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出られない部屋



『あなた方の今いる部屋は、相手が別のものに見える部屋となります。一定時間が経過した時点でロックを外します。バストイレは備え付けのものをご利用ください。食事もお出ししますが、注文は受け付けられません。電波は遮断させていただきましたので、外部との連絡は不可となっております。良い時間をお過ごしくださいませ。』

「……待って、ちょ、おっ、小野寺、なんでしょ」
「ぐるる」
「待って」
「わん!」
「待って!」
すげーでかい犬がいる。世界最大の犬種ってなんだっけ、グレートデンとか言うんだっけ、そんな感じ。いや、あれは立ったら170cmとかまで大きくなるんだっけ、そんなに大きくはないか。でも普通に超怖い、言葉通じないしめっちゃこっち見てくるし、やっぱ無理、怖い。今のところ、ベッドの上に机を無理やり重ねた上に乗って更に布団積んで避難してるんだけど、いつ襲いかかられるか分からない。茶色くてふさふさしてるとことか、尻尾びゅんびゅん振ってるとことか、きっと大多数の人からしたら可愛いポイントなんだろうけど、そもそも俺動物嫌いだし。ていうかまずでかいし。せめてもうちょっと可愛げのあるサイズだったら、ここまでがっつり防御しようと思わなかったよ。
別のものに見える、ということは中身は小野寺だってことなんて分かってる。恐らくはあっちからも俺が俺以外の何かに見えていて、それに対する行動が更に俺から見えているこの犬小野寺に反映されているんだろう。あっちからどう見えてるのかも気になるけど、そんなことより今現在どうやってこの状況を脱するかが問題だ。
「いいか、待て、落ち着け、座れ」
「わん!わんわん」
「おすわり!伏せ!動くな!馬鹿!」
「うー」
「お、や、やればできるじゃん……」
うろうろと落ち着きのなかった犬小野寺が、ぺたんと座った。尻尾も大回転だったのがちょっと静かになって、ぱたんぱたん程度になってる。なんだ、言葉通じたのか、まあ中身は小野寺のはずだから当たり前か。また急に元気になられちゃたまらないからしばらくこっちからも様子を見ていたものの、犬小野寺がだんだんしゅんとしてしおらしくきゅうきゅう鼻を鳴らし始めたので、なんだか哀れになってきた。動物は嫌いだけど、あれ結局のところ中身は小野寺なわけでしょ。見た目が違うからっていきなりあからさまに避けられたら、そりゃきゅうんって鳴き声にもなるか。
恐る恐るバリケード張ってたベッドから降りて、でかい犬にしか見えない小野寺の近くに行く。何処と無く悲しげに伏せていた体をほんの少し起こしてこっちを見るので、びくりと体が強張ったけれど、ここで怖がったらさっきの二の舞だとじりじり近づく。これは小野寺だから、犬じゃないから、言葉通じるから。頑張れ俺、と自分を鼓舞しながら手を伸ばして、ふわふわの毛を撫でた。
「小野寺、」
「うー、うう、ぐるるる」
「えっ」
「ぅわんっ」
大丈夫大丈夫、と我慢して近づいてやってる俺を見て、何故かぐるぐると喉を鳴らし出した犬小野寺が飛びかかってきて、呆気なく転ばされる。きゃんきゃんわふわふって嬉しそうな鳴き声と遠慮無しに舐めまくる生温い舌に、全身鳥肌総毛立ちで悲鳴を上げた。

「ねこだ!」
「ふしゃーっ」
「えっ……なに……」
伏見が猫になった。ちっちゃい黒猫がこっちをものすごい形相で睨んで威嚇して、何故かベッドの上に積まれている机にたんたんって登って行ってしまう。近づこうものなら全身の毛を逆立てて、怖い方の声でにゃあああって鳴いてくるから、迂闊に近づけない。おろおろとベッドの下から、どうしたの、なんでそんな怒ってるの、と聞いてみたものの、猫伏見は何も答えちゃくれなかった。重なった布団の中に潜って、目を光らせてこっちを睨む。
あれじゃ埒が明かない。しょうがないから、ベッドの下で座って待つことにした。俺から見た伏見は猫だけど、伏見から見た俺はまた別のなにかになってるんだと思う。きっとそれが相当気に入らないものだから伏見は怒ってるんだ。でもそれって俺のせいじゃなくない、俺があんなしゃーしゃー威嚇される筋合いなくない。そう考えるとなんだか悲しくなってきて、あんな可愛い猫を撫でるどころか近づくことすらできないのもあって、猫伏見に背中を向けて溜息をついた。せっかく二人ぼっちなのに、これじゃ全然嬉しくもなんともないや。
「……なーう」
「……伏見?」
「うにゃあ」
ととん、と足音がして、ベッドから唐突に猫伏見が降りてきた。俺が背中向けちゃったからだろうか。伏見から見て俺が別のなにかに見えてるとしても、俺の行動はそのまま別のなにかがしてるはずだから、不審に思ったのかもしれない。ゆっくりゆっくり近づいてくる猫伏見を驚かせないように体の向きを変えると、一度びくりと固まったので、なんにもしないよ、と呼びかける。それが通じているかは分からないけど、時間をかけてじりじりと寄ってきた猫伏見が、小さく鳴いて俺の手に頭を擦り付けた。
「みー」
「……撫でていいの?」
「……………」
「撫でるよ?」
ぐるぐる、と低く喉を鳴らして俺の手にふわふわの頭を擦り付けてくる猫伏見を抱き上げて撫でれば、にゃごにゃご鳴きながらぱたぱた暴れ出した。じゃれてるのかな、かわいいな。がじがじ噛まれたり肉球でぺたぺた叩かれたりするけど全然痛くない、多分これが甘噛みってやつなんだろうな。ふわふわであったかい猫伏見を、全力でなでなでしてやった。甘えてるのかな、俺一体何に見えてるんだろう。

「ふしみ?」
「今度はガキかよ……」
犬小野寺から必死で逃げて風呂に立て篭もり鍵をかけて、舐め回されたせいでベタベタになった体をシャワーで流して出てきたら、犬の代わりに子どもがいた。幼稚園児くらいだろうか、小野寺の面影を残したそいつがぺたぺたとこっちに寄ってくるので下がる。なんだって、俺の苦手なものにばっかり見えるんだ、嫌がらせかよ。どうやらさっきまでとは違って言葉は完全に通じるようで、こんどはってなに?と舌っ足らずに問いかけられる。
「さっきまでお前、犬だったから」
「そうなの?ふしみはねこだった」
「そうかよ……」
「いまはおれなににみえてる?」
「ガキ」
「そっかあ」
「……俺は?」
「んー?」
「俺は何に見えてるの」
「おんなのこ!」
大変腑に落ちないが、性別はともかくとして、今度はお互いの年齢が五歳程度に見えているようだ。動物相手よりはマシか、喋れるから誤解もない。ぼけっとこっちを見上げている小野寺を訝しく思いながら座ると、にへらって幸せそうな笑顔を向けられた。なんだよ、気持ち悪いな。
お腹空いたや、と零した子ども小野寺がタイミング良くきゅるきゅる腹を鳴らしたので、つい笑ってしまった。それを感知したのか何なのか、未だ鍵が開かない扉の前に飯が置かれる。一応もしかしてと扉周りをいじってみたものの、やはりあっちから何かを与えたい時しか開かないようだった。皿の上に乗っているのは、ラップサンドが二つ。手掴みでも食べやすいようにってことなんだろうか、でもこんだけ具をてんこ盛りにされたらぼろぼろ中身が落ちて逆に食べにくそうなんだけど。まあ閉じ込められている側の人間に凶器になり得るフォークスプーン類を渡すわけもないかと納得し、小野寺と一つずつ分ける。子どもの手には余るはずのそれを器用に食べる様子を見て、そういえば中身はいい年した大人なんだったかとはっとした。
「んむ、ふひみ」
「んあ?あっ、やべ」
食べながらこっちを指した小野寺に釣られて自分の手元に目を向ければ、ぽたぽたと白いドレッシングが零れていた。手首を伝うそれをどうにかしようと口を離せば、バランスを崩した中身の鳥肉がどちゃっと鎖骨からその下辺りにかけてへ跳ねて、げんなりする。巻きに対して具が多いよ、なに考えてるの。
「うあー……あーもう……」
「……ふしみのえっち……」
「あ?なんて?」
「なんでもない」

撫でてたら突然お風呂場に逃げ込んだ猫伏見を追いかけたところ何故だか鍵が閉まっていたので、しょうがなく元の場所に戻ってぼけっと待っていると、猫が消えたはずのお風呂場から女の子が現れた。ふわふわのショートボブに揃えられた黒髪にぱっちりの目、長い睫毛と薄赤く染まった柔らかい頬、身長は小さめでぷにぷに体型、あと胸がでかい。初見の感想を正直に言うのなら、伏見がロリ巨乳になった、と思った。ていうか俺間違ってないと思う。別のものに見えるって、そりゃ普段からしたら別のものに違いないけれど、見た目はほぼいつもと一緒だよ。たゆんたゆんの胸があって普段よりさらに小さくなってるだけだよ。目に毒だなあ、と遠い目をしていると、女の子伏見がこっちを見てうんざり顔をした。
「伏見?」
「今度はガキかよ……」
嫌そうに言ってのけるけれど、なんていうか、格好もなんか際どい。足も腕も丸出しだ。飾りレースのついた白いひらひらのキャミソールに、足の付け根がぎりぎり隠れてる程度の短パン。なんか見覚えあると思ったらあんなような格好伏見にさせたことあるな、道理でどうも罪悪感に駆られるわけだ。引き寄せられるようについ寄って行けば、ぎしりと動きを止めて下がられたので、いやいやそんなつもりはないんですよとこっちも止まった。下心ありませんよ、だってこれ俺にこう見えてるだけなんでしょ、伏見からしたら普段通りなんでしょ、だから下心なんてありませんって。
「今度はってなに?」
「さっきまでお前、犬だったから」
「そうなの?伏見は猫だった」
「そうかよ……」
「今は俺なにに見えてる?」
「ガキ」
「そっかあ」
それなら女の子伏見のこの態度も納得だ。犬だったり子どもだったり、伏見の嫌いなものにばっかり俺は見えるんだなあ。何故か仁王立ちの女の子伏見の真っ白い足やら腕やら胸やらが大変目によろしくないのでそわそわしていると、かくりと首を傾げて問いかけられた。
「俺は?」
「んー?」
「俺は何に見えてるの」
「女の子!」
そう言い切れば、女の子伏見がすごく微妙そうな表情を浮かべる。教えない方が良かったかな、と思いながら目に毒且つ目の保養の女の子伏見を見ていると、ずっと見られていることに対して明らかに不信感を持っている様子ではあったものの、徐にぺたんとしゃがんだ。もうだめ、えっろ、内腿やばい。むちむちでふにふにの、全体的な肉付きが大変いやらしい女の子伏見がとても良い仕事をしてくださっているから、うはあって思わず笑えば、ドン引きの顔をされた。ちょっと、傷つくからやめてよ。
「お腹空いたや」
「……ふふ」
「笑わないでよ……」
ちょうど良くきゅるきゅるって間抜けな音を立てたお腹に、女の子伏見が笑う。可愛い通り越してもうだめ、次無防備に笑ったりしたら俺怒ります。俺の腹の音に呼応したように出された飯は、野菜や鳥肉が食パンみたいな何かでくるくる巻かれてる食べにくそうなやつだった。一つずつ分けっこして、いただきますをする。落っことさないように注意しながら齧っていると、女の子伏見の手の甲を白い液体がつうっと伝ったのが見えた。ドレッシング零れてる、と口に出して伝えたかったけど俺の方も迂闊に動くと中身がぼたぼたになりそうだったので、指し示して教える。。
「んむ、ふひみ」
「んあ?あっ、やべ」
「……………」
「うあー……あーもう……」
舐めとろうとしたのか、咥えていたところからぱっと唇を離した拍子に、ぼろぼろっと中身が女の子伏見の胸元に落ちた。繰り返すようだが女の子伏見が身に纏っているのは薄手のキャミソールだ。胸なんか半分くらい丸見えのやつ、ぶっちゃけ谷間に手突っ込みたい欲望と俺ずっと戦ってる。柔らかい肌の上に乗っている欠片は白いドレッシングに塗れていて、それを摘まんで不満気に口へ運ぶ姿が見ていられなくて顔を覆った。
「……ふしみのえっち……」
「あ?なんて?」
「なんでもない」

「あっ、なんか来た」
「鍵入ってる」
「開く?」
「んー、うん、開く」
「手紙も入ってるよ。ほら」
『おめでとうございます、貴方様方は見事部屋を出る術を手に入れました。どうぞこの部屋のことは忘れて、日常へとお戻りください。
内訳:滞在時間…12時間
これ以上の滞在は不都合のある事態を招くと判断したため、予定していた時間より短縮して鍵をお渡しします』
「不都合だって」
「……………」
「心当たりあんの」
「……いや……」
「怒んないから言ってみ」
「……女の子伏見にいつ、こう、ちょっかい出そうかなって……思って……」
「そう」
「はい……」
「約束したから怒んないよ」
「えっ」
「でも心の底から軽蔑はする。とても死んでほしい」
「ごめんって!まだなんにもしてないじゃん!」
「話しかけないでください」
「すいませんでした!」


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