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おはなし



見た目が好みだから側に居たいって言うのは、口に出したらきっとあんまり良くは思われないんだろうけど、人として間違ったことじゃないんじゃないかと思う。美しいものや綺麗なもの、例えば高級で御立派な芸術作品だってそうだし、身近なところで言ったらそれは花火であったり煌びやかなライトアップであったり、そういうものたちを周りに置くことにはみんな何も言わないくせに、人間だけは顔で判断しちゃいけないなんて、笑わせる。見た目がいい人間が他人の所有物であったらそれはその他人の評価を上げる付加価値でしかないわけで、そのアクセサリーに対して羨ましさと嫉妬を掛け合わせた結果の、「顔だけで判断すべきじゃない」「中身をちゃんと見て」なんだろう。馬鹿馬鹿しい。
だけど俺は、自分が周りにとってのアクセサリーであることを知ってるし、それでいいと思ってる。だって可愛く生まれちゃったもんはしょうがないじゃん、最大限に利用すべきだ。いっそ嫌味なくらいにあざとく擦り寄るし、相手に好意を向けている振りなら全方位に向かって飛ばしている。男が相手だろうが女が相手だろうが、顔が良くて社交性があって頭の良い人間に仲良くされて嫌悪感を覚えるやつなんて稀だから。こちらに対して恐らくは嫉妬や嫌悪感を抱くであろうその希少価値たちは、俺にとっては邪魔な石ころでしかないので、可哀想な話だが排除することにしている。クラスの中心に入れないやつって大概の場合は、社交性が欠けているか、周りから嫌悪を向けられているか、本人がそれを望んでいるか、もしくは中心に存在する人間に向かって負の感情を向けているのだから、その位置に落ち着くのが当たり前だ。自業自得と言えど、かわいそうに。
「さっむいね」
「……そうだね」
「伏見、首が寒そう」
「うん」
「はい」
「……うん」
「ありがとうでしょ」
「は?」
睨めつけられた小野寺は苦笑いして、俺にマフラーを巻いた。よく持ってたな、と思ったのでそのまま口に出せば、今日の天気予報見てないの、なんて呆れ声。なんでも昨日よりぐっと冷え込むんだとか。そんなの知らなかったけど、でも結局小野寺が知ってればこうやって俺が準備してなくてもどうにかなるんだから、知らなくていい。
しとしと雨が降るホーム、俺たち以外に人はいない。普通の人の出勤時間より二時間は早い、朝早すぎる時間のせいだ。乗りたい電車が滑り込んで来るまでには、まだかなりの余裕があった。一時間に数本しか来ない、今の時間の時刻表をぼんやり見上げる。乗る電車が始発から二本目だったか三本目だったか、少し忘れてしまったけれど。ふ、と息を吐いた小野寺が普段より少し大きめの鞄を肩に掛け直して、こっちを見た。
「どこまで行くの?」
「決めてない」
「三日後には帰ってくる約束だよ」
「分かってる」
「一応言うけど、死なないよ?」
「死ぬなんて言ってねえよ……」
その割には今にも飛び込みそうな顔、とからから笑われて、自分の肩にも同じように掛かった重たい鞄で殴った。ちょっと、なにもかも嫌になっちゃっただけだ。周りの目を気にするのも、媚を売るのも、付加価値になるのも、嫌になっちゃっただけだ。ここじゃないどこかで、二人だけになりたかった。そう言われることを俺が好いてないと知りながら、俺は伏見の顔好きだよ、なんてしれっと言い放つ、「顔だけで判断しない」「中身をちゃんと見る」、その上で俺のことを好きだとか愛しているとか宣う、馬鹿なこいつと何処か遠くに行こうと思ったんだ。
第一印象を決めるのは、顔だ。それからの付き合いを左右するのだって、みんな見た目だ。整った顔のやつと見るに堪えない顔のやつに、同じ台詞を吐かせてみろ。みんながみんな、綺麗事をぶちまけていることがよく分かるはずだ。俺は周りにとっての飾りでいい、アクセサリーにされて構わない。いいじゃないか、必要とされているだけ。自分を連れていることで相手の自尊心が埋まるのなら、どうぞ存分に連れて歩けばいい。お望み通りに、最高の付加価値になってやるから。
「終点まで行く?どっかでかい駅から遠くに行く?」
「遠くに行く」
「そんなにお金ないかもしんない」
「大丈夫だよ」
「……珍しいね。そんな、あやふやな自信」
「そうか」
「うん。伏見らしくない」
「……変かな」
「うーん。変なのはいつもかな」
「小野寺嫌い」
「えっ、なんで」
風が強く吹いて、雨水が跳ねた。それを避けるように小野寺の側に行った俺の手は、何を勘違いしたのか嬉しそうに握られたけれど、その手が暖かかったのでもう振りほどくのが面倒になった。
何か特別に嫌なことがあったわけでもないし、辛くて耐えきれないことがあったわけでもないけど、昨日の夜のお風呂上がり、小野寺に濡れた髪をタオルで拭われながら、ぽつりと零してしまった。もうやだ、どっか行こ。その一言に、一瞬手を止めた彼は、背後で少しだけ笑って言ったんだ。いいよ、じゃあ明日の朝早く、駅の改札前で待っててね。俺に甘すぎる小野寺が、まさかそんな冗談を言うはずもない。日付が変わる前に家へ帰って、荷物の支度をして、ほんの少しだけ寝て、明け方まだ暗い内に家を出た。駅の改札前では、当たり前みたいにこいつが待っていた。
「小野寺」
「うん?」
「俺の顔、好き?」
「うん。好き」
「かわいいから?」
「かわいいから。なんで?」
「……ううん。別に」
「そう」
「どの顔が好き?」
「えー……どのって、全部」
「……………」
「そんな睨まないでよ。あ、ちなみにその顔も好き」
「……お前に聞いたのが間違いだった」
「聞いたのそっちじゃん……」
笑った顔も怒った顔も泣いた顔も拗ねた顔も、勿論仏頂面や無表情も、かわいくもなんともないどちらかというとぶっさいくな顔も好きだよ、と何故か照れながら言った小野寺の手を握る力を強めれば、痛い痛いなんて高めの声で訴えられた。お前は何年俺といるんだ、怒られるポイントをいい加減に分かれよ。
まあ、なんというか、それだからこいつと何処かに行きたいと、二人になりたいと、思ったのだけれど。
「伏見、今日は笑わないね」
「お前相手に笑う必要あるのか」
「ううん、そういう話じゃなくて」
「……なに?」
「楽しい?」
「は?」
「俺とお出かけ、楽しい?あ、嬉しい?」
「自惚れんなよ……」
「……かわいい」
酷く寒い、十二月に入ったばかりのことだった。逃避行、なんて言ったら大仰かもしれないけど、小旅行、と言うのはなにか違う気がした。
「小野寺、どこ行きたい」
「……温泉?」
「変態」
「どっちがだよ……」


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