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おはなし



「衣草くん、風邪?」
「……はあ」
「体調悪い時は無理しちゃだめなんだぞ!」
「別に大丈夫です」
嘘つけ、ぼーっとしてるじゃないか。ぐずぐず鼻を鳴らしてデスクに向かっている衣草くんは一応マスクこそしちゃいるものの、普段通りに全部やろうとしてる。若干顔赤いし、熱とか出たらどうするの、体調管理も仕事の一環ですよ。そんな追い打ちをかけるわけにもいかず、手助けになればと衣草くんの前に重なった仕事をちょこちょこ抜いて出来る範囲で片付けていたら、あっさりばれて睨まれた。親切心でしょ、なんでそんな顔するのよ。
「辻さんは三時から会議です、こんなこと手伝ってちゃダメでしょ」
「会議ったって、俺座って話聞いてるだけだもの」
「それだって、げほっ」
「あーあー」
こほこほ咳き込む衣草くんの背中を摩ってやる。すると、衣草くん宛ての書類を持ってきたらしい笹本さんがついでにと飴をくれた。やったね、のど飴じゃん。もごもごお礼を言う衣草くんに、もうすぐ昼だから一旦休憩にしなさい、と告げた笹本さんが背中を向けて去っていくのをぼんやり見る。笹本さん、なんで俺には怒るのに衣草くんには優しいんだろう、弱味でも握られてんのかな。
「あんたがしょっちゅう余計なもん壊したりするからですよ……」
「今俺のことあんたって、仮にも先輩をあんたって、衣草くん」
「休憩もらいます」
「俺も俺も」
「ついてこないでください」
「衣草くんが廊下で倒れたら大変だからね」
風邪のせいか普段よりも更に五割増しくらいで冷たい衣草くんについて社食へ行くと、同じく鼻をぐずつかせてくしゃみをしている桜庭ちゃんに会った。なんだなんだ、若いの二人して。桜庭ちゃんも同じく、ぐずぐずくしゃんで仕事に勤しんでいたところを財部さんに見つかって一旦昼休憩に追い出されたらしい。寒くなってきたからかな、俺も気をつけなきゃな。桜庭ちゃんはあったかいうどん、衣草くんは五目餡掛け丼をそれぞれ頼んで、鼻水じゅるじゅるの咳ごほごほの涙目で食べてる。うーん、もしかしたらこれ俺にも風邪移ったりして。がっつり定食行く元気があるから、まだ平気だとは思うけど。
「桜庭ちゃんも衣草くんも、早く治るといいねえ」
「……そっすね……」
「おんなじような症状だし、二人してどっかからもらってきたんじゃない」
「まさか。流行ってるだけでしょう」
「あたしはお風呂上がって髪の毛乾かすの忘れちゃったんですよう」
「どうせだらだらテレビ見てたんだろ」
「違いますー」
「……仲良しだね?」
「いいえ」
「いいえってなによ」
「仲良しじゃないってことだ」
「別にこっちだっ、ひくしっ」
「くしゃみすんな、移る」
「しんっ、衣草くんだってとっくに風邪引いてるでしょ!」
「おーい、こらこら」
何故だか喧嘩し始めた二人を止める。風邪引いてるせいで気が立ってるんだろうか。桜庭ちゃんと衣草くんが二人で話してるとことか見たことなかったけど、同い年くらいだし仲良しでもおかしくないのにな。衣草くんはあくまでも桜庭ちゃんとは仲良しじゃないことにしたいらしい。なんでだ、桜庭ちゃん良い子だし可愛いだろ。
ぶつくさ喧嘩しながら昼食を食べ切った二人がつんってそっぽ向き合って会話しようとしないので、なんとなく俺の方が居心地悪くなって、衣草くんにそろそろ戻ろっかって声をかけたら即刻頷きが帰ってきて、逆に引きずられるようにして戻る。おう、なんだよ、そんなに桜庭ちゃんと一緒にいたくないのかよ。不貞腐れた顔の彼女を残して行くのは気が引けたけれど、衣草くんがものすごい力で俺のことを引っ張るのでろくな抵抗は出来なかった。君そんな力出せたの、俺知らなかったんだけど。ひょろっちいしどうせ当也程度の筋力だと見くびってたよ、ごめんね。
「衣草くん、もしかして桜庭ちゃんのこと好きなの?」
「本気で言ってるなら怒ります」
「うぃっす」
それはもう既に怒ってる人の台詞だと思います。

「財部さん」
「なあに。真面目な会議中にペン回しの特訓に励んでいた辻くん」
「だってあのままじゃ寝ちゃうと思って……」
「ボールペン一々すっ飛ばすくらいならやらないで欲しかったわ」
「それはそれとして」
「さておかないでくれる?」
「衣草くんと桜庭ちゃんって付き合ってたりしません?」
「えー……しないと思うけど……」
「何のために三十路やってんすか、女の勘働かせてください」
「明日から辻くんのデスクはダンボールよ」
「ジョークじゃん!アメリカンな!」
「貴方はもうちょっと頭を使って話をしなさい」
「頭使ってますよ、もうパンクしそうなくらい」
「……で?なんで衣草くんと桜庭ちゃんが付き合ってるなんて話になるの」
「同タイミングで似た症状の風邪って怪しくありません?」
「そのくらいならあり得る話でしょ」
「仲良しだと思われるの異様に嫌がってたし」
「そうなの?」
「そうなんですよ」
「でも、桜庭ちゃんからしたら相手は衣草くんだし……」
「……ああ……」
「ないと思うけどねえ。どうなのかしらね」
「本人に聞いたら怒りました」
「そりゃ怒るでしょうよ」
「付き合ってたら面白いのになー」
「人のそういう話を面白がるんじゃありません」

「おい、桜庭」
「……………」
「桜庭」
「……………」
「未心!」
「なによ」
「お前が風邪なんか移すから、辻さんに変な思い込み持たれただろうが」
「真治くんがあたしのこと他の人と同じ風に扱わないからでしょお」
「今更お前相手に敬語使う方が腹立つ」
「知ーらない、付き合ってると思われんの嫌なら親戚だって言えばいいじゃないの」
「嫌だ」
「ほんとのことなのに」
「俺はお前みたいなだらだらしてる緩い女が嫌いなんだ」
「あたしだってあんたみたいなぼそぼそ喋る堅苦しい童貞願い下げだってのお」
「うわあー……もう……なんで血縁なんてもんがこの世に存在するんだ……」
「先に言っとくけど、あたし真治くんみたいな男とだけは付き合いたくないから」
「ふざけんな、俺にだって選ぶ権利はある。未心は無い、あり得ない」
「はあーもうほんと風邪こじらせて」
「こっちが言いたい」


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