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2月14日



「ばれん!たいん!でー!きっす!」
「うるさいなー」
「チョコ!」
「あんましうるさいと、作ってあげないよー」
「はい!」
はるかちゃんの声はよく通るから、ちょっとでも静かな場所にいると周りの人の目を余計に集めてしまうのだ。しかも今なんて当社比五倍はテンション上がってるし。日も暮れた後、駅前にある大きめの本屋さんの、バレンタイン特設コーナー。そんな場所、人がたくさんいるに決まってる。本当は一人で見に来るつもりだったんだけど、バイバイしようとしたらはるかちゃんが、やだやだ着いてく俺も見たいどんなの作るか見して、ってじたばたし始めたから連れてきてしまった。彼氏連れて来る場所じゃないよなあ、と他人事のように思いながらも、簡単おいしい!みたいなお菓子作りのレシピを捲る。あれだけ騒いだことだから一緒の本を見たがるのかと思いきや、隣に置いてあった別のレシピ本をぺらぺら見てるわけで、全く何しに来たんだか。
「甘いもの嫌いじゃないよね?」
「うん」
「じゃあなんでもいいかなあ……」
「千晶さん最近俺に冷たくないすか」
「そお?」
「仮にも彼氏にあげるチョコなんでもいいわけなくないすか」
「これおいしそー」
「俺の話聞いてた?どれ?」
「これ。ブラウニー好きなんだあ」
「食べたい」
「じゃあこれにしよっか」
「ん」
渡す予定のブラウニーのページを開いてにこにこしてるはるかちゃんに、こんなに上手に出来ないかもしれないよ、と一応予防線を張れば、ぽかんとしていた。よく分かんないって感じの顔だから、深く追求するのはやめておこう。周りの人の目も痛くなってきたことだし。この本買うの?と問いかけられて、ブラウニーのレシピなら家にあったはずだからと本を元の場所に戻す。そのままちょっと寄り道しに雑誌売り場へ行けば、当然着いてくるはるかちゃんが、これ、と今月号の付録を指差した。ちょいちょい突つかれて振り向けば、至極真面目な顔。
「なあに」
「婚姻届がついてくるって」
「……ほんとだ」
「欲しい?」
「いらなあい」
「これお役所持ってっても突っ返されるよな」
「持ってきたいの?」
「いやあ、まだいい」
「あっ、これ、この人!はるかちゃんに似てる人!」
「え?なに?どれ?」
「これだよ、あんあんの表紙!」
「こら!でかい声であんあんとか言わないの!」
「はるかちゃんの馬鹿。帰って」
「ごめんなさい」
「この人だよお、こないだ言ったじゃん。月9出てる、刑事役の人」
「俺月9見ないよ」
「見てって言ったじゃんか」
「言ってたけどさあ、バイトがさあ」
「兼篠さんだよ、覚えてね」
「千晶前も別の人俺に似てるっつってたけど、そんなでもなかったよ」
「もとよしは似てるってば、絶対似てるからね」
「誰かも言ってたけどさ」
誰だったかなあ、と記憶を探っているはるかちゃんの背中を押して写真集売り場に行く。あたし最近見つけたんだから、ここ最近じゃ一番はるかちゃんに近いかなってレベルのかっこいい俳優さん、さっき表紙になってた兼篠さんが、写真集出してるの。ほら見なよ!兼篠定次だよ!そっくり!とはるかちゃんの顔に似た俳優が半裸になってるページをはるかちゃん本人の顔面に押しつけると、近い!見えない!そんなに似てない!と三段構えが返ってきた。おかしいな、絶対似てると思ったのに。
「千晶の似てるは範囲が広すぎる」
「そんなことないもん」
「この人はほら、外人っぽくてかっこいい感じじゃん。俺そうでもないじゃん」
「目とか似てるよ、あと口と鼻」
「そりゃ顔に同じものは付いてるから」
「そうじゃない!」
「あ、見ろよ。バレンタインにチョコを貰いたいランキングだって」
写真集売り場だから、女の子のグラビアっぽいのもいくつかある。その横に手作りらしきポップで、貰うなら誰?バレンタインに手作りチョコを渡してもらいたい女の子ランキング!みたいなのが書いてあって、二人して顔を近づける。一位はあの子だ、有名アイドルグループのセンターの、速水リコ。確かに可愛いし、清純派って感じだから順当かもしれない。
「はるかちゃんも、はややからチョコ貰えたら嬉しい?」
「チョコ貰えるなら誰からだって嬉しいよ」
「今隣にいるの誰だか分かってる?」
「千晶」
「それを踏まえて?」
「お前のチョコしかいらないよ」
「嘘つけ!」
「いってえ!ごめん!」
「ばか!ばか!もう知らない!泥でも食ってろ!」
「ごめんって!嘘だよ!嘘!」
落ち着いてよ、とぽかぽか殴っていた手を繋がれて、ぶんぶん振られる。落ち着いていられるかよ、この人どうせ当日もチョコなんて沢山貰えるんだから、それこそ今までだって本人が気付いてないだけの本命を幾つか手にしているはずなんだから、気なんて抜けたもんじゃない。誰からでもほいほいチョコ貰っちゃだめなんだからね、今年からはあたしだけなんだからね、と念押しすれば、でれでれにやにやしながら、はい、だって。ちょっと疑っとこう、こんなへにゃへにゃ顔信じられたもんじゃない。
「二位……あ、三位。カンナちゃん、伏見くんに似てるよね」
「それは俺もそう思うよ」
「カンナちゃんからチョコ欲しい?」
「……ちょっと高飛車っぽいじゃん。俺あんまり……」
「好みの問題じゃねえよ」
「え?あっ、千晶が一番だよっ」
「もうはるかちゃんやだ」
「手作り楽しみ!バレンタイン最高!」
「お馬鹿さんもいい加減にしてよお」
今だって、二人で喋ってる間中いろんな女の子がはるかちゃんをちらっと見ていくのは分かってる。あんたね、もうちょっと自分の顔についてよく知った方がいいわよ。自分の彼氏にチョコレートが集まっていくのを見て手放しで喜べるほど、あたし心広くないんだからね。
バレンタイン当日は、二人で過ごしたから絶対他の人からの贈り物なんて有り得ないようにした。でも、前日とか次の日とかまでは分かんないし、あたしだって四六時中はるかちゃんにべったりしてられるわけじゃないから、こっそり渡されたら察知できない。でもそこのところは大丈夫、はるかちゃんは嘘をついたり隠し事をしたりするのが下手くそ中の下手くそだから、こそこそされたらすぐ分かる。というか、もう既に二つチョコを発見している。綺麗にラッピングされたそれがあたしの手に渡ってもはるかちゃんは何も思わないらしく、千晶食べていいよ、なんてあっけらかんと言ってしまうので、優越感というかなんと言うか。
「ん、これおいしい」
「一口ちょうだいよ」
「いいよ」
「ほんとだ、おいしい」
「誰から貰ったの?」
「あのー、ふわふわの髪の毛の、垂れ目でここに泣きぼくろがある、ええと」
「綾乃ちゃん?」
「そうそう」
「作り方教えてもらおっと」


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