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おはなし



「かーわいい……」
その一言で、あっこいつのしばらくの玩具が決まったな、と思う程度には、仲良しこよしを続けている。

同性から見てもクソビッチ、じゃない、いろんな男を取っ替え引っ替えして遊んでいる、可愛子ぶりっ子女、……これでもまだ良い言い方ではないけれど、それ以外の言い表しようを私は知らないから、そうしておく。あいつに同性の友達が上っ面しかいないのは事実だし。確かに見た目は可愛いけど、その実、内面では自分に従わない他人との関わりは価値無しと判断して容赦なく切り捨てるような、冷たい女だ。名前は伏見一花という。一つの花、なんてぴったり♡と本人も言う通り、花のように可愛い。笑ってれば。
「すずちゃん、さっきの子だあれ」
「知らねえよ」
「すずちゃんと同じゼミの後輩くんでしょ!知らないわけないんだから!」
ぷん!とかわいく腹を立てているが、その可愛子ぶりっこは、一花の背後にいてこっちを見ている男に向かって、ガラス越しに映る「怒っていても可愛い伏見一花」を見てもらうためなので、全くなにも感じない。現にそいつがこっちを見ながら名残惜しげに立ち去ったら、すっと表情が無くなった。てめえ、私にも可愛子ぶってみろよ。
さっきの子、とは、私がゼミ室に立ち寄った時に入れ替わりで部屋から出てきた、一つ下の後輩のことだ。あーん!置いてかないでよお!とか喚きながらのろのろ付いてきてた一花は、見事あの子をロックオンしたらしい。確かに、一花が好きそう。こいつの好みは、自分よりも遊んでなさそうで、自分のことを可愛い可愛いってしてくれる程度には恋愛初心で、見た目も派手じゃなくて、ていうかどちらかというと野暮ったくて、どうしてあの人と付き合ってるの?って聞かれた一花が「見た目とかじゃないの、とっても優しくて素敵な人なの」って温かく聖母のような笑みを浮かべながら言えるような、人だ。つまりは全て自分基準と言って差し支えない。さっきの後輩くんは、切るのが面倒ですと書いてありそうな長めの前髪に、伏せ目がちの視線に、流行り廃りとは関係ない安全牌な服装、って感じだったので、一花はそりゃ大好きだろう。私とすれ違う時すら「……うす」くらいだったしな。挨拶が精々で、会話したことほとんどない。
「名前」
「知らねえっつの」
「そういう茶番いいから」
「声聞いたのもさっきが初めてとかなのに名前なんか知ってるわきゃねえだろクソビッチ」
「普通知ってるでしょお……すずちゃんのコミュ障……」
黙れよクソ女と言いたいのは我慢した。全員が全員お前と同じ土俵に立ってると思うな。

一花は、自分で彼のことを調べるらしい。どうせ三ヶ月もしたら取り替える相手にどうしてそこまで燃えあがれるのか、私には分からん。恋愛なんてしたことないし。
家に帰って、スーパーに今晩の夕食の買い出しに行ったら、帰り道でお隣さんの眼鏡くんに会った。この人の名前はなんか難しかったはず、ということは覚えている。あと、地方から出てきて一人暮らしってことも覚えてる。前者は印象に残ったから、後者は仲間意識からである。私は南からで、この人は北からだけど。
「……この前、ありがとうございます。料理、助かりました」
「あー、いつも送って来られる量が多すぎて困ってんだよね。私そんな友達いないっつの」
「今度お返しします」
「別にいいよ、処理してくれて逆にありがたいっていうか」
そうですか、とぽそぽそ話す眼鏡くんも、あんまり顔を上げないタイプだ。一花が好きかもしれない。彼を毒牙から守らなければ。大学も違うのに、私のご近所さんってだけで遊ばれたりしたら、可哀想にも程がある。この前分けてくださった料理はどうやって作るんですか、と案外料理好きらしい彼に珍しく熱心にレシピを聞かれて、覚えてる限りで教えてやったりなんかしてるうちに、家の前までついた。この前の料理、というのは、先日彼の家に友達が遊びに来ていた際、両親からの仕送りで作りすぎた料理を、ちょうどいいから食えと押し付けた時の話だ。気に入ったんだろうか。重そうなビニール袋に、今晩はなんなの?と聞けば、鍋だとか。一人じゃ鍋しないだろうから、誰か来るのか。
「またうるさくすんなよ」
「はい……」
「青ジャージの子も来るの」
「……来ます」
「あいつの声がでかいんだよなー」
「すいません」
「あんたは悪くないじゃん」
「……そうですね」
そういえば自分は悪くなかった、と今気づいた様子の彼は、困ったように眉根を寄せた。別にいいのよ、楽しいのは全然構わない。ただ、あの青ジャージの声が純粋にでかくてうるさいので、壁を突き抜けてあいつの声だけが耳に刺さるのだということを、分かってほしい。そう伝えれば、それは重々承知だと頷かれた。友達でもうるさいと思うんだ、あれ。
それじゃあ、と別れて部屋に戻る。携帯をポケットから引っ張り出してベッドに放れば、それと同時に画面が光った。震えているそれを拾い上げる気にもならずに上から見下ろす。一花からだった。「さっきの子、野田くんって言うんだって☆このボールペン、君のかな?ってあたしのペン渡したら、違いますって答えてくれたよ☆」みたいな内容に、いつもの手段じゃねえか、と思った。素っ気なく跳ね除けられてるじゃないか、と思うけれど、その些細なきっかけで自分を売り込んで記憶に残るのが、あの女はとんでもなく上手いのだ。多分一週間後には二人で出掛けてる。伏見一花は、そういう女だ。
なんか、あれだけ人の目を引こうとする姿を見てると、小さい頃から愛され足りてないんだろうなあ、と思うんだけど、恐らく私は間違っちゃいない。二人でお酒飲んだ時に、一花がなぜか際限なしに酔っ払って、ちらっと話してた。お父さんとお母さんがすごく忙しいとか、家に帰っても誰もいないのが普通とか、そういう類のこと。どれだけ気を引いても、そもそも満たされてないから、足りるわけがないのだ。誰か一人が、一花のことを認めて、ずっと大切にしてやれば、満足するのかもしれないけど。
「なーべ!なーべ!」
「うるさい」
家の外がにわかに騒がしくなってきた。青ジャージその他友達が到着したのだろうか。眼鏡くんの煩わしそうな声もはっきり聞こえることに違和感を覚えて、そういえば換気に玄関の横の窓を開けたままにしていたっけ、と思い出す。閉めよっと。
「なべっ、ぎゃう!」
「うるせんだよ馬鹿息すんな」
「いってえな!蹴んなよ伏見!」
「呼吸を止めてそのまま死んでくれねえかな」
「ひっ怖」
「有馬、伏見今日機嫌悪いよ」
「くそお……なんでお前のご機嫌伺わなきゃいけないんだよ……」
「あ?」
「なんで機嫌悪いの?」
「彼女寝取った疑惑かけられたから」
「疑惑?」
「したんじゃないの?」
「みんな死ね」
「してないらしいよ」
「まあ、伏見がばれるような下手踏むわけないか……」
「あーあ、急に有馬の髪の毛全部抜けたりしねえかな」
「しねえよ!」
がやがやとうるさい中に、一花がいた。正しくは、猫被ってない時の一花、髪の毛短いバージョン。窓から覗く私に気づかない四人は、だから声が大きいってば、なんて呆れたように窘めた眼鏡くんに部屋の中へと押し込められて、会話が遠のく。
「……えっ?」

「すずちゃあん、あたし次出れないから代返しといて」
「なんで」
「デート」
「しません」
「やだあ!お願いお願い!」
「しません」
「ッチ」
ちなみに誰かと聞いたら、前野くん♡だとか。知らねえ。野田後輩はどうした。舌打ちしながら睨むのをやめろ。
眼鏡くんの家に入っていったあの一花似の男はなんなんだろうか、と昨日しばらく考えて、やっぱり順当に考えて血縁関係者なのではないかと思い至った。顔そっくりだったし、弟とか。でも一花に「弟いるの?」とか聞くのも、なんかなあって言うか、そんなに仲良くないし。微妙。まあ二度と会うことないだろうし、別にいいか。
「……………」
「えー?なに?なんでそんな見てんのー」
「……なんでも」
しかし、一花にそっくりだったけど、あの子はちゃんと、眼鏡くんや青ジャージやもう一人いた背の高い子に向かって、機嫌が悪いですっていうのをアピールしていたから、あの子の方が救われている。一花はそれすらできないから。可愛子ぶってる彼女を見て溜息をついた。こいつ可哀想だな。



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