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おはなし



「あのねー、かばんとね、まさきのぼうしとねー、あとねー」
「おう」
「おりがみでねー、ぱくぱくさんつくってねー、かばんにいれたんだけどね」
「おう」
「かーちゃんがねえ」
「ぁふ、ぁ」
「あっ、うみのとーちゃんあくびした!」
「欠伸くらいするわ」
「うみのとーちゃん?」
「はい」
「……こっちは?うみのとーちゃん?」
「はあ」
「どーしてうみにはとーちゃんふたりいるの?」
「大人にはいろいろあるんだ」
「へええ」
仕事帰りに海のお迎えに行こうとしたら、ちょうど買い物に車出した航介とバッティングしたから一緒に行くことにして、お迎えですよーって二人で顔出したらいつもすっとろい海が当社比五倍は急いで支度したんだけど、先生にさようならしていざ帰ろうかってとこで「うみといれ!」とか言い出してとんぼ返り。二人で待ってたら海のクラスから海のお友だちが顔出して、航介に話しかけ出した。こんどうみとおでかけしてもいいですか、って聞かれて、それはお前のお母さんと決めるから、なんて返事をした航介に、おまえじゃないよ!まさきだよ!と男の子が返す。うん、俺知ってるよ、海の仲良しさんだよね。
「まさきのかーちゃんはあ?」
「まだなんじゃねえの」
「うみんちあそびいきたい」
「今日はダメ」
「ええー」
「仕事休みの日にな」
「かーちゃんまいんちしごとだよ」
「俺もだよ」
「こしがいたい?」
「いや別に……なに?お前の母ちゃん腰痛いの?」
「おまえじゃないよ!まさき!」
「はあ」
「うみのとーちゃん」
「なに」
「ねむい?」
「眠いよ」
航介今日朝早かった分帰りも早かったもんね、そりゃ眠いか。でも、なんというか、どうしてこうも、航介と子どもが会話してると面白いんだろう。海で慣れたはずなんだけど、ただひたすらに面白い。多分俺これツボだ。一応目線を合わせてるつもりなのか意図せずヤンキー座りでまさきくんと向き合ってる航介が、大人と変わらないトーンで話し続けるから面白いのかもしれない。普通あれじゃん、子どもと話す時ってなんとなくちょっと分かりやすく話したりするじゃん。でも航介にはそんなスキルはないので、返事は雑だわ説明はないわ、結果大人と同じ対応になっているわけだ。海がいるようになってから一応多少なりとも言葉遣いは変わっていて、例えば、でかいは大きい、黙れ馬鹿はうるさい、ぶん殴るぞは怒るぞ、以下略。けどまあ、人格が変わったわけではないので。元々言葉遣いは荒っぽい方だしね。
口開いたら笑っちゃうから黙って見てることにしよう。航介、俺が面白がってることには気づいてないみたいだし。
「うみがゆってたの、うみのとーちゃんはうみのことだっこするときぐるぐるまわすって」
「時々な」
「まさきもして」
「なんで」
「まさきのとーちゃんしてくれないもん」
「ここでやったら怪我するからだよ」
「じゃあこんどして、やくそく」
「んー」
「ゆっびきっりげっんまっん」
「いてえ」
「みて、とーちゃん、うみのおえかき」
「あれ?青いの?」
「そお!となりのがまさきの!」
「ふうん」
「あれもまさきの」
「お前いくつ書いたの?」
「おまえじゃない!」
「まさきな、まさき」
「あおねまさき!」
「海遅いな、まさき見てこいよ」
「やだー!」
「友だちだろ」
まるでまさきくんと航介がお友だちのようだ。きゃっきゃしてるまさきくんをぼけっと見ながら欠伸した航介が、眠気を追い払おうとしたのか一度立ち上がって伸びをして、またしゃがんだ。それを見上げたまさきくんが、ぽかんと口を開けた。
「ねえ、うみのとーちゃんでっかいね」
「あ?」
「まさきのとーちゃんよりうみのとーちゃんのがでっかい?」
「……それは、なんとも……知らねえけど……」
「まさきは、ひゃくせんち。こないだおたんじょうび」
「へえ。おめでとう」
「ありがとう!うみのとーちゃんは?」
「俺は2メートル。誕生日は5月」
「にめーとる、それすごい?」
「まさき二人分だな」
「ええー!すごい!」
「それはそうと海遅いな」
「まさきがみにいってあげる!」
「おう。よろしく」
たったかトイレの方に走っていったまさきくんが、ちょうどトイレから戻ってきたらしい海と正面衝突した。曲がり角の出会い頭だからどっちが悪いというわけもなし。ごいん、って痛そうな音がして、一拍開いて泣き出すかと思えば、二人ともぽかんとしていた。音の割に痛くなかったのか、何があったのか分かっていないのか。ぶつけちゃったよ、びっくりだよ、と二人揃ってこっちへ来るので、いやいや何を他人事みたいな顔してんだよ、と思った。すると小声で航介も、ぶつけたのはお前ら二人じゃんか、とか呟いていた。やっぱそう思うよね。
「こーちゃん、ぶつけた」
「見てた」
「うみのあたまとねー、まさきのおでことねー、ごちんって」
「ねー」
「見てたって。ほら、先生待ってんぞ。救急箱持って」
「ひえぴた!」
「ひえぴたー」
「……なかなか帰れねえな……」
まあいいんじゃないですかね。たまには。


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