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おはなし



テレビをぱってつけたら美味しいカップラーメン特集がやってたのがいけないんだ、と伏見は言う。確かに、この時間帯にあれは良くなかった。飲み食いがひと段落ついて丁度お腹もこなれてきた頃に、美味そうなラーメンを延々見せつけられてみろ。しかもそれは安価でどこででも手に入るカップラーメンと来たもんだ。そりゃ買いに行っちゃうのもしょうがない。俺は伏見に賛成する。小野寺もそう思うだろ。
「眠い」
うん、無理やり起こしてごめんね。
弁当んちに小野寺と伏見と転がり込んで、試験前恒例のプリント写し大会を行なっていたところ弁当が一人で勝手に飯を作って食べ始めたので、嘘だろおいっつって晩飯を揃え、ついでに酒を購入してわいわいやった結果、せっかく家まで提供してるのに真面目にやる気あんのかって弁当には怒られ、まあまあ落ち着きなさいよって伏見が出てきてぷんすかしてる弁当を言いくるめて、酔い潰して寝かせた。俺からしたらあいつほぼザルなのに、それを酔い潰させたなんて末恐ろしい悪魔だ。弁当なんて理性の壁も固いし自分に甘くはないし適当に飲ませとけば酔い潰れるたちでもないのに、どうしたら安らかに寝付くところまで持っていけるんだろう。最近伏見は弁当に飲ませるコツを掴んだらしい。俺には真似出来そうにもないけど。
そんでまあ、弁当が大変静かにクッションに埋まったところにそっと布団をかけてやって、安心して休むがいいよって生暖かく見つめておいた。でもなんていうか、弁当元々静かだからあんまりさっきまでと差はないんだけど、とにかくプリントやらノートやら写すのを再開。とっくに終わってる癖に帰る気はさらさらない伏見がテレビをつけて、弁当の横で布団にくるまりながら静かにそれを見てた。しばらくして小野寺も、もうここまで出来てればいいよお、って横になって五分後にはぐーぐー言い始める。小野寺は確かに俺よりかはちゃんとノート取ってたから、早く終わるのも当たり前か。それからまたしばらく一人でかりかりやってたら、もう寝ちゃってるもんだと思ってた伏見がぼそりと呟いた。
「カップラーメン食べたい」
「え?」
「即席麺をカップ状の耐熱耐水容器に入れ乾燥させた具材などを添付したものが食べたい」
「え?」
「カップラーメン食べたい」
「んー」
ウィキペディアかと思った。腹減らない?とこっちを振り向きざまに聞いてきた伏見越しにテレビが見えて、やってる番組は分かりやすくカップラーメン特集。最近のやつはすごいのよねえ、なんてテレビでよく見る愛嬌のあるおばちゃんが喜んでて、確かになー、とかぼんやり思ってる間に伏見が財布をポケットに突っ込んで、上着を羽織った。買いに行くの?と聞けば、小野寺を蹴り転がして起こした伏見がこっちを見て、まあ暇だし、と返すので、俺も行きたい着いてく、と準備をして弁当のおでこに「コンビニに行ってきます」ってメモを貼り付けて家を出て、今に至るわけだ。小野寺は家を出た段階で半分以上寝てたけど、上着は着てたし財布と携帯は持ってたから大丈夫だと思う。
気の抜けた店員が、らっしゃいまっせ、とこれまた気の抜けた挨拶をしたのを聞き流しながら、一歩前を歩く伏見を追う。頭がぐらぐらしてる小野寺の服の裾を引っ張りながら、雑誌コーナーで立ち止まった伏見の隣に立てば、見てよこれ、と指をさされる。小野寺が使い物にならないからだと思うけど、伏見がこんなに友好的なの珍しいな。本人に言ったら怒られるけどな。
「モテカワゆるふわ大人キュート」
「も……もちふわ……おっとっと……?」
「耳どうかしてんの?」
「伏見が早口だからついていけなかったんだよ」
「俺のせいにすんなよ」
「この雑誌がなに、欲しいの?」
「んなわけねえだろ、俺男だぞ」
「もちふわぽよぽよおっとっとになりたいのかと」
「ぶち殺されたいならそう言って」
ぶち殺されたくはないので黙ることにしよう。一方どう頑張っても眠気に勝てないようで、半目でぼけっと成人向け雑誌が置いてあるところの目の前に突っ立ってた小野寺は、背中を押して場所を移動させておいた。立ち位置が悪い、どうせ眠くなるならそこ以外の場所にしてくれ。特に興味があったわけではないようで伏見もあっさり足を進め、パックの飲み物コーナーでまた止まった。これ買おっと、なんて伏見が手に取ったのはちょっと高めの抹茶ラテ。
「それ美味い?」
「別に」
「前も飲んでた」
「そうだっけ」
「好き?」
「そんなに」
好きなんだな、リピートするってことは。素直じゃないんだから。カゴ持ってこい、の一言と共に脛を蹴飛ばされた小野寺が、むにゃむにゃしながら店の入り口方面へと歩いてって、カゴを持って帰ってきた。ぽいっとパックを入れた伏見は、それ持ってろ、と言いつけて先へ進む。それにつられて小野寺がふらふら歩く。なんかもう、染み付いてんだな、飼い主の命令が。
「お菓子も買ってこ」
「俺ポッキー」
「じゃがびー」
「小野寺なに食う?」
「っは、えっ?え、なに?」
「なんか買う?って」
「え、ああ……んー……」
「餡蜜食いてえな」
歩いて行ってしまった伏見に置いて行かれた小野寺は、ようやく少しは目が覚めたようで、ポテトチップスの袋の前で指を彷徨わせていた。どっちにするか決めかねているらしい。コンソメかうすしおかのりしおって迷うよな、俺全部好きだから目瞑って取ったりするもん。期間限定は伏兵だ、しかもあれあんまり美味しくなかったりするから。結局迷いに迷った小野寺はうすしおにしたらしく、オレンジ色の袋がカゴに追加される。ふあふあと欠伸する感じからして、今やっと意識が覚醒したみたいだ。
ポッキーと抹茶ラテとじゃがびーとポテチの入ったカゴに、伏見が餡蜜二つ放り込んだ。一つは弁当にあげるのかな。あとこれは有馬へのプレゼント、とか言いながら何故か戦隊ものの塗り絵も持ってきた。やめろ、いらない、俺そんなの欲しがったことない。そう拒否の意を示せば、でもこれ後ろにあいうえお表がついてるんだけど、と言われて、なるほど!とうっかり思ってしまった。あいうえお表がついてたっていらないよ。俺のことなんだと思ってるんだ。
「幼児」
「ああん?」
「何か間違ってる?」
「野菜嫌いな奴に言われたくないんすけどお、子ども味覚」
「あ?」
「お?」
「こら、やめなさい」
まだ眠そうな小野寺に声だけで制されて、てめえこら命拾いしたな、そっちこそ次は無いと思えよ、と睨み合う。伏見と喧嘩したって勝てる自信はないけど。あと何か買うの、とカゴを持った小野寺が聞くので、再びコンビニ内をふらふらする。
「なんでコンビニでパンツ売ってんの?」
「急な泊まり用だろ」
「やだー、伏見のはれんち」
「お前が聞いたんだろうがよ」
「化粧品もそうかな」
「歯磨きとか?」
「そうそう」
「コンビニで野菜とかも売ってるよね」
「DVDも売ってる」
「俺これ見たいやつだ」
「買えば?」
「えー……いいよ、レンタルするから」
小野寺が、一旦手に取ったパッケージを戻した。なんだっけ、漫画が映画になったやつだ。一億人の中に一人しかいない逸材が集まる学校の何とかかんとか、ってやつ。本屋さんで宣伝見たことある。
コンビニの中をもう一周したところで、買うものないならお会計しようよって小野寺が言い出して、レジに向かった。見ると食べたくなるもんで、レジ横の透明ケースに入ってるのに釣られて、伏見がからあげ、俺が肉まん、小野寺がアメリカンドッグをそれぞれ買ってしまった。冷めない内に食べないと、って店を出てしばらく無言でそれぞれ黙々と口を動かして、弁当んちが見えてきた辺りで伏見がでかい声を出した。
「カップラーメン!」
「あっ」
「え?カップラーメン買いに行ったの?」
「あー……もー、いいや……」
「腹減った……」
「弁当に朝飯たかろう」
「まだ寝てっかな」


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