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出られない部屋




『あなた方の今いる部屋は、お互いを殴らないと出られない部屋となります。何処を殴るか、何発殴るか、等はお任せ致します。バストイレは備え付けのものをご利用ください。食事もお出ししますが、注文は受け付けられません。電波は遮断させていただきましたので、外部との連絡は不可となっております。どうぞ、良い時間をお過ごしくださいませ。』

「っしゃおらあ!」
「いやああ!」
「なんで避けるんだよ」
「顔に向かって握り拳を振り抜かれたら誰だって避けるよ!」
情け容赦なく顔面狙いでグーパン叩き込んできた航介から咄嗟に尻餅ついて逃げれば、舌打ちされた。座ってたら格好の的なので、わたわた立ち上がって距離を取れば、じわじわと間を詰められて非常に怖い。顔じゃなくても良くない?とか、グーじゃなくてパーでも良くない?とか、お互い痛い思いしないように背中をちょっとぺちんってするくらいで収められない?とか、色々聞いてみたんだけど航介は全く引く様子もなく、握り拳を固めて構えたままだった。俺になんの恨みがあるんだよ、怖いよ。
「じゃあちょっと一回考えてみてよ!俺が航介に殴られたらどうなると思う!?」
「殴られた場所が腫れる」
「ブー!残念!正解は、粉々になる!でした!」
「嘘つけ」
「嘘じゃないですう」
「俺の力ぐらいでお前が粉々になるわけないだろ」
「なりますう、航介のクソヤンキー」
「じゃあ逆に、お前が俺を殴ったら俺はどうなるんだよ」
「痛い」
「それだけか……」
ぶすっとした顔ながらも一応握り拳を下げた航介に一安心。じゃあどうするつもりなんだと問われて、だから痛くない位に調節して殴ればお互い痛み分けなんじゃないのかって言ってるじゃない、と繰り返せば、それに対しての反応は微妙なものだった。なんなのよ、なんだってお前はそんなに俺を全力で殴りたがるのよ。
「いや別に、そんなつもりじゃ」
「あっ、さてはこういう時じゃないと合法的に殴れないからだな、卑怯者め」
「殴らないと出れねえんだから殴るしかないだろ」
「そこに力加減という選択肢はない辺りがゴリラだよね」
「そうやって神経逆撫でするから殴られるんだって分かんねえの?」
「本当のことを言ってるだけだぞ!」
「本当だとしても言わなくていいことってこの世には存在するって俺何億回言ったかな」
「そんなのは忘れたけど」
「歯ぁ食いしばれよ」
「顔はやめて!あたし女優なの!」
再び構えた航介から逃げるように顔を隠す。痛いのやだもん、航介に殴られるなんて割と冗談抜きで絶対きっついじゃん。自分のフルパワーがどの程度か正確には把握してないとことか、怖すぎ。多分こいつ、自分の全力は俺の全力よりちょっと強いくらいだと思ってるでしょ。ちょっとじゃないから、大分だから。航介一人分で俺二人と半分くらいが妥当。ちなみに、俺一人分は平均男性の筋力だと思ってもらって構わない。なにすんだよ、のぺしーんを気ぃ抜いてる時航介にされると、超絶痛いんだ。
「やだよお、航介にだけは殴られたくないのに」
「なんでだよ」
「痛いもん」
「俺が相手じゃなくても痛いだろ」
「いいや?」
「いいやあ」
「なんで真似すんの」
「真似したかったわけじゃねえよ」
「ふん」
「なんだよ、俺以外が相手だったら痛くねえのかよ」
「もし一緒に閉じ込められたのが当也とか仲有なら、俺が力加減をしなくちゃならない」
「はあ」
「俺はゴリラじゃないから上手に加減出来る」
「……ほお」
「そう」
「ちなみにもう一回聞くけど」
「なんだい」
「俺に殴られたらお前はどうなるの?」
「粉々の千々に爆散する」
「よっしゃあ!」
「きゃああ!やめろ!」
「キャーじゃねえよ!殴らせろ!」
どたどたと狭い部屋の中を駆け回る。マジあり得ない、よく考えてほしい。お互いを殴らないと出られないってことは、航介にぶん殴られた後で俺は航介を殴らなきゃいけないんだよ。それが悲しいとか嫌だとかそういう問題じゃなくて、航介に殴られて満身創痍の俺に相手を殴り返すことが出来るか否かが問題なの。だからどうしても相手に手を出さなきゃいけないなら俺が先にやりたい、それで俺の力加減を鑑みて航介はどのくらいの程度で殴りゃいいのか考えればいいじゃん、そうだよ、それがいいよ。そう半ば叫び散らすように、ベッドの上に乗り上げつつ言えば、航介の動きが止まった。危ねえ、なにが危ないってこいつの頭が危ねえ。出られない云々に託けて俺に向かって溜まった鬱憤を一発で晴らそうとしてるのが、明らかに見え見えだ。いや、そこまで我慢させてる俺も悪いけどね、そこのところは本当にごめんなさいなんだけどね。
「でも俺殴られんのやだよ」
「この野郎……」
「つーかそこまで焦ることなくね」
「は?」
「何も本気で殴り飛ばそうってわけじゃねえじゃん」
「はあ!?」
「あ?」
「おれ、航介がすげえ顔で追い回してくるから、真面目にぶん殴られるんだと思って」
「……信用ねえなあ」
「信用してるけど顔が怖いんだよ!冗談ならもっと冗談らしくしろよ!」
「はいはい」
ぷんすか怒りながら、寄ってくる航介をベッドの上から見下ろせば、逃げ惑う俺が面白かったのかくつくつと笑っていた。とりあえずどうにかして出る方法を考えないと、と手を伸ばされて、それを借りて低いベッドから飛び降りる。殴らないといけない、なんて仰々しい文句がつけられている割に、どこを殴るか何発殴るかはこっちの指定で構わないって言うんだから、痛くなさそうな場所を一発ぽかっとやるのがダメージ少なくていいんだけど、とぼんやり考えながら何故か手を握ったままの航介の顔を見上げた、から反応が遅れた。
「あだっ」
「ん?」
「いったいな!なにすんだよ!」
「あいて、あっ」
「殴んないっつった!嘘つき!」
「いや、今ピンポンって」
「そんなのどうでもいいよ!航介は俺を騙した!許さぬ!」
ぱかんと頭を叩かれて、咄嗟に掴まれていない側の手で脇腹にどすりと拳を叩き込む。こいつ騙しやがったな、しかも俺が逃げられないように手まで掴んで、なんて酷いやつだ、とんでもない悪党め。俺を引きずるように開かない扉へ近づいて行く航介に後ろからぽかぽか手を伸ばしていると、悲しいことに俺とは違って全体的に筋肉で覆われている体にはほぼノーダメージだったようだけれど、振り向いた航介が一枚の紙を突き出してきた。
「あ!?」
「あ、じゃないよ。出れるってさ」
「出たらまずお前は俺の頭に謝れ!」
「しつけえな、痛くないように殴ったろ」
「痛かったよ!」
「なんて書いてあるか読んだ?」
「先にごめんなさいだ!」
「あのな、よくこれ読めよ」
「あん!?」
『おめでとうございます、貴方様方は見事部屋を出る術を手に入れました。どうぞこの部屋のことは忘れて、日常へとお戻りください。
内訳:頭頂部に一発
対しての反撃は現在進行形のため測定不可と判断致します』
「……………」
「朔太郎、お前俺のこと何発殴ったよ」
「……すいませんっした……」
「大きな声で」
「すいませんでした!」
「この袋の中には鍵が入っていますが、開けてやるには条件があります」
「はい!」
「一発殴らせろ」
「嫌です!」
「待て」
「割れちゃう!頭割れちゃう!」


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