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おはなし



「……………」
「べんと?」
「……足りない」
二つしかないゲームのコントローラーを有馬と伏見が使っているので、俺は手持ち無沙汰だ。昔流行った格闘ゲーム、操作が簡単だから俺と伏見と有馬の間にはそんなに差が無い。ただ、そこに青森三人組が入ってくるとその内の誰かの圧勝に終わってしまうのだけれど。
そんなことをぼんやり思いながら、なにかお手伝いすることあるかなあ、なんて軽い気持ちで台所へ入れば、冷蔵庫の中を覗いていた弁当が困り顔でこっちを見た。足りない、ってなんのことだろう。
「夕飯、おかず少ないかも」
「そうなの?」
「朝昼で思ったより使っちゃったから。いいかな」
「じゃあ俺買い物行こっか、ひとっ走り」
「ううん、それなら俺も行くし」
それに買い物するならまとめ買いした方が楽だよ、と台所をうろうろしながら考えていた弁当が足を止める。なんでこんなに迷っているのかって、大きなスーパーが少し遠くにしかないからだ。歩いて行ける距離ではあるけれど、時間はかかるし荷物を抱えて戻って来るのが面倒、というデメリットに悩んでいるのだろう。俺はまだ行ったこと無いけど、伏見がそこまで行こうとしてしたものの諦めてもう少し近くのコンビニで済ませたらしい。距離と荷物だけなら全然なんとかなるけど、この雪だし知らない道だし、確かに俺一人で行かせたくはないだろうな、と弁当が悩んでいるのを見ながら思っていると、からからと玄関の開く音がした。
「当也あ、貝食うか、貝」
「……いいとこに来た」
玄関口から響いてきた声は航介のものだった。低く呟いた弁当がすたすた玄関へ向かうので、なんとなく後ろからついていく。隣の家から歩いてくるだけでも頭の上に雪を積もらせて、もそもそ靴を脱いでいる航介から、お土産らしい袋を奪い取った弁当が中身を確認して、一旦引っ込んですぐ戻ってきた。まだ航介は靴を半分履いたままだ。弁当の手には、俺の上着とマフラーと帽子と、弁当の上着とマフラーと耳当てがある。
「あ?なに?どっか行くの」
「おい、鍵どこだ」
「鍵ってなんの、おい、なに、なんなんだよ!」
「小野寺は荷物持ち、頼んでもいい?」
「えっ、うん、いいよ」
「お前は足だ、運転よろしく」
「はあ?あってめえ、鍵!」
航介の上着やズボンのポケットを勝手に探った弁当が、車の鍵らしきものを見つけ出した。そのままそれを持って出て行ってしまうので、荷物持ちを頼まれた手前ついていく。鍵の持ち主であるにも関わらず意見全無視で置いてかれた航介は、待てこら当也てめえ、と怒りながら靴を履いてついてきた。勝手知ったると言った様子で隣の家の駐車場まで辿り着き、がちゃがちゃと鍵を回している弁当の頭がすぱんと航介にひっ叩かれて、痛えだろ馬鹿ってやり返した弁当の手が航介に捕まって、そのまま鍵の取り合いになった。なんか、どうして弁当と伏見が仲良いのか、ちょっと分かった気がする。我儘さ加減というか、そういうとこが似てる。具体的には、伏見と弁当の間にはあんまりない、伏見から俺に対してとか弁当から航介に対してとかの、相手が自分の思い通りになるのが当たり前だって態度、というか。
「人の頭を叩くな」
「鍵返せよ!」
「運転してくれるんだろうな」
「誰がするか!この横暴男!」
「じゃあ俺が運転するからいい」
鍵を取り合っていた二人の均衡が崩れて、というか航介を突き飛ばして雪で滑ったところに半ば無理やり鍵を奪い取った弁当が、運転席側に回る。ふぎゃ、と踏んづけられた猫みたいな声を上げた航介が一瞬小さくなった隙に弁当がすたすた歩いてきて、なんかもうどうしていいか分からない俺は、見てるだけしかできない。
「ちょお、待っ、待てこら!馬鹿眼鏡!」
「いった」
「やらすわけねえだろ!危なっかしくて堪らんわ!」
「免許は持ってる」
「そういう問題じゃねえよ!」
鍵を開けて運転席に乗り込みかけたところを引きずり降ろすように、航介が弁当の襟首を引っ掴んだ。そんなことさせるくらいなら俺がやる、俺にやらせろ、と息巻く航介に、じゃあよろしくとか平然と言ってるけど、どこまで本気なんだか分かったもんじゃない。伏見みたいだって思っちゃった手前、あのまま乗り込んで発進、が無くもないなっていうか。だって、ほんとに運転出来るらしいし。
がたがたと鍵を刺して運転席に収まったらしい航介が、釈然としない顔でこっちを振り向いて扉を開けてくれた。なんだって俺がこんなこと、とぶつくさ言ってるのが聞こえる。その気持ちはよく分かる、思いもしないとこで体良く使われるの面倒くさいし嫌だよな。
「……この時間混んでんぞ」
「根っからの東京住まいがいる目の前でよくもまあ混んでるとか言えたもんだよね」
「は?」
「あんなんで混んでるっつってたら、航介東京の主要駅で死ぬよ」
「あ?」
「その耳は飾り物か」
「やめて!ぎすぎすしないで!」
剣呑な雰囲気の中じゃ居た堪れなくて、後部座席からばしばし手を伸ばせば、二人が黙った。言ってることは間違っちゃいないんだろう弁当も言い方が悪いし、どういうこと?の意訳を含んだ航介の聞き返し方も悪い。ようやく進んだ車の中は冷え切っていて、それは雰囲気がとかいう話じゃなくて物理的な問題なんだけど、いや、そりゃ雰囲気的にも温かな居心地のいい空間とは言い難い訳だけど。暖房を弄っていた弁当が、その下の引き出しをがたがたと開け始めた。それを見た航介が眉を顰めたのが、ミラー越しに見える。
「余計なとこ触んな」
「何入ってんのかなって」
「なんも入ってねえよ。買い物って食い物だよな?」
「そう」
「多分知り合いに会うぞ」
「知らないふりするから平気」
「だからお前友達いねえんだろ」
「航介のくせにジャニーズとか……」
「それ俺のじゃない」
「嘘つけ、酔うと歌い踊るじゃんか」
「は?」
「自覚ねえの?うける」
「小野寺、こいつこういう奴だぞ、一緒にいるの止した方がいい」
いやあ、俺なんかといる時より確実に弁当楽しそうだけど。そう思ったのを飲み込んで、今回は傍観者に徹しようと決める。八千代なんか若い頃ジャニーズ狂いだったんだろ、いやあの人未だに抜け出せてない、何してんだいい年して、とぼやく二人の会話を聞いていると、ルームミラーを介して航介と目が合った。ちなみに八千代はこれの母親、と注釈を貰ってやっと理解する。家族ぐるみで仲良しとは聞いてたからなの
か、振り返ってよく考えてみれば、弁当と航介と朔太郎の間では何故か母親は名前呼びが通例になってるように思う。幼馴染みってそんなもんなのかな。
「だからこれ、美和子が八千代から借りたやつ」
「俺んちのじゃん」
「そうだよ」
「返せよ」
「俺だって返せるもんなら返したいよ」
「これかけて」
「もう着くわ馬鹿」
「迂回しろ」
「いって!あっぶね!」
「いきなりハンドル切んなよ」
「お前が突っついたから切らざるを得なかったんだよ!事故るぞ!」
「ぶいしっくすにしてやるから、歌って」
「お前注文多い、小野寺隣にすりゃよかった」
「朔太郎に送るから」
「携帯向けんな、お前、マジぶん殴るから当也」
だらだらとくっちゃべりながらも普通に片手で運転こなす航介がものすごくイライラしてるのは一発で分かるけど、珍しい弁当のはしゃぎが見れたから俺は楽しい。テンションも声も超低いし表情もほっとんど動いてないけど、楽しそうでなによりだ。絶対俺口挟まない方がいい、俺今この瞬間から居なかったことにする。後で伏見と有馬にも教えてあげよう、信じてもらえないかもしれないけど。
取り出したアルバムをぱったんぱったん手のひらに打ち付けている弁当が、深く溜息をついた航介の方を横目で見た。航介が運転中で弁当の方を向かないのは分かるけど、弁当も何故か航介の方一切見ないで話すのはどうしてだろう。俺なんか、伏見にうざいからって目潰しされるレベルで相手のこと見ちゃうもんな。
「ほんとにすぐ着くから」
「知ってる」
「俺今小野寺に話しかけたんだけど」
「それも知ってる」
「なに?なんなのほんと、頭おかしいよ」
「色からして間違ってる奴に言われたくない」
「お前なんでこれそんな気にくわないの?羨ましいならそう言って」
「はは、うざ」
「ぃぎっ、だからお前な!事故!俺運転してんの!」
「小野寺寒くない?」
「えっ、ううん」
「帰りはお前が後ろだからな!助手席荷物置くから!」
「後ろのシートって広くて落ち着かない」
「この引きこもりが……」
「右曲がってみて」
「嫌だよ」
「はあ、俺も運転したい」
「自分家の車でやれや」
「そこ左に曲がってみて」
「なんでさっきから遠回りさせようとしてくんの?意味分かんね」
「俺がいない間に知らない道が出来てるかもしれない」
「残念ながらな、そんなものはない」
「小野寺」
「ん、え、なに」
「寝たらだめだよ、寒いから」
「うん。大丈夫」
「定期的に小野寺に寒くないか聞くのも意味分かんねえ、こんな暖房ついてんのに」
「脳筋には分からないかもしれないけど、人間には心遣いってものがあるんだ」
「ここで降りるか」
「お前が降りろよ」
「あ?」
「すぐそうやって喧嘩を売る、脳みそが小さいから」
「……………」
「うあ」
「あぶな」
「……信号」
「嘘こけ、急ブレーキ」
「もうほんと俺お前の隣は嫌」
この十数分かそこらでげっそり憔悴した航介が、慣れた調子で駐車した。車の中も寒いと思ってたけどそんなことはなく、外に出た方が当たり前のように寒い。横殴りの風に雪が混じって、防御力0の顔が冷たくなった。鼻真っ赤だよ、と弁当に言われたけれど、自分じゃ見えないしどうしようもない。
「なに買うの?」
「いろいろ」
「俺昼頃も買い出しでここ来たのに」
「車で寝ててもいいんですけど」
「休日のお父さんじゃねえんだから……」
カゴを一つ持って、弁当について行く。いろいろ、と言った割に買うものは勿論決まっているようで、迷いもせず進んでいく。男三人だし、俺でかいし、航介の頭は金色だし、弁当無表情だし、なのにしてるのは普通の買い物だし、周りの目を引いてるように思えてならない。確実に自意識過剰なんだろうけど、でもあそこの女の子二人絶対俺たちのこと見てたもん。これも、これも、とぽいぽい入れられる食料品で埋まったカゴをぶら下げながら二人の後をついていくと、航介が声を上げた。
「さちえ」
「……ほんとだ」
「あらー、当也くん」
「お久しぶりです」
そうねえ、と口元まで上げていたマフラーを引っ張って顔を見せてくれた女の人がにこにこと笑う。俺あんまり女の人との関わりないから分かんないけど、若くて綺麗な人だとは思った。少なくともうちの母よりは若く見える。肩につかないくらいの髪を揺らす女の人が、カゴを持ち直して口を開いた。
「朔太郎がついさっき当也くんのお家に行ったけど、会った?」
「ううん」
「じゃあ入れ違いね」
「大丈夫、今うち他にも人いるから」
「お友だちたくさん連れてきてるんでしょう」
「うん」
「これとかそう」
「あっ、こんにちは」
「こんにちはあ」
「……とーやお兄ちゃん」
人見知りをしています、と顔に書いてあるような態度で俺を窺いながら、女の人の背中に隠れていた女の子が顔を出した。大きい男は怖いんだろうと思って一応一歩引くと、これは無害だよ、と弁当から助け舟が入った。これは、って言い方に棘があるのは、恐らく普段有害物として扱われてる奴がいるからだろう。例えば航介とか、あとは航介とか、別に他意はないけど。女の子の歳は、小学校高学年とか、中学生とかくらいだろうか。弁当を挟んで、俺よりも航介寄りを迂回して女の子が移動した。当也お兄ちゃん、ってことは弁当の親戚かなにかなのかな。それにしては若干の違和感が頭にこびり付いたけれど、次の瞬間そんなものはどこかに吹き飛んでしまった。
「わたし、背が伸びたの」
「そうだね」
「お兄ちゃんのことをいつか抜かすんだ」
「……それはどうかなあ」
ぽんぽん、と女の子の頭をあまりにも自然に弁当が軽く叩くから、目ん玉飛び出るかと思った。お前、なに、そんなことできるの、なんなの。有馬が見てたら卒倒する、伏見が見てたらきっとこれは夢だと思う。嬉しそうに笑う女の子の髪を、慣れっこだとでも言いたげな感じでくしゃくしゃってした弁当が、固まってる俺を見て訝しげな顔をした。いやあ、それはするよ、そりゃもう全力でこの顔するよ。嬉しそうな女の子の手前、深く突っ込みはしないけど。
「お買い物、邪魔しちゃったかな」
「ううん。こっちいる間に一回くらいは顔見せに行こうと思ってたから」
「嬉しいわー、息子が三人も」
「俺入ってんの?」
「そうだ、朔太郎がねえ、すごくうきうきしながら出てったのよ。お菓子抱えて、ねえ?」
「うん。お兄ちゃんおかしかった」
「いつもだろ」
「違うの、いつもよりもおかしかった。マイフォーリンエンジェルとか言ってた」
「ああ……」
「うん……」
「お兄ちゃん、どうしたの」
「……堕天使に一人心当たりが……」
「伏見死んでないかな」
「有馬じゃ頼りにならないしなあ」
「……あ、えっ、朔太郎の妹?」
「そうだよ」
「うちの子がお世話になってます」
「う、いえいえ」
ぺこりと朔太郎のお母さんに頭を下げられて、同じく頭を下げ返す。じゃあ女の子の方は朔太郎の妹か、確かに歳離れてるって言ってたっけ。それじゃあまた今度、と俺たちと反対側に向かっていった二人を見送って、弁当のことをもう一度見下ろせば、また微妙そうな顔をされた。俺が微妙そうな顔してるからなんだろうけど、いや、だから、さっきのあんな頭撫でたりするアレ見せられたらそりゃこうなりますってば。
「妹ちゃん、朔太郎に似てないね」
「まあな」
「それにお母さん若いね」
「そうだね」
「二人とも仲良しなの?」
「家行きゃいるしな」
「中学生の時から知ってるし」
「へええ」
「伏見が小野寺んちの家族と仲良しなのと同じだよ」
「そ、……そうかな……」
伏見の場合はうちであまりにだらだらしてる姿とか俺を虐げている姿とか、その他色々知られているからであって、きっとこの三人の仲の良さとは違うんだけど、いらんこと言うと伏見に怒られるから濁しておいた。航介も弁当も勘いいから、黙っておかないと。
カゴがそれなりに重くなってきた頃、弁当がお会計にし行って、航介と二人でレジの向こう側で待つことになった。結構買ったなあって思うけど、男四人泊まってる、ていうか晩飯はほぼ六人、って思うとそう多くもないんだろう。そもそも白米が足りない、って弁当嘆いてたっけ。家主はさておき、伏見は偏食なくせに量食うし、有馬と航介は左手にお茶碗持ってるのがデフォルトだし、朔太郎も贔屓目にも少食とは言い難いし。あれで何日持つんだろう、とぼんやり思っていると、隣の航介がふわふわと欠伸していた。無理やり連れて来ちゃったわけだし、疲れてるのかな。俺が見ていることが気付かれて、航介がふとこっちを見た。
「ん?」
「ううん……」
「……見下ろされんのが新鮮だわ」
「俺に?」
「お前でかいな」
「そうでもないよ」
「そこは遠慮すんなよ」
「航介とそんな変わんないでしょ」
「改めて見るとお前怖いな」
「ええ!?」
「温厚そうなところが怖い」
「航介にだけは言われたくない!」
「あとほら、ピアスとか」
「金髪の人がなに言ってるの!」
「うるさいなあ」
「なあ当也、小野寺ってぱっと見怖くね」
「……さっき友梨音ちゃんは怖がってたけど、俺は怖くない」
「弁当……」
ていうかやっぱり怖がられてたんだとか、弁当が怖くないからって俺は特に嬉しくないとか、そういう諸々は飲み込んだ。袋を受け取ってスーパーを出ると忘れてた寒さががっつり押し寄せてきて、思いっきり背筋から震える。気を抜いたらマジで死ぬ、弁当も航介もよく平気な顔してられるなって思う。
車に乗り込んで、結局弁当は当たり前のように助手席。ていうか、俺が後部座席に座る前にうっかり自分の隣に荷物を置いてしまったから、そこが荷物置き場になって、結果的に意図しない形で弁当が前ってことになった。それに航介が気づいたのは車のエンジンかけてからで、隣見て、ミラー越しに俺を見て、ハンドルに額ぶつけて溜め息ついてたけど。
「……よく考えたらさあ、お前家の車あるだろ」
「まあ」
「そっち使えよ、自分で運転して」
「そうしようとしたよ、でもちょうどタイミング良く航介が来たから」
「行かなきゃよかった」
「でも俺、買い物楽しかった!」
「ほら、小野寺はああ言ってる」
「俺はああはなれない」
「今度は道覚えたから、俺お使い行けるから、ねっ弁当」
「……お前が車を出さないと、小野寺は一人でこの雪道の中歩いて、重い食料を買いに行くんだ」
「どうしてそうも底意地が悪くなれるのか教えてくれよ」
弁当はそもそも道もわからない俺をパシるのが嫌だったはずで、だからもう道も覚えたから平気だよって正しいことを言ったはずなんだけど、また航介がちくちく責められてた。何を言っても無駄みたいだ。不服そうな顔で、まあ車くらいなら出すの構わないけど、俺も結局お前んちで飯食ってるし、と最終的には優しい航介がぶつくさ言う。俺がごめんねって言うのも変な話か。角を曲がった時に崩れそうになった袋を慌てて押さえると、弁当が声を上げた。
「都築だ」
「どこ」
「あれ。前」
「ほんとだ」
「友達?」
「そう。ちょっと止まっていいか」
「うん」
「おーい、都築、おいこらお洒落甚平」
「んー?」
車のスピードを落として、航介が声をかけた。それに反応して振り向いた、うわ、イケメンだ。俗に言ういけてる顔面だ。少し目を細めた彼が、車内の航介を見て、続けて助手席の弁当を見て、驚いたように目を丸くした。車道側に立っていたのが彼だったからぱっと見分からなかったけれど、奥にどうやら女の子もいたらしい。あからさまにびくついて影に隠れた彼女をちょっと笑ったイケメンが、どしたどした、と寄ってくる。
「いつの間に帰ってきてたん」
「こないだ。都築なにしてるの」
「店の買い出しー。あと、はっちゃんの買い物に付き合ってきた」
「お前この前俺の上着のポケットに栓抜き入れたろ」
「ええ?瀧川じゃないの、俺知らないよ」
「そういえば瀧川はなにしてるの?」
「適当に生きてる」
「今度飲みに来いよ、航介と朔太郎と。サービスしちゃうぜ」
「うん」
「いつまでいんの?」
「一週間くらい。友達連れてきてるから」
「へえ!じゃあみんなで来れば、待ってるから」
「予約取るなら六名様な」
「取っときますんで、金落としてってくださいよ、げへへ」
「悪い店だ」
「可愛いねーちゃんもいますぜ」
「それあのおっさん好きの駄目女のこと言ってんの?」
「人の姉になんてこと言うんだ!」
「ほんとのことだろ、あいつ昨日注文しに来て発泡スチロールでつまづいて派手に転んでた」
「やだもう……梅さんってば……」
「それともそっちの、」
「ひっ」
恐らくは妹であろう女の子の方を指差しただけの航介に異常にビビった彼女は、ただでさえ隠れていた体を更に縮こまらせてしまった。ちょっとした人見知り、とか言うレベルじゃない。そんな女の子に対してのコメントは無しなので、さっき会った朔太郎の妹と違って、こっちの妹とは弁当もあまり関わったことがないのかもしれない。ていうかそもそも、弁当なのに女の子と関わりがあるってのが驚きだ。弁当なのに、弁当のくせに、どの言い方でも俺すごい嫌な奴みたいだけど。
とりあえずじゃあまた、と別れた三人を後部座席から見ていると、航介がミラー越しにこっちを見た。お前単体だと大人しいのな、と呟かれて首を傾げれば、弁当が頷いた。
「お前と違って無害だって言ったろ」
「小野寺より当也の方がはるかに有害だもんな」
「うるさい、毒物」
「喧嘩はやめなよ……」


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