弁当が、透明な窓越しに指をさした。
「あそこで遊んでたんでしょ?」
「……あんな近かったの?」
「もっと遠かった」
「まっすぐ行かないで変な道通って来たから、遠かったんじゃないの?あの辺雪ぐちゃぐちゃになってるでしょ」
「もっと遠くに行ったの!弁当信じてくれないんだ!」
「でも、時々声聞こえてたし……だから俺、家の前で遊んでるんだと思って」
「ゔぅ」
「……あんな近かったの……」
呆然としている小野寺と、腑に落ちない俺のお腹から、ぐうう、って音が鳴った。



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