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おはなし



シスターコンプレックス。略して、シスコン。側から見ると行き過ぎている、姉もしくは妹への兄弟愛、ということになる。ちなみに、弟や兄の場合はブラザーコンプレックス、ブラコンになる。俺は一人っ子だし、親戚に兄弟ほど近い存在もない。従兄弟再従姉妹も年が離れているか、物理的に距離も離れているので会うこともない。せめて無理やりにでも作ろうとするなら、航介が一番それに近しいものということになるけれど、嫌だ。俺の個人的な観念として、嫌である。
よって俺には、過剰なまでに愛を向ける兄弟姉妹関係はいないと言える。あくまでも、俺個人には、という話だけれど。
「……………」
「……………」
「……………」
有馬はるか、辻朔太郎、そして俺が揃って、会話らしい会話もなく、流れているのはテレビの音声だけ。ここにいるのが伏見や航介だったらあり得ない話じゃないけど、このメンバーでこれは無い。お喋り大好き!暇さえあったらふざけたい!表情筋は基本笑顔で固定されてます!って感じじゃん、お前ら。
どうしてこんなことになったかと言うと、『今時流行りの☆妹系女子!甘え上手な彼女たちの秘訣は?』のせいだ。もう一度言おう。『今時流行りの☆妹系女子!甘え上手な彼女たちの秘訣は?』だ。昼の情報番組で、突如始まった特集コーナーである。確かに言われてみれば、今時流行りかもしれない。名の売れたアイドルグループにも、みんなの妹、なんてキャッチコピーのついた子がいるくらいだし。俺には、妹系があるなら姉系もあるんだろうか、くらいの知識しかないので、テレビの中で喋る女の子の名前も分からない。アナウンサーのお姉さんは知ってる、お天気の人だ。
朔太郎は基本的にいつも口が開いてるし、有馬も口角が上がってるのがデフォルトだ。伏見に付く効果音がにやにやだとしたら、こいつらに付く効果音はにこにこ。裏のない笑顔、と言ったらいいんだろうか。それが今はほぼ無表情である。瞳孔はガン開きだけど、口も閉じてる。驚いた時の猫に似ている、とテレビより二人を見比べる事の方が楽しくなってきた頃、有馬が口を開いた。
「どう思う」
「どうとは」
「妹系女子について、朔太郎はどう思う」
「無い」
「無いとは」
「何もかもがなってない、妹を舐めている、と感じた」
「ふむ」
「冒涜である」
「どうぽく?なに?」
「ぼ!う!と!く!」
仰々しく話し始めたかと思ったら、二秒でいつものおっぺけぺーに戻った。冒涜が分からない二十歳過ぎがいてたまるか。なあ!弁当!どうどぐってどういう意味!?と有馬がうるさかったので国語辞典を投げつけておいた。違うし。
「ど、う」
「ぼ、だよ。ぼうとく」
「ぼ、う、と、く、ぼ、う、と、く」
「……今あったよ」
「えっ!どこ!」
「これこれ、冒涜」
「読んで、弁当」
「……神聖なもの、清浄なものをおかし、けがすこと」
「どういうこと?」
「朔太郎、どういうこと」
「お前の妹クソビッチ」
「ぶち殺すぞ」
「そういう意味」
「眼鏡かち割ったろかこの公務員!」
朔太郎の例えも的確に最低なところを突いていたが、有馬の罵倒が事実しか述べていないのもどうだろう。全然悪いこと言ってないじゃん。朔太郎のおかげで有馬が暗黒面に堕ちたところで、国語辞典を元の棚に戻した。ぎゃんぎゃん言い合いながら取っ組み合いの喧嘩をしている二人をしばらく眺めている間に、テレビの中では妹系女子と持て囃されている女の子がきゃっきゃしながらインタビューに答えている。ほらやってるよ、と朔太郎の頭を無理矢理テレビに向ければ、変な体勢で固まった二人がまた動きを止めた。怖えよ。
「違う」
「違うよなあ」
「妹系ってそもそもなに?」
「調べてみたら」
「うん」
「……国語辞典には載ってないよ」
「分かってるよ!」
朔太郎から離れた有馬にそう声を掛ければ噛みつくみたいに返されて、耳が痛い。近いんだからそんなでかい声出さないでも聞こえるし、うるさいよ。
ポケットから携帯を出してぽちぽち弄り始めた有馬が、じいっと画面を見つめたまま集中し始めた。テレビの特集コーナーは終わって、最近人気のスイーツ特集が始まっている。女の子が群がる甘ったるそうなお店だ、いくら食べてみたくてもあんなとこに入る勇気は俺にはない。クリームいっぱいで美味しそうなシュークリームをぼおっと見ていると、有馬の携帯を覗き込んだ朔太郎が急に大きい声を出した。
「あーっ!有馬くんのえっち!へんたい!」
「う、うるさいっ!調べたら出てきたんだ!」
「AV探せなんて誰も言ってないでしょ!これだから男は!」
「お前も男だろ!?」
「ちゃんと調べてよ!お兄ちゃんには失望したよ!」
「朔太郎の兄ちゃんになった覚えはねえよ!」
「なに見てるの」
「弁当には見せない!」
「『お兄ちゃん大好き♡妹系女子・るなのはじめてもらってください♡らぶらぶ汁だくえっ」
「だぁあぁあ″!馬鹿!」
「うわ……」
「わああああ!ああああ!」
「有馬くんの変態」
「読み上げる朔太郎も頭おかしい」
「えっ……」
「おかしい」
「ええぅ」
朔太郎に泣かれても困るからこれ以上言うのは止そう。有馬既に泣いてるし。
ひとしきり二人が落ち着いた頃には、美味しい出来立てスイーツが味わえるお店特集も終わっていた。もっとちゃんと見たかったのに。でもシュークリームの後にやってた焼きプリンのお店は割と近くだったから、あんまり人がいなさそうな時に今度行ってみよう。さっきの話の続きじゃないけど、それこそかなたちゃんにあげたら喜ぶかもしれない。前にクッキー焼きすぎちゃった時、有馬にあげたやつを強奪したらしいかなたちゃんからメールがいっぱい来たし。料理を教えて欲しいって頼まれた後にも、次はお菓子で!って言ってたしな。けど甘いものが好きなわけではないらしい。分かんないなあ。
「かなたっつったか!?」
「言ってない」
伏見じゃないんだから、頭の中の声まで聞きとらないでほしい。がばっと起き上がって目を輝かせている有馬にもう一度、言ってないから、と重ねておいた。
「でもさあ、弁当はかなたに懐かれてるよな」
「……そうかな」
「うん。あいつ案外人見知りなんだけど」
「友梨音もそうだよ。あんまり懐っこくないのに、当也には警戒しないもん」
「なんで?」
「知らないけど」
「まさか……かなたのことを……」
「友梨音のことも……!?」
「やめて」
「きゃああ!」
「やめてって言ってるでしょ」
「へぶぅ」
わざわざ裏声で叫んでくれやがった朔太郎の顔は、鷲掴みにしておいた。アイアンクローとかいうやつだ。朔太郎は完全に冗談で面白がってるけど、有馬に本気に取られたら嫌なので、きちんと分かってもらわないと。
でもほんとに仲良いよなー、同い年の女の子とは会話しない癖にねー、と俺を見ないで朔太郎と有馬が話し始めた。失礼だと思わねえのか、お前ら。まあ自分でも、女の子とはそんなに仲良くない、というか友達自体があんまりいないと思うけど。そもそもにしてかなたちゃんと友梨音ちゃんは友達の概念に含めていいんだろうか。駄目だろ。友達の妹、って違うだろ。だから仲良しとか仲良くないとかそういう問題じゃない気がするんだけど。そう言ったものの、二人は聞く耳持たずだった。そうじゃないんだって!俺たちお兄ちゃんからしたらあっちから懐かれることが重要なんだって!だって俺たちそんなに好かれてねえもんな!と肩を組まれて、いやそんなん知らねえけど、家族とそれ以外の違いじゃねえの、としか思えない。ていうか悲しいな、自分であんまり好かれてないって言うのは。
「ちなみに、今勢いで俺たちって言ったけど、俺は友梨音からそれなりに好かれてると思う」
「裏切り者!」
「いや、歳離れてるし……」
「俺もかなたに優しくしてほしい!お兄ちゃんのこと大事にしてほしい!」
「はは、かわいそう」
「に″ゃああああ!」
「あいたたたた」
朔太郎の頬っぺたが左右に三十センチくらい伸びてて面白い。でも確かに朔太郎の言う通り、友梨音ちゃんは朔太郎のこと結構尊敬してると思うし、それが外に表れてる。反対にかなたちゃんは、お兄ちゃんの馬鹿!お兄ちゃんといるの恥ずかしい!お兄ちゃんだけはこっちに来ないで!って感じだから、優しくしてほしいと感じてもしょうがないのかもしれない。
「そうだよ……かなたは俺のことどっか行ってほしいと思ってるし……」
「そうなの?当也」
「……まあ」
「ふうん」
「かなたは俺が話しかけるとなんか嫌そうな顔するし……夜遅いから迎えに行くって言っても断るし……」
「そうでもないよって早く言ってやれよ」
「嘘はつけない」
「当也めっちゃひどい」
「だってほんとのことだし」
「でも有馬くんこのままじゃ燃え尽きちゃう」
「しょうがないよ」
「じゃあ俺と友梨音の心温まるエピソードで間を繋いでおくからその間に当也は有馬くんと妹ちゃんの仲良しな話を絞り出しておいて」
「ええ……」
ちなみにそんな話の持ち合わせは俺にもないので、朔太郎の心温まるエピソード、もとい妹とのただの惚気話を存分に聞かされた有馬が、大号泣した。朔太郎はおろおろしてたけど、お前のせいだぞ。



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