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おはなし



「おれのはなしをきけよお」
「うん」
「きーけーえよーお」
「うん……」
がくんがくん揺さぶられながら、幸せだ、とぼんやり思う。だってあの可愛い顔が目の前に、ちゅってしようとしたら出来るくらいの距離にある。おのでりゃあ!と回らない舌で叱られて意味もなく、ごめんねえ、なんて謝ってみたりして、でも笑顔が抑えきれなくて気持ち悪い吐息も漏れちゃったりして。
お互い二十歳になったから大手を振ってお酒でも飲もうじゃないか、とか言い出して初めて二人で呑んだくれてみたのは、伏見の誕生日が過ぎてすぐのことだった。伏見は悪い子なので、お前も自分の飲める量を分かっとかなきゃだめだぞ、とかって慣れた様子だったっけ。俺はそういう面ではわりかし法令遵守の良い子だったから、なるほどなあ、と思って伏見に飲まされるがまま酔い潰れた。気づいたら家にいて、目を開けてからしばらくの間絶えない頭痛に苦しむ俺を見て、げらげら伏見が笑っていたのをよく覚えている。
でもって、その後しばらくして、思ったのだ。ん?俺だけ酔い潰れた様を見られるのって不公平じゃない?って。だってそうでしょ、伏見は俺が酔っ払ってめっちゃ泣いてたとかトイレ行こうとしただけで追い縋られたとか覚えてられるのに、俺は伏見のそういうことを何一つ知らない。ずるいじゃないか。自分の飲める量をなに勝手に把握しちゃってんだ、誰と把握したんだこの野郎、というわけで。
「おいしい?」
「おいひい」
「好き?」
「すきくない」
「そう……」
「……………」
うそだもん……、とぶつくさ言ってる伏見は、したたかに酔いどれた状態である。どうやってこうしたかって、外じゃどうやったって羽目を外せない伏見の為に酒を前もって買い込み、まず適当な飲み屋で機嫌を取り、家に連れ込んで飲み直し、瓶や缶が部屋の隅でタワーになるくらい飲み明かした。ちなみに当たり前だけど、自分が酔うわけにいかないので、俺は途中からこっそり缶ジュースに切り替えてあったりもする。酔っぱらうラインをきちんと分かってる伏見が相手だから、自分も酔っ払ってるふりをしたり、甘ったるい雰囲気に持ち込んでべたべたしながら飲ませたり、いい加減進まなくなった時には口移しまでした。欲望とは恐ろしいものだ。
椅子とベッドにそれぞれ座っていた距離感が、ベッドに寄りかかって床に二人して座るようになり、いつの間にか俺の体を肘置きに使われ、当然といった顔で膝に乗って座られ、終いには対面するように抱っこしろ、と要求が来たもんだからびっくりだ。べたべたし始めたのは確かに俺だけど、それを補って余りある。トイレ行きたいとか、つまみがなくなったから取ってくるとか、それこそほんのちょっとだけ離れる瞬間を、許してくれない。むしろ、俺が離れようとする度に密着率が上がると言ってもいい。今だって、少し体を引こうとしたら首筋に腕を回された。甘えてる猫みたいにごろごろ喉を鳴らしながら擦り付かれて、なるほど!と頭の中に電球が浮かんだ。こいつは恐らくきっと多分、絡み酒とかいうやつなんだな。
「おのでらあ」
「ん?」
「つべたい」
「なにが?」
「お前の手、ちゅ、つべたいなあ」
「そうかなあ」
「んん」
ちゅべたいじゃねえよ!ちゅってすんぞ!顔こっち向けろオラ!って詰め寄りたかった。我慢したけど。噛んだことが恥ずかしかったのか顔を隠すように首筋に寄り添われて、あらぬところがとんでもないことになりそうだった。ならないように必死なだけだけど。恐らくだけれどきっと、この必死と我慢は、残り五秒も持たない。自分だから分かる。主に性的な意味で、奔放かつ興味本位がほとんどを占める欲望には忠実に生きてきたのだ。だって伏見も乗ってくれちゃうし。気持ちいならおっけおっけ、とか言うし。しょうがなくない?そうだ、お前のせいだぞ、悪いけど恨むなら俺をこうした自分を恨んでくれ。
「伏見」
「なあに」
「ふしみ……」
「なにい」
「うん、大丈夫、大丈夫だから」
「にゃ、なに、なんなのお」
「大丈夫!ねっ!」
「うるひゃい」
それはぜんぜんだいじょばないやつじゃんかよお、ともそもそ弱々しく抵抗してくる伏見の手を普通に片手で払い除けながら、割と血走り気味の目を向ける。ぷうっと頬を膨らませて不満を表しているけれど、ふざけんなよ、かわいいかわいいかよ。煽ってどうしたいんだよ。服を剥がす俺の手が、暖かい伏見の手のひらに包まれて、顔を上げた。酷く潤んだ瞳と視線が絡んで、ほっぺたは赤く染まっていて。
「……だめえ……」
「……はい」
「いちゃいちゃすゆ……」
「はい」
「ふくぬがない」
「はい」
「……んふー」
とどめに、満足そうな笑顔。
完敗だ。やましい気持ちになって本当にごめんなさい。俺が汚れていました。ごめんなさい。心からの謝罪は、是非とも態度で表そうと思った。
「あー、変なとこ触んないでくらしゃい」
「はい」


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