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おはなし



「だいしんゆ~のかのじょがおれ~おいしいたすぽつくったおまえ~」
「……それ違くない?」
「ん?」
「いや……」
間延びした声で歌い出した有馬くんに当也が一応と言った様子で声をかけたのだけれど、何が?って顔だったから諦めたようだった。それにしたって酷い。大親友?の彼女が俺?美味しいタスポ?作ったお前?なに言ってんだこの馬鹿は。ひとめぼれ~じゃねえぞ。蜜柑の皮を剥きながら一人カラオケやってる有馬くんに特に構うでもない当也が、熱いお茶をふーふーして冷ましつつ口を開いた。
「タスポ作ったらおかしいでしょ」
「タバコ買えるようになるじゃん」
「そういう歌じゃないよ、そもそもおいしくないし」
「そうか」
「うん」
「じゃあなに?」
「パスタじゃないの」
「なるほど」
「彼女が俺、もおかしい」
「彼女は誰?」
「知らないけど」
「弁当歌ってみて」
「嫌だよ」
「だいしんゆ~のかのじょはだれ~おいしいパスタつくるのもだれ~」
「それでいいんじゃない」
「マジでか」
「良くねえよ!」
「うわ」
「うわあ」
「さっきから黙って聞いてりゃ適当にも程があるよ!ぽやぽやしやがって!サバンナなら死ぬよ!」
「なに急に、朔太郎」
「こわい」
「怖いのはお前らの頭だよ!」
お花畑かなにかにでもいるつもりなのか。元々はきはきした方じゃない当也と久方振りに会って、東京の友達に影響されたのか少しは元気の欠片を見せてくれるようになったと思ったら、お前。ぼんやりさんは相変わらずどころか、周りに伝染させてるじゃないか。当也がしれっと惚けたこと言って航介がそれにぎゃんぎゃん噛み付いて、ってのは高校時代散々見てきたけど、有馬くんじゃ航介の代わりはできないらしい。代わりどころか、ボケ二人で止める奴がいない。小野寺くんもどちらかというとぽやぽやさんだし、伏見くんが大きな声で当也に怒鳴るところなんて想像出来ないから、あの三人で話してる時に所謂突っ込み役をする人間はいないのかもしれなかった。良い大人四人で話しててボケっぱなしってわけじゃないと思うから、一応は何とかなってるんだろうけど。
というかそもそも、こっちにいた時より大人しさの度合いは上がってるようにすら感じられるくらいだ。平然としながらさらりと吐いていた毒は、あの三人に対して見せていないようだから。
「正しい歌詞を教えてあげなよ!」
「だって、よく知らないし」
「朔太郎知ってんの?教えてよ」
「調べろ!」
「だってよくあるし、有馬が歌詞間違えてることなんて」
「よ、よくあるの……?よくあることなら見逃されるの……?」
「童謡歌えないもんね」
「うん」
「なに自信持ってうんとか言ってんだよ」
「こないだ酷かったよね、あの、とんぼのやつ」
「とんぼ?」
「歌ってたじゃん」
「やねよ~り~た~か~い?あかと~ん~ぼ~?」
「それじゃなくて」
「とんぼのめがねが……なんたらめがね」
「それ」
「ああ」
「えっ、ちょっと。待とう、有馬くん、当也」
「なに」
「一個めのもおかしかったよね?そう感じたのは俺だけ?」
「おかしかったかな」
「そうかもな」
「あのくらいなら許容範囲内だよ」
「じゃあおかしくなかったってことで」
「おかしくなかったそうです」
「おかしいよ!」
厳しいなあ、と言われても困る。お前らが緩いんだと思う俺が間違っているんだろうか。他に歌えない童謡ってあるの、となんとはなしに聞いてみたところ、全体的になんとなくしか覚えてないからみんななんとなくしか歌えない、と返ってきた。でもまあ確かに、童謡ってそんな耳馴染んでないやつもあるしな。そう思えば普通のことかもしれない。そうだ、きっとそうに違いない。
「じゃあ逆に、有馬くんが歌える曲はなんなの?」
「ぽるのぐらふち」
「え?なんて?」
「舌噛んだ」
「好きだっけ、ポルノ」
「割と。ていうか俺弁当には大分押し出してるつもりだったんだけど」
「そうだったかな……」
「お前がミスチルを聞く頻度と同じくらいには俺ポルノ聞いてるよ」
「俺そもそもそんな音楽聞かないけど」
「嘘だ、当也ミスチル好きだよ」
「えっ」
「だよな」
「ねー」
「なんで俺自分の好み他人に教えられてんの?」
「あと、有馬くんがあれ歌えるのは俺知ってるよ、粉雪のサビ」
「サビしか歌えないけどな」
「三月九日もサビの前半しか歌えないんだっけ」
「そこしか覚えてねえんだ」
「頭が悪いから?」
「うん」
「可哀想になるから肯定しないでもいいんだよ」
「ポルノだったら何が歌えるの?サビだけじゃなく」
「あの、あれ。てってー!ててっててっててってれってってー!」
「あっ、えっ、おっ、ど、どうした!?」
「イントロから歌ってるんだよ」
「うるっさ!なにこの人!」
「ててっててっててってれれれれーん」
「嫌がらずに聞いてあげて、もうすぐだから」
「普通に嫌だよ……こんなうるさいと思わなかったし……」
「すこしーはさーんこーになーったかなー」
「二番だよねそれ」
「二番だ」
「さくたろがごちゃごちゃ言うから一番と二番が分かんなくなっちゃったんだろ!もう!」
冷静になって考えれば、この人レベルの高い馬鹿なんだった。落ち着きのあるおとぼけ野郎の当也と、テンションは高いもののただ純粋に理解力の乏しい有馬くんで、ちょうど波長が合うのもおかしな話だけど。都会にはカラオケがいっぱいあるみたいだし、みんなで行ったりもするの?と聞いてみれば、当也からは別に、有馬くんからは行く行く、とそれぞればらばらの返事をされた。おい、どっちだかはっきりしろよ。何故意見が割れたのか分からないとでも言いたげに顔を見合わせているので、そんな顔されたって俺だって知ったこっちゃねえよ、と思った。正しくは丁度二人の間を取って、それなりに、らしい。
当也と航介は好きなアーティストとかいる類の人種だけど、俺はそういうのよく分かんないから、聞いたことあるなあくらいの知識しかない。CMとかでばんばか使われてたような、よく聞く有名な曲しか知らないしね。有馬くんのはさっき聞いた、けどあと二人はどうなんだろう。
「小野寺はこだわり皆無だよな」
「iPodの中身ごちゃごちゃだよね」
「目についたの適当に聞くっつってた」
「目?耳じゃなくて?」
「ジャケットがかっこいいとか言う理由で借りるもん、あいつ」
「突然ものすごい昔の洋楽聴いてたりするかと思えば、アイドル系のやつとか、ヘビメタとか」
「節操無しだ」
「な」
「小野寺に勧めるとなんでもいいねって言うし」
でもそれっぽい、と思わざるを得ないのは何故だろう。だってあの人あんまり自分の意見とか無いタイプの人じゃん、流されやすいっていうか。そう思いつつ頷きながら話を聞いていると、こないだ珍しく小野寺くんが気に入ったって言う歌手がいたらしく調べてみたところ細々と人気のインディーズバンドとかだったようで、相変わらず変なとこ嗅覚長けてる奴だなあ、なんて当也は思ったらしい。俺もそう思う。
じゃあ伏見くんはどうなのかって、伏見くんは伏見くんで節操無しのごちゃ混ぜの割に、本人の中では好きなジャンルは固定されているらしかった。こだわりのない小野寺くんとは逆だけど、結果的には同じだ。ちなみにその好きな曲の枠組みの中に入れるかは伏見くん次第だから、突拍子も無いことが多々あるんだとか。新しいみかんをどこからか取り出した有馬くんが、そういうわけですよ。と話を切り上げた。当也の湯呑みはもう空っぽだ。
「いいなあ、伏見くんとカラオケ。行きたいなあ」
「カラオケ行ったことねえの、朔太郎」
「馬鹿にしないで!あるよ!二回くらい」
「二回か……弁当はもうちょっとあるだろ?」
「うん」
「そうか……朔太郎は二回か……」
「有馬くん俺のこと下に見てる」
「うん」
「謝って!そして俺が伏見くんとカラオケに行けるようにセッティングして!」
「朔太郎とあんな狭い密室の中で二人きりなんかにされたら伏見死んじゃうだろ」
「そんなことないよ」
「不安で過呼吸になるよ」
「そんなことないったら!当也なんでそんなひどいこと言うのかな!」
「事実だけど」
「意味分かんない」
「意味分かんなくない」
「朔太郎しつこい」
「もう!当也話通じない!有馬くん歌って!」
「えっ?俺?今俺全然話聞いてなかった」
「なにしてたの!」
「みかんの白いとこ取ってた」
「いつもそんなことしないじゃん」
「歌って、なんでもいいから。俺の苛々を忘れさせて」
「なんでもか、ええと」
「ご!よん!さん!に!いち!はいどうぞ」
「つみあげたものぶっこわして~」
「うん」
「……んん、んんんん~んん~」
「あっ、もう分かんないの?早っ」
「なんだっけそれ」
「すきますいっち」
「ちゃらららら~……あっ、かわいた~のどを~なん~とか~」
「今思い出したの?」
「あとは分かんない」
「お馬鹿さん」
「うるせえ!馬鹿っつった方が馬鹿なんだぞ!」


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