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出られない部屋



『あなた方の今いる部屋は、お互いの体液を飲まないと出られない部屋となります。体液の種類は問いません。バストイレは備え付けのものをご利用ください。食事もお出ししますが、注文は受け付けられません。電波は遮断させていただきましたので、外部との連絡は不可となっております。どうぞ、良い時間をお過ごしくださいませ。』

「……………」
「膝抱えんなよ……」
「……俺、ここで死ぬんだ……」
「諦めるなって!ほら、出られる条件は出てんじゃん!」
「……せめてししまるにもう一回会いたかった……」
簡易なベッドと足の低いテーブル、そこには申し訳程度に座布団が添えてあって、それだけ。他に何もない部屋の隅っこで膝を抱えて顔を埋めてしまった弁当は、もう出れないもんだと諦めてる。確かにさっきから携帯は圏外だし時計も一分も進まないし、この部屋にはそもそも窓も扉もないし、膝抱えたくなるのも分かるけど、さっきから言ってるように出られる条件は最初から提示されているじゃないか。
「体液ってなに?どれ?」
「……そんなことするくらいならここで死ぬ……」
「弁当がそんなんじゃ俺も出れないじゃん」
「……………」
「体から出る液って限られてるぜ。汗だろ、涎だろ」
「どれも口に含むものじゃない」
「あとここから出るそれだな」
「死のう」
下半身を指さした俺に、弁当が顔を上げて死を即決した。なんてやつだ。でも弁当が死ぬ死ぬ言うから血も体液だなって思いついてそう告げれば、ふるふる首を横に振ってまた小さくなってしまった。そりゃ俺だって、飲みたい!飲ませて!って詰め寄りたいわけじゃないじゃん、ここから出るのにそれしかないって言われてるからしょうがなく言ってるんじゃん。さっきから膝に顔埋めっぱなしの弁当が、ぼそぼそと話す。
「……壁を壊せばいいじゃん……」
「非力なくせになに言ってんの」
「お腹空いたし……」
「尚更駄目じゃんか」
「……だって、他人の体から出るもん飲むんだよ。有馬も嫌でしょ」
「汚ねえおっさんのとかだったら死んでもやだけど」
「ほら」
「弁当のならまだいける」
「あり得ない」
「清潔そうだもん。体内が」
「なに言ってるの、狂ってんの」
「でも、そっか。弁当は俺の嫌なんだろ」
「……やだよ」
じゃあここにいるしかないな、頭おかしくならないといいけど。弁当はそれでもいい?と一応聞けば、いいわけではないけど涎やら汗やらを飲まされるくらいならそっちの方がまだマシだと返ってきた。まあそうだよな。幸いなことに生きる上で必要なものはみんな揃うらしいので、だらだらと過ごすだけならいくらでも出来る。ただ、恐らく相当に、暇は持て余すだろうけど。弁当が諦めて俺に体液を明け渡すのと俺が暇に殺されそうになっていい加減ぶち切れるのどっちが早いだろうか、とぼんやり思った。
ちなみにここにいる間って外のことはどうなってるんですかね、とどっかしらから見てるんであろう誰かに向かって呼びかければ、最初からぶら下がっていた注意と説明の紙に一つの文章が書き足された。
「……『本編には関係のない夢オチなので心配しなくても大丈夫です』だってさ」
「なに?これ夢なの?死んだら目覚める?」
「さっきから弁当死を選びすぎじゃない?」
「ちょっと俺の首絞めてみて」
「やだよ!」
早くも弁当がやばいので、騙す形になっても構わないから早急に体液を飲むなり飲ませるなりしなければならないと思う。普段からあんまり輝きはないけど、明らかにいつもの五倍くらい目死んでるし。
それからしばらくして、ご飯が出てきた。お腹空いてたからぶっちゃけもっと早めに出して欲しかったくらいなんだけど、時計すら与えられていないこっちの体感時間はおかしくなっている可能性大なので、飯の時間がわざと変えられていることはないだろう。ホワイトソースのドリアとシーフードカレーが一つずつ出てきて、どんな取り合わせだよ、と内心で思う。一品で済むものだからだろうか。一応じゃんけんしてどっちがどっち食べるか決めたんだけど、まだげっそりしてる弁当が、有馬シチュー好きなんじゃなかったっけ、こっちがいいんじゃないの、とドリアを譲ってくれた。どっちでも良かったっていうか、どっちも食べたいくらいなんだけど、そこはお言葉に甘えて。
「いただきます」
「いただきます……」
「ん、うまい」
「……うん」
「どうせならもっと豪華なもん出てくりゃいいのにな」
「デザート欲しい」
ぶつくさ文句を言いながらも、普通に美味い飯をがつがつ食う。だって腹減ってたし。お互い半分くらいなくなったところで、さっきからカレーの匂いに惹かれてたのが我慢出来なくなってきて、スプーンを伸ばした。
「なあ、そっちも一口ちょうだい」
「いいけど」
「ドリア食う?」
「もらう」
「ん」
スプーンをカレーに突っ込んで、一口。こっちも美味いじゃん、こんなにちゃんと飯出てくるんなら多少長い間ここに居ても不満はないわ。俺の食ってたドリアを味見した弁当も、さっきよりは何と無く気分良さそうだから、もしかして腹が減ってて気が立ってたってのもあったのかな。一口だけでいいの?とこっちのドリアを見ながら弁当が言うので、それならもう一口と掬う。どうぞって言っても取らないだろうから、交換制にしてあげよう。ていうか気に入ったならここから全部交換してあげてもいいのに、俺もうこっち半分食べたし。そう言えば、そこまでしたいわけじゃ、と弁当がカレーをもぐもぐし始めたので、俺も当初の予定通りドリアを食うことにした。出てくるのに任せるしかないからあれだけど、ご飯ばっかじゃなくてパンも食べたいな。次の飯はパン系のやつが出てきて欲しい、でもリクエストは受け付けてくれないんだっけ。
そこまで考えたところで、背後からがしゃんと音がした。弁当とほぼ同時に振り向けば、扉が出来ていて。
「……ん?」
「えっ」
「あれ、なに」
「出口?」
「なんで?」
「……なんにもしてないよね」
「してないな」
「してないよね……」
「おう……」
とりあえずは飯が先だと皿の中を空っぽにして、そろそろと扉に近づく。まさかここ開けたらまた新しい部屋とかだったらやだもんな。扉のノブに引っかかってた封筒を取って開ければ、中には一枚の便箋と鍵。綺麗な便箋には、おめでとうございます、から始まる短い文章が綴られていた。
『おめでとうございます、貴方様方は見事部屋を出る術を手に入れました。どうぞこの部屋のことは忘れて、日常へとお戻りください。
内訳:体液交換
双方唾液によるもの』
「……………」
「……………」
「……した?」
「……してない……」
「見に覚えは?」
「ない」
二人して顔を見合わせあって、再び便箋に目を落とす。唾液によるもの、っていやいや、してないって。しかも交換だろ、俺も弁当もお互い飲ませてもないし飲んでもないよ。どういうことだと首を捻っていると、同じく腑に落ちない顔で考えていた弁当が、ゆっくり振り返った。その目線の先にあるのは、ほんのついさっきまで使っていたスプーン。どうしたの、と聞きかけて、やめた。そう考えれば、思い当たる節が一つだけあった。
「……………」
「……ああ、確かに自分のスプーンお前の飯に突っ込んだわ……しかもそれ完食したし」
「……………」
「……こんなあからさまな書き方されると、いけないことしてたみたいだな」
「……………」
「弁当?」
「……………」
「おい、しっかりしろよ。そんなに嫌がられると俺もショックなんですけど」
「……………」
「あー、これはだめだ」
完全に動きを止めて固まっている弁当を押しつつ、鍵を開けて扉を出た。体液の交換とかいうから仰々しいもんだと思ったけど、あのくらいなら別に普段からやってたわ、身構えて損した。

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